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休みが欲しい

 さっきまでの殺戮を伴う喧騒が嘘の様に静かだった。あるのは風に揺れる木々と虫達の喧騒だけだ。

 戦闘の気にやられたってダンテさんが(くずお)れてる。

「大丈夫?」

 ツチラト氏に支えられた背を擦る。

「大丈夫じゃない。かなり気分が悪い」

 そこら辺にあった枝で浅く土を掘る。

「気分悪かったら我慢せずに吐いちゃいなよ」

「ありがと…」

 の後に嘔吐が続いた。

「うむ、()はネーナであったな。礼を言う」

 重々しくツチラト氏が言った。

「この程度のことで言われる筋合いじゃないよ。当然のことだよ」

 先生は特に動けない負傷者を治療してた。

 吐けるだけ吐いたらスッキリした感じのダンテさんに、飲ませて上げられる水もない。川はないか辺りを見回した私に、ドスタルさんが椀を差出した。中には小さな石がある。

「《水石》だ。彼に水をやってくれ」

 受取ってぐったりしてるダンテさんの唇に持ってった。

「飲んだらもっと気分良くなるよ」

 飲み干す度に《水石》が椀一杯に水を溢れさせる。気の済むまで飲み終わると大きく「ホオ」っと息を吐く。

「見えない臭わないはずなのに…」

「仕方ないよ。気分いい空気じゃないもん」

 不思議なことに私は先祖の獅子人の力を覚醒させてからは、流血沙汰を好みはしないけど平気になった。殺すことがじゃない。血や死体を見てもなんの感慨も無くなったんだ。

「反乱軍は少ない人数で何で病院まで襲ってたんだ?」

 ドスタルさんが誰かに訊いてる。そうだよね。戦法とか判んないけど、負傷者なんて後回しにするもんじゃないの?

「裏切り者を狩ってたんじゃないですか?一緒に立て籠ってた誰かを狙ってたみたいでした」

 ちゃんと標的は居たんだ。

「ギッティ一族に心から感謝する。部下を助けてくれたな。貸しが出来た」

 殊勝に振舞ってるじゃない。ヘルダーリンが感謝なんて口にしてる。珍しいって言える程の付き合いはないけど、上司としてふんぞり返ってるイメージと違う。

「請求書は送らせてもらうからな」

「望みの額を書いてくれ」

 おお太っ腹。

「儂らはここの騒ぎにも君らの騒ぎにも巻き込まれるのはごめんだ。《異界渡り》で送るが、儂らは別の路を行く。送るのは帝宮でいいんだな?」

「報酬ははずむ。一緒に来てはもらえまいか?君らの力が必要だ」

「貴様の味方としてか?報酬を幾ら積まれてもごめんだね」

 くるりと私を振り返る。

「ネーナはどうする?帝宮か?自分ちか?」

 幾つかの視線に集まって「噂の獅子人か」的なことを囁き交わしてた。

「ああ、ありがとうございます。私の家で…」

「それはマルガレーテ殿下が悲しむだろう。無事な姿を見せてやらないと。フー殿も一緒に」

 ヘルダーリンの言葉にフー師も私を振り返った。

「確かに殿下やガブリエラ嬢は心配しているだろうな」

「でも宮廷作法なんて私習ってませんもん。それに陛下が居られたら私は目障りでしょう」

「いや、君は陛下の罪の証人だ。殿下の為にもやはり一緒に来た方がいい」

 気が進まない理由だけど、これ以上グリットに危害を加えさせたくない。行かなきゃいけないんだ。

「フー先生ごめんなさい。もう少し付き合って下さい」

「心得た」

 いつも通り返事は短い。不機嫌そうではないのが救いだ。


「ダンテさん、次に会えるのは新学期ですね」

 彼らがいてくれたら心強いから残念なんて物じゃない。

「それがね新しい薬学の教師が見付かったから、俺達はもうお役御免なんだ」

 強い喪失感が襲った。天地がぐらッと揺れる。先生達がいなくなるなんて、俄かには信じられなかった。苦しい時必ずいてくれた。短かくても濃い付き合いだったのに、ここで別れれば二度と会えなくなるんだ。

 衝撃が大き過ぎて頭は真っ白、何を言ってどうしたらいいのかわからなくなった。

「どどど、ど、何所に、行くんですか?」

 繋ぎ留めないといけない。このままで終わるのは嫌だ。そんな思いが出た質問だった。

「言えない。けどこれを君にやる」

 蜻蛉の意匠の腕輪を左腕に嵌めてくれる。美しく彩色された蜻蛉の羽は、ピタリと私の腕に貼り付いた。

「危険が迫った時に話し掛ければいいから」

「えっ、えっ、いいんですか、こんないい物を!お世話になりっ放しなのに!」

「いいよ。俺に何が出来るかは分からないけど、何かにはなるだろ」

 別れても彼らと繋がった。これでサヨナラじゃないんだ。腕輪以上にそれが私にはとんでもなく嬉しかった。私を捨てて、過去の者として置き去りになんてしないんだ。

 ぶわって涙が出た。

「外したらダメだぞ」

「絶対外さない⁉」

 断言した。

「話し掛ける時、俺の本当の名前じゃないと反応しないんだ」

 え?

