普通でない人々
ガブリエラは姉ちゃんにも温泉誘ってくれたらしいけど、妹はまだしも自分まで厄介にはなれないって、取材が終わるとさっさと帰っちゃった。何喋ったのか白状させる時間もなしだよ、ハハハ(虚ろ)。
そして翌日、丘陵の段差を利用した温泉にまで、押しかけて来たよ御耽美陰険野郎が。
温泉では男性は白いズボンだけの湯着なんだけど、引き締まった肉体を誇示する様に、一々ポーズをとって現れたのは、ライムント・マルクス・ヘルダーリンだった。どうも格好つけんと気が済まんらしい。彼を目にした女客が騒いで鬱陶しいったら。
私達は下の透けない薄紫の上下の湯着で、キャッキャッ、キャッキャッと温泉を満喫してたのに、楽しい気分が全部台無しになっちゃったじゃないか。昨夜の夢で逆に疲れちゃって、それを温泉で癒したかったんだよ私は!
「何処にでも現れるわね。私達の楽しみの邪魔をどこまでするつもり?」
グリットがぴしゃっと言ってのけた。
うんうん、そうだそうだ。
「邪魔する?不本意だな。私は陛下の命で君達を護衛に来てあげたんだ」
「叔父様がいてくれるわ。ネーナだってグートルーンだってね」
正統派美男子で、魔力が強いんでそんなに年が違わなく見えるヴァルター叔父様が、グリットの目に入る位置に立った。
「ヴァルター卿は評価する。しかし女性二人は相応の護衛術を学んだのでも騎士の称号を得ているのでもない。それに君はまだしも、可愛いスヴェンの身を何より陛下は案じておられる」
思わせ振りな口調にこれは効いた。グリットの顔色が変わった。
「今回は部下に任せきりにしないの?ドスタルさんは何処?」
挑む様に私はがっしりした姿を探した。
「おや、お嬢さんは私よりドスタルの方がいいのかな」
絶対の自信を持って黒髪を掻き上げながらフッと笑いやがった。砂吐く~。
「好いに決まってる。人情があって大人の男の魅力たっぷりなんだもん」
何でヘルダーリンの下に配属されたのか分かんない人だ。本人にはそれなりに将来設計があるんだろうけど。
自信があっただけに超意外だったみたいで、端正な顔が崩れた。
「僕の寝首を掻きに来たんじゃないのかい?」
スヴェンが似合わない嫌味を言った…。え?もしかして本気で言ったの?その顔。
「君が陛下にあんなことを申し上げたから叱責を受けてね。仲直りの機会を頂いたのだ。人気取りに腐心してる亜人の、しかも女が護衛なのも陛下は気に入られなかったのだよ」
「相変わらずの女嫌いね。女漁りばかリしている癖に」
グリットの言葉には特に感情は籠ってない。
「皇帝への誹謗は聞き捨てなりませんぞ。お口にご注意を、姫」
「僕は断固として断る。貴様の同行なんて」
「断れば、陛下は有無をも言わさず連れて帰れとの仰せでした。スヴェン卿だけね」
なんだとう。グリットの父ちゃんといいこいつといい。今度はグリットは何の反応もない。精神的防御が張れたんだ。
「じゃあ僕はカランタに戻るよ。彼女達の楽しい旅を邪魔したくない」
両者の間に火花が散る。
その時この場の空気を読まない声が響いた。
「ネーナ、この炭酸水美容に好いんですって。グリットもガブリエラもグートルーンの分もあるわよ~」
息子に炭酸水の瓶をしこたま運ばせて、ディースターヴェーク女史の登場だ。
「彼女は?」
「高名な作家のリンダ・ディースターヴェーク女史よ」
問いに答えたのはグリットだ。
「はいどうぞ、はいどうぞ」と笑顔でみんなに炭酸水を配ると、こそっと女史もガブリエラに訊いてた。
「この美男子はどなた?」
「ヘルダーリン閣下ですわ」
それだけで理解した。流石に作家は情報収集も怠ってない。
「聞きしに勝るハンサムね」
チラッとヴァルター卿を盗み見る。
「創作意欲が……いいわ…」
目と口が三日月です女史。
「中身は陰険でとてもとても嫌な奴なんですよ」
こそっと囁いたけど、瞳がキラリって光った。逆効果だったかぁ!
