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連載小説

 夏休暇前、放火事件が治まっても我が家は落ち着かない日々が続いてた。

 この地方で流通する数ページしかない新聞なのに、中一面全面を使って掲載された小説を、私はびりびりにそして失念深く細かく千切った。

 兄ちゃんが溜息を吐く。

「ネーナ」

 兄ちゃんに呼ばれたのは店舗の方の二階の私室だ。家業の薬局が大きくなって隣合せの家を購入して店舗にして、兄ちゃんはそっちの方で寝起きしてる。

 兄ちゃんの言いたいことは分かってる、こんなことしても無駄だって。でもさ、やらずにいらんないんだよ。出来るなら作者をこうしてやりたいとこなんだ。

 更にえいやえいやと踏んでやった。

「週一連載でもう何週目なんだって?」

「読んだろうが、三回目だ」

 題名は『獅子人ネーナの献身』。先日の火災事件をネタにして私のこと盛大に賛美して書かれてる。しかもよくよく取材もしてて、生まれてから火災までのことも要領よくまとめて書かれてんだな、これが。いつ調べた?私の人生丸裸かよ!

「ここんとこ行ったこともない所の、全然知らない人からどっさり贈り物が届くと思ったら、こんなのが連載されてたんだ」

「十中八九な。全国紙だがカランタ市では発行されてなかった。これまではな」

 意味有り気に言うんで閃くものがあった。

「この連載が載ってるからこれからはカランタ市でも発行されるってことね!」

「御名答」

 どうしたもんか、って感じでまた溜息を吐いた。

 実際はこの小説だけがここで流通する新聞に載るんだけど、そっちも全国紙ではある。

「いいじゃねぇか、内容はネーナを絶賛してんだし、俺は鼻が高いぞ自慢の義妹だ」

 姉ちゃんと結婚したばかりのニクラスはニヤニヤしてる。

「それに貰えるもんは貰っとけ、家に入りきらん分は俺が換金して来てやるよ」

 強欲じゃない一般的な損得勘定を持ってる。

「ニクラスは当事者じゃないからそんな口利けるけどね!」

 なんか余裕な感じが気に障るぅ。

「こらこら兄ちゃんと呼ばんか。兄ちゃんと」

 男兄弟で妹がいなかったから、出来て「お兄ちゃん」って呼ばれる気満々なんだ。

「連中はネーナを種に楽しんでるだけだ。ネタ賃だよ。「ネーナ様ぁ」とか来たら、渋い顔せずにニコッと笑ってサインの一つもするんだぞ。こいつは一種のサービス業なんだからな」

「はア~~~?絶対やだよ、お断りだよ、私はそれで身を立てる気なんかないからね⁉」

「身なんか立てられるわきゃねぇだろ。こんなもん一時的なもんだ。長続きしねぇよ。読者が飽きるまでの期間限定だ」

 こういうちゃんと解ってるとこがニクラスのいいとこだ。けど乗れない。それって私じゃないもん。

「一時的で済むかな…?」

 悩める兄ちゃんは救いを求めてニクラスを見上げた。

「一時的だって。連載が終わったら長くねぇさ。何ならネーナ、お薦めはしねぇがそこらの店で万引きするか、「私は獅子人のネーナよ」って店の奴脅してただ飯かっ喰らって来いよ。一発で終わるぜ」

 有名人のスキャンダルも美味しいネタなんだ。直ぐ全国紙に載るだろうな。

「絶対絶対ぜぇったい、やだね!」

「姑息な手段だが効果は絶大だってことは解る。しかしネーナの名前に一生消えない傷が付く。それだけはダメだ。俺じゃダメかな?」

 兄妹揃って悩ましい。

「悩んでもどうしようもない事は深く考えるな、逆に一時のことなんだから遊んでやれって気分になれよ」

 記憶槽を突かれた。

「それ前にも人に言われたぁ。でもどう~してもそんな気分になれない」

 父ちゃんと母ちゃんは先週から他の地方の親戚の下で療養してる。私達一家は真面目だから心労が甚だしくて、家に居たら心労が増えるだけだから、兎に角父ちゃんと母ちゃんには離れてもらったんだ。

 そりゃね、南方種の獅子人と子孫を作ってくれたら幾ら差上げます、とかって手紙を読んだら、親なら一気に頭に血が昇っちゃいますよ。他にも似た様な提案はされてて、余計なお世話なんだけど、あの手この手で獅子人の血を保存してくれようとする。私の気持ちは?ホイホイ子供産んで金に換える人間だと思われてる私?