 ダンテさんはキョロッと聞き耳を立てる者はないか辺りを確かめた。

「プロスペロ。もう一度しか言わないから覚えて。俺の本当の名はプロスペロだ。助けが必要な時はその名で腕輪に話し掛けてくれ」

 復唱しようとすると止められた。

「その時まで口には出さない。師匠にも言わないでくれ、こっぴどく叱られるから」

 目敏いから絶対バレるとは思うよ。けどけど凄く凄く嬉しい。

「必ず……また会うよね」

「会わない方がいいとは思うけどね」

「何もなくても、たまには会いに来て」

「解かった」

「綺麗な顔が見れないのが残念……」

「そんなに泣いててちゃんと見れるか?」

 声が笑ってた。何やかやあっても私の方が年上なんだぞ。

 《帳》が降りて髑髏頭を脱いだダンテさんの、男とは全く思えない傾国の美貌を、泣かずに目に刻んだ。


 その後私の涙は止まることなく二人と別れた。

 光と青い煙で見えなくなる寸前、ダンテさんは早速先生に怒られてた。ほらバレてる。


 次の瞬間には豪華な建物の、一目で上流階級と分かる人々が集うホールのど真ん中にいた。

 こりゃなくない?先生。私こんな格好で舞台俳優みたいにじゃじゃ~んと登場したくなかったよ。脚も肩も剥き出しのままなんだって!

 一拍おいて人々から「誰だ、誰だ」「ライムント卿だ」「ヘルダーリン閣下だ」と声が上がる。

「ネーナ⁉」

 振向くとグリットとガブリエラが、背は高くなくてごついけど理知的で、品のあるオジサンと一緒にいる。場の雰囲気から手を振るのも躊躇われた。

 対の場には皇帝らしく着飾った陛下がいた。

 先生、ダンテさん、なんて場に送って下さったんです?

 故郷に戻って早々休む間もなし、ですか。

「静粛にされよ諸君⁉」

 厳めしいご老人が小槌を打つと瞬く間に鎮静化する。説明がなくても議長だって解かる。老人にヘルダーリンが呼ばれると私にも声が掛かった。

「ネーナこちらに」

 グリットだ。ガブリエラが迎えに来て私とフー師を導く。

「ガブリエラ、これはどんな場なの?」

「ウンケル宮廷伯が陛下の罪を白日の下に晒そうとしているのですわ」

 こそっと告げた。

「議長⁉」

 凛とした、この場の隅々に届く声で、グリットはさっきの老人に呼び掛けた。

「わたくし共が送った救出部隊が帰って参りました。この議題は一時留保とし、帰還した彼らを労わらせて頂けませんか?」

 そうして下さい。恰好が恰好なだけに…ってよく見たら返り血がドバドバ掛かっちゃってる。ダンテさんよく我慢してくれたね。

 議長は周りの人達と協議して承諾し、急遽今日の議会は閉会となった。



 服が汚れるのも構わず、ガブリエラは抱きついて来た。連れられたのはグリットの部屋だという。

「良かった!戻って来てくれるとは信じていましたけれど、遅いのでヤキモキしておりましたのよ」

「私的には今日お別れしたばっかりだけどね。でも私もすごく前に感じるよ」

 血だらけになる程に斬った張ったした後なんだなぁ。

 私好みの出来る中年ドスタルさんは、とっとと部下共々議場を出て行っちゃって、一緒に死線、でいいのかな?を越えた仲なのに一言の挨拶もなかった。

「この方がグリットの命の恩人でお友達かね」

 深みのある落ち着いた声はごついオジサンからだ。賑々しくないのに質の良さとデザインを感じる服装で全然野暮ったくない。つーかこの方は人間としても極上品だと私なんかでも分かるんですけど、猶更この格好のままで対面したくない~。

「私はネーナ・ヴィンクラーです。グリットとは共に勉学に励む、……おこがましいですが親友です。薬局の娘です」

 途中が切れたのは皇女殿下に対して凄くおこがましい言い方してるって気付いたからだ。私達は親友だからって、誰もが身分を越えた口利きを許してくれる訳じゃない。もうどうにでもなれと元気良く名乗っちゃった。

