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現場は混乱しております

 ギッティ先生に各方面から一斉に連絡が来たのは、先生との遠話が遮断されてた為に、ダンテさんが何処かで繋がるだろう、って関係者に片っ端から連絡したからだ。結果、恋に身を捧げようとして無視してた先生は、音楽のダンビエ先生に首根っこ掴まれて引き摺り出される形になった。

「つったってダンビエ先生さぁ。もうここまで大騒ぎさせちゃったら、《忌み地》が拡がるのは避けようがないじゃない」

 ツアー客もハンターも一人残らず退避させられている。外からでも長い頭をもたげた水獣や、興奮が伝染した巨獣達が見えて、その叫びが共鳴して障壁を張らないと頭が壊れそうだった。

「それはもう問題にはなってないんだよ、ギッティ先生」

 ダンビエ先生はきっといつも通り優雅さに満ち満ちてたんだろうなぁ。ありありと麗しいお姿を思い浮かべられる。

「じゃあ何さ?」

「問題はね、この騒ぎの始まりに、アルベルト帝が我が娘を排除しようとして、幾つもの魔法が重なる中で行ってしまったから、己こそが何処かの異界に陥ったことにあるんだ」

「ばっかで~~。そんなバカ助ける義理なんてないもんね。ああ皇女の方なら儂の生徒だから責任もって探してあげるよ。行って来ま~す」

 この時、長いダンビエ先生の脚がギッティ先生の尻に当たったそうだ。「痛かったんだよぅ」って同情して欲しそうだったけど無視した。

「彼女もガブリエラもネーナも、私の善き生徒でもあることをお忘れなく」

 ギッティ先生の抗議をダンビエ先生も無視して続けた。

「じゃあ儂に何の用さ」

「第一に君の弟子なのに勤勉なダンテを安心させたまえ。すべきことは間違っていないけれど、本人は不安で一杯だ」

「ダンビエがそう言ってやればいいじゃん。成長しなきゃ、儂の言葉でないと安心出来ないなんてのは卒業しないとね」

 ここでビスクドールの蹴りが入った。先の一発は軽いものだったけど、今度のは容赦がなかった。同情なんてしません。私も一発いいですか?ものです。

〔ダンテは付近の住民の避難で手一杯なの!いつもみたいに褒めてやって!励ましてやってよ!〕

「解かりました。ごめんよクラリッサ」

 取敢えず泣く子と女には謝っとくものだ、って?ガブリエラの脚に先んじられちゃった。

 その場にクラリッサがいたのは、ダンビエ先生に連絡が取れると同時に、彼女の安全の為にダンテさんが転送したからだ。先生も現場に行くのに彼女を置いていこうとしたんだけど、どうしても彼女が承知しなかったんだって。

 ヴァルターさんはグリットの行方を必死に探ろうとしてた。けど、飛ばされた軌跡を読み取れる力があったとしても、現地でないと無理なんだよね。そして現地は《忌み地》の生き物達が総出で騒いで、行けたもんじゃなかった。

 ただ私達の誓約書は有効で、赤字のままだったから辛うじて生存は確認出来たんだって。こうも魔法師達の遠話や捜索の魔法に転移だ転送だと魔法が溢れてると、軽々しく魔法も使えないから慎重にその外で魔法陣を描き、私達の行方を示す魔法を使おうとしてた所を、生贄の一人としてギッティ先生に捕まっちゃった。

 そしてダンテさんを探して事情を聞いたんだ。

 アルベルト帝が管理長の進言を聞かずに、悪戯に生き物を殺して巨大水獣が出現した時、皇帝の登場に警戒していた妖精がグートルーンを救出した。けど妖精も私達をここに飛ばした後で後悔してたんだって。だって皇帝に何かすると拙いから娘を、ってことだったのに。殺すつもりなんて全くなかったのに、父帝が娘を弑しようとしたんだもの。目論見が外れるよね。発動した魔法はどうしようもなく、ツチラト氏が私達を庇いながら飛び込んだんで、それなら大丈夫って安心したんだって。

 残されたダンテさんは安心なんて出来ない。その場にいた他の誰もが分かんなくても、ツチラト氏が皇帝を異世界に落としたことは、ダンテさんには解かっちゃったから。

 それについてはヴァルターさんもガブリエラと同じ反応だったって。実の姪が殺されそうになったんだから、それはしょうがないよね。

 ヴァルターさんはまだしも、ダンテさんには案内人としての使命があるから、無事だと分かってる私達を探しには出られなかった。それにその場にいた騎士達なんかが、皇帝が消えたのは獣達の所為だと早合点して攻撃したりして、収まるどころか大きくなるばかりの騒動を放っては置けなかったんだ。


「何こんな幼くて経験の少ない弟子を、監視の一つもつけずに放っておきますか?自立させるのも師匠の務めなら、無事に自立するか見守るのも師匠の役目なんですよ!ええ、ええ、ひと夏の恋の真っ最中だったんでしょうよ。魅力的なカテリーネとうふふ、アハハでそりゃもういい気分だったんでしょうよ!鼻の下伸ばした情けない顔、見られたもんじゃなかったんでしょうよ!身長差をなくす為に台に乗ってダンスしてました?上げ底位じゃ解消出来ない身長差ですからね。ですけどね!ですけどさ、幾ら俺が破格に優秀で天才だってっても、遠話を完全に遮断するなんて何考えてんですか⁉耄碌して遠話の仕方忘れました?それともボケてこんなに可愛い弟子が居たことも忘れたとか?だったらもう一度目を見開いて、この麗しい俺をよくよく目に納めておきなさい!俺の姿を刺青しても構いませんよ?師匠が居なくったって何とかなってますけどね。ええ、究極要りませんよ。俺、天才ですから!だからって師匠としてほっといていいってもんじゃないでしょうが。こんな時位ですよ、偉そうに経験不足の弟子を指導していいとこ見せられるのは!」

