上手くいき過ぎるのも…
後ろからフー師が囁いた。
「上手く行き過ぎている。こんな時こそ気を引締めろ」
頷いた。怖い位にとんとん拍子ですよね。
「このままでは妾とアルベルトは仲違いをしたまま別れることになる。それはとても残念な事じゃ。どうじゃアルベルト、これで仲直り致そうではないか?」
好い申し出だけど、相手が悪い。緊張が走った。
「女帝陛下の寛大さに感謝致します。アルベルト陛下もそれでよろしいな」
傷みを堪えてヘルダーリンが応えた。陛下も身代わりになった孫への遠慮があるのだろう。
「良かろう」
一言吐き捨てて、苦虫を噛み潰した様な顔をした。誰の所為だと思ってんの!
「それでは用意もある故、帰るのを明日として今宵は宴を設けようではないか。妾の饗応を受けてくれるな?」
誰に向けたものか。「喜んで」と答えたのはまたしてもヘルダーリンだ。陛下は微かに頷いてた。ここまで労を取る孫をまだ見ようとしない。
本当に何だかとんとん拍子に行き過ぎてて怖い。それでもしばらく滞在していけと誘われなくてホッとした。
ヘルダーリンの部下達は人質になってて解放されなかったけど、陛下には良い部屋を与えてもらえた。陛下の寝室を中心にL字型になった一画だ。女帝の部屋にあった様な小舟も用意されていた。逃亡を心配してないんだろうか?人質があったって気にする人ではない気がする。そうあって欲しくはないな。
寝室に立て籠った陛下はしばらく出て来られなかった。
「ガキくっせ!」
小さくダンテさんが吐き捨てた。
「よくお頑張り遊ばせましたわね。ご立派でしてよ」
ガブリエラがヘルダーリンの怪我を治癒魔法で治した。寝台の反対には心配そうなドスタルさんがいる。
「情け…」
「情けないなんて仰らないで。そんなこと全然ございませんでしたわ」
「そうです閣下」
「……ありがとう、ガブリエラ」
「少し見直しました」
意外な表情でヘルダーリンが顔を上げた。
「痛みに耐えて賢明な判断をなさいました。そのことは必ずグリットや訊かれる方全てにお話し致しますわね」
「痛み入ります、ガブリエラ嬢」
代わりにドスタルさんが答える。傷が治るとヘルダーリンは起き上がった。
「もう少し休んだらどうだ」
見守っていたヴァルターさんが勧めた。
「こちらの経緯も知っておきたいだろう?明日には帰るのだ」
彼が語るのは宮廷のことだ。
ウンケルさんの言葉に嘘はなく、ヘルダーリンと一緒に帝都に転送されたグリットは、不測の事態に狼狽えてたハリナ皇后の歓迎を受けた。
「貴女の助けなしに何も決められない、って突っぱねていたの。わたくしに出来るのはそれが限界よ。お願い助けて」
俄かに皇后の下に人が集まって、助言と称して様々な意見を皇后に聞かせようとした。皇后に信用するに足る賢い側近がいないのは、アルベルト陛下が入れ知恵されてうるさくなることを嫌ったからだ。母国から従って来た人々の大半を国に帰らせることまでして、有益な側近もつけず孤立させてたんだって。
皇后はグリットと二人切にされることを望んだから、人々はハラハラしながら二人の話が終わるのを待った。
その内にグリットの母方の祖父ブライトクロイツ公爵も駆け付けた。公爵はグリットの母、ドロテーア皇后が生きてた頃は宰相をされてた。短期間だったけど名宰相との評判は高かったんだ。
早速皇后とグリットの他に、エドゥアルト皇子と七人の元老が集められ会議が開かれた。皇后はグリットを放したからなかったから、付添うだけで発言権はない、という条件でだ。