「いい…黒髪の美形で陰険でピーーがピーーのピーーで……」
それ以上は勘弁して下さい大作家様⁉息子さんが川海老みたいに腰引けてます。
「ディースターヴェーク女史。お噂はかねがねお聞きしております」
にこやかにヘルダーリンが手を差出す。
「あ、あら、私…そんな」
素敵な美男子にメロメロってんじゃなくて、獲物が向こうから来ちまったよ、って戸惑い方してますね女史。
「実は新聞に連載してらっしゃる『獅子人ネーナの献身』を、面白く読ませて頂いているんだ」
お前もか~~⁉ああ、もうもうもっと別人に書いて下さい女史。こいつに私のことこれっぽっちも知られたくない!繊細で伊達メガネや目まで被さる髪を社会との緩衝材に使ってる少女でも、少しばかし脳味噌足りないけど天然で可愛い少女でも、可愛いだけが取り柄のドジっ子でも、私でなけりゃどーでもいいです。
「解かったわ」
顎に指をあてて考え込んでたグリットが明るい声を上げた。意味有り気な視線をやる。
お、反撃ですか?やっちゃって下さい、やっちゃって下さい。コテンパンにどうぞ。
皆の視線もグリットに向かう。
「お父上様の心変わりが早かったんでしょう?違う?」
あ、今度はヘルダーリン閣下~の顔色が変わりましたよ~。グフフ、図星なんだ。意味分かんないけど。
「陛下のご深慮など私如きに解かるはずもなかろう」
「解からないはずがないわ。そういう読みは得意でしょ。我が父ながら巧く運んだと見たら待てないんだから」
「グリット?」
スヴェンは訝し気だ。
「聞きたい?泥沼の愛憎劇」
「絶対嫌!」
「是非!」
私と女史の声が重なった。
「そういってくれてありがとうネーナ。聞かせられないし聞かせたくないことなの。女史にもガブリエラにもね」
心得てたものでガブリエラはすぐさま女史を誘った。
「あちらに化粧水も見えますわね。一緒に見ませんこと?女史。気に入った物が御座いましたら贈らせて頂きましてよ」
不満そうな女史の背をハーロルトが押した。
「ああん。口は堅いのよ」
「そういう問題じゃない」
グートルーンも手伝うと易々と女史は進まされた。早くこの場を退場するんだ。
グリットとヴァルターさん、スヴェンとヘルダーリンが後に残った。何が話されるんだとしても、どうかグリット頑張って!そんな奴に負けないでね。
そして最後の旅仲間は薬湯の中でへたばってた。熱さに当たったんじゃない。結構酷い怪我してたからだ。ズルズルと濃い薬湯の中に沈んじゃったらしくて、浮かんで来たところを、香りを嗅ごうと顔を近付けた私と鉢合せしちゃった。
「ダダダ、ダンテさん!何してんの?」
「湯治…」
聞覚えのある低い声。我ながらよく見分けがついたもんだ。右目は濃い内出血で腫上がってるし、左側は歪んだ魔法陣が貼り付いてる。温泉じゃあいつもの被り物は被ってらんないよね。けど折角の傾国の美貌が台無しだよそれじゃあ。
「ちょっとちょっとしっかりして!」
また沈んでくから腕を掴んで肩まで引っ張り出す。あれ?女性用着てる?
「ありがとうネーナ。意地を張った俺を、嗤ってもいいから傍にいてくれないか?」
「こんな状態なのに一人なの?ギッティ先生は?」
「女としけこんでる」
あっけ…。
何してんの先生!怪我人放っといて。
「あら、ネーナお知り合いでして?」
「ええ共通の。ダンテさんだよガブリエラ」
ぐったりしてる顔を彼女は覗き込んだ。
「いつも顔を隠されてるから、これが素顔でよろしいのかしら?」
「よろしくないよ。素顔だけど怪我してんだよ」
「合流するのはブーヘの《忌み地》でしたのに。構いませんけれど大丈夫ですの?」
「私に訊かないで」
