危うい才能
ダンテさんが華美な広い部屋を好まなかったから、貴族の召使い用の部屋ひは先客にガブリエラがいた。お目当てはクラリッサで、彼女の持参の衣装を早速広げてる。
ダンテさんは戸のない、壁にアーチ形の開口部が空いてる寝室で横になってた。隣に犬型のツチラト氏が寝っ転がってる。服はちゃんと整えて掛けられてた。
〔皆さんドレスを下さるのは嬉しいけど、普段着に使える服が少なくて。専門店でも需要がないから品数が少ないの。ガブリエラには我儘を聞いてもらえて助かったわ〕
可愛いビスクドールにドレス以外着せたくならないよね。今日のお召物は半袖からレースが幾重にも重なる深い青のドレスで、襟や裾の金の刺繍が豪華だ。
煌びやかなドレスと並んで、あっさりしたエプロンドレスやワンピースがある。上着に紐で繋げるタイプのタイツを持ってるビスクドールも珍しいだろう。股間が蒸れないからって、父ちゃんもチュニックの下に穿いてたりする。
父ちゃん母ちゃん、随分落ち着いたって話だったけどどうしてるだろう。旅行は随分前から了承を貰ってたし、自分達を気にせず思いっ切り楽しんでおいで、って手紙を送ってくれたけど、思い出せば申し訳ない気持ちで一杯になる。
先祖に亜人がいたってさ、血は薄れて全然分かんない人も多い。うちだってそうだったんだ。私が生まれるまでは先祖に獅子人がいるなんてこと、伝わってなくて忘れ去られてた。両親の双方どちらが獅子人の血を引いてたのか、言い争いになったって話だったからなあ。それは今でも尾を引いてて、和解はしたんだけどしこりになってるって姉ちゃんに教えてもらった。
ちょっと様子のおかしい子を、魔力を計ってもらう為にエイル神殿に連れてくと、先祖返りして獅子人の血が現れてるって。自分達に獅子人の血が薄っすらとでも流れてるなんて、両親だって驚愕の事実だよ。
亜人は超古代文明によって人間に創り出されたものだけど、管理する技術が大陸と共に沈んじゃってから、人間への脅威になっちゃったんだ。人間とは段違いの身体能力で、亜人も人間が嫌いだから、妖精大戦が勃発して終結していく段階で、住み分けで落ち着くまでどれ程の悲劇があったか。
先祖返りでも亜人の血が顕現した以上秘密にしておいてもらえない。何かのきっかけで狂暴性を発揮して、怪力で人に危害を加えることもあるからだ。それでも職人横丁の人達は横丁の子供として可愛がってくれてたんだけど、父ちゃん母ちゃんには私に見えないとこで心労があったろうな。親類の多くには絶縁されたって話だし。
そしてアマーリエ講堂の件で私のことが一気に広まって、更に心労が重なっちゃったんだよなぁ。
それなのに私だけ楽しんでてごめん。兄ちゃん姉ちゃんにも気にせず友達との旅行を楽しんで来い、って送り出してもらったのに、悪乗りしてスヴェンを誘拐しちゃったりして心配させてごめん。
「もう、ネーナったら!わたくし達がドレス選びを楽しんでいる横で、辛気臭いお顔をして悩まないで頂けるかしら?」
心の中でみんなに謝ってたら、ガブリエラに頭を小突かれる。
眺めながらいつの間にか三角座りして物思いに沈んじゃってたんだ。そりゃ辛気臭いよね。
「悪い悪い、ごめんね。絵になる二人だから割って入るのも憚られちゃって」
「気になさらず割って入りなさいな。貴女が参加しても絵になってよ」
〔何か深刻な悩みごとなの?しんどいなら話を聴くわよ〕
あどけなく私を見上げる。可愛い顔して言ってくれるねぇ。堪らんぜェ。
「ううん。ちょっと考え事してただけだから気にしないで。そうだ、クラリッサはこの夏どう過ごすの?ダンテさん独り立ちの準備って何か当てがあるのかな?」
早過ぎないかな、とも思う。だってダンテさんって結構寂しがり屋なんだよ。
〔まだ特に決めてないみたい。私も自分で決めなさいって一応突き放してはいるの。貴女達を《忌み地》に案内した以降の予定はまだ聞いてないわ〕
「子守りも大変ですわね」
〔フルヴィオはダンテに才能があるからって、さっさと独り立ちさせようとするの。でも才能があったってまだ子供だし、辺境の辺境で人間は二人だけって環境で育ったのよ。簡単に人慣れしたりしないわ〕
だよね。
「え?でもダンテさんは二十四歳とお聞きしましたわよ」
「それ嘘なんだよね。黙ってて悪かったけど私も口止めされてたから。秘密にしといてね。幾ら優秀でも未成年に助手はされられないでしょ?背は高いし声は低いけど実際は私達より年下なんだよ」
「全く気が付きませんでしたわ!だから被り物を脱ぎませんでしたのね。ということは何て優秀な方なんでしょう」
尋常じゃなく魔法は使えるし知識量も半端ないもんね。
「実際はお幾つですの?」
〔十三歳なの〕
ガガーン、って衝撃受けたのが目に見えてわかる。
「十三であの才能……」
〔文字通りの天才よ。あの子の兄弟子も姉弟子も見てきたけど破格だもの〕
「天才…破格…」
〔だから人間扱いせず化け物だと思って、別格にしておくのが正解だと思うわ〕
人間扱いせずってクラリッサ?寂しがり屋の化け物なの?