陛下が異界に落ちる前、その場にいた者達の証言から、ブーヘの《忌み地》の管理長を殺し掛けたこと、私達諸共にグリットを殺そうとしたことも明るみに出た。ブライトクロイツ公爵は烈火の如く怒ったらしい。当然でしょうよ。
正直そうなると陛下の救出部隊を組織する声も低くなる。帰って来られたらそれについての裁きの場も開かねばならない。《忌み地》の世界的管理局からは早々に抗議が来てた。
グリットは自分のことは隠そうとしたらしいけど、ウンケルさんや騎士達に、ヘルダーリンの証言もあるから有耶無耶には最早出来ない。幾ら皇帝と言えど、衆目の面前で我が子を殺そうとしたんだ。
しかもブーヘの《忌み地》では《忌み地》の決まりも守らず、管理長の制止も聞かず、我儘に振舞って中の生き物を暴走させた結果《忌み地》を広げてしまった。ヘルダーリンがこちらに向かった時には、速度は落ちたもののまだ広がり続けていたそうだ。広範囲の避難に転送屋が駆り出されて、それでもてんてこ舞いなんだって。
陛下に《異界渡り》の能力はないのを幸いに、このままにしては…?という雰囲気がその場に漂ったのも無理からぬ話。皇帝はそうして罰を受けました、となれば帝室への非難も逸らせられる。
皇后にはそもそもアルベルト陛下に対して夫としての愛着がない。そりゃそうだよね。エドゥアルト皇子としては、このまま帰らなければ自身の皇位継承は決定した様なものだ。以下はそれぞれの立場で計っても、皇帝の帰還を望む理由は薄い。ってヘルダーリンとヴァルターさんが交互に説明してくれた。
あの時グリットが考えてたのと流れが変わったんだ。皇帝がいなくてもグリットの立場は可哀想な姫君として、皇后の相談役としての立場が確保されたもんね。
やっぱり置いてこうか?グリット。
だけどウンケルさんが、グリットが既に救出隊「青い薔薇の朋友団」を派遣したことを発表したんだ。彼はアルベルト陛下の側近として道理を通す人柄を買われてた。その通りに、先ずは陛下の生死を確認するまでは次に進ませない、って論戦を張ったんだ。ヴァルターさん以外は無名の部隊だから、陛下を救出して無事帰るかどうかは半信半疑だったんだね。ただ、何人かは先生達が付いてたら大丈夫だって、陛下が帰ることも規定事態に話す様になったんだって。その最たる人物がグリットの祖父のブライトクロイツ公だった。
他方で、ならば一皇女の配下だけに任せては置けない、宮廷の面目も立たない、それ以上に帰還した皇帝が怒るのが手に取る様に解かる、ってことで正式な救出部隊が組織されてヘルダーリンが選任された。あら、自薦じゃないんだ。
「その後は説明するまでもないだろう」
そう締め括った。
「…残念だったな。陛下が帰らねばエドゥアルト皇子が皇位継承出来たろうに」
「正直、助けに来れば少しは恩に着てくれるもの、との目論見があったのは事実だが当てが外れた」
笑いが苦い。
「グリットは本当に皇位に興味がないのだな。改めてそれが分かった。万一陛下が戻らねばエドゥアルト皇子を、と皇后に進言してくれたそうだ」
そうだよ。ずっと皇籍離脱するって宣言してたじゃない。
「タルヴィッキ妃側はどう動いた?」
「亡き妃の伯母上は」
今は亡きタルヴィッキ妃は伯母に伴われてこの国に来たんだ。
「陛下はアルフォンス殿下を皇位継承者に指名していた。と主張していたが、十三歳では国政は任せられんと退けられた。文書や法的手続きがされていた訳ではないからな」
