食べたキャラメルは戻らない
森の奥深くに建てられた三角屋根が特徴的な木造建築の一室で、ひとりの少女が切り株を模した形の椅子に腰かけ、黙々と分厚い本を読んでいる。
柔らかな焦げ茶色の髪をポニーテールに赤ワイン色の縁の細い眼鏡。殆ど外出していないせいだろうか、肌は透けるほどに白く、着ている白のチョッキと区別がつかない。
頭には小さな三角帽子をお洒落としてちょこんと乗せており、まるで蝙蝠の翼を思わせるかのような黒いマントを羽織っている。
視線を下に向け、余所見をすることもなく、一心不乱に本のページをめくる作業に集中している。
眼鏡のガラスに映るのは大量の文字の羅列。
凡人には到底理解不能な呪文のような文字列を少女は口元に微笑を浮かべながら、実に楽しそうに読んでいる。
「こんなの難しくてわかんないよぉ!!」
本を置いた少女は絶叫して、パタパタと足をばたつかせる。
先ほどの意味ありげな冷静な微笑みは何だったのか。
単なる虚勢だったのだろうか。
椅子は少女よりも高いため、どれほど足をバタつかせても決して足が地面に届くことはない。
少女はうーんと大きく伸びをしてから、頬を膨らませた。
「こんなに難しい本、読んでもわかるわけないじゃない……おじいちゃんの馬鹿!」
餅のように両頬を膨らませ、不満を露わにする少女。
部屋に大量に積まれた書物はすべて祖父のものであり、用事で出かける間、読書でもしていなさいという心遣いをして彼女の祖父は出かけたのだが、それが裏目となった。立派な赤縁の眼鏡をかけて知的な印象を漂わせているにもかかわらず、少女は読書が大の苦手であった。
今は家にはいない祖父を愚痴っても反響するのは自分の声ばかりで面白くもない。
仕方がないのでデザートとして残しておいたキャラメルを食べることにした。
白い皿に置かれた小さく四角い甘い幸せ。人差し指と親指でつまんで、ぱくり。
「ん~!!」
あまりの美味しさに少女は右頬を抑えて舌鼓を打った。
見方によっては虫歯にでもなったのかと言いたくなる仕草ではあるが、彼女はキャラメルの味に満足しているのだ。
口の中に入れた瞬間に舌の上ですっと消えてなくなる薄茶色の塊。
その儚さに少女の目の端に涙が浮かぶ。
がっくりと大袈裟に肩を落として一言。
「あーあ。こんなことなら食べなければよかった!魔法でキャラメルを増やせたらいいのに」
後悔先に立たず、覆水盆に返らず、食べたキャラメル皿には戻らず。
少女の名はキャラメル。
伝説の魔法格闘家、ミスタープティングの孫娘である。
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