「では…当分ご一緒しませんこと?これからブライトクロイツ公爵領を目指すのですけれど、途中物見遊山して参りますの。いつでも離れてくれて結構ですし、ずっとご一緒出来たら嬉しいわ」
ええ、嬉しいだろうね君は凄く。私も凄く嬉しいけどね。ギムナジウムでは先生の助手をしてたからダンテさんって呼んでるけど、誰にも言えない秘密を共有して、初めて弟が出来たみたいで楽しかったんだ。ぶっきらぼうに見えてダンテさんって甘えん坊だったりするんだよ。私にはね。
〔それは是非に!人との関わり合いがダンテを成長させるの。彼に必要なのはそれ!〕
人ってそうだよね。分かる。
《忌み地》見学を先に延ばそうか、っていうガブリエラの申し出をダンテさんは断った。
「大丈夫、飯食って寝れば治る」
一晩寝たら顔の魔法陣や腫れはすっかり引いてた。私は女史から逃げて朝も早からダンテさんとこに逃げ込んでた。ツチラト氏は犬型のまま寝椅子に寝転んでる。
「どう?」
「すっかり綺麗になってる」
傾国の美貌を間近にする眼福に酔いそうだった。確認したらダンテさんは、何処からともなく矢鱈滅鱈可愛らしい動物の頭部を被ってしまった。
「美貌が勿体無いけど可愛い~。何て動物?」
「ゴマフアザラシの赤ちゃん」
「モフモフしたくなっちゃうよう」
「してもいいよ」
と手を広げた。その手は食うかい、思春期真っ只中の助平少年が。そこんとこだけ年相応なんだから。
羨ましい位ほっそりしてるけど背は高くて声が低いから、被り物してたら女と間違われないし年上っぽいけど、顔だけは裏切ってどう見ても傾国の美少女なんだよね。
人前では被り物を取らない様にしてるから、食事はみんなと一緒に摂らない。でも私にはもうバレちゃってるし、早目の朝食を一緒に摂った。
客室ゴーレムが朝早いのに豪勢な用意をしてくれる。パンもシンケンもブルストも、マルメラーデも何もかも数種類用意されてる。
「ああ、ヴァイツェンブロートに黒スグリのマルメラーデもある。バターの美味しいことったら!」
その上、超絶美麗な顔を拝みながらなんて!朝から眼福口福だよぅ。ヴィンクラー家の皆さんごめんなさい。
「こんなパン毎日食べてたら舌が奢りそう、ネーナ」
「分る。私もちょっと不安だもん。マルメラーデも美味しいけど、私はこの林檎バターがとっても気に入っちゃった。滅茶苦茶美味しくない?」
この味が恋しくて夢にまで視そうだ。
「俺は用心して何も塗らずに食べてま~す」
他に人がいると大人の喋り方するけど、いないと年齢通りになる。
「ええ~、勿体無いから一枚位は塗って食べとかないと後悔するよ」
葉野菜やシンケンを挟んでる。
「食べた方が後悔すると思う。不味いのを喰う度に、あの味を知らなけりゃ、ってなるだろ。ドプナーさんのあの硬いロッゲンブロートが食べれなくならない?」
ドプナーさんは近所のパン屋だ。残り物を格安で譲ってもらってるんだよね。あれはあれで硬さが顎に丁度いいんだけど、味はやっぱ落ちる。
「まあネーナは後戻り出来ないが確定してるよな」
「どうしてぇ?」
「これから行くとこは何処も美食だろう?ガブリエラが選んでるんだし。それにブライトクロイツ公爵が不味い飯食ってるなんて有得ないし」
「そうだった!」
「どんなに抵抗しても、ドプナーさんを裏切ることは決定」
「はう!」
ごめんなさい、ドプナーさん。心の中で謝りながらも止められないんだな。
食べるそばから客室ゴーレムがパンやブルストなんかを盛ってくれる。
「もういいから盛らないで」
それで動作が止まった。ちゃんと断らないといけないんだね。
ガストハオスで使われてるゴーレムはこの階のだけ違う。彩色が丁寧で賢い。滑らかに一礼して下がる。
〔おはようネーナ〕
シンプルなドレスでクラリッサが現れた。
「おはよう、お邪魔してます」
〔朝日と共に目が覚めるって本当なのね。他の人達はまだ寝てるでしょ?〕