そろそろ立太子を望まれてたけど、言を左右に陛下は誰も指名し様としなかったんだよね。それは新聞でも読んだことある。グリットの兄上、フェルディナント殿下が失脚して、衆目は皇嗣がエドゥアルト皇子に決まったものと見てたのに、父陛下は避けてるって。
母ちゃんはアルベルト陛下は一人っ子で大事にされたから、兄弟ってものが解ってないんだ、って言ってた。帝国の唯一の後継ぎとして甘やかされて、分かち合うってことを知らずに育ったんだ、って。確かにそうなんだろうな。
ヘルダーリンの話を聞いたところで各々部屋で休むことになった。今夜の為に身体も洗わないと、女帝主催の宴に汚れたままでは行けない。
偉い人と食事するのは気が重いものの、想像してた程に物分かりが悪い方でもないみたいだ。謝罪を断念するって結構器が大きくないと無理だよね。意地でも欲しがって当然だもん。
「あら、何て芳しいんでしょう。素敵なお風呂ね」
言葉は解からないにしても、ガブリエラは女官達ににこやかに接する。そうすると向こうも本心からの笑顔を見せてくれる。真似しないとな。
十七異界に渡って初めてのお風呂をガブリエラと一緒に使った。浴槽じゃなくてプールなんだ。
自分の匂いが気になった。身体は拭いてたけどそれだけじゃね。
お湯には花々が浮かんでて、快いけどちょいキツイ花の香りに満たされて、断ったのに女官達が身体を洗ってくれた。香の好いオイルを身体中塗りたくられて参っちゃった。ガブリエラは慣れたもんだけど、私は庶民なの。けどバサバサの髪も荒れた肌も復活してくれたから感謝だ。
言葉石がないから彼女らの話は全然チンプンカンプンだったけど、私の瞳や髪の色を珍しがってるのは分かった。こちらの獣人はほぼ人間の身体に頭部が獣というのが基本らしい。手足の形が獣っぽくて毛深かったりしても、真に獣の姿には変身しないんだ。
そして決して相の子は生まれないという。さぞ血が混ざってるものと思ってたけど、獣人同士でも種が違えば子は生まれないものと覚悟しないといけない、とダンテさんが教えてくれた。
「ネーナ、わたくしはギッティ先生の正体が正しく解かったと思いますわ」
気怠い身体を寝椅子に横たえ、差出された茶を飲んで寛いでた。肩が諸出しの身体の線を隠さない服を着せられて、凄く恥ずかしかった。裸に近いよね。
「だ…出し抜けに何?吃驚した」
「あらごめんなさい。けれどずっと考えて、最初に消した結論にやはり辿り着いてしまいましたの。そしたら誰かに言わずにはおれませんでしょ?」
すっごく興味があってすっごく聞きたかったけど、それと同時に怖くもあった。知ってしまえば戻れない、そんな気持ちが私を恐れさせたんだ。
「解かるけど」
口の中でもごもご言う私を彼女は構わなかった。
「その前に、昨年の雪が降る前にシェファルツ王国で起こった事と、最も寒かった頃に聖ルカス皇国で起こった事を思い出して欲しいのです」
ピンッときた。
新聞で連日大騒ぎしてたもん。その二つに共通する名詞、いや人名は……。
「ガブリエラ、じゃあ君はダンテさんを…」
彼女は次の言葉を唾を飲む様にして待ってたけど、発言する前に入り乱れた怒号と困惑が邪魔をした。
「何⁉」
そちらの方に目を向ける。血刀を下げた男女が十人位雪崩れ込んで来てた。
咄嗟にガブリエラを庇う。魔法が効かない、っていう私の能力はここでも通用する。
戦闘態勢はいつでも取れるはずだった。けど実際問題、流血に興奮した人々の凄惨な雰囲気は、私を怯えさせて足から力を奪おうとした。
警固の兵士が駆け付けて前に立ち塞がった。情けない私をガブリエラと女官達が引っ張った。
