こんな父
一方で即席の天幕の中ではほのぼのした家族の、心温まる会話があったかっていうと、そんなことは全くなかったんだと。
後でグリットとスヴェンから、別々に聞かされたとこによるとこんな感じだったらしい。
先ずアルベルト陛下は娘のグリットはいない者の様に振舞って、スヴェンにしか話し掛けなかった。父の愛薄く放っておかれてるグリットの前で、遠慮なくスヴェンへの溺愛ぶりを披露したんだ。
「そなたも大公位を継いで人の上に立つ身となれば、父の立場も少しは分かろうが、ルイーザとそなたのことは片時も忘れたことはないのだ。本当だ。名も素性も明かさぬまま、そなたの成長振りを覗いたこともある」
「………」
「そんな渋い顔をするな。タルヴィッキは楽しくて気の付く女だったが、それだけに目敏くて、嫉妬深くもあったから、そなたを傍に置けば暗殺の危険があったのだ」
それも確かにあったかもしんないけど、愛妃と面倒になるのも嫌だったんだよね。だから正面切って幼い我が子を守ろうとはしなかったんじゃない。
「本当に陛下はご心労が多くて、ルイーザ様は癒しでありましたのに、早くに亡くされたのはスヴェン様にも陛下にも、これ以上ない不幸でありました」
ワザとらしく(スヴェン証言)目元をハンカチで押さえたのは、『嘆きのマルコ』と陰で称されるマルコ・ミケーレ・ヴィート・サンフィリッポだ。
聖ルカスの貴族で、陛下とは学友だから長い付き合いになる。一説には彼が陛下を「可哀想な皇帝」から卒業させない元凶で、常に「誰にも理解されない孤独で不幸な皇帝」だ、哀れだ哀れだと吹き込んでるんだって。陛下も陛下で、側近や侍従がどれだけ口を揃えて遠ざけましょうと進言しても利かないそうだ。
「ルイーザは万事に控えめで自分の立場を心得た女であった。歌や踊りで余を和ませてくれたものだ。そなたは母を覚えているか?」
「元気な頃はほんのりとだけ、大半は病気で痩せ細った母です」
ほんのりと嫌味を含ませる。
「何ということでしょうスヴェン様!お労しや。あの歌声や嫋やかな踊りを覚えておられぬとは!お可哀想に」
これが噂の、とスヴェンも思ったそうだ。
「付きっ切りで介抱してやりたかった!しかし美しい姿のまま記憶に留めておく方が、ルイーザの気持ちに添うことになると思うてな」
記憶の中の母が否定してる。
「皇帝という重責を担っての、苦渋の決断でした」
「こうして成長して親子の名乗りが出来るのをどれ程待ちわびたか…」
勝手に待ってろ、って首まで出掛かったのを我慢する。
「どうだマルコ、我が子等の中で一番余に似ていないか?」
「陛下のお若い頃に瓜二つでございますな」
間髪入れず即答だ。
「このままレーヴェンブルン(帝都の宮殿)に連れて帰れればどれ程いいか!」
「叶わないのですか?」
これはグリットだ。実現して欲しくないけど、一国の皇帝の願うことが叶わない訳があるのか?息子を連れ帰りたいって願いが。
「ジークリットは兄君に会ってみたい、などと可愛いことを言ってくれるが、タルヴィッキの娘だ、嫉妬で意地悪するかもしれんからな」
娘の方を見ずに答えた。
「可愛くて賢い方々ですが、そこはそれ、実際にお会いすると心変わりせぬとも限りません、悩ましい所でございます」
「タルヴィッキの子等もそなたも同じ位に愛しいが、拗ねられても困ってしまうぞ」
グリットを前にして平気でそう口にする神経が理解出来なかった。彼女だって頭で解かってても、実際に父が他の兄弟を溺愛するのを聞くのは辛いんだよバカ親父⁉