それまでも早起きな方だったけど、獅子人の血が覚醒してからは、文字通り朝日と共に起きちゃう様になった。
「うん、だから寝てる内に脱出してきた」
グリットは兄君の失脚で自分の評判も地に落ちたから、それを回復させる意味もあって女史の同行を許したんだ。私と仲良しで庶民的な皇女を演出して国民の人気を取り戻さないと、発言力も弱まっちゃうからね。親に見放された危うい立場をこれ以上悪くさせられない。
利用されてるっちゃ利用されてるんだけど、皇女に信頼されてるってのは私にも益があるんだよね。
しかもグリットに都合の悪いことを積極的にリークしてたのはヘルダーリンなんだ。伯母と甥なのにな。それもあって昨日はいい気分だったろうな。
「書き物は終わった?」
ゴーレムは眠る必要がないから、みんなが寝てる間にその日起きたことやらを書き残してるんだって。字も書けるんだ。筆はダンテさんのお手製。
〔ダンテやフルヴィオを手古摺らせた怨霊だから、細かく書いてて時間が掛かるのたわ、ようやくね〕
読ませて欲しいもんだのう。無理だろうけど。
「今日はどう過ごすの?」
今日は旅行中の休憩日なのさ。一緒に出来ることがあったらいいな。
「折角だから一つ用事を済ませたらゆっくりさせてもらう。後はみんなに明日の諸注意をするから、誓約書に署名して」
「分かった」
クラリッサが可愛い顔を近付けて、じぃっと私の顔を見詰めた。ああん、惚れてまうやん。
〔よく眠れなかったの?折角温泉に浸かったのに、昨日以上に目の周りの隈が濃いわ〕
「え?うん……」
昨夜も昨夜で獅子人が狩りだされる例の夢を視ちゃったんだ。幸い剥かれる場面は視ずにすんだけど、一昨日の様な救いのある展開にはならなかった。
「夢見が悪くてさ」
〔それはいけないわ。夢は心の不調を映すの。何か悩みがあるのなら聴くわよ。誰にも話さないって約束する〕
うわぁ、優しいなぁクラリッサは。涙が出そうだよ。
正直有難い話だった。ガブリエラに相談したら絶対グートルーンを排斥しようとする。そうするとグートルーンを連れて来たグリットを責めることになるし、何も言わなくても彼女は自分を責めるだろう。
許せない気は強いけど、グートルーンが獅子人を狩った訳じゃない。先祖がしてただけで彼女の罪じゃないんだ。それで彼女が責められるのは筋違いの気がして、ガブリエラにもグリットにも話せなかったんだよね。だからって友人として受け入れられるって訳じゃないけど。
ここ二日連続で視た夢と共に、グートルーンに呪いを打明けられた日から時折視てた悲惨な夢を、私は全て打明けた。二人は途中で口を挟んだりせず、終わりまで好きに話させてくれた。
直ぐに質問があると思ったのに、綺麗な顔を寄せて二人は言葉を選んでる様子だ。
「あの…、全部聞いてくれてありがとう。それだけでも結構スッキリした」
言葉に嘘はない。
〔そうね、ネーナが言う通り、それは過去に実際あった出来事を夢で視ているんだわ〕
「だよね。これからも悪夢に悩まされるんだと思うと、寝るのが辛くなってくるよ。前は毎日じゃなかったから凌げたけど」
改めて旅行中ずっとこんな夢が続くと思うとげんなりどころじゃない。
口の中で何か呟きながらダンテさんは顔を顰めた。
「十中八九、過去視だよそれ。それで納得した。師匠の奴…」
「ギッティ先生がどうかした?」
〔同じ意見だわダンテ。お師匠様は絶対ネーナのこの能力を見抜いてらしたのよ〕
「どうしたの?私が過去を視るのは悪いことなの?断片的な過去や未来を視ることは誰にでもあり得るって習ったよ」
〔それはそうなのだけど、程度の問題でもあるの〕
「頭を触っていい?」
返事を聞く前に立ち上がってる。背後に立って片手を私の頭に、片手で私の左手を握る。ダンテさんが私を探るのを感じて緊張が走った。
「気を楽にして。俺を信じて委ねて」
