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ワガママな彼と彼女

 簡単に陛下を発見出来たけど、大陸間移動を転移で行うのは問題があった。異界だからダンテさんも移動先の座標が取り難くて、侵略地は兎角血腥くて強い思念が入り乱れてるのも邪魔した。

 何とか小さな帆船を手に入れた私達は、ガブリエラの風の魔法で飛ぶ様に海を渡った。

「ガブリエラばかりじゃ不公平じゃない?」

 何かと彼女が使われてたから、そう口にせずにはいられなかった。

 それに答えたのはヴァルターさんだ。

「何言ってる?学校で習うだけじゃ魔法は上達せんだろうが。実践の機会は逃さないでおかないと。第一、俺がやった方が面倒がないんだぞ」

 敢えてやらせてる、それは分かるんだよ。船を望む方向に進ませられるまで一時間ばかしは掛かったから。彼女が風の魔法を使いこなすまで、きつく叱りもせず文句も言わず、気長に待っててくれはしたさ。でもそんなだからガブリエラだって疲れちゃうよ。

「その疲れをどう処理するかも体得しないと、力の配分を考えるのにも限界を知るのは重要なんだ」

 穏やかにハッペさんも口を添える。ムムム。

「ネーナ口出し無用でしてよ」

 言葉を探してると、当のガブリエラに強く拒絶された。

「わたくしは守られる為に来たのではありませんのよ」

「進路が逸れたぞガブリエラ」

 とギッティ先生。

「申し訳ございません」

 だとさ、ってヴァルターさんは憎ったらしい。

「速度はまだ気にするな。進路から逸れない、見失わないことに集中するんだ。潮の流れも無視するな。帆の角度があってれば助けになる」

「はい」

 先生に答える緊張を含んだ簡潔な返事から彼女の覚悟が伝わって、余計な口を利いたことに申し訳なく感じた。

「何もしてないから気になるんだ。釣りでもすればいい」

 ハッペさんに腰を括られ、短刀を渡された。

「これって…」

「行って来い!」

 軽々と海に投げられる。

 やっぱこういう流れなのね!獅子人だけど女子なんだよ私!

 人間を餌にする魚がいるか?ちゃんといる。水泳なんて滅多にしないから、足のつかない場所でジタバタしてると直ぐに現れた。私が暇を持て余してると思って、魔法で呼んでくれてたんだって。

 巨大魚の口の中はどんなのかってェと、一瞬で呑み込まれたんで暗くて判んなかった。引き摺り出されてみると、私に当たらない様に魔法の《槍》が打ち込まれてた。

「こうして弟と一緒に漁をしたんだ」

 そう、実家は漁師さんなの。それで弟さんとお遊びでこうして魚を獲ってたの。そう、正直面白くはあったよ。うん、でもね、自分の女子力ってのも考えさせられちゃった。ハハハ。

 巨大魚は美味しく頂きましたとも!責任もってハッペさんが美味しく調理してくれたんだ。


 翌々日の早朝にはンチャ大陸に上陸したんだけど、ンコロに急ぐと、大きな広場の中央でヘルダーリンが晒し者になってた。

 一体どういう展開な訳⁉

 杭に横一文字にぶら下げられた丸太の両端に、手首を縛られて上半身は裸、貴族的な白い肌を容赦ない陽射しに焼かれてる。その背中には直線の惨たらしい傷が無数にあった。隣には読めない文字で掲示板が立てられてる。後ろで首を数珠繋ぎにされてるのは同行した部下なんだろう。更に後ろには三人が張り付けになってる。恐らく処刑されて死んでる。惨たらしさに目を逸らした。

 どうなってんの!