子供がたくさんいたらそりゃ贔屓も出るだろうさ、けどさ、親ならそれを胸の内に隠して公平に振舞うもんでしょうが。平気で露骨にして、嫉妬するな拗ねるな言われても、聞けたもんじゃないよ。
「積もる話もございましょうし、私はここで下がらせて頂きます」
「良い心掛けだ。まだ居る様なら、余から子供の様に言い聞かせねばならぬかと思っていたぞ」
無言で一礼して下がろうとしたんだけど、
「一つだけそなたに申し付けておくことがある」
「はい」
「スヴェンに貼り付いて分け前を得ようとしておる様だが、余が許すと思うな」
その場にいたら暴れてたな。父親の癖に娘の何も知らずに、見当違いぬかしてんじゃない!って。
「心に留めおきます。――先日差上げた書状には目を通して頂けましたでしょうか?兄の振舞いは罰を受けるに十分なものでございますが、それとネーナ・ヴィンクラーの功績は別物。我ら兄妹だけでなく全校生徒、並びに教師一同を救った英雄に、どうぞ陛下からもご褒美を賜りたく存じます」
実の父に酷い仕打ちされたのに、反論も抗議も一切せずに私のことを持ち出してくれたんだ。私のことなんていいんだから、バシッと言ってやればよかったのに。
「ああ、耳にはしておる。持ち上げられて、英雄気取りで物語にもなっておるのだとか。その者とつるんで、スヴェンに良くない影響を与えようとしておると報告がされておるぞ」
グリットはきつい非難の眼差しをヘルダーリンに送った。
「それは全く誤解です⁉」
怒りでスヴェンは頭が沸騰してた。
「ネーナ・ヴィンクラーと僕はギムナジウムの初等部からの親友なんです。社交的で誰とでも仲良くなれる素晴らしい女性です。根っからの善人なんです。グリット…マルガレーテ姫も、僕は生まれて初めて兄妹を持てた様で、こんな聡明な賢い女性が兄妹で誇らしく思っています」
だが陛下の返答は冷たかった。
「そうれ、もうマルガレーテの術中に嵌まっておる」
「なっ!」
「自由都市などという場所で育てば、己の分を弁えぬ者も平気になろうが、マルガレーテはそれを利用して、いずれそなたの統治にしゃしゃり出て横柄になろう。余はそれを危惧しておるのだ」
「私の何をご存知だと申されますか父上様」
グリットは努めて冷静に尋ねた。
「そなたは母上にそっくりだ。気が強くて少々頭が回るのを良いことに、周囲を服従させねば気が済まぬ。母上には苦労させられた」
「気が強くて物怖じしないのは僕には好もしく感じられます!」
「今はな。歳を取れば女は化け物に変わる」
「では化け物に変わらぬうちに退散いたします」
悔しいがこの場は感情が爆発しない内に退散しないといけない。
「しっかり心に留めておけ。娘であるから恩情を持って接してきたが」
「慈悲深くあられました」
なんてサンフィリッポが相槌を打つもんだから、スヴェンは蹴飛ばしてやろうかと思った。
「スヴェンに悪い影響を与えている様だ。ギムナジウムを出たらウィゲリクブルクだろうがアルトワ・ルカスだろうが好きな所に行くがいい、この国に留まることはならぬ。さもなければ身分の合わぬ下級貴族にくれてやるぞ」
どちらも共和制の国だ。てか「さもなければ」って、もう、どうしてそうなるかな⁉その仕打ちって、そんな気分何所から湧いて出るのさ。
「解かりました」
さっさと天幕を出た。
「グリット⁉」
「気にするなスヴェン。あの者には大したことはない。平気な顔をしておったではないか」