 ギッティ先生の姿を目にした途端、一息だったとか。


「ダンテって、出来る子なんだけど、テンパると早口でまくし立てるんだよね。覚えてるのはこれ位かな?」

 もっと言われたんですか。しょうがないっちゃ、しょうがないですけどね。

 で、何故妖精の話も聞けたか、っていうと、人間がどう出るか監視してる妖精が必ずいるはずだから、皇女の叔父のヴァルターさんを囮にして罠を張ってまんまと捕まえたんだって。


 そして助力を求める管理局側にヴァルターさんとダンビエ先生を差出して、自分はちゃっちゃとこちらに来たと。

 イイ性格してますね先生。

「よくそんなことが出来ましたわね、お腹だけでなく神経にも分厚く脂肪が乗ってらっしゃるのね」

 何かを乗り越える度人は強くなるとはいうものの、ガブリエラ、その方向はどうかな?

「スヴェンとフー師も君達を心配してたよ。ライムントはほくそ笑んで、何やら皇帝の側近達に持ち掛けてたけどね」

 神経の脂肪が厚いんですね、全然効いてないよこの人。

 安堵した声をギッティ先生は上げた。首筋から手を離すとグリットが起き上がる。

「良かったグリット。ダンテもとても心配しててね。皇帝に容赦のない一撃を受けたんだってね。その上妖精の干渉があったから、どんなに辛い思いをしてるだろうって。ちょっと現場から遠いんであっちで遠話させてもらうね、安心させるよ」

「ありがとうございました。バラバラだった手足が繋がった感じがします」

「うん、あのままだと人の手を借りずに生きられなくなってたからね。けど当分は無理せずにね。魔力は見えないだけに無理し過ぎちゃうから、本当に無理はしないんだよ。いいね」

 そこは流石に教師らしいなぁ。先生が心配してたのは間違いないよね。ふざけてる様で生徒のこと一番に考えてるの知ってる。

 一息ついてグリットは私に凭れかかった。

「先生には本当に感謝だわ。頭痛なんてものじゃなかった、ずっとハンマーで頭を殴られてたの、いっそ頭を潰して終わらせてって願ったわ」

「辛かったね」

 私もガブリエラもそれだけで涙ぐんじゃった。

「身体だってバラバラで、手足の動かし方を忘れたんじゃないかって、一々命令しないと指一本動いてくれなかった。解放されたわ」

「だったら無理しないでへたばっててくれて良かったんだよ」

 ありがとう先生。離れた場所で遠話してる小さな身体に感謝した。

「何かに意識を向けてないと、私そのものが壊れてしまう気がしたの」

「魂が身体から離れてしまいそうでしたものね。わたくし何も出来なくて、でも何者か…ツチラト氏ですのね、が肉体に戻してくれました」

「うむ、人のことなどよく解からん。()の魂を身体に留めるしか()には出来なかった」

「そんな、何者かが侵入しようとするのを防いでくれたじゃないですか、ありがとうございました。感謝します。身体から魂が離れてしまうのじゃないかと恐ろしかった。身体を奪われるかもしれないって恐怖にパニックになってた。二度とこんな目には遭いたくないわ」

「魔力と命ある身体を残して魂だけ離れようとしていれば、目敏いモノ共に目を付けられるものだ」

 この人もいい人だなぁ。あ、魔物か。にしてもイイ男だしなぁ。おじさん好みの私。

「助かって良かった。けどガブリエラ、貴女ネーナを連れて逃げることが出来たでしょ、そうしてなきゃいけなかったのよ」

 真剣な顔して叱った。そうだったんだ。けどグリット一人放って逃げることなんて出来ないよね。ガブリエラが正しい。

「私がそんなことをすれば貴女は間違いなく再起不能でしたわよ。グリット、わたくし達出会った瞬間から誰も放り出して逃げたりはしなかったでしょう。これからもそうですわ」

 そうだね。アマーリエ講堂が炎に包まれて、色んなモノが火を纏って落ちて来てた。でも私達、瓦礫の下敷きになった先輩を見捨てたりせず、誰も逃げずに頑張ったんだもんね。

「私は妖精郷に逃げ込みたかったわ。人間だから資格はないのが悔しい。妖精郷に招かれたグートルーンが羨ましいわ」

「グートルーン、辛いことがあったんだね。いつだって朗らかに笑ってたから分かんなかった」

「自分が苦しいだけにそれを人に見せて苦しめるのを嫌ったの」

 善い人なのは分かってたよ。

「彼女はね、家族の為にする苦労は厭わなかったの。けどね、家族からは家族として遇されずにいたの」

 ぽつぽつとグリットは話してくれた。

「彼女のお母様という方は、愛よりも呪いを撥ね返す力を願って犬系の亜人と結婚したの。犬系なら人に従うし」

「そんな!」

「そうよ、そんな関係が長続きするはずもなくて、グートルーンのお父様とは彼女が幼いうちに離婚してしまって、普通の人と再婚して弟が二人生まれた。弟と彼女への接し方には天と地ほども違いがあって、まだ発病もしてないのに、何かというとお母様は