「こういう提案してくる奴、一人()っとけばもうされないんじゃないかな…」

 何て物騒なこと呟く兄ちゃんを正気に戻すのも一苦労だったんだから。

「親父さん達は限界だったが、お前らも真面目に受け取り過ぎ!つってもしょうがないから、モーリッツ、お前俺が使ってた俺んちの倉庫の部屋使え。こっちには俺もエルヴィラもいる。書面は俺達が検めてやるから」

 黙って聞いてた姉ちゃんが頷いた。

 誠意を見せようと押しかけて来る奴もいるからなぁ。手紙は読まなくて済んでも、こういう連中がそっとしておいてくんないんだ。

「離れたらネーナを守れない」

「元から力じゃ守れてねぇだろ」

 お願い、身も蓋もないこと兄ちゃんに言ってやらないで。

「第一ネーナは熊の心臓だぞ。守ってやらなきゃなんねぇ程心身共に弱くねぇよ。同じ長男として責任感は認めるが、圧し潰されたら終わりだぞ。ちと休みを取れ」

 かなり不服だが全くその通りだ。因みにニクラスは男ばかり七人兄弟の長男なのだ。兄ちゃんより年上でもある。

 兄ちゃんの膝の上に乗って渋る兄ちゃんを掻き口説く。

「そうしなよ兄ちゃん。兄ちゃんは傍にいてくれるだけで私は心強いんだよ。だからこんな事で心を病ませたりしないで。いつまでも仲良く兄妹でいようよ」

 私のことを案じてみんな病気になってく、そんなの嫌だ。本気のお願いだった。

「毎日ここに仕事にくんだからまるっきり離れる訳でもねぇさ」


 そう説得して送り出した翌日にも、配送ゴーレムが大盛の荷車を曳いて来る。

 庭に火を焚いた姉ちゃんと新兄ちゃんは、差出人で分かるものはさっさと放り込み、中身をチラッと読んで不要な物も放り込んで、短時間で仕分けを終わらせちゃった。学校から帰ったら贈り物も仕分けしろって言われる。要らないのは言ってた通り換金するつもりなんだ。もしかしてこっちの方が本当の兄ちゃんじゃあ?って疑いたくなる神経の太さだ。

 私は自分で作ったロッゲンブロートサンドを、いつも通り五本持ってギムナジウムに登校。我が家は割と知的水準が高いんだけど料理は誰も得意じゃない。母ちゃんより父ちゃんの方がまだましだったから、賄さんを雇える様になるまでは父ちゃんが食べられる水準の物を用意してくれた。その賄さんも朝は来ないから、朝食と弁当は自分で作るんだけど、今日のロッゲンブロートはバターを挟んである。余計なことをしない方が美味しいんだよ。ドプナーさんとこのパンは美味しいなぁ。


 でもってこの連載のことを我が友はどう評してるかというと。

「筋に無理がなくて上手に展開されていますけれども、わたくし達が一度は反目しあってから心の友となったという点は玉に瑕でしてよ。わたくし庶民にも亜人にも偏見は持っておりませんのに。それ以外は満点ですわ」

 とガブリエラ。

「でしょう!絶対これは地元カランタの人達にも読ませなくっちゃって、私新聞社と交渉したのよ」

 とグリット。

「友よ!貴様が諸悪の根源か⁉成敗してくれるわ!」

 堅いロッゲンブロートで叩いてやる。軽くだよ。私が軽くでも人にはきついんだ。

(いった)~い!どうしてよ?この先も少し読ませてもらったけど凄く面白かったわよ」

「そういう問題じゃないでしょうが!」

 我が国でも幾つか全国紙と呼ばれる新聞は存在するんだけど、同じ様な内容ならカランタ市の規模では売り上げを保てない。小説が連載されてた新聞はこの地方の中心都市ボルディアブルでは発行されてて、グリットはそこで教えられて読んだんだ。

「当の私が嫌がるってその程度の想像は出来なかったの、友達でしょ!」

「嫌がるって分かってたわよ。でもネーナを手放しで賛美してる上に、内容が凄く面白いじゃない。やっぱりリンダ・ディースターヴェーク女史は優れた作家だわ。貴女、女史の取材を受けてないでしょ?受けるべきよ、もっと面白くなるわ」

「何だと~~」

 おのれグリット許すまじ⁉美しき友情もここまでか!