「ネーナ、ガブリエラ、大丈夫か⁉」
細い長身のダンテさんの姿が頼もしい。
「なんてこった、もう服着ちゃってるぅ。けど肩出しが色っぽい」
「このド助平が!」
湯上りでホカホカしてるぴちぴちボディがお目当てか!なんて思ったら気分が変わった。
顔を両手でパシンと叩く。
「しっかりしろネーナ」
自分で自分を叱った。
もう大丈夫だ。周りを固めてくれてるガブリエラと女官達に礼を言う。
「ごめんね、ありがとう。でももう大丈夫、私やれるよ」
「では一先ずここは逃げて陛下と合流しましょう」
「了解!」
ガブリエラを左腕で担いで走る。私達が居なきゃ女官達も逃げられるだろう。
「俺、出番なしぃ」
ぶー垂れるけど、有ったよ、と内心で答えてた。
湯殿を抜けて、宮殿内じゃそうそう早くは走れない、ダンテさんが足で追って来れる程度だ。攻撃して来る奴がいたらガブリエラが魔法で応戦してくれた。
兵士達に守られた広い部屋では、情けない金切り声で陛下が叫んでた。
ここは無事なはずなんだけどな。
「余さえ無事に戻れば良いのだライムント!後の者は不運と諦めよ!」
「陛下、それは王者として余りにも情けなくございませんか」
「命懸けで陛下を救出に来た勇者ですぞ」
ヘルダーリンとヴァルターさんが抗議してる。そりゃそうだろう。陛下が何を要求してるのか問わずとも理解した。
「そうじゃ、余の為には命を落としても惜しくない者達であろう。であれば余が助かれば本望のはず。今の内に《異界渡り》をするのだ」
つまりこの混乱に乗じて逃げ様って訳ね。否、祖国に戻るだけなんだけど、陛下が言うと逃げる、って表現が正解な気がしちゃうんだよね。
物陰から覗いてるギッティ先生の後ろに並ぶ。ところがガブリエラはスタスタと歩み寄って行くじゃないか。
「条件次第ではわたくしが陛下をお連れしてもよろしゅうございますわよ」
凛とした強い声、これは何か企んでる声だ。竜の心臓だよあんたは。
渋い顔を陛下はガブリエラに向けた。
「そなたが《異界渡り》するだと?本当か?」
「わたくし共「青い薔薇の朋友団」の半分は、わたくしが《異界渡り》させたのですわ」
確かに先生とフー師と私を連れて《異界渡り》したよね。
「下がりなさいガブリエラ」
ヘルダーリンが慌てて彼女を退け様としたが、
「よいライムント」
と逆に下がらされる。ヴァルターさんも聞く体勢だ。
「話を聞こう。時間がないから手短にな」
「はい、陛下」
にっこりと微笑むと陛下も満更でない様子だ。助平親父め。
「戻られてもマルガレーテ殿下を追放しないことと処罰など一切なさらぬ事、そして殿下の人生を殿下自身に決めさせて差上げて頂きたいのです。それが条件ですわ」
「要求が多くはないか?」
なんでそんなに露骨に嫌そうな顔するんです?娘が嫌いなら放っておいてくれたらいいじゃないですか。
「あれはスヴェンを支配下に置こうとして居る。母上と同じだ。捨ておけぬ」
「別人でございます。考え方も生き方も」
押しつけがましくなく断言する。
「それにスヴェン卿のことでしたら、このままでは庶子達だけでなく皇子、皇女方の嫉妬や妬みを買いましょう。それらからスヴェン卿を守れるのは皇女のマルガレーテ殿下しかございませんわ」
考えてる考えてる。途轍もなく不愉快そうだけど、否定出来なくて無下に退けられず考えてる。うちの子達はそんなことはしない、って断言する程解かってなくもないんだ。
「そなたはスヴェンの妻の座を望んでおるのか?確か養家の娘でもあったな」