「噂はかねがね。孫がお世話になりっ放しだそうで苦労を掛けたね。それで、疲れてはいないかね」

「私は人より(推定)五倍以上は体力がありますから。でもフー先生はお疲れだと思います。それにこの格好のままではちょっと……先に汚れを落とさせて頂きたいです」

「そうだね尤もだよ。私はグリットの母方の祖父でブライトクロイツ公爵をしているよ。孫を再三の危機から救ってくれてありがとう。また後で会おう私は席を外すことにするよ」

「はい!」

 その後も待ってましたとグリットに抱きつかれたけど、兎に角もう先にこの返り血だらけの服を脱がせてくれぇ~、って心からお願いした。


 湯桶が据えられると女性の顔の乗っかった蛇口が現れて指示待ちしてた。もう一つ蓮口の蛇口が壁の高い位置に着く。

「お湯の温度はどうなさいます?」

 私の世話をすることになったのが不満なんだろう、訊き方が刺々しい。

「あの…壁の蛇口は?」

「呆れたそれもご存知ない?湯の温度を指示すれば、そこからふんだんにお湯が降り注ぎますのよ。それで身体を洗います」

「そうなんですね。流石帝宮だわ」

「さっさと服を脱いで下さいませ」

 それが嫌で、私はあなたが出て行くのを待ってるんですけど?

「自分でしますから放っておいて頂けたら」

「そんな訳には参りません。わたくしは貴女様のお世話を申し付かっておりますから」

 上流階級ってホント面倒。一緒に入るならまだしも、私だけ丸裸になるなんて恥ずかしいっての!

「獣人の力で浴室を壊されても堪りませんし、帝室の方々とお会いしても恥ずかしくない様、綺麗にしなければなりません」

 後で言い付けてやる。

 心の中で毒づいて血だらけの服を脱いだ。重い音がして錘が落ちる。

「何ですの?」

「あ、武器です」

「武……」

 絶句して口をへの字に曲げた女官に、身体中をそりゃもうゴシゴシと洗われましたさ。肌がヒリヒリする。

 薬局の娘だから分かる、お湯にはリラックス効果のある香草が入れられてて、物が全然違った。

「こんなお湯を出してくれるなんて、君は優秀だねぇ」

 撫でると蛇口がくねった。

『ありがとうございます。お命じ頂ければどんなお湯でもお出し致します。お湯の温度はどうでしょう?湯のぼせしませんか?そろそろ冷たい水を足しましょうか?』

 可愛い。

 無言のまま一級品の香草水が運ばれる。冷たくて気持ち良かった。

「ねぇねぇ、もう入ってもよろしくて?」

 ガブリエラの声だ。二人の友が覗いてる。

「ゆっくり浸からせてよ」

「ゆっくり浸かってなさいよ、お喋りしながらね」

 グリットも一緒だ。浴室の広い出窓に腰掛ける。無作法だと抗議した女官は追っ払われた。

「怪我はない?」

「全然、私強いもの」

「あ、貴女また胸が大きくなっておりませんこと?」

 血相変えて、まるで重大事みたいに反応する。

「なってますよ。そろそろ成長を終えてもらわないと、胸が邪魔」

「抜け駆けですわ!」

 何故胸のことがそんなに気にかかる?君も充分プクプクだろうに。

「そんなことより、あれから何日経ってるの?」

「わたくしがこちらに戻ってから五日経っておりましてよ」

「時間差が生じるのはもうしょうがないんだね」

「ええ、わたくしが戻ったのはグリットと別れた日から一月後でしたしね」

 一月も…。

「ギッティ先生達が一緒じゃなくて残念だわ。予想はしてたけど、居て下されば心強いのに」

 私は腕輪に触れた。

「その腕輪、魔力を嫌という程感じますわね」

「ダンテさんがくれたの。危険な目に遭ったら呼んでいいって」

「羨ましいわ。良い物を頂いたわね」

「うん、誰にも上げられない。大事にするんだ」

 香草水で喉を潤す。

「それで、こっちはどうなってんの?国は上手く回ってる?さっきは何してたの?」

「ハリナ皇后は本当にシャイな方だから、政治の場には私が付添わせて頂いたの。恐る恐るだけど懸命に政務に務められてたわ。エドゥアルト兄上様を摂政とするかお祖父様を宰相とするか問題が上がったけど、兄上様は父上様が帰られてからのお怒りを恐れてお祖父様にお任せになったの。そうしながら皇位継承者であることを人々に印象付ける様と振舞ってたわ」