「わたくしも同意見ですわ。ネーナも彼女の著作は持っていらっしゃるでしょう?少女の繊細な心をこんなに巧みに表現出来る作家は彼女しかおりません。実際の人物とはまるで、全然、小指の先程も似ておりませんけれど」

「どういう意味だよ!いや答えなくていいよ分かってるから。だからさ、世間の人が私をこんな繊細な美少女だと思い込んじゃったらどうすんのよ。ガブリエラに虐められて、枕を濡らす様な人間じゃないでしょが私は。返り討ってやりますとも!枕を濡らすのはガブリエラだよ」

 虐める様な人間でも枕を濡らす様な人間でもない彼女も頷いた。

「全く同意見でしてよ。まあわたくしも反撃致しますから、血で血を洗う抗争に発展するかもしれませんわね。血の薔薇が似合う様な、華麗な仕返しをして差上げてよ」

 綺麗な顔で物騒なことを言う。

「発表されてしまいましたからそこは変更が効きませんけれど、実在の人物や事件を題材にしていたところで、作者の目を通して見れば、現実とは違うモノになってしまうのはよくあることですわ。それに現実に即し過ぎてしまうと、ネーナの私生活がそれこそ丸裸にされましてよ」

「そうそう、虚構と現実が判らない人はこの際放っておけばいいの。それにネーナが印象的な美少女であることは確かなんだし」

 ピンときた。

「グリット、あんた新聞社と取引したでしょ?自分のこと良く書く様にって」

 あっけらかんと即答するんだ、またこいつが。

「したわよ。私に美人とか聖女とかおべっかを使わなくていいから、貴女と親友で苦しみを共に劇的に乗り越えたってことにして頂戴って」

「あながち嘘じゃないけど盛盛に盛れって指示はしたんでしょうが」

 劇的って感じじゃなかったじゃない。

「皇位は狙ってないし、暴走した兄皇子を止められず、力にもなれず枕を濡らすそこいらの平凡な一少女と変わらないの、私。それでも何とか正義の味方ネーナと友情を結んで、手を取り合って暗殺集団を退治した。平凡に静かに生きることだけしか望んでいない皇女、ほぼ真実でしょ。多少の脚色には目を瞑るとは告げておいたけど」

「ほほほ、本当にあながち嘘ではありませんけれど、説明だけでも脚色が甚だしいくてよ。女史がどう料理なさるのか愉しみだわ」

「愉しみにするなぁ!それって絶対私達二人、現実に打ちのめされて抱き合って泣く場面が出て来るよね!」

「雨に打たれながら、私は無力でしかないって泣くの、ネーナもそれは私も同じよって、二人でこの苦しみを乗り越えようって抱き合うの。なんて感動的なんでしょう」

 夢見る乙女になってんじゃない。私らバリバリ現実派の骨太(精神がね)女子じゃないかさ。

「嘘八百じゃん。抱き合って泣いたことなんてないだろがよ」

「そこはそれ、物語にはそういう盛り上げが必要なの」

「わたくしの登場はきっと少ないのでしょうね。せめてお弁当を分け合ってお口にあ~ん」

 何かを夢見る様に途切れた。

「そういう場面を盛り込んで頂きたいわ」

「今からでも現実にする?ほれ」

 ロッゲンブロートを千切って口に入れてやった。

「お止めになって、残り物の堅いパンなんて食べられなくてよ!こんな堅い物よく噛めますことね」

「大食いだから残り物を安く買ってんの!私には丁度いいんだよこの堅さ」

「こういったことはイチゴやマルベリーのタルトでしますのよ」

「分けてやんないよ~。ホールごと一人で食べるんだから」

「存じ上げておりましてよ。分けて食べようと思いましたら、貴女丸ごとお食べになるのですもの」

「他にもお菓子があったしいいかなって…。いや、まあ初等部一年生の話じゃないそれは。流石にこの歳になってしませんよ。君達の分位残しとく、一人八分の一ね」

「四分の一にして、皇籍離脱を目指してるんだからお姫様ぶらないわよ。これで心置きなく好きな様に食べられるわ」

 ガブリエラは八分の一で文句はないんだと。けどお口にあ~んが私とでいいのか?普通男子とじゃないのそれ?そういや女子同士でやってたりもするか…。いやいや、この場合それじゃなくて連載にされること事態が問題でしてね。