「共に育ちました。スヴェン卿の控えめで優しいご気性は承知しておりますわ。けれど妻の座は望んでおりません。支えて差上仕上げたいとは望んでおりますが」
ええ!そんなこと言っていいの?後悔するよ。二人お似合いじゃない。
「ふむ……」
「陛下は先にお戻り頂き、残る方々で囚われの方々を救出して頂けばよろしいのではございませんか?」
「良かろう!ライムント、部下達を救出することを許す。無事に連れ帰れ」
そして同行者の選定を始めた。
「その前に《誓約》を!」
ガブリエラに迫られて陛下は鼻白んだ。
「余の言葉が信じられんと申すか?」
「申し訳ございませんが、わたくしは皇女ともに葬られそうになった者でございますれば」
やんわりとした口調だったけど、自分は都合よく忘れてた事実を突付けられて鼻白んだ。
「この異界に落ちたことが余の償いと思わんか?」
「それは陛下に余りにも都合が良過ぎるのではございませんか。陛下の代わりに打たれていたのはライムント卿でございましたのでは?」
一瞬陛下の視線がヘルダーリンを過ぎた。
誓約の立会はダンテさんで、二人が誓約を述べると彼の掌の上に刺々しい塊が現れた。それが誓約の印だ。魔法紙に署名するよりダントツに反故にし難い。
陛下が取ろうと手を伸ばすと、それはチョーカーの飾りとなってガブリエラの細い首に巻き付いた。ダンテさん凄い技を持ってますね!
バツの悪さを隠す為に陛下は改めて同行者の選定に入った。
「どうぞわたくしを」
頭を垂れたのはヴァルターさんだ。それには答えず、
「あの神官はどうした?」
どうしてそうなのさ!仮にも我が国の皇帝陛下でしょう、私臣民でいるのが情けないよ。
「ここに」
反対側を警戒していたフー師が短く答える。
外の騒ぎが少しづつ近付いてる。ここの警固の兵隊さんは強いらしいけど、実際は分からない。
「そなたに伴の栄誉を与えよう」
「身に余り過ぎてお受けしかねます。それにわたくしは不詳の弟子を導く為に居るのです。ご容赦頂けますよう」
慌てて飛び出して、心臓をバクバクさせながらお偉方の前を横切りフー師に並んだ。
「弟子も一緒に」
って言おうとされたんだと思う。けど私を見て口を噤まれた。私が先祖返りの半亜人だからだ。傷付くぅ~。忘れてないからね、二人と一緒に殺されかけた事⁉
「ヴァルター、余と来い」
話しが決まれば残された時間は短い。
が、
「このまま臣下の前に出るのは見っともない。しばし待て」
ンチャ大陸風の良い生地の服なのにご不満らしい。寝室に消えた。
見送ってダンテさんとガブリエラが双方駆け寄った。さっきまでの優美で自信満々な仮面を脱ぎ捨てたガブリエラは訴えた。
「何が何でも帝宮に渡らないと!」
来た時みたいに渡れたら何処でもいいって訳にはいかない。
「大丈夫だ。帝宮の位置は把握してるから座標は俺が修正する。自信持って《異界渡り》していい」
魔法を合わせる方法を教えてもらう。
ギッティ先生は物陰から出て来ようとしないんで、きつめに睨んでやったらさり気なく目を逸らした。背後にツチラト氏の姿がある。
ガブリエラはみんなと慌ただしく打合せしてて、渡る前に話したかったけどそんな隙が無い。
「ネーナ武器を持っていなさそうだな」
身体は洗ってもフー師は意地でも神官服を脱がない気なんだ。私ときたら肩もろ出しで下は透けてないけど薄物だしなぁ。場所を取らない錘を胸の谷間に隠すのがやっとだった。
ってそれを見せたらフー師が目を剥いた。頬に手を添えて「素敵」っと小声で呟いてた。ムフフ。