一番効能が高い薬湯の湯舟は狭いけど結構深いんだ。ダンテさんって背が高いのに、膝立ちでようやく頭が浸からない位だ。縁にベンチはあるんだけどね。
「確認するけど、お腹が空いて身体に力が入らない訳じゃないんだよね」
「断食には馴れてるから二日三日は平気」
最後に食べたのがいつかなんて知らないよ。
「お願い湯から出して、別に怪我に効くから入った訳じゃない。効くっちゃ効くけど、凄く効くって訳じゃないから」
それはグートルーンが先回りしてくれた。湯舟に入って救出し、お姫様抱っこで木組みの寝椅子に運んでくれる。私は昨夜の夢見があるから、そうやって傍にいられるのは辛いものがあった。
「何があったの?」
「守秘義務。言えるのは、二百年熟成された怨霊退治はきつかった。実践不足を痛感しました、とさ」
「貴方程の方がそれを仰るなんて、余程手強かったのですね」
パッシェンさんが運んでくれたハーブ水を、ガブリエラが手渡す。
「元は実力のある魔法者だったんだ」
穴が空く程ダンテさんをガン見してた女史が、話の流れ無視でダンテさんに迫る。
「この顔…腫れたり変な模様あったりしてるけど、私には分かる。私の目は誤魔化せない。これはかなりの美形だわ。絶対そうよ。そうでしょ⁉」
「その通りですけど、今それを言いますか…」
全然周囲が目に入ってない。
「これはやっぱり天啓に違いないわ。こんなに美貌のイケメン達との出会いが続くなんて!私に書け、と。(男同士の)恋愛小説をバリバリ書けと、天が命じてるのよ」
何だか拳を握って使命感に燃え上がっております。
勝手に燃えさせておいてガブリエラが訊いた。
「それでこんな有様なのにお一人なのですの?ギッティ先生にお怪我はありませんでしたの?」
「それなりに怪我してるけど、可愛い女性の看護を受けてる…ちび禿デブなのに、それが可愛いって愛されまくって、羨ましい…」
うん、まあ、何処か憎めない可愛らしさがあんのよねギッティ先生って。ギムナジウムの女生徒にも人気があるんだ。
「だからってお一人は…」
「それで俺が意地張って、こんな怪我位大したことないって突っぱねたから。クラリッサもツチラトも一緒だし。元々この仕事が終わったら、独り立ち準備に夏休みの間離れることになってたんだ。だからここで別れましょう、なんて意地張ったなぁ」
最後の一小節は情けない声音になってた。
「そうでしたの。意地の張り所を間違えましたわね。ツチラト氏はご一緒ではありませんの?」
「クラリッサは温泉に連れて来れないから、用心棒してもらってる」
超が幾つも付く様な、貴重なビスクドール・ゴーレムだもんね。球体関節で指先までしなやかに動く、一流の中の一流の人形師の作品だから目を離せないんだ。
「それではどうせなのですから、わたくし達のガストハオスにいらっしゃいな」
「楽しい旅行中だろ?面倒掛けたくない」
「面倒だなんてそんなことありませんわ。貴方がいて下さると心強いのですから、遠慮なさらないで」
「そう?じゃあ宿に着いたら二人を呼寄せるよ」
「どちらにお泊りですの?宿に連絡させましょうか?」
「森にいる」
野宿なんだ。
「他にもお連れがいるの?イケメン?」
簡単に説明すると、女史は歓びに震えながら、ハーロルトの痩せて薄い肩をバンバン叩いた。
「ハーロルトでかした!これまでの親不孝をまとめて返してくれたわね。産んで良かったわ。スヴェンとガッツリ仲良くするのよ!」
裸の肩が赤くなって可哀想。
「ちょ…、親だからって特別扱いしないからな。務めが優先だ。妙なこと書いて発表したら、いつでも親子の縁を切ってやるぞ」
「そういわずに息子よ。がっぷり四つでも構わないから」
何期待してますか!それは友として私が赦さないから!