「ライムント卿がわたくし達より先に到着しているなんて有り得ませんわ」

 だよね。

「有得るさ。《異界渡り》は時系列が乱れることがあるんだ。儂らが到着したのは皇帝が落ちてから四日目だった。それから海を渡るのに二昼夜掛かってる」

「そっか、《異界渡り》には時間の乱れが付き物でしたね。つまりはファブリシオさんのとこに問合せが来てから以降に、ヘルダーリンは到着したって理解で間違いないですか」

「そんな感じかね。ほら、あっちに皇帝」

 小さな人一人入るのがやっとの小屋に、内からも外からも見える様に開口部が付いてる。そこから最近見知ったばかりの陛下のご尊顔が拝せられた。目を逸らして孫を直視しない様にしてる。

 怒鳴り声でない、何かを人々に告げる為の大声が轟くと、人々が興奮した面持ちで集まり出した。

「あ、俺あそこにいます」

 広場の外を示したダンテさんの襟首を先生は掴んた。

「通訳なしでここの言葉が理解出来るのはお前だけなんだ。何て告げてたんだ」

 え、マジ?凄い。

「罪人に罰を与える時間だ、って」

 こういうことを瞬時に理解するのって嫌な気分だ。ヘルダーリンの背の傷から考えて、彼に何らかの罰が下されるのに間違いない。

「見なくていい、目を瞑ってろ。だが通訳だけはしてくれ。ツチラト、ダンテを運んでやってくれ」

 大声は続いてる。

「『彼の祖父、異界の皇帝アルベルトは、畏れ多くも我らがヤジ・ルフンガ女帝陛下を侮辱した。彼は異界ではあるが皇帝である。故に彼に代わり、彼の孫に罰を与えることとする。刑は三日後まで二時間おきに昼夜を問わず行われるものである』」

 昼夜を問わず打たれるって幾ら何でも酷くない!

 手首の鎖が丸太から外され、跪いた状態から身動きが出来ない様に鎖の両端を兵達が押さえる。鞭じゃない、木の棒の先端が自由に回転する仕様になった得物で背中を打たれる。

「グウゥッ」

 押し殺した悲鳴が洩れた。

「喜んで見物したいところだが複雑ではある」

 嘘、ヴァルターさん、私は奴が大嫌いだけどこういうのは嫌だよ。ガブリエラは冷たい瞳で挑む様に正視してる。こういう時は彼女の美しさもあって近付き難い雰囲気になる。彼女は強くて美しい。私は獅子人の血を受継いでるから腕っ節が強いだけだけど、彼女の精神力の強さは本物なんだ。

 打たれる度に短い声が上がるのは打った数を数えてるんだろう。見物人から歓声も聞こえる。面白い?そんなの。

「儂はそういう趣味はないから見たくない。皇帝の側に突っ立ってる兵士に話を通してみる」

 陛下は頑なに孫の方を見ようともせず表情も変わらない。

 自分の代わりに孫が苦しくて苦痛を伴う罰を受けてるのに、何の反応もないなんて、見下げ果てました陛下。何故平気で目を背けられるんですか?娘も孫も可愛くはないですか?愛しさは感じませんか?そんな人間が我が国の皇帝なんて、敬ってただけにショックです。