メッチャ至近距離に麗しの美貌がある。もうホント美貌に酔いそうです。信じますとも。美しさには負ける。
「う…ん」
探られることに根源的な恐怖を感じはしたけど、私はダンテさんを信じた。
「俺の知らない力。これが過去視の力なんだ」
ややあってそう呟いた。
「解かる?」
「師匠はそれっぽいことも匂わせなかった?」
「そうだね。一番最初に過去視っぽい夢を幾つか視た時打明けたけど、何もいってなかったよ」
「指導者魂にも程がある。すまないネーナ、師匠はこれを俺に見抜かせる為に黙ってたんだ」
なんですと!
「師匠は指導の方法を実践が最良だって考えてるから、何も知らされず危険に踏み込まされることも多々あった」
〔火竜の雛の餌になりかけたりしたものね〕
嘘う!
「勿論絶対自分が助けられる、って時でしかしなかった…と思う。それの一環だよ。俺がネーナの過去視を自力で見抜けるまで待ってたんだ。本人にも告げずに」
「ちょっと何それ!ホントならギッティ先生にきつく抗議するよ。怒っていいことだよね」
私に対して酷くない?
「勿論よ」
ってクラリッサは同意してくれた。
ダンテさんは一拍おいて師を罵る。
「師匠の奴!何度連絡取ろうとしても反応しない」
「遠く…とかでは」
キッとなった。そんな顔も素敵。
「俺と師匠の絆は国境障壁も凌ぐの!」
そうですか。
〔ダンテはまだしもネーナに告げないなんて酷いわ。ネーナが何かに巻き込まれたらどうするつもりだったのかしら〕
「助けられる自信があるんだ師匠には。自意識過剰でなく実力に裏打ちされた自信が」
大いに腹が立つけど、その前に訊きたいことがある。
「あのね、過去視が出来る事ってそんなに騒ぐことなの?」
二人がピタッと止まった。私の顔を見て互いの顔を見て、ダンテさんは元の椅子に座り、クラリッサは乱れてもいない衣服を整えた。
客室ゴーレムが淹れ直したハーブ水を、一口飲んでダンテさんは私に向き直った。や~ん綺麗なお顔でそんなに見詰めないで~。
「状況から考えて、ネーナの過去視は修行すればかなりものになる、可能性が高い」
「そうなんだ…」
「先ず順序的にはネーナが過去視の能力を持って生まれた、ってのが原点。断片的に過去を視たり未来を視たりは、まあ誰にでもあるっちゃある。けどそれが意味を成す様な過去を、未来を視れるかっていうのとは別問題だって分かるよね?」
それは私も授業で習った事あるよ。どちらも凄い低い発現率の能力なんだよね。
「確かにとんでもなく低い確率でネーナは両親から獅子人の血を引いてるんだけど、それはとてもとても薄い血だったって自分でも解かってたろう?」
「まあね」
親戚一同、いつ獅子人の血が家系に入ったか記憶がない様な昔だもん。
〔他の家系の血だって受継いでるから、本来先祖返りはもっと短い代で起こることよ〕
「けど起っちゃったんだし」
「それそれ。恐らくじゃなくネーナは、産まれる前だか後だかは問題じゃなくて、アマーリエ講堂の時と同様に、過去視の力で自分に流れる獅子人の血を引出したんだ」
「何ですとう⁉」
驚いたなんてもんじゃない。私は立ち上がってしまった。
「そんな家族迷惑、一族迷惑、近所迷惑なことを私がしたってぇ⁉な、何かの間違いだよね?何かの間違いだと言ってダンテさん」
それが真実だとしたら、何も分かんない赤子の頃だとしても、私は何てことをしでかしたんだ、って話だよ。
「でないと君の先祖返りの説明がつかない。俺はずっと考えてた。何か他の作用がないと、ネーナの先祖返りは有得ない程血が遠い」
「私が過去視の能力を使ったとして、どうしてそんなことしたの?」
「それは分からない。きっと誰にも分からないんじゃないかな。赤ん坊のしたことだから」
「だけど、それならどうして?亜人は魔力が通じない代わりに魔法が使えないでしょ?何で今頃過去視の力が出て来たの?」
獅子人の力が覚醒してから魔法は段々使えなくなってるんだよ?