 兄ちゃんに何て言おう。ハンサムで男らしくしてってグリットに交渉してもらえるかな?けどもう登場しちゃってるしな。ちゃんと読んでないからどんな描写されてたか覚えてないや。

 いやいや、間違えるな自分!戻れ!連載は止めるんだ!何としても!幾ら大好きなリンダ・ディースターヴェーク女史が書いてくれるとしても…って…え?連載自体に腹が立って著者名見逃してた。リンダ・ディースターヴェーク女史なの?

 ―――

 もしかしてリンダ・ディースターヴェーク女史に会える?


 いか~んネーナ戻れ戻れ!連載が続いて善いことなんできっとない⁉何とかグリットを説得して、連載を止めさせるよう説得するんだぁ。


「ねぇグリット⁉」

 固い決意で親友を振り返った。

「貴女のお兄様って素敵な方だったわよね。それで妹想いなんだから、小説が読まれれば絶対モテちゃうわ」

 ぎゃふん。


 奥付に見逃せない三つの会の名称が記されてる。

「ネーナ・ヴィンクラーの自由を守る会」「獅子人の権利を守る会」と「北方種獅子人保存会」だ。

 同じ様に見えて私の意思を尊ぶか種の保存かで対立してたんだけど、基本的に亜人は嫌われてるから、獅子人の評判の向上を目指して執筆をディースターヴェーク女史に依頼したんだ。こいつらは余計なことしかしてくれない。

 そして何かの拍子に私に近付こうとするんだけど、私は注意深く警戒してるんだ。だって目の前に連中が現れたら、私自身首根っこ引っ掴まえて何するか分かんないんだもん。要注意要注意。


 真面目な話、獅子人の血を覚醒させてから暴力への抵抗が低くなってて、それが私はとても怖いんだ。昔は丸まって何されても我慢してたのが、自然と戦闘態勢を取ってたりして自分でも驚く。

 クヴァシル神殿のフー師は武術の師なんだけど、精神鍛錬の為に自主的に修練を増やしてもらってた。

 本来亜人に武術は教えられないんだけど、私は遠い先祖返りだったし、人離れした怪力を、力の使い方が解からないまま放っては置くのは危険だし、巧くすれば都市防衛の為にも使えるからってんで、幼い頃から強制的に通わされてた。

 ゴットリープ・フー師は東洋人を遠い先祖に持つ、薄っすらとオリエンタルな顔立ちの、寡黙で亜人にも女にも偏見がない人だったりする。暴力的嗜好がないのに武術家のフー一族に生まれたのが間違いだったと嘆く人で、様々な武器を使えて才能は人一倍あるんだけど、どちらかっていうと可愛いが好きなんだ。鍛錬の時はお揃いのリボンをつけてるんだよ。私のプレゼントだったりする。

 大人になる程にフー師の気持ちが解かる様になった所為か、お互い打ち解けて笑顔もよく見せてくれる様になった。

 けど、そんなだから私を刺激することはなるべく避けて欲しい訳です。



 憧れのジルヴィア姉様とお別れするのは辛いけど、初夏の風の中、高等部八年生の先輩を送り出したら夏季休暇に入る。

 ギムナジウムの夏季休暇は長い。その間に授業に付いて行けない人の補修授業や、他の学校の先生を招いての夏期講座なんかがあるから、他校の生徒も講座を受けに来る。

 今季は帝都方面から高名な教授なんかがわんさか名を連ねてて、プログラムを貰って吃驚した。それも全部政治学方面だ。

「何これ?しかもびっちり時間が詰まってる!」

「勿論スヴェンの為よ。ケルテンデン大公になると決めたんならお勉強してもらわないと、ってね」

 グリットはスヴェンの腹違い月下の義妹だ。ってことはスヴェンは庶子なんだよね。長年放っておかれたけど、ムカつくことに実は愛してるけど放っておくしかなかったとかで、大公位を継ぐ決心をするまではスヴェンもこの輪の中にいた。同じ薬学部だったのに政治学部に移って気軽に会えなくなってた。