「賢明だと思う。順調だったんだね」

「タルヴィッキ側がどう動こうと、彼女の所生の子等は幾ら何でも幼過ぎる。歳上の兄弟はエドゥアルト兄上様だけでもないし、有力な後ろ盾もないのではね。サンフィリッポが陰で動いてたみたいだけど、元々人望がないから相手にされなかったようよ。そうやって意外に順調に進んでいたら陛下が戻ってらした」

 声が曇った。

「ウンケルは、覚えてる?」

 頷いた。

「宮中伯なんだけれど融通が利かないの。私は陛下が帰って来てからの取引材料にしようと目論んでたけど、《忌み地》での振舞いや、あの時私を葬ろうとしてガブリエラや貴女を巻き込んだことを高等法院に報告したのよ」

「やっぱりね」

「その上陛下は性懲りもなく、こちらに着いた途端にガブリエラを亡き者にし様とするし」

「なんっ⁉」

「撃退致しましたわ。ヴァルター卿も証人の現行犯でしてよ」

 澄まして言うけど大変なことだよそれは。命の恩人に対してさぁ。《誓約》を乱暴な形で反故にしようとしたんだ。ムカつくなぁもう!

「それでお父様を煽ったのよね、貴女」

「当然でしょう?ロットシルト家は一族の結束が固いのです。殺されかけながら助けに参りましたのよ。危険な《異界渡り》をさせて連れて戻って差上げたのです。それなのにその仕打ち。煽らずにおられませんでしてよ」

 口にはしないけど、陛下に対して何様だと思ってんだ貴様、ってな気持ちもあるんだろうな、彼女の性格的に。ガブリエラは敵に回したら怖いんだよ~。

「具体的にはロットシルトの銀行を通していた皇族の決済は不可能になりましたの。たったそれだけですわ」

 世界中に手を広げるロットシルト家だけに、外国に対する取引なんかも受け持たれてた。だからグリット以外の皇族はみんな困ってグリットに相談を持ち掛けてるんだと。ガブリエラ凄い一石二鳥、陛下に打撃を与える一方でグリットの株を上げたんだ。

 陛下は皇帝という立場で乗り切ろうとしたらしいけど、さしたる理由もなく我が娘を殺そうとする様な君主を国民は好まない。それに巻き添えで有力貴族の友人をも殺そうとしたことと、ブーヘの《忌み地》でのことは不在の間にも問題になってたんだ。しかも帰って来るなり恩人である人物を殺そうとした。それが広まると退位を望む声が一気に高まったんだって。

「あ~あ、何やってるんですか陛下。今をやり過ごして暗殺者を雇うことも出来たでしょうに」

「あら、ネーナはわたくしが暗殺されてもいいと仰るの?」

「いやいや、今のは失言!ごめん、思わず出ちゃった」

「ふふ、気持ちは解かりましてよ。一人っ子で我儘に育てられたお子様は我慢が利かないのです」

 母ちゃんと同じこと言ってる。

「国政はまずまず行えてるのに、我儘坊やが出てしまうとそれを抑えられないの。特に女が関わるとね。陛下が拘るのはミハリーナ皇后、お祖母様なの。高圧的な部分があったとしても、お祖母様はお祖母様で大変な時期を乗り越えられたのよ」

 亡きミハリーナ皇后はハリナ皇后と同じ国の出身で、外国人だったからって苦労もあったし、何より夫君であるヘリベルト帝が意志薄弱で精神疾患も噂された頼りにならない方だった。母国もその頃戦争と内紛で頼りに出来なかったし、嫁ぎ先のこの国でだって、頼りない夫を失脚させようとする皇族達や、皇帝を軽んじた貴族達の反乱が絶えなかった。そんな困難な時期に、二度の死産を乗り越えて一子アルベルト陛下を出産、夫に代わり帝国を支えたんだ。

 体制を確固たるものとした頃に、無理が祟ったのかミハリーナ皇后は病に倒れられた。病の素は自身の身の内にあるから魔法では治せない。国母として惜しまれつつ幾ばくも無く逝去された。

 棺が葬送の場に運ばれる間、道の両脇には身分の上下を隔てず大勢の国民が押し掛けて、感謝の言葉やお悔やみ、啜り泣きや号泣で送られたんだって本で読んだ。見送りした親戚の大叔母さんもその通りだったって。

 アルベルト陛下はたった一人の皇嗣だったから、傍仕えには甘々でちやほやと大事にされる反面、将来を考えた母后には厳しくされた。母に認めて貰いたくても貰えなかった、それが母への不信、転じて女への不信になり、女を貶めることで復讐してる。そうグリットは語ってくれた。