〔魔力に関係なく、本人の資質が重要な魔法の才能を知ってる?〕
「…聞いた覚えはあるけど、封印師位しか思い出せない」
概論でチラッとだけ先生が話してた。
〔封印師に魔法陣を創る呪言師などは有名よね。こういった才能は有用なのにとても見付けられ難いの。そのなかでも一番能力者が少ないのが過去視と未来視。心の状態に左右されて、ほんのしたことで失われてしまったりする、繊細な能力なのよ〕
繊細、ってのが自分に合わない気がする。
「ネーナがアマーリエ講堂の火災で、みんなを助けないといけないとはいえ、ああまで易々と先祖の力を全て覚醒させた時に、本当は気付いてないといけなかったんだ。先祖返りしてたから可能だった訳じゃなかった。過去視の能力で引出したんだ。獅子人の力の代わりに君はあらかた魔力を失った。それで奥に隠れてた過去視の力が表に現れたんだ」
アマーリエ講堂炎上事件があってから、先祖のものと思われる記憶を、幾つか夢として視たのはそれでだったんだ。それは毛皮を剥かれる夢じゃなかった。
「その力って、訓練出来るんだよね?そう言ったよね」
毎晩惨い悪夢を視せられたら堪ったもんじゃない。流石の私でも心の病になるよ。
「訓練は師匠クラスでないと、本には書いてるけど難しい。ただ当分視れない様には出来る」
「して!今直ぐして!あんなの視たくない。グートルーンを憎むどころか人間そのものを憎み始めちゃう」
「俺も初めてだから、もしかしたら二度と視れなくなるかもしれない」
「構わない」
ダンテさんはクラリッサに視線を移す。彼女も頷いた。
席を立ってもう一度私の背後に回る。
「目を閉じて気を楽にして、さっきみたいに俺に全てを委ねて」
「うん」
両手で頭を抱えられた。さっきとは違う形でダンテさんの力を感じる。
とても呆気なかった。何かがプチッと切れる音がして、頭が解放された。それだけで何かが変わった様には感じられなかった。
「終わった。目を開けていいよ」
「たったこれだけ?呪文とか魔法陣とかは?」
呆気なさ過ぎませんか?もちょっと華々しいのを期待してた、っていうか覚悟してた。身体が反発したりしてさ。
「ないよ。魔力に関係ない魔法みたいな力なだけだから」
「じゃあどうやって視れない様にしたの?」
「簡単に言うと、魔力を封じる封印師のやり方を応用した。以前手解きを受ける機会があったから」
魔法を悪用して犯罪を犯した時、酷い場合は封印師に魔力を封印されるんだ。
「本当にもう視ない?」
「だと思う。俺は実践不足だけど手応えはあったから。まあ今夜寝てみて。それではっきりする」
「当分って言ってたけど、直ぐに解けちゃうとか、頻繁に掛け直さないといけないってことは?」
「基本俺のやり方が間違ってなかったら……浅く掛けといただけだから、四、五年、位のもんじゃないか、な?文献を参考に考えると」
ホッとした。
「けど訓練するなら解かないとダメだからね」
「えええ~」
〔悪夢ばかりじゃないわ。修行したら自分の力で、夢で視ない様にも出来るのよ〕
「そうでしょうけど、お二人さんは過去視の能力があんまり良くない様な反応してましたけど?」
どちらからも否定はなかった。してくれよ~。
〔心して聞いてね。この能力は持ち主を危険な立場に追いやることが多いの〕
やっぱりですか。なんて面倒なネーナさんなんでしょう。これ以上私にどうせよと。
「どうして?過去しか視えないんだよね」
過ぎ去った時は戻せないんだし、私が視た夢みたいにどうしようもないよ。