「息子をネタに何を考えとるか!この場で縁を切ってやろうか」
「もう、意地悪言わないよ。散々親不孝したでしょうが」
「それとこれとは別だ。俺からは一切情報を流さないからな。親不孝の返済は別口だ。出世払いと決まっとるだろうが」
エライ、その調子だハーロルト。巌の様に跳ね除けてスヴェンを守れ、守るんだ。
「ハーロルト・ローゼンハイム」
ハーブ水のお代わりを飲み干してダンテさんが呟いた。
「ご存知なの?」
「師匠が年頃の友達でも作れば、って渡された名簿にあった。余計なお世話だ」
「ギッティ先生にも認められた方ですのね」
「目利きの方がいらっしゃったのねぇ」
と喜ぶ母に、
「俺の卓越した優秀さは誰にでも分かるわ」
と息子が反論する。偉い自信だハーロルト。
「折角楽しんでたのにすまない。俺はここで寝てるから、遊んでくるといい」
女物っぽい湯着なのは身体にも怪我してるからだったんだ。ダンテさんが入ってた湯舟はそういう人ばかりだった。温泉を利用した本物の薬湯。
パッシェンさんが付き添ってくれることになったんで、その場を離れお言葉に甘えて温泉を堪能する。
自然の湯舟は地形に沿って段になってて、零れる湯で打たせ湯をしてたのはフー師だった。
目を閉じた厳かな雰囲気で、平らな岩の上に半跏趺坐し、肩に湯滝を当ててる。
「フー先生お楽しみですか?」
「うむ、好い。肩凝りがほぐれる」
「それはよろしかったです。私達もまだ遊びますから堪能してて下さいね」
「目は放しておらんぞ」
「承知してます」
「きゃあ、私好みのハンサムぅ」
玄関ホールで待ち合わせたツチラト氏に、歓声を上げたのはまたもやディースターヴェーク女史だ。少女の様に頬に手を当てて真っ赤になってる。
「父さんとタイプが違う」
ボソッとハーロルトが呟いた。
少年よ、理想と現実というものがあるんだよ。
ツチラト氏は普段大型犬の姿でいるんだけど、ガストハオスに犬ではまずいだろう、って人間の姿を取ってくれたんだ。割と気遣いの人ではある。
人型は筋肉隆々の大人で誠実な様子のハンサムだったりするんだな~。実は私も騒ぎたかった。服もバッチリ着こなしてて、これを仕込んでくれたのは前々回位の召喚主らしい。豪華で上品な玄関ホールでも、近衛騎士の如く決まってる。
細かいことは誤魔化されちゃうんだけど、問答無用の召喚は魔物からすれば凄く嫌なものなのだ。まあ、そりゃそうだよね。人間でもやだよ。力量差が雲泥の差にまで及んでれば、召喚主を負かして拒否するのもありなんだけど、召喚関係が成立すれば、どんな嫌な奴でも召喚主には逆らえない。だからいい召喚主の場合は、人間に悪さをしない、召喚主の名を貶める行為はしない、とかの条件で半召喚関係を持続させる。ツチラト氏はそれに当たるってことが、これまでの話から推察出来た。
種族を持たない彼は性別もなくて、必要に応じて女性形を取ることも拘らないから驚く。人間とは感覚が違うって頭で解かってても、実際に経験すると感覚の違いに驚いたり戸惑ったりするんだよね。
寝たら少し回復したダンテさんは、誰の手も借りずに動ける様にはなった。意地張ってんだろうけど、さり気なくフー師がいつでも支えられる位置にいてくれてる。
「ああん。取材より紙に向かいたくなるぅ。ここはネタと刺激の宝庫だわ」
身を捩る母に、
「それは善かった。帰ってじっくり机に貼り付いてろ」
冷めた息子は冷たく告げる。
「そんな訳にいかないの!解かってないなあ。実際に動いてるとこ見とかないと現実味が出せないの。それにネタは幾らあってもいいんだから、我慢して情報収集に奔走するに決まってるでしょ」
それは残念です。でも私じゃなくて他の人に目がいってもらえると助かる。
そういう意味ではヘルダーリンの存在も有だ。どういう風にかグリットとの話がついて、勝ち誇った彼女の高笑いが温泉に響いてたもんな。ヘルダーリン閣下は折々の決めポーズは傲岸不遜だけど、静かに大人しく従者の如くグリットに付き従ってる。天晴ですグリット。
それでもいて欲しくない存在ではあったから、ガストハオスに着くと何処ともなく消えてくれたのは有難かった。
可愛らしいビスクドールに挨拶されて、クラリッサにも女史は歓声を上げた。この声をもう何度聞いたろう。そして可愛らしさにノックアウトされて倒れてしまった。
ゴーレムって大抵土色から逃げられないんだよね。同じ土から出来てるからって陶器製は硬くて割れやすいから、精々錬成した後それっぽく彩色するだけ。試しにビスクドールをゴーレムにしても、動いて幾許もなく壊れるんだ。だからゴーレムにも出来るビスクドールが作れるってことは、人形師が超一流の証拠。