「これ全部受けなきゃいけない訳?」

「まさか、未来の大公に教えて箔をつけたいって教授が多いだけ。押しかけよ」

「そりゃ良かった。スヴェンも大変だな」

「受けるのは三分の二位かな」

「そんなに受けてたら夏休みなんてないじゃない」

「作って上げるのが私達でしょ」

 グリットがニヤッとした。

「そっか!了解⁉」

 アマーリエ講堂の火災事件が起こるまでは、ずっと一緒に授業を受けてたのに、思えば遠い人になってしまったもんだ。

 そして遠くて見知らぬ人が近付いて来る。歓迎してないよ。


 背が高くて明るい感じの赤毛の少女も、私と同じ魔法薬学特別講座Ⅱの受講生で他校の生徒だった。

 犬系亜人の血を引いてるって周囲が囁いてて、遠くから来たのかポツンと独りぼっちだった。

 私を見つけるとにっこりととても嬉しそうに笑ったから、とても嫌な予感がして、そしてその通りだった。

「貴女がネーナ・ヴィンクラーさんでしょ?」

 声を掛けられたのは受講後だ。

「私はグートルーン・ハイルヴィヒ・エビングハウス、よろしく」

 差出された手を簡単には握れない今日この頃。

「何の用でしょう?」

 警戒しつつ訊ねる。

「ええ、っとあの…その…言い難いんだけど…」

 途端に彼女が本当に言い難そうにした。もう鉄板で嫌な話だよね。

「次の講座…は空きか…」

 次は午後からになるんだよね。

「次も私達同じよ。私、全部貴女と同じ講座取ってるから」

「何故⁉」

 犬系ってことはこの人の縁者と子供を作ってくれとかいう?止めてよ~。私は好きな人と結ばれたいよう。

「言い難いんだったらまた今度ってことで!」

 スチャッと手を挙げて去ろうとしたのに、側で見てた親友二人に阻まれた。

 他人事だと思って面白そうだ、って顔しやがって。

「ごめんなさい、い…言います」

 そして後ろからも犬系亜人の強さで止められる。

「あの…あの…、不躾ながら、我が家の呪いを解いて欲しいんです」

「えええ⁉」

 そんな必死の形相されましても。それって魔法師の仕事でない?もしくは呪術師だよね。

 両側から親友共が私の腕をしっかと捕えた。

「ここでは何ですわ」

「向こうでゆっくりお話を聴かせてもらいましょうね」

 にぃっこりしてる。

「お前達ぃ」

 意に反して引き摺られて行く。

 友達って何ですか?


 振り払おうと思えばひ弱な美少女なんて軽いんだけど、そうも出来なくて部活でも使ってる薬学研究室に連れてかれた。勝手知ったる部屋ではあるんだけど、ホントは生徒が勝手に使っていい訳じゃないんだよ。

「ここなら誰にも聴かれませんわ」

「聞くよ!ダンテさんなら魔法で聞き耳立てちゃうよ⁉」

 ダンテさんは薬学教師ギッティ先生の甥っ子で、先生の助手をしてる。

「あら、協力してもらうこともあるかもしれないし、話が早くていいわ」

 なんてグリットが言ったもんだから、耳垂れ兎の被り物したダンテさんが、耳に手を当てた仕草で、ずんずんずんって控室から現れちゃった。

「聞いていいなら正々堂々聴かせてもらおう」

 低くて良い声で宣う。マルチな才能の魔法師ではあるんだけど、すんごい出歯亀なんだ。そして常に動物を模した被り物を被ってる。

 つーか聴くな!遠慮しろ!

 ふっとグリットが笑った。

「そう言えばのこのこ出て来ると思ったわ」

〔貴方はまた!呼ばれるまで待てないの?〕

 小さなビスクドール型ゴーレムのクラリッサが、走って来て飛び蹴り喰らわせながらダンテさんを叱った。そうだそうだ。

「待てない!男の好奇心が乙女の秘密を求めてる。後ろ暗く密かに聞き耳を立てる楽しみはなくなったけど、正々堂々質問出来ていい!」

 貴様の性的嗜好なんぞ聞きたくもないわ!しかし何にしたって誤魔化さない人だな。

〔全くもう!〕

「あの…」

 展開に付いて行けずにエビングハウスさんは腰が引けてる。

 目を細めてグリットはダンテさんを見下ろした。

「乙女の秘密を簡単に聞けると思った?お生憎様。魔法じゃ貴方に勝てる訳ないから誘き出したのよ。でも、ここを完全に密室にしてくれたら、後で聞かせられるところは聞かせてあげてもいいわ。私も鬼ではないの」

 イイ性格だよあんたも!