「あの時の真実が知りたい、ってのは、奥さんがあの夜何処にいて何をしてたかって下世話なのから、大事件の真相が知りたいとかまでピンキリだからなぁ」
〔特に為政者になれば、未遂に終わった謀反に誰が連座してたか、とか、自分を暗殺しようとしたのは誰か、とかとか、視て欲しい事は満載だわ〕
「未来視も同じく。誰が次の王になってるか、誰が我が家に仇を為しているか、とかとか。だから未来視や過去視を探して養成してた為政者もいる」
「割と泥沼の事態なんじゃ…」
未来視して干渉したって、それによってまた未来が変わると、また別の問題が起こったりして。
「そう、才能が本物かどうか間違ってないかは起こってみないと証明出来ないし、過去視なんて能力が信じられるまで幾つも試されて、繊細な能力が壊れてく。その癖人は自分の聞きたい答えでないと納得しなかったりするから、どんなに素晴らしい過去視の能力でも、必ず似非だ何だと誹謗中傷される」
「全くいい事なくない?しかも私は悲惨な悪夢視てるし」
〔そうなの。だから封印してしまう人もいるわ。訓練してもそこまで才能がなくて、脈絡なく過去視をしてしまうと、知人の嫌な部分を視てしまったりしてね〕
過去に誰かが犯した罪を視ちゃうのは嫌なものだし、そりゃ人間関係にも影響するよね。
「持ってても面倒なだけの才能ってことだね」
「面倒っちゃ面倒、稀少っちゃ稀少」
絶滅した獅子人、滅多にない過去視の才能。
「誰にも言わないでね。秘密でお願いします」
〔それは勿論よ。安心して私もダンテも口が堅いから。逆にネーナ、親友だって立場が変われば、ってこともあるから、友達の為にも話したりしない方がいいわ。あの時の真実を知りたい誘惑に、抗える人は少ないの。大切な人を苦しめることになる〕
この二人が心底信じられる人達で良かった。
「しかしいいことも分かったろ?獅子人は妖精郷で生き残ってるかもしれない」
「妖精郷を探すの?」
南の方聖ルカス皇国の端っこに、人間と交渉する為の入口があるってのは有名だけど。それか、《忌み地》を探すか。《忌み地》には必ず入口が一つはあるっていうもんね。
「妖精は亜人には優しいんだ。人間が嫌いだから、人間に虐げられる亜人に同情してる。亜人が妖精郷を必要とした時、《忌み地》を探せば導かれる様にはなってる」
「初耳…」
「妖精にとったら、あまり人間に知られたくないからね」
「ダンテさんは入口知ってる?」
根拠もなく知ってる様な気がしただけなんだけどサラッと答えられた。
「知ってる。幾つか」
〔ええ!〕
「えええ」
私だけでなくクラリッサまでが驚いてた。
〔貴方いつの間に⁉〕
「これはネーナを信じて打明けるんだから、他言は無用ってのにしてよ」
私はブンブンと首を縦に振った。
「《忌み地》を透かして視た時、また異質の空間があるんだ」
〔透かして視るって、そんな…〕
「ブーヘの《忌み地》程度なら造作はないよ。近辺を探ると入口だって分かって、興味はあるけど必要以上に近付いたことはないんだ。どんな魔法が人を阻むか分からないから」
〔貴方って、本当に、天才なんだか化け物なんだか…〕
クラリッサが絶句してる。私も同じくだ。
「間違いなく天才です」
美貌の少年は明るく言って親指を立てた。
言葉にしないクラリッサの気持ちが解かった。「化け物」の方だよね。
なんだかどっと疲れちゃって寝台を借りた。昼間は全く眠たくならないのに、昨日一昨日と寝不足だった所為か、すんなり眠れて夢も視なかった。