「母から卒業出来ないでいるんだ」

「いい加減大人なんだから、自覚して乗り越えてくれたら良かったんだけど、識者によればサンフィリッポがそれをさせなかったらしいの。曰く『誰にも苦しみを理解されない、可哀想な孤独な皇子』の頃からの近侍だもの」

 皇子が皇帝に変わっただけで延々続いてるんだ。サンフィリッポは一を十に悲劇を誇張して、陛下を悲劇の主人公役に酔わせた。だから嫌われたけど、どうしても引き離せなかった。それに、そうして陛下の心を掴んでいながら、私欲に走って悪さをするって訳じゃなかったから、退ける大義名分がなかったんだ。

 陛下が無事戻ると何処かから姿を現し、以前の様に陛下の下に戻ろうとしたんで、そこを捕えられて投獄された。陛下は激怒したけど、今の陛下の立場は弱くて、孫娘の件で怒り心頭のブライトクロイツ公に阻まれればどうにも出来なくなってるんだ。

「私はミハリーナお祖母様に姿も性格も似てるんですって。だから嫌われるんだって言われたわ」

 逆境を乗り越える意志の強さは似てるんだろなって想像出来る。

「その意味では陛下のお母上様への想いは、いよいよ膿んできていると言えましてよ。実の娘を亡き者に、なんて度を越しておりますもの」

 膿ませたのはサンフィリッポなんだ。

「それで今日は陛下への聴聞が行われておりましたの。陛下の罪を証言する者は多いのですわ。陛下としても皆が納得する釈明をせねばなりませんでしたの」

「それで納得させられてたの?」

「私がスヴェンを誘拐して、言葉巧みに《忌み地》に連行して殺そうとしていると誤解した、という論陣を張ってるけど、苦しい所ね」

 《忌み地》に行く前に一度会ってるし、ブーヘの《忌み地》では管理長の言葉も聞かず、結果ブーヘの《忌み地》は三倍にも広がってしまったという。家族を亡くし、家や土地も《忌み地》に呑み込まれた人々の、怨嗟の声は大きい。

 それにスヴェンは庶子でしかない。同じ父の子でも皇女に比べるべくもないんだ。

 ブーヘの《忌み地》で被害に遭った人々の救済に、グリットは私財を投入した。私達が帰る前には現地に赴いて被害の状況を視察し、被害に遭った人達の慰問もしたんだそうだ。

 引っ込み思案な皇后も連れてった。繊細だけど優しい皇后は被害に遭った人々に同情し、出来る限り訴えに耳を傾ける姿は人々を感動させた。

 翻って夫君はブーヘの《忌み地》のことなどコロッと忘れて、そんなこともあったか、まあその内慰問を検討しよう、って態度だったんだって。本人は異界に落ちて苦労したんだ、それが償いに当たるって主張しても、異界に落ちた事こそ天啓だって考える人も増えてるって話。要するに皇帝として相応しくないアルベルト帝は、天によって退けられてしまったって考えなんだ。

「退位させられそうなの?」

「それは避けられそうにありませんわね。よくて実権のない傀儡でございましょうね」

 十七異界での振舞いも上乗せされそうだな。こちらも証言には事欠かない。

「グリット、気をしっかりね。応援してるよ」

「具体的に行動してもらっていい?」

「え、ああ、私も巻き込まれました、ってあそこで証言とかするの?」

 覚悟はしてたけど気が重いや。もう証言は十分なんじゃない?

「いいえ、当分私の私的な護衛として傍にいて欲しいの」

「もしかして…そこで覗いてる人に書かせるとか?」

 広い浴室は衝立で区切られて、その陰から目を爛々とさせて覗いてる人がいた。

「え?あら、何なさってるのディースターヴェーク女史!」

 呼ばれて好奇心ではち切れそうな女史が衝立を越えて来た。

「ネーナ。是非とも十七異界の話を聞きたいわ!きっと血沸き肉躍る経験をしてきたのよね?きっとそうよね⁉」

 女史にはお変わり無さそうで。

「次々色々起こって執筆がままならないの!けどいいわ。その分良い物が掛けそうだから。だから話を聴かせて頂戴ね、ネーナ」

 ガブリエラが溜息を吐いた。

「ネーナは帰って来たばかりですのよ」

 こちらの世界にはね。ああ、家に帰りたい。

「けど記憶が鮮明なうちに聴き取りしないと、記憶は薄れていってしまうものだもの、鮮度の好いうちに早くね!」

 まだまだこの一件は終わりそうになかった。

 家族に会える日は一体いつになるんだろう?

 乳白色の湯に静かに全身を沈めた。


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