 ンチャ大陸への侵略者と非侵略者、どちらとも私達は着る物が違う。広場を囲んだ兵達も目敏く察して、小屋に向かう私達に合わせて囲みながら兵が動いた。

「俺が話そう」

 ヴァルターさんが前に出て、身分の高そうで指図してた兵士に話し掛けた。ダンテさんが通訳する。

「我々はアルベルト陛下と同じ異界から参った。そこで罰を受けている同朋とは別に陛下をお迎えに上がった者だ」

 見えない死角でだったけど、声や言葉で解かった陛下がこちらに身を寄せた。

「我が国の者か。余の臣下か。そなたらの皇帝はここぞ」

 知ってますぅ。

「陛下が女帝陛下に如何なる無礼をなしたか存じ上げぬが、女帝陛下の赦しを頂いて我らが皇帝を連れ帰りたい。生き残ったそこな同朋もだ」

 宮廷風なんだろうか、古風な言い回しだ。

 我々一行を眺めまわして、通訳が終わると相手は何事か命じる。

「俺達の身元を確認させるつもりだ」

 連れて来られたのはドスタルさんだ。こんな風に会いたくなかった、私好みの苦み走ったオジサン。ヘルダーリンの部下だけど好い人だった。

 私達の身元が確認されると付いて来る様に合図された。

「ヴァルターか。必ず余をここから解放させるのだぞ」

 どうして「我ら」にならないかなぁ?孫はどうでもいいんですか?助けに来てくれた臣下は?身勝手過ぎます陛下。

 グリットに辛く当たって挙句の果てには殺そうとまでした。だからとっくに幻滅してたけど、私はもう言葉もないよ。踵を返して今直ぐ帰りたい。

 ヴァルターさんの身振りを上官は理解して頷いた。小屋に近付く。

「陛下」

 獣人の屈強な兵士が小屋の両側で警護してる。

「ヴァルター、よくぞ来てくれた」

 手の届かない位置で止められる。遠目でも滝の様に汗をかいてるのが見て取れた。熱いんだろうな。

「陛下、私はマルガレーテ殿下の命を受けてお助けに上がりました。必ず他の方々共々ノリキ・エスタリヒにお帰し致します」

 グリットの名が出た時、ほんの一瞬だけ好もしくない表情をしたけど、直ぐににこりとすまし顔で頷いた。

「余はそなたを信じておる。必ず余を助け出せ」

 ダンテさんも私と同じで不快だったらしい。

「皇帝なのに自分のことしか言わんのな」

 こんな皇帝ですみません。自分のことじゃないけど恥ずかしくて身が縮んだ。

「物見気分でいるな、警戒を怠るな」

 フー師の囁きに冷や水を浴びせられた気がした。

 そうだ。何してるんだ私は。私が今すべきは陛下を眺めてることじゃない。気を引締めて万一の時の為に広場の造り、兵の配置を確認する。



 案内されて歩いてると、怪我をした人や鎖に繋がれた、明らかに人種の違う浅黒い肌の人を多く目にした。肌の浅黒い人達は侵略された側なんだ。行き会うと一様に暗い顔をして私達一行に道を開ける。

 人工的な池に渡された橋は侵略者達が我が物顔で行き交ってる。橋の一方は屋根が長く尖がった宮殿で、屋根瓦はオレンジで緑と白の縁取りがある。壁と柱は白だ。

 建物の内部は気候の所為だろうか、壁は勿論あるけど風通しの良い造りで、閉鎖された感じがしない。長く歩かされず、大きな床まである窓が開け放たれた部屋に通された。

「ここで待つ様に」

 ダンテさんが通訳してくれる。私達の案内に当たった上官は下がって、文官らしい、ゆったりとした服を着た人物が変わった。先っぽに玉を嵌め込んだ杖を持ってる。後ろにはさっき別れたばっかりのドスタルさんが、さっきよりはましな格好で立ってた。

「言葉は通じるな?」

 私達の言葉じゃないけど理解出来た。杖の先の玉が濁る。これが通訳してるんだ。

「通じている。私は陛下のご息女、マルガレーテ殿下の騎士ヴァルター・ペートルス・グラッツェル。殿下の命を受け陛下を迎えに参った。陛下が何故あんな目に遭っておられるのか、理由を聞かせて頂けるだろうか?」

 丁重にヴァルターさんが尋ねると、相手は頷いてドスタルさんを前に促した。

「臣下としては当然の問いだろうな。私はヤジ・ルフンガ陛下のお傍にお仕えするシオアザダ・イサスメンディだ」

 続いて一人一人名乗った。イサスメンディはダンテさんに敬意を表してから椅子を勧め、自分も座り私達にも促した。

「先ずは同胞の話を聞くがよかろう」

 肩をもろ出しにして、身体に沿った色鮮やかな装いの女性が、小さな茶器を運んで来る。鮮やかな手つきで茶を淹れると、茶葉の芳しい香りが漂った。私達の世界ではない香りだ。目を奪われているとフー師に脇を突かれる。うう、すみません。

