表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

かくれんぼ 優一編

新月の闇の中で、無数の星がきらめき、頭上に星の川を作っていた。

僕は、砂浜に腰を下ろし空を見上げた。

闇の中に、波の音が聞こえてくる。

ときに遠く。

ときに近く。

波の音は、僕を海の中に誘うように聞こえてくる。

小学5年生だった、僕は、波の音を聞きながら、昔、母親に聞いた話を思い出す。


『夜空に浮かぶ星の一つ一つが死んだ人の魂』なのだと。

『死んだ人の魂が、空に浮かび、夜、みんなが安心して眠れるように、僕たちを見守ってくれている』のだと。


星が霞んで見える。

涙で、星が霞んで見える。

僕は、涙で霞んだ瞳で、無数に煌く星の中から、妹の星を探した。

一昨日に生まればかりのはずの星を探した。

妹は、まだ、小学校1年生だから、きっと、まだ、小さな小さな星だと思う。

どれだか分からなかった。

きっと、妹の瑞希の星は、小さすぎて、どれだか分からないのだと思う。


不意に僕の心の中に悔やんでも、悔やみきれない思いが湧き上がる。

誰を、憎んでいいのか分からない怒りのようなものが湧き上がってくる。

苦しい。

苦しい。

ただ、ただ、苦しい。

僕は、まだ、これ以上の言葉で心の中を表現することが出来なかった。

瑞希は、たった一人で、暗い病室の中で、誰とも分かち合うことが出来ない苦しみに耐えていたのかと思う。

涙が一筋頬を伝った。

暗闇の中で、頬を伝い流れ落ちた涙が砂浜を濡らす。


『お兄ちゃん。ごめんね。

 お見舞いに来てくれたのに。

 私、苦しくてお話出来なくて、、、

 お兄ちゃん。ごめんね。』


瑞希と最後に交わした言葉が、波の音に混じって聞こえてくる。


瑞希のお葬式が終わり、小さな棺が火葬場まで運ばれた。

僕は、ずっと、瑞希の遺影を抱えていた。

どんなに重くても、僕は、ずっとそれを抱えていたかった。

火葬場に着くと棺は鉄の台車に載せられて、炎の部屋へと閉じ込められ蓋が閉じられた。

誰かが、拝んでいた。

誰かが、すすり泣いていた。

父親が、泣き崩れそうになる母親を支えていた。

僕は、涙が出なかった。

参列者が涙を流す中で、僕は、遺影を抱えたままじっと立っていた。

感情や想いを、全て心の奥底に仕舞込んだ。

何も考えることが出来ずに、炎の部屋を眺めていた。

耳だけが、何故か研ぎ澄まされ、読経に混じって泣き声が聞こえてきた。

やがて、瑞希は、真っ白な骨になり小さな壷に入れられた。

参列者のすすり泣く声が、まだ、続いている。

でも、僕は、理解していた。

みんな、明日になれば、笑顔になることを。


瑞希のお葬式が終わった日の夜に、僕は、家を抜け出してこの浜辺にやってきた。

家を抜け出すとき、父親も母親も、何も言わなかった。

僕も何も言わずに家を出た。

そして、瑞希と最後に遊んだ砂浜に僕は腰を下ろした。

僕は、一人になると、今日始めて涙を流した。

溢れ出した涙を、僕は、止める術を知らなかった。

涙に濡れた砂を手のひらですくい、砂浜に戻す。

そんな動作を無意識に繰り返した。


『お兄ちゃん。』

『お兄ちゃん。』


僕を呼ぶ声が波間から聞こえる。


『遊ぼうよ。』

『かくれんぼするから、私を探してね。』


瑞希の声が聞こえる。

僕は、立ち上がると、瑞希が隠れている海に向かって歩き始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