 お願いしますクラリッサ、と後をクラリッサに任せる。最近怪力を授かったクラリッサは、幼児程の背丈ながら背高のっぽのダンテさんの首根っこを引き摺ってった。

「謀ったな~~、乙女の秘密ぅ~~~~」

 ダンテさんの断末魔が後を引く。

〔彼女達にそんな可愛い物ある訳ないでしょ⁉〕

 そんなことないもん。可愛い秘密の一つや二つあるもん。その位だけど。

「うふ、今日はわたくしが贈らせて頂いたドレスを着て下さってたわ」

 ビスクドール型ゴーレムなんて超珍しいから、人形好きが彼女にドレスを贈りまくってるんだ。クローゼットの増設が追い付かない、ってクラリッサが溜息ついてたもんな。

「それより話を聴きましょう」

「私は聞きたくない」

「耳を塞いでなさい。私達が代わりに聴いておいて上げるわ」

 皇女殿下のご命令ですかよ!ったくもう!

「で、説明して頂戴。貴女の家の呪いって?」


 エビングハウス一族は昔は貴族として栄えていたが、現在は大した領地もなく衰えるばかりだった。それというのも一族の男達に掛った呪いの所為だ。

 皮膚が爛れて腐る奇病で、発病すればやがて内臓をも腐らせて死に至る不治の病。

 呪いの原因は分かっている、獅子人だ。

 北方種の獅子人は獣形態を取った際の、特に冬毛が豪華で美しい。何処の王家でも王者の毛皮として何枚かは持っていて、貴族達も挙って熱望した。エビングハウスが貴族位を賜ったのは、一族挙って獅子人を狩って毛皮を獲ったからだ。

 だがそれでは精強を誇るさしもの獅子人でも絶滅してしまった。エビングハウス一族に奇病が始まったのはそれからだ。

 類例のない奇病に医師も匙を投げると呪術師を頼んだ。その呪術師がこれは獅子人の呪いであると告げたんだ。

 一族は獅子人を讃える廟を作り、神殿にも鎮魂の願いを込めて毎年多額の寄付をした。呪いを解く為に何でもやれるだけのことはしたが、一向に奇病は治まらない。それどころか段々と発病年齢が下がって、近年十代を切ったから、男子を持つ一族の母達は戦々恐々としていた。

 一族に関りのある占い師が、突然神殿で倒れ託宣したのは昨年の末の頃だ。

『獅子人を助け、守り、その身を捧げて尽くせ。さすれば呪いは解かれる』

 けれど肝心の北方種は絶滅して久しいのに誰に尽くせと言うのか、あるいは南方種か、と議論を重ねていると、先祖返りの獅子人の少女のことが新聞を賑わせる様になった。

 これだ、とグートルーンの母は娘に命じたのだ。それは一族の総意でもあった。

「ネーナ・ヴィンクラーにその身を捧げて尽くし、弟を始め一族の男子を救え」

 グートルーンの母は強い男児を求めて亜人のハーフと結婚したのだが娘しか授からず、普通人と再婚して二人の男児を得ていた。幼い兄弟はまだ発病していなかったが、それも時間の問題だと思われた。


 超ムカつく。

「だから私はあなたの役に立って呪いを解きたいの。犬と思って傍に居させてお願い」

 何て卑屈な台詞だよ、ホントムカつく。

「嫌だよ。何自分に都合の良いことばっかりお願いしてくれちゃってる訳?勝手に呪われちゃってよ、私の知ったことじゃないよそれ」

「それじゃあ私の弟や……」

「占い師が何ぬかしてくれてんだか迷惑だよ。それに毛皮の為に獅子人狩りまくって絶滅させたんだよ?呪われて当然でしょうが。今更呪われてるから協力してくれって?勝手なことを!お気の毒様とも思わない。さよなら話は終わり」