 茶を受取って飲むと一息吐いたドスタルさんが話し出した。

「私達は君らよりも二日も遅れて《異界渡り》をしたが君らより先に着いた。《異界渡り》の時間軸の乱れによるものだ」

 解るな、って目をこちらに向けて、また出された茶を飲んだ。女官が空になった茶碗を受取って新たに注ぐ。

「こちらの獣人は王気というものを感じるそうで、陛下の王気も有難いことに覚られていてな。異界ではあっても君主であると奴隷になぞされたりせず、王として手厚くもてなされていた。その反面、女帝はアルベルト陛下に怒りを溜め込んでおられた。一見礼儀正しく振舞っておられても、その…陛下の性格が性格だ、言葉の端々に女性を蔑視する風があられた。想像に難くはあるまい?ヴァルター卿」

 名指しは一人だが皆が頷いて同意を表す。

「この世界の方々は、異界があるのを解かっても《異界渡り》の能力はない。魔力も誰しもが持っている訳でもなく、総合すれば我らより劣る、と陛下は勘違いされて」

 チラッと発言に気を悪くしなかったかイサスメンディに眼をやる。文官は何の感情も表していない。

「そして我らが来たことで気も大きくなられたのだろう、更に態度が横柄になってしまわれた。もてなして頂いているのにな」

 容易に想像出来る。何て幼稚なのですか陛下。あなたの命は女帝の掌の上なんですよ。

「女帝陛下は我らのことを考えられて、帰国を急ぐ様に取り図って下さったが、《異界渡り》を短期間に繰り返すことは出来んだろう?」

 うんうん、堪忍袋の緒が切れる前に、さっさと帰りやがれと急がされたのね。

「ではその間、臣下が来たからには陛下にも一宮を与えて頂ける話となったのだが……」

 なんと、「この街の何所を見回しても、余に相応しい格式を備えた宮殿はない」、何ぞと宣わってしまわれたのだ。バカバカバカバカ。もうもうもう!

「この様な地を征服したとしても苦労が多いだけだ」、とか、「領土を広くすれば良いというものではない」、とかとか。挙句に「陛下は惜しいかな女性であられるから、そこのところがお判りにならぬかもしれぬが。なに、有能な弟殿がおられるのであれば心配はありますまい」、ときたもんだ。

 よくお堪えになりましたヤジ・ルフンガ陛下。お怒りになられて当然です。

 とうとう積み重なったものが爆発して、女帝はアルベルト陛下を捕えさせた。そして仮にも皇帝である方を傷付けるのは憚られるとして、孫で救出隊の長ヘルダーリンを身代りとしたんだ。

 本人にやっちゃってくれてよろしかったんですよ陛下。ええ、ええ、いい薬になります。

 謝罪すれば許すとまで言ってくれたのに、

「陛下は高圧的な女性には意地になられる傾向があられる」

 だからって孫のことを思えば、ごめんなさい、の一言位簡単でしょうがよ。孫を庇わなかった?それ位ならば構わないから自分を罰せよ、とか言わなかったんだ。元はと言えばあなたが原因なんですよ。あんな背中になるまでに、謝罪するから孫を解放してくれって、それだけでよかったでしょう?