「それが強がりだって!どうして分からないんですか?」
「皆が平等だなどと、寝言を建前にする国に行きたがっていたのはマルガレーテぞ。皇女ならば国の為に務めねばならぬのに、余は我儘な願いを叶えてやったのだ。慈悲深い父であろうが」
「そうです。殿下も今頃は願いが叶って嬉しくお思いでしょう」
もうもうどう言えばいいのやら迷うばかりだ。これまで見てきた家族の姿とはまるで違う。夢も幻想もなくてスヴェンは深く失望するばかりなんだ。
「あれのことは忘れろ。折角余がお忍びで参っておるのだ。父と共に数日過ごさんか?父として皇帝として息子に言い置きたい事もある。そなたの頑なな心もほぐしたい」
自分にばかり構うが、理解したい訳じゃないことをスヴェンは見抜いてた。陛下は自分の意思を押し付けてくるばかりなんだ。
「今の陛下では無理です。大公位は為したい事がありますので頂きますが、それだけです」
「つれないことを言う。余の傍で余を支えてくれぬか。そなたがいれば余の無聊も癒されよう」
「僕で癒せると?他の方々で無理だったのに?」
「そなたでないからだ。それに誰も余を理解せず、皇帝を利用しようとするばかりなのだ。余は疲れた…」
「お労しや陛下」
反論したい事が多過ぎてどれから手を付けていいか分からず、それに費やす時間も惜しくなったって。だからスヴェンはいつも冷静でいられるんだね。
「私が陛下のお傍におれば、今度はライムント卿などから暗殺される恐れがございます。命が惜しいので陛下のお傍には上がれません」
出ようとして大切なことを思い出した。大切じゃないよそれは。
「ネーナ・ヴィンクラーには必ずご褒美頂けますように、私からもお願い申し上げます。この旅では私の騎士でもあるんです。彼女が付いていてくれたら何処でも心強く安心です」
陛下とのことはスヴェンを笑顔にしない。
天幕からそりゃもう泣きたいやら渋いやら苦いやら、そういうのがいちどきに合わさった様な顔して、グリットみたいに何かを振り払う様に飛び出して来た。
「グリット!」
昼間みたいに泣いてはなかったけど、彼女は無表情で何かに耐えてた。
「気にしないで。慣れてるわ」
「あれが僕らの父なんだ…」
「ふふ、私達気の合う兄妹よね」
泣き笑いな表情になったから、中でどんな会話が交わされたのか凄く気になった。
「スヴェン卿。陛下とはどうだったかね?君はお気に入りなのだから、決して気分を損ねないことだよ」
すかした口調でヘルダーリンが口出しする。
「もう損ねたよ。お傍には上がれませんと断ったからね」
二人の視線が合わさって火花を散らした。
「愚かだが賢明な選択ともいえる。誠実に職務を果たすのならね」
「そのつもりだ。僕は僕の大切な人達を守る」
その為にしたくない選択をしなくたっていいんだよ。いつでも私の隣に戻って来てよ。一緒にバカやろうよ。
「…忘れない様にしたまえ。私は近頃、何が大切だったのか見失う時がある。伯父上。心を強く持たれます様に」
ヘルダーリンは歳の離れたスヴェンの兄、グリットと母は違うが正嫡のエドゥアルト皇子の庶子なんだ。父とは腹違いの伯父なんだよね。
けど超意外!奴がこんな事言うなんて。しかも心が籠ってるじゃない。天幕から呼び掛けがあって行っちゃったけど。
正直に口にしたら、
「複雑なのよ。父の血を受け継ぐ一族として、共感するところがない訳じゃないわ。けど心を許せば足を掬われる。利用出来るとあれば親身にもなってくれし、こちらも利用出来るのよ」
