道化の吸血鬼
第3試合の対戦カードはミルク・マラカスVSパティ・ロジャーだ。
純白の鳥人の姿をしたミルクは屈強な体に得物である槍を構えている。
パティはオールバックの金髪の美形で、黒いマントにタキシード姿の吸血鬼だ。
腰に巻かれた黄金色のベルトは彼が魔法格闘家界の王者であることを意味する。
無言で睨むミルクにパティは白い牙を見せて笑った。
「そう怖い顔をしなくてもいい。俺と戦って負けるのだから名誉なことだ」
「負けるのは私ではない。貴様だ」
「随分と強気だな。まあ、お前も、観客もスリルと興奮で悪酔いさせてやるよ!」
「不味い酒は飲むに値しない」
丁々発止のやり取りが続く中、試合開始の鐘が高らかに打ち鳴らされた。
鳥人が背中の翼を展開させて滑空すると、吸血鬼も対抗するようにマントで跳躍する。
空中浮遊した両者は槍と長剣での打ち合いが始まった。
目視できないほどの速度で繰り広げられる攻防だが、観客はふたりが発する剣と槍の音だけで戦闘の激しさが想像できる。
しばらくの打ち合いの後で彼らが動きを止めると、槍も剣も使い物にならぬほどの損傷を受けていた。
ミルクは猛禽類特有の鋭い目で睨み、パティに言った。
「どうした。私を酔わせるのはなかったのか」
「お前の力を軽く試したんだよ」
「強がりはそのくらいにしておけ。お前では私には勝てぬ」
ミルクは背の羽根を引き抜くと新たな槍を生成し、槍の穂先から火炎や氷を発射。
槍が作られるというまさかの事態に動揺したのか、パティは回避できずに灼熱の炎と超低温の氷を受けて墜落していく。
地面に頭が埋まったパティだが、逆立ち状態で腕組みをして余裕を見せている。
素早く立ち上がるとマントや服のほこりを払って言った。
「小手調べはこれぐらいでいいだろ。そろそろ俺の本気を――」
すべてが言い終わる前にミルクの鉄拳が顔面を捉え、パティは盛大に吹き飛ばされた。
「フゴォッ!」
地面を滑って倒れたパティは口の端からポタポタと血を流しながらも、
四肢に力を入れて立ち上がる。
口を拭いてから笑顔を見せ、戦闘の意思を見せる。
「人の会話の最中に攻撃するなんてマナーがなっていない奴だ。
これでも正義のヒーローなのかね?」
「悪のお前に容赦はしない」
「そうかい。だったら遠慮なく攻撃してきな」
手を広げて無防備の姿勢のパティに足の鋭いかぎ爪による飛び蹴りを見舞う。
パティの衣服が裂けて真っ赤な血が噴水のように噴き出される光景に観客は驚嘆の声をあげる。
日頃は正義然としているミルクは苛烈な攻撃を次々に繰り出していく。
パティの度重なる挑発に冷静さを失っているのだ。
髪の毛を掴んで顔面に幾度となく鉄拳を浴びせ、上空に放り投げて得意技のロメロスペシャルで全身の関節から悲鳴を上げさせる。
それでも足りないのか再び羽根を抜き取って二刀流の斬撃で滅多斬りにしていく。
大量の切り傷とおびただしい流血をしながら、パティは地面に叩きつけられる。
ドクドクと流れる血が地面を赤く染めていく。
倒れた吸血鬼の姿を目の当たりにしたミルクは呟いた。
「少々容赦がなさ過ぎただろうか?」
心の中で疑問を抱くが即座に否定の感情が浮かぶ。
奴は悪だ。手心を加える必要はない。これは当然の結果なのだ。
自分で納得して踵を返そうとした時、背後から殺気を覚えた。
振り返るとパティが汗だくになりながらも立ち上がっている。
ボロボロの衣服、武器はなく、足元さえおぼつかない状態だ。
戦力差は明らかなはずだが、彼は笑っている。
「何がそんなにおかしいのか?」
「大したことじゃないさ。今で俺とあんたの立場は逆転したんだ」
「どういう意味だ」
「よく耳をすませてみろ」
彼の言葉通りに耳を立てると、先ほどまで自分を応援していた声がぴたりと止んでいる。
それどころか「パティがかわいそう」「悪だったとしてもやりすぎ」「ミルクってこんな性格だったの?」など自分を疑う声やパティに対する同情の声が聞こえてきた。
何やら会場全体に漂う異様な雰囲気を察知し、ミルクは怯む。
パティはクワッと牙の生えた口を開いて告げた。
「言ったろ。悪酔いさせてやるって。自分の正義に酔った気分はどうだ?」