 磔になって処刑されてたのは《異界渡り》の出来る魔法師で、逃げられない様にされたんだ。

 グリットと連絡取れないものなのかな。本当にこんな父ちゃんいる?って確かめたい。ああ、そんなこと訊いたら、解かっててもグリットを傷付けちゃうじゃないか、酷い事を考えるな私。

「三日後に処罰は終わるのだろう?そうすれば陛下を連れて戻ってよろしいか?もっと早くする方法はあるだろうか?」

 あんなの三日も続けられたら死んじゃうかもしれない。そんな恐怖に駆られて背筋に戦慄が走った。

「貴殿らが先に《異界渡り》したことは女帝もご存知であられて、だから我らの能力者を処刑してしまった。――女帝陛下の前で、陛下はマルガレーテ殿下のことを…、残酷な、事を口にされた。それも女帝陛下のお心に障られたことの一つだ」

 言い辛そうに告げる姿が悲しい。

 ヴァルターさんは口を引き結んで聞いてた。

「貴公らの皇帝は国に戻れば死に損ないの出しゃばりな皇女と、皇女に助力を求めた皇妃を罰する、と宣言しておられた。ライムント卿はそれを諫めておられたが、訊く耳を持たぬ様子であった」

 イサスメンディが告げるのにヴァルターさんが答える。

「我らとて陛下の性格は存じ上げている。皇女も先刻承知の上で陛下を助ける決断を下されたのだ。我らは皇女に従うまで。ただ、その前に皇女を罰せぬ誓約をとりつけはするが」

「それがよろしかろうな。であれば女帝陛下に奏上申し上げるから直接許可を頂くとよい」

「痛みいる」

「貴公らが来られたことで身代わりの罰は一旦中止となっている」

 ドスタルさんがホッとしてた。

「ドスタルはこのままここに残ることを許す。ではまた後刻。それまで寛いでおられよ」

 わざわざダンテさんの前まで来て敬意を表する。

 彼が出て行くと緊張が解けた。けど重い沈黙が圧し掛かってた。陛下への憤懣をぶちまけたかったけれど、それを腹にしまっておくのは辛かったけれど、今ここでは拙いと解かってた。ぶちまけたら際限がないし、ヴァルターさんを傷付ける言動もあるだろう。最優先事項は陛下をお助けすることなのに放棄しかねない。みんなの様子を窺っても私と似たり寄ったりなのが分かる。あんなクソ親父を連れて帰るのかって。

「ここだけの話にして下さいましね。陛下は並大抵ではなく不愉快な方でしてよ」

 可愛らしい唇を尖らせて言うものだから、重く圧し掛かったものが消えた。明るい苦笑いがみんなに浮かぶ。

「同感だと、私が言ったということもここだけの話でお願いします」

 ハッペさんとガブリエラが顔を見合わせて笑った。

「偉く巫覡を崇敬してるんだな。本で読んだ通りだ」

 とダンテさんが呟くのに先生が答えた。

「そうだな。呪いを避ける為でもあるだろう」

 師弟で考察が始まったのを尻目に、ヴァルターさんがぼやいた。

「そうであっても我らが姫の為にもお父上にお戻り頂かないといかん。こういう場合を想定してなかったから、女帝に差上げる贈り物を用意してないな」

 言葉の通じない異界で苦労してる、って思ってましたもんね。

「後払いを確約してくれれば、ダンテのコレクションを供出させてもいいぞ」

 即座に反応しダンテさんは抗議した。

「何で俺の⁉そりゃ構わないことは構わないけど、先ずは俺の了解を取りましょうよ!」

 もっともだ。

「怒るな。師匠はそうやって弟子を自慢するところがあるんだ。それより何か持ってるのか?にしては荷物が少ないが」

 ダンテさんの口が喜びを隠そうとして失敗してる。そんな彼が持ってるものと言えば、杖以外では腰のベルトの革袋だけだ。

「こいつは小さいがマゴニアを持ってるんだ」

「マゴニアを⁉」

 みんな絶句した。

 マゴニアは魔法師が創造する自分だけの世界だ。小さな世界を作るだけでも大変なはずなんだ。

「大切な物を保存する場所が必要だったんだ。それだけだ」

「しかしそれを異界にまで持ち込めたのか」

「色々貰ったりするんだよ。薬だって持ってたいし、第一何が必要になるか分からないだろ?」

 それはそうですけど、ホント、才能が破格だよ君は。

「兜みたいな髑髏の仮面あったろう。幾つか作ってたなお前」

「俺のお気に入りじゃないですか。女性や子供を怖がらせるからって被るの我慢してるのに!」

「幾つか似たようなの作ってただろうが」

「《(トーア)》」

 不貞腐れた様に呟いた。空中に魔法陣が現れて消えると、クワッと大きく口を開けた大猫熊の白黒の頭部が現れた。手を突っ込むと「(いって)ぇだろがよ」なんて悪態吐くんだ。そこまで凝らなくても。