「何それ、ごめん、私ちょっと所でなく大分無理」
「そんなこと理解しないでネーナは。貴女の偽らない在り様は私達の、ガブリエラもそうだと思うから、癒しなのよ」
ガブリエラも頷いた。なんで私なんかが癒しになるのか理解出来ないけど、そ、そう?えへへ。
「下がらせて頂けるのなら部屋に戻らなくて?少しでも眠って朝早く出発致しましょう」
宿に迷惑掛けたくないなぁなんてのは杞憂でしかなかった。泊り客も宿の家族も、案外珍しそうに目を皿にして覗いてた。
そりゃ自分に関わりがなかったら、夜中に珍しい飛獣が大量に降り立って、皇帝やら騎士やらが現れたんだから、この際よく見物しておこうって気にもなるよね。
かくいう私も公用で飛獣が空を飛んでるのは見掛けるけど、それはもっと下級の飛獣で、グライフなんて間近にしたことないから珍しくて、待ってる間穴の開く程見詰めちゃったもんな。陸を行くにしろ空を飛ぶにしろ、妖獣系は都市には入れないから市の外に厩舎が設けられてる。郵便とかは公共だから別だけど、一般には許可証がいる。なんせ慣れてない妖獣は人を食べちゃったりするからね。
狭かったけど離れる気になれなくて、ガブリエラの《帳》でグリットを真ん中に、寝っ転がりながらお喋りした。彼女の吐露する話は辛くて、この強がりな友達をどうにか支えてやりたい、って思った。
翌朝、朝食もそこそこに出発した。馬車は二台に増えて荷物は一台に一纏めにされたんで、人も増えたけど狭くはならなかった。ハッペさんは馬車に繋がれてるのと同じ妖獣に乗ってた。
陽が昇るとどうしても目が覚めて、陽のある間は眠たくても眠れない私に比べて、ガブリエラはまた魔法で《帳》を降ろし、「美容に寝不足は大敵なのです」と馬車の隅で寝てしまった。繊細そうでいて図太いんだよなぁ。寝不足ながらいつもの様に朗らかなグリットだって、彼女に比べたら繊細だ。
「予定より早く次の街に着くわね。丁度いいからスヴェンとハーロルトの服を揃えましょう。必要な物もね」
「俺の服も整えてもらえると?」
「当然よ」
不細工に接ぎが当てられた服を引っ張る。
「結果的について来させることになったんだから、必要な物を遠慮なく選んで頂戴」
目の周りがほんのり赤くはあるがいつもの彼女だ。
昼前に遅起きな陛下が追い付いて来て、もう一度スヴェンを誘った。しつこいなぁ。すげなく断る会話が展開されてる間に、陛下のお忍びがバレて陛下の方の追手が駆け付けてくれたのは正直助かった。帰っちゃえ帰っちゃえ、口には出せないけど心では後ろ脚で土を引っ掻けてた。
街に着くと充分睡眠をとったガブリエラがシャキッと起きて、
「さあ、買い物に行きますわよ」
と宣うた。
「その前に昼食~。朝食ちゃんと摂ってないし、早過ぎてお弁当も用意してもらえなかったから、先ず何か食べたいよ」
応える様にガブリエラのお腹が鳴った。
「ですわね。キチンと食べないと美容にも悪いのですわ」
「そこら辺の店でいいよね」
歩道にテーブルを出してる店が幾つもある。
「まさか!わたくしの様な人間はちゃんとお金を落していかないとなりませんの。パッシェン、お店を調べておいてくれたわね?」
パッシェンさんも心得たもので、間髪入れず答えた。
「はい、個室のある店は二つ辻向こうを左に曲がった通りです」
「では俺が馬車を宿に連れて行きましょう」
ヴァルターさんの配下でもう一人の騎士、コルネリウス・ハッペさんが申し出てくれた。
「では私も」
グートルーンも手を挙げる。
「それには及びませんわ。ガストハオスに馬車だけ向かえば、そちらの方で荷物を降ろしてくれますもの。個室ですし皆で食べましょう。騎獣も繋いでおけましてよ」
案内されたのは庭の広いレストランだった。庭に置かれたテーブルも低い木で仕切られてる。通されたのは庭じゃなくて、中庭を眺められる奥の個室だ。庭に出られる様にもなってる。
女子は私を真ん中に左右にガブリエラとグリット、その両脇にパッシェンさんとグートルーンだ。男性はスヴェンとハーロルト、ヴァルターさんとコルネリウスさんが対面に座る。
パンや大皿の料理が次々と運ばれて、果実水やラヴェンデルと檸檬と薄荷が浸けられたハーブ水、大人にはワインが用意された。
「食べていい?食べていい?」
って訊くのと手が同時だ。我ながら食い意地が張ってる。だって美味しそうなんだもん。肉料理も一種類じゃないくてさ。まるで私に食べてくれって懇願してるみたいだ。
「どうぞ、お替りもしてよろしくてよ」
何故ガブリエラが答えるかっていうと、宿と道中のレストランはガブリエラの一存で決める代わりに、代金は全て彼女持ちという話がついてたからだ。ありがとうガブリエラ。
切り分けが必要な肉料理はヴァルターさんが切り分けてくれた。こういうのは年長の男性の役だよね。
料理はどれも美味しかったけど、特に魚料理が美味しかった。大きな変な姿の髭のある魚だったけど、味は最高だった。
「宮廷では一皿一皿勿体ぶって出されるのが主流になってるけど、こうやって食べるのがやはり美味しいわよね」
グリットが楽しそうで良かった。
「嫌いな料理も無理矢理食べさせられる、って新・兄ちゃんがぼやいてた。嫌いな物なんてないくせにさ」
「そうなのよ!しかも会食になんてなろうものなら、周囲に合わせて食べないといけなくて、しかも段々ナイフやフォークの種類が増えてくるの。テーブルマナーも五月蠅くなって煩わしいったらありゃしないわ。食事位好きな様に食べさせて欲しいものよね」
うわ~。だね~。
「食べるだけがそんなに大変って、わたしゃ味しないね。けどガブリエラには合うんじゃない?」
「お聞きになったでしょ、周囲に合わせないといけませんの。わたくしゆっくり食べたいのに、料理を下げなければならなくなりますの。お替りなんて絶対許されなくて、精々パンかチーズ位ですわ」
「そんなに種類もないしな。二日酔いでスープとあっさりした物だけで…なんて要望ははなから訊かれない。俺に取っちゃあ半人前にもならんから食えんこともないが、適当にサンドイッチ作って夜食にもらっとくってのが出来ん」
だよね~。隣に座ったコルネリウスさんは黙々と食べてる。
「こらコルネリウス。喋るのは俺に任せてりゃいいなんて許さんぞ。これからの上流階級じゃあ、食べながら話すのも重要なんだ」
「そうなのですか?」
驚いて訊き返したのはハーロルトだ。
「洗練された最新の宮廷マナーじゃ、料理に使うナイフとフォークを間違えず、隣や対面の人物と歓談出来なきゃならん」
「話題の一つや二つ、なんかじゃ足りないわよね」
「それ食事って言わない、苦行って言う」
「会食っていう名の社交的イベントだ。そうやって知己を広げてくんだ」
大変だなぁ。私は食事位肩肘張らず食べたいよ。それじゃあ席も固定されるんだろうな。
「話題…か…」
難しい顔をするハーロルトにグリットが言った。
「相手に解からない、専門的な用語が重なる様じゃダメなの。時事関係とかでも男女で違ったりするでしょう?共通する興味を引出せるかどうかね」
「共通する興味…、かつて俺と同じ興味を持った姉以外の女性と会った事があったろうか…」
ふんふん、女性の知り合いも少なそうだもんね。きっとないよ。そういうのは一緒に行動してたら解かってくんだよね。
食事を忘れて果てしなく悩み出したから、これ幸いと彼の近くの山羊料理の皿を取ろうとしたら、サッと引かれてしまった。
「羊料理を独り占めしたろう!兎料理も大半食べた」
それが昔ながらの会食のいいとこなのさ。
「でもまだ物足りないんだもん」
「注文しましょう。お替りしたいものはありまして?」
パッシェンさんがカルテを回してくれる。
「では遠慮なく」
「多少は遠慮すべきだろう」
なんだとう。私とガブリエラの仲なんだぞう。
「はい、ガブリエラ、あ~ん」
素直に開けられた口に、インゲンとブロッコリーの炒め物を放り込むと、思惑通りハーロルトは悔しそうな顔した。ざま~見ろ。
服を選ぶとなったら自分のでもないのに、ガブリエラとグリットが大はしゃぎだ。慣れてるスヴェンは任せてる。現在独り暮らしの彼は最近までロットシルト家の居候だった。その間、衣服代は出すからってガブリエラがずっと選んでたんだ。そのスヴェンの助言を得て、ハーロルトも気の進まない顔で言いなりになってた。ガブリエラに服を合わせてもらう際は、とても嬉しそうだったけどね。
それだけじゃない、身の周りの小物、物入各種等々もだ。唯一女性陣が席を外したのは下着を選ぶ時だけだったりする。
勉強家なだけあって、骸骨みたいな顔を不気味ににんまりさせて、ハーロルトがペン軸とかの文房具を選んでた時は他人の振りした。笑顔が…ね。あれはないわ~。肉ついてきたらましになるよね。…っと願ってる。
書店は古書店も兼業してて屋内で分かれてる。こちらでも妖怪ハーロルト全開で、どちらに対しても目だけをぎらつかせるもんだからちょっと大分怖かった…。気味悪がって書店を出てく人もいたから、お店には申し訳なかったな。
「欲しい本があれば遠慮しないでよろしいくてよ。スヴェンの学友になるのであれば、それ相応の本が必要でしょう?」
にぃっこりとガブリエラの麗しの笑顔に妖怪は蕩けかけた。冷静に戻ると風の如き素早さで店内を縦横し、二十冊程の本を選び抜く。
私は恋愛小説シリーズの新刊を、ちゃんと自費で購入する。
「本当にスヴェンの同級生なのか?選んだのは恋愛小説ばかりじゃないか。もっと有益な本を選ばんのか?」
背後に立つなぁ~~。思わず肘が出掛かっちゃったじゃないか。死ぬよあんた。しかも恋愛小説に文句つけないでよ。現実は厳しいんだから夢位見たっていいじゃん。
「旅行に眉根に皺が寄る様な本なんて持ってかないでしょが」
「ふむ、それは確かに…。おい、リンダ・ディースターヴェークの本があるじゃないか」
素直に同意したものの気になる作家なのか、大声出さないでよ。作家の初期の頃の作品で、古書店でずっと探してたんだ。売れる前の本って部数が少ないから中々ないんだよね。何と言われても離さないからね。
「何か文句でも?」
不気味な顔に、精々怖い顔を突付けてやった。
「そういえば『獅子人ネーナの献身』を書いてる作家だったな」
「だからって買うんじゃないよ。元々グリットやガブリエラだって女史のファンなんです~だ!嘘じゃないからね」
「いや…そうか」
なんだよ、その顔。リンダ・ディースターヴェーク女史の本は恋愛小説じゃないんだから、何の文句があんのさ!
「あら、その本見付けましたのね。読み終わりましたら貸して下さいませ」
ほーら、今の聞いた?ガブリエラもそう言ってるよ~ハーロルトく~ん。
何故そんな複雑そうな顔する!妖怪臭さが引っ込んで、痩せこけた苦学生がポツンと立ってた。
男性陣がどんな本を選ぶか興味があったけど、ヴァルターさんとコルネリウスさんは警護に徹してたから本には目もくれなかった。スヴェンは真面目に地元の偉人の伝記や、これから向かうブライトクロイツ公爵領の本に薬学の本も一冊。夢は中々捨てられないよね。高かったんで私には手が出なかった本だ。
「はい」
清算が終わるとその薬学の分厚い本をスヴェンは私に差出した。薬学の大家が近年出版した本で、今後百年は薬学の基礎となる本だ、って先生が紹介してた。二人で欲しいけど高いね、って言ってたんだよね。
「え?」
「欲しがってたろ?」
「それはお互い様でしょ?」
「うん、でも僕は違う道を選んだから。これで僕の分も勉強してくれないかな」
寂しそうとかじゃない優しい笑顔だった。大事にするからね。
ガストハオスは通りの向かい少し歩いた場所だ。
自分で持っておきたい物以外は、どの店でもガストハオスに届けてくれるって、流石のロットシルト家の威力。だから買い物で両手が一杯なんてことはなくて、荷物は軽く済んだ。勿論本はしっかと抱えてるよん。
けどガストハオスで待ってた人達を見た途端、不覚にも全部放り出して逃げ出し掛けちゃった。
玄関ホールとかじゃなくて、庭のベンチから声が掛けられる。
「ネーナ、あんたってばもう!」
「何でここに居るのさ姉ちゃん!」
同時だった。
武術の師、フー師までいる。
「役人が来て、お前が未来のケルテンデン大公を誘拐して逃げたって。どういうことなの?姉ちゃんに解かる様に説明しな、ガブリエラ嬢と旅行じゃなかったの?し、し、し、しかも、お、畏れ多くも皇女殿下と、一緒に、ブライトクロイツ公の下を訪ねるって…」
「ガブリエラと旅行するってのは嘘じゃないもん」
ただ、後半のことを言わなかっただけでさ。
「役人に痛くもない腹を探られたのよ兄ちゃんは⁉ってか自分の立場解かってんの!そんな偉い方達と旅行してて、いつ粗相して侮辱罪だかなんかで処罰されやしないかと思うと、姉ちゃん達は心配で不安で…」
それを言われると返す言葉がない。何を思って首を擦りますか、姉よ?
「話さなかったのは悪いと思うけどさ、私だって親友と思い出作りたかったんだもん。皇女殿下と一緒っつったら絶対反対するでしょ!」
「とぉ~然でしょうが⁉うちの胃薬、売る前に使い切っちゃうわよ!」
一頻り姉妹で騒いでたんで、ガストハオスの人にも注意されてしまった。
「失礼致しますお姉様、どうかお鎮まりになって下さいな。わたくし共の部屋でお話し致しましょう」
楚々とした風情のガブリエラに勧められる。
「まあお嬢さんいつも愚妹がお世話になっております。でもね、誘拐は良くないですよ。その癖処罰はされないって聞いて、ホッとするやら訳が分からないやら」
「その未来の大公がスヴェンであることはご承知なのでしょう?」
「ええ、ですが…」
「スヴェンです」
すまなそうに当人がガブリエラの隣に並ぶ。
「久し振りで…」
三人でご飯食べたことも何度かあるもんね。
「はい、ネーナにはいつもお世話になってます」
「そんな、愚妹がそんな…迷惑をおかけしておりませんか?」
私相手とは違って、いきなり偉くなったスヴェンには咄嗟にどう話していいか分かんないみたい。
「お騒がせしましたが誘拐は狂言で、僕を連れ出す為に打ってくれた芝居なんです、すいません」
スヴェン~~、何があっても命に代えて守るからなぁ。ありがとう、親友よ!
「え、そうなんですか!それならそうと何故先に言わないのよ、愚愚愚愚妹が」
それは後付けの理由だからですよ姉ちゃん。
「エルヴィラ」
彫像の様に姿勢正しくベンチに座ってたフー師が動いた。
「ここでは迷惑になろう。有難く申し出を受けて、静かに話せる場所に移ろうではないか。珈琲は薄めでお願いする。お茶請けは檸檬タルトがよろしかろう」
相変わらずずれてんなフー師は。