錘は苦手なんだけど、胸から取出して技を試す。
「貴様はトンファーの方が得意だろう。錘は取っておけ」
厚い布袋の中から自分には三節棍を取り出す。
「ありがとうございます」
薄物のスカートのままでは動き難い。一部の男性がしてたみたいに足の間で裾を結んでみた。足技が出せる様に膝上でだ。見様見真似だけど何とかいける。これで全身心置きなく使えるね。
打合せてるのにダンテさんが私の方を見てて、ガブリエラに足を踏まれて跳び上がってた。
「まだか陛下は!」
ハッペさんとの打合せがとっくに終わったヴァルターさんは苛ついて、ノックと同時に陛下の寝室の戸を開けた。そしたら十七異界に落ちた時に着てた服と格闘してた。
「何とかせい」
自分も苛立ってる祖父は孫に強く命じたけど、その孫も自分で服を着たことがないらしい。おたおたしてるのを見かねて、ハッペさんとドスタルさんが代って手伝った。
「応援が来た様だ」
静かにフー師が告げた。物音でそこまで解かるんだ。
言葉はみんなにも伝わって、《異界渡り》を急ぐ。
「ネーナ!」
皆が三人から距離を置く中、ガブリエラが呼んだ。
「必ず帰って来ますのよ!しばしのお別れなだけでしてよ」
「そっちこそ、ちゃんと帝宮に渡らなきゃダメだよ」
青い煙と光が三人を包んでその姿が朧になってく。来た時はこんなだったろうか?ダンテさんが心中を察して答えてくれた。
「あちら側とこちらでは発現の仕方に違いがあるんだ」
完全に消えるとギッティ先生が歓声を上げた。
「やった!鬱陶しいのが居なくなった」
引っ掛かるモノがあったのだろうヘルダーリンだけど、無言だった。
「臣民の命が掛かってるのにグズグズしてるんだから、嫌んなる奴だ」
「陛下に対して…」
流石に文句を言おうとしたけど、
「おう、爺ちゃんに言いつけるか?だったら頑張って生きて帰れよ。良かったな目標が出来て」
変身解いたギッティ先生って…。私好み!
「好い…」
フー師が隣でボソッと呟いた。
「急ごう、騒ぎは鎮静に向かってる」
「待て!ここからは私の指示に…」
「従うかよバ~カ」
またしてもヘルダーリンは最後まで言わせてもらえなかった。
「バカ…」
絶句する若い上司の肩をドスタルさんが軽く叩いた。
「行くぞ!お前の部下だろうが」
呼ばれて長い脚を急がせて先生の隣にヘルダーリンは並んだ。
与えられた区画の外に出ると、警固の兵士が何事か言って押し戻そうとしてきたが次の瞬間には倒れてる。先生の魔法だ。
「少し眠っててね」
血の匂いがむわっと押し寄せて、戦いの音が大きく身近になる。日暮れは近いけどまだ十分明るい。
「防臭」って書かれた布をダンテさんは口許に垂らしてた。
「女帝の兵が反乱を抑えつつある様ですね」
冷静にハッペさんが告げた。
「あいつがトロかったからな。何度南の大陸の砂漠に送ってやろうと思ったかしれん。騒ぎをもう少し起こさないと、直ぐに見付かるぞ」
ヘルダーリンの部下達は、私達が現れたんで広場から連行されて牢に放り込まれたらしい。
「好都合だ。ダンテ目印は付けて置いたな」
宮殿を囲む池の四方には極彩色の怪鳥の大きな像が据えられてる。上に乗ってるのは神だと説明されたけど、ンチャ大陸人風の細いしなやかな姿をしてる。それが突然動き出して、敵味方なく兵隊と闘い出したから誰もが度肝を抜かれた。私もだ。
舞台が誂えられた様だった。そこへ小舟で現れた女帝のお気に入りイイミが、女帝の首を掲げて何事か叫んだんだ。
彼が反乱軍の首領なの?
それにしても、平気になったもんだな私も。さっきの今なのに、覚悟って凄いもんなんだ。
マハパハロ兵は動揺して攻守がひっくり返った。少数だが勢いの上がった反乱側が、多勢のマハパハロ兵を圧し始めてる。
「行くぞ!」
「ジュラ、案内してくれ」
ダンテさんに命じられて冠毛の長い白い鳥が導いてくれる。皆で後を追いながら闘った。ダンテさんは一番得だな。巫覡に怪我させるのを厭うて、闘うどちらの側からも攻撃はされないんだ。先生は攻撃されても障壁を張って防いでるし。
乱戦になってはぐれて焦ってると、ジュラと同種の鳥が迎えに来てくれてまた無事合流を果たした。
「彼らは二か所に分けて囚われてる」
言葉通り半地下の牢には数人しかいなかった。
「負傷者が連れて行かれました」
部下の訴えにドスタルさんはダンテさんを見た。
「ああ、ジュラが連れて行ってくれる」
案内されたのは病院らしき建物だった。あんな目に遭わされたら、具合を悪くしてても不思議はないよね。負傷者は面倒だからって処刑されてなくて良かったよ。
けど、様子が変だ。
先に入ったダンテさんが何事か叫んだ。言葉石がないとなんにも解かんないや。
反乱軍がここまで入り込んで、そこここに敵味方の死体が転がってる。包帯を巻いてる人が多数だ。負傷者だよ、こういうのは卑怯じゃないか!
口々に何か叫んでるけど襲ってこようとはしない。ダンテさんが先頭だから攻め難いんだ。廊下もそう広くないしね。
「部下達は⁉」
ドスタルさんが叫んだ。見覚えのある女性が床に血を流して倒れてた。武器を持ってないし、白い服に着替えさせられてる。
「―生きてる。大部屋で他の人達も一緒に立て籠ってるんだ」
ダンテさんが答えた。
と、倒れた女性が起き上がって、側で倒れてた敵の刀を掴むと手近な敵に斬りかかった。
「隊長、待ってました!」
言葉と同時だ。
「きっと来てくれるって」
的確に、最小の動作で急所を狙う。敵兵の血が舞った。
「来るとも⁉」
ドスタルさんはとても嬉しそうに怒鳴った。
と同時に戦闘態勢になる。ヘルダーリンも続いて、ダンテさんを抜くと反乱軍に向かってく。ハッペさんやフー師も言葉もなく行動に移ったんで慌てて追った。
血の苦手なダンテさんが倒れない様にツチラト氏が付添ってる。見ない様に目を閉じてツチラト氏の誘導に任せてるって話してた。
多勢に無勢ではあるけど、私は先祖返り、獅子人の血を継ぐネーナだ。トンファーでだって必殺の一撃となる。気は進まないけどそれはしょうがない。獣人とも相対したけど、こちらの獣人は人より少し強い程度でしかない。だから人間は恐れないんだね。
敵は総崩れになって逃げ出した。敵が隠れてないのを部屋を覗いて確認する。背後でドスタルさんが立て籠った人々に語り掛けるのが聞こえた。扉が開いて「隊長⁉」って歓声が上がる。医師や看護師も恐る恐る外を覗いて、確認してから出て来た。
ドスタルさんは一人一人部下を確認しながら、感激して抱き合ったりしてる。返す返すも何故あなたがヘルダーリンの部下なんかしてるの?配属されたから、とかだけじゃないものを感じるんだけど、私には解かんない好いとこがやっぱヘルダーリンにもあるのかな。あるんだろうなぁ。
「国に帰るぞ、負傷者に肩を貸せ!《異界渡り》出来る場所まで急ぐんだ」
言いつつ、率先して負傷者に肩を貸したのはヘルダーリンだ。早速好いとこ見付けちゃった。ムカつく。
これ以上現地の騒ぎに巻き込まれない内に、と急がれた。
低い生垣のある庭に出ると、
「この近辺での《異界渡り》は難しい。転移するぞ」
口を挟む隙も与えず、先生は全員を郊外の緑濃い森に転送してしまった。