 水晶の如き一点の曇りのない透明な髑髏の仮面と、白金色の仮面を取出す。白金色の仮面には目の部分に魔晶石が嵌められてる。全体に魔法陣や呪詞が彫られてて、頭頂部の四角い出っ張りから、黄金色の毛が長く垂れてるそれは滅茶苦茶格好良かった。

「格好良い!これって目に魔晶石嵌め込んでるけど、私にくれた物みたいに暗くても見えるの?」

「ここでも通用すれば見えるはず」

「この透明の髑髏も強い魔法を感じましてよ」

「何が出来るとかじゃなくて、被った人間の魔力を増幅する様に作った、はず」

 どれだけ増幅されるかは分からない。試作品だから、って続いた。

「そっちの白金は初歩的な魔法なら防いでくれる、はず」

 どちらも実際に試してないから、確実なことは言えない、そうだけど、ダンテさんには必要ないもんね。

「お前を世界中の王が狙うかもな」

「女王なら考えてもいい」

 含みを持たせたヴァルターさんにそう返す。

「試作品だから安くしとくが、ちゃんと請求書は出すからな」

 先生ったら、弟子の作品じゃないですか。反対に弟子の方は半信半疑だ。

「こんなので気に入ってもらえるかな?髑髏は女性に受けないんじゃなかった?」

「十分でしょう!これ以上の物を出したら帰してもらえませんよダンテさん」

 触りたいけど触り難い、って感じでハッペさんは手を出し兼ねてる。そしてようやく触ると、雷に打たれた様に手を引っ込めた。


 まさしく女帝は捧げられた品に目を奪われた。だけでなく、その場にいた人達は全員同じだった。

「これは、素晴らしい…」

 黒髪の女帝は自分の脚で肉体を支えられるギリギリに脂肪が豊満な方だった。甘そうなお菓子に取巻かれて、いつでも好きに抓められた。寝椅子に身体を預けて気怠そうにしてる。

 そしてもう一つ女帝を取巻いてるものがある。見目麗しい男性達だ。南国に位置するンチャ大陸では男性は上半身を曝け出してるけど、誰一人として広い胸や逞しい肉体を持つ者はいない。中世的で細身の嫋やかな人ばかりだ。

 一際嫋やかな青年が女帝の傍らで絨毯を敷いた床に直に座ってる。残りの人達は立ったままだったから、一番のお気に入りだと分かる。浅黒い肌にハッキリとした彩色の装飾品がとても良く似合う、どことなく品の良さが漂う人だ。

 彼らが皆女帝の趣味で集められたとしたら、そうなんだろうけど、私とは好みが全然合わないな。

 公的な謁見の間ではなく、私達は池を見晴らす開放的なテラスに招かれた。装飾過多な屋根付きの小舟が繋がれていて、池には美しい花が水面から突き出てたから、小舟で過ごせばどんなにか愉しいだろうと想像させる。

 ガブリエラの美貌を目にして、女帝の表情に良くないものが一瞬過って消えたからヒヤッとした。

 巫覡を敬うから、ガブリエラと私はダンテさんと並んで先頭に立った。本来ならヴァルターさんだと思うんだけど、私達二人はグリットの代理だからだ。少年だけどダンテさんの声はとても低くて年齢不詳だ。仮面の効用を言上するのも朗々としてた。しかもマハパハロ帝国の言葉だよ。