遥かなる極東の国に、オキクと呼ばれた依り代人形があった。黒い瞳に眉上で切り揃えられた長い黒髪の人形は、美しい衣装を着せられて大事に可愛がられると、持ち主が亡くなくなった時魂が乗り移れるのだという。その証拠に魂が乗り移ると髪が伸びる。それにあやかった人形だと天才人形師は説明した、って説明してたのはギッティ先生だ。
等級は梅・竹・松の最上級梅。体型はコリーヌ5型で成長度はジョゼット8型、そう告げれば人形専門店で服が買える。ジョゼット型は成人直前直後の女性の面差しと体形を表す。普通の人形よりは大きくて八十センチはある。
ギムナジウムでもクラリッサは超人気で、コリーヌ5型のジョゼット8型って情報に、お手製のドレスもクローゼットに納まり切らない程贈られてた。
〔御機嫌よう皆さん。世界中の何処であろうと貴女方に会えれば嬉しいわ〕
しかもこの気品!薔薇じゃなくて白い百合が彼女の背景に似合う感じ。現実はツチラト氏の厚い胸が背景だけど。
残念ながら表情は変わらない。軽く開いて笑みを湛えた唇に漆黒の瞳は無垢そのものだ。
彼女に誰よりも心を射られたのはガブリエラだ。彼女に贈る為に密かに裁縫を習い始めたことを知ってる。
こんなだから用心棒もいるよね。
〔ごめんなさね。あの子ったらフルヴィオに対しては意地っ張りなところがあって…皆さんに見付けて頂けて良かったわ〕
上質の陶器が声を響かせて美しい。陶器も楽器になるんだねぇ。
ハンサムな上に同席した誰よりも背が高いツチラト氏は、皆を睥睨して「揃ってるな」って表情を一瞬見せた。後は興味なしって態度だ。経験的に上々の反応だと思う。魔物の感覚は人間と違うからね。恐らく彼は人間を好む稀な魔物なんだ。クラリッサにも優しいし。
と、と、と、とツチラト氏に寄ってダンテさんは躊躇わずその腕に倒れ込んだ。クラリッサは華麗にツチラト氏の肩に、巨人の身体を歩くみたいに登って左肩に腰掛ける。
「見逃せないわ⁉」
「わああッ」
倒れてた女史がガバッと起き上がったんで、介抱してたハーロルトは心臓が止まりそうになってた。
見逃すのは惜しいよね。
私達の階にはまだまだ空き部屋がある。つーか随行員の多い貴人用の設えだもん、召使い用の部屋まで揃ってるから、空いてる部屋の方が多い。無理に相部屋する必要もない位だ。ダンテさん一行に一室、フー師はヴァルターさんが同室に誘ってくれたし、女史には私と同じグリットの部屋の空いてる寝室が当てられた。
「すかし虫が大人しく消えてったね。どんな手を使ったの」
部屋に戻ってそう小声で聞いたら、そりゃもう嬉しそうに皇女殿下は高笑いしましたとも。
「ほーっほっほっほっほっほっ!奴の弱味を掴んだんだもの、当分下僕の様に使ってやるんだから。久し振りに爽快な気分だわ。大丈夫よ奴の扱いは心得てるから安心して」
何があったんだか凄く凄く聞きたいのは山々だけど、これ以上泥沼の深みにはまりたくない気持ちの方が強い。アマーリエ講堂の件では酷い目に遭ったんだ。
「ほ…程々にね。あいつねちっこそうだから」
「正にそう!受けた善意はキレイに忘れて、屈辱だけは受けた以上に根に持つの。父上様も我が家の男子はみんなそうで、血は争えないわよね」
ああ最悪。だとしたら君、父ちゃんの血を受継いでなくない?
「私は根掘り葉掘り訊きたいわ」
女史が何かに憑かれた顔して迫る。
憧れの作家がこんな変人だったなんて、夢が壊れちゃったよ。エレガントに原稿用紙に向かう女性作家を思い描いてたのに。
「それはいずれ機会がありましたら」
にこやかに答えて躱す。
「恋愛小説の方も期待しておりますわ」
「そうだ!今の内に書き留めておかないと。ああ、身体が幾つも欲しい!」
寝室じゃなくて応接セットの低いテーブルで、目の色変えて何やら高速で書き込んでる。字が字になってなくて読めない。これで読み返せるのかな?って不思議だったけど、後で、人に見られて大丈夫な様に自分なりの暗号文字なんだ、って教えてもらった。それは素敵だ。
取敢えず気が逸れてくれて助かったけど、そうしてる間の独り言が凄かった。
「ああ、あの筋肉がピーーの為に動くのを想像するだけで、五、六本は書けそうだわ」
誰の筋肉?聞かなかったことにする。小説をお待ちしております。ネーナのなんちゃらはキレイに忘れましょうね。
「ちょっとSが好みなのよね~」
「グフフ、陰険黒髪でピーー」
「ピーーでピーーしてやるぅ」
「フフフフフぅ~」
聞かなかったことにする!
ダンテさんの様子見てこようっと。