 私は人間でもあり獅子人でもある。その獅子人の感情が、過去のことだと抑え様としても抑えきれない。

「話し方が悪かった?ごめんなさい。怒るのも無理ない。でも私の家族だけじゃないの、これから生まれる一族の男子が皆、呪われ続けるの。あなたにも兄弟がいるでしょ?」

 予想されたムカつく質問。

「そうだね。獅子人にだって家族がいたよね。父も兄も弟もいたよね。夫や恋人もね。それをあんたの先祖は、毛皮の為に狩りまくったんだよ。ああ、こんな言葉口にするのも嫌だ」

 マジで吐き気がする。

「どんな風に狩られたか知ってる?耳を塞ぎたくなる様なこと聞かされたんだよ私」

 落ち着け私、息を整える。

「言っとくけど私は当事者じゃないの!あんたら一族に赦しを与えられる当事者は、とっくに狩られて絶滅してる。私はあんたの先祖の行いを、赦す権利を持っちゃあいないんだから巻き込まないで」

「そんな…じゃあ私は、一族はどうすれば…?」

 知るか、っつーの!自分で蒔いた種でしょうが。

「赦してもらおうってのが図々しいの、分かる?もう一度言うよ。あんた達を赦すことが出来る獅子人は毛皮だけ残して死んだの。絶滅したの。ご先祖の所為でね。私の知ったこっちゃないよ。第一、女は残ってるんだから女系家族として暮らせばいいでしょ。恩情だよね。私ならさっさと一族根絶やしにしてる」

 ああ、ホント腸煮えくり返って苛々する。何でこんな思いさせられないといけないのさ。

「ごめんなさい」

 私の怒りに()てられて、グートルーンはそれしか言いようがないって感じだった。

 身体中に怒りを漲らせる私に代ってガブリエラが終わらせてくれた。

「残念ですわね。お力になれることはないでしょうエビングハウスさん。話はここまでと致しましょう」


 不愉快な提案をされて落ち込んだ一日だったけど、悪かったと反省した親友二人が、ケーキをホールで奢ってくれたりしたし励ましてくれたんで、何とか気を取り直すことが出来た。