 部屋の中央には大きな言葉石が置かれてたから、私達にも言葉は分かった。

 寝椅子に片肘をつく女帝の後方に少し離れて、繋がれた陛下とヘルダーリンが絨毯も敷かれてない床に座らされてた。ヘルダーリンは薄い上着を着せられてたから打たれた背中は見えない。手当てをしてもらえていれば良いのだけど。

 白金色の仮面をそっと持ち上げた女帝は、恐る恐る被った。

「どうじゃ?何だか力が漲ってくる気がするのう」

 取巻きの綺麗所は勿論、同席してたイサスメンディや他の人達も口を揃えて褒めそやした。中に鼠頭の人物がいる。被り物じゃないと思う。髭が時折ひくひく動いてた。

「次に陣頭に立つ際にはお被りなさいませ、陛下の神々しさに皆跪いて深く頭を垂れましょう」

「イイミ、本にそなたは可愛らしいことを申すのう」

 蕩けた笑みを送る。

 うん、まあ、豊穣の女神、的にはなるよね。寝椅子の傍らに座ってたお気に入りはイイミって名前なんだ。

「良かろう。妾への捧げ物として不足の無い物じゃ」

 仮面を脱いで矯めつ眇めつする。

「本来ならアルベルト帝よりの謝罪も条件としたいところではあるが、器質的に無理であろう」

 繋がれたままのアルベルト陛下を横目にする。お解りでいらっしゃる。その分はヘルダーリンが贖ったってことでご勘弁下さい。

 なのにイイミが眉を顰めた。

「陛下はお優し過ぎます。確かに貢物は良い物ですがこれしきの物でお許しになるなんて!僕はこの男の謝罪が聞きたい。陛下に対して、無礼をお許し下さい、と跪き頭を床に付ける様が見たいのです」

 余計なこと言わないでよ~。

 陛下が険しい表情で口を開こうとしたのを、ヘルダーリンが服の裾を引いて止める。孫を目にしない様に顔を逸らして口を強情に引き結んだ。

「そなたの気持ちは嬉しいが、これは王者の話である。口出しを致すでない」

 満更でもない面持ちで女帝の口調も柔らかい。

「女帝陛下の聡明さに感謝致します。陛下の治世に栄えありますように」

 言ってガブリエラは深々と頭を下げた。急いで真似る。

「マルガレーテとやら申す皇女に仕えておるのだとか、苦労はないか?」

「全くございません。凛々しくもお優しいお方でございますれば」

「気が強く出しゃばりで、人を支配せずにはおれぬのではないか?」

 はいはい、陛下がそういったのね。娘の悪口を吹聴するって、親として人間としてどうかって話じゃないですか陛下。

「ご自分の意見は理を持って発言されますが、押しつけがましさは決してございません。それどころかわたくし共の言葉によく耳を傾けて下さいます。親身に相談に乗って下さる主にこざいます。でありますから、陛下がどうであれ、娘として尽くそうとされておられるのです」

 女帝が陛下を横目に大きく鼻息を吐いた。思った通り、って反応だわ。

「いつ帰る予定じゃ?」

「女帝陛下のお許しが頂けましたら直ぐにでも」

「全て連れ帰れるのじゃな?二度は許さぬ。残された者は即刻処刑じゃぞ」

 ダンテさんが一歩進み出た。

「心配ご無用。誰一人残しません」

 力強く請負う。

「ほう、では必要な物を用意してやる故、妾の目の前で行え。興味がある」

「危険ではないか⁉」

 イサスメンディが慌ててダンテさんに確認する。

「大丈夫である。したが私が指定する範囲には立入ってはならぬ。その外からであれば危険はない」

「用意する物は?」

「四方に香を焚きたい。香炉を用意してもらえようか。それだけでよい」

 長い杖で床を突くと不思議に音高く響いて、マハパハロ帝国の人達は感じ入った様子で頭を下げた。巫覡て本当に尊崇されてるんだ。


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