 そんな私を、家でほんわりした兄ちゃんが待ってた。胸には『獅子人ネーナの献身』の新聞連載を大切に頂いてる。

 どうした?最新号で何があったのさ兄ちゃん。精神が追い付いてかないで突き抜けちゃったなんて言わないでよ。なんだか怖い。姉ちゃんと新・兄ちゃんは何処さ。

「ネーナお帰り」

「た…ただいま」

 ちゃんと気付いてたんだ。

「この話は善い話だな」

 いよいよか、私は覚悟した。

「父ちゃん母ちゃんのことも、エルヴィラがどんなにいい子かもちゃんと書いてくれてるじゃないか」

 急いで連載をざっと読む。一面使ってるからすぐには読み下せない。

「兄ちゃんこれって…」

 ありもしなかった出鱈目な話なんだけど、うちの家族が滅茶苦茶いい風に描かれてる。喧嘩しながら解かり合う職人横丁の一家族。

「こんなことってあった?兄ちゃん」

「なかったさ。けれどな、あったなかったは重要じゃないんだネーナ。特にここだちゃんと読んでみろ」

「何所?」

 指し示された箇所をもう一度読み直す。


『モーリッツは兄として息子として、両親とネーナの間に立って懸命に両者の間を取り持って来た。だが今度という今度はネーナの強情にさしもの彼もお手上げだった。

「勝手にしろ。俺はもうお前の兄貴を止める」

 宣言して去ろうとする兄の背にネーナは怪力で抱きつく。

「く…苦しい、お前加減ってものをなぁ」

 力は緩められたが、彼が何処にもいけない様にネーナはヒョイと抱き上げてしまった。

「何するんだ」

 軽々と抱き上げられては兄としての沽券に係わるではないか。

 叫んだがネーナは答えない。

「ネーナ、放せ!」

「…ダメなんだから…」

「え?なんだ?声が小さくて聞こえないぞ」

「ダメなんだからね。お兄ちゃんはずっとずっと、永遠にネーナのお兄ちゃんなんだから。絶対止めさせないんだから。大好きなんだからね」

「ネーナ」』


 うげぇぇっ。

 選りに選ってこの場面?兄ちゃんこういうのがお好みでしたか。止めてくれよう⁉鳥肌立つ、全身痒くなってきちゃったじゃないかぁ。

「作者はちゃんと俺達家族の精神性を理解して話を書いてくれてる。天才だな」

 マジでかぁ⁉グリットォ、虚構と現実が判んない人身近にいたぁ。

 衝撃で手に力が入り過ぎて、切り抜かれた紙面が破けちゃった。

「何してるんだネーナ!書籍になるまでとっとかんといかんのに」

「あ、ごめん…」

 書籍になんてしたくないけど、咄嗟に謝りながら、密かに心の中で涙した。

 兄ちゃん、とうとう…ごめんよ、私みたいな妹を持ったばっかりに。けど知りたくなかったなあ、兄ちゃんのこういうとこ。なんか生理的に、こう、さあ。姉ちゃんはどう思ってんだろ?

「兄ちゃんはいつだってそう、ネーナばっかり可愛がって!」

 なんですとうーーっ!

 それは間違いなくいつの間にか現れた、我が姉の口から出た台詞だった。頬を膨らまし口を尖らせてる。

「私って妹もいるって覚えてる?忘れちゃってない?」

「覚えてるに決まってる。忘れる訳がないだろ。可愛い俺の妹なのに」

 拗ねる姉ちゃんを可愛いって、愛しそうな顔してる兄ちゃん。この歳で兄妹離れ出来てないってさぁ。二人もう成人してるよね、姉ちゃん結婚してるよね。兄妹離れ出来てないってさぁどうなのぉ?

「嘘、いつも私は放っておかれてるんだから。兄ちゃんはいつもネーナ、ネーナ、って。分かるよネーナの苦しい立場は。私だってネーナは凄く可愛いんだし」

 あ、ども…。

「ネーナはしないでいい苦労を色々してるからな、兄としては放っとけないんだ。すまん」

「そんなの解かってるよ。私だって同じなんだから!解かってるんけどぉ。結婚したからって妹じゃなくなった訳じゃないんだからね。私のお兄ちゃんでもいてくれないと、怒っちゃうんだから私ぃ」

 おいおいおいおいおいおい、貴様らぁっ、私の兄姉だって分かってての会話なんだろうな?ここんちホントに私んち?この人達私の兄ちゃんと姉ちゃんだって思ってたけど、え?違ったぁ?違わないよねぇ?なんか、分かんないとこに迷い込んじゃった気がしますよう。

 ごめんね基本に立ち返ってうちって間違いなく世界一の家族だけどさ、もっとこうドライな関係じゃなかった?一人一人自立してる感じの…。家族経営で薬局大きくしよう、って程には仲良くて、でもそんなベタベタした関係じゃない。…はずでは?

 え?もしかして兄ちゃん姉ちゃんを解かってなかったのは、ホントは私とか?何処から間違った?何処から別れたって何が?

 思考の迷路に陥って、果てしなく頭の中がグルグルした。

「ネーナ」

 二人に声を揃えて呼ばれる。

「はい?」

「除け者になんてしてないからね」

「兄ちゃんと姉ちゃんは仲が良いけど、それはお前も含めてだからな。兄妹三人仲良しだ」

 うげぇぇっ、勘弁して下さいよ。そんな真顔で熱意を込めないで。

 言葉に詰まる間に二人に抱きしめられた。うん、これはこれで嬉しいんだけど、ちょっと…ちょうっとシチュエーションが……。うちってこんなにベタベタだったっけ?

 と解放されてからも悶々とした。

「ねぇ新・兄ちゃん」

 ニクラスに尋ねた。

「ああいう兄妹関係ってどうなの?」

「大変よろしいですね。俺は男兄弟だけだったから妹と仲良しって憧れてたんだ。正直モーリッツが途轍もなく羨ましかった」

 チッ藪蛇だぜ、滅茶苦茶期待に輝かせた瞳をしやがる。

 絶対しないんだからね、「お兄ちゃんうふふ、妹うアハハ」なんてのは。

「弟さんが…アンゼルムとかがこうだったら?」

 どうするのかなぁ?なんて。

「勿論愛しちゃいるが、「目を醒ませ」っと拳骨を顔面にくれてやる」

 一番下の弟でも無理なの?何な訳それって?私自分で思ってるより愛情薄い人間なのかなぁ?

 何だか疲れる日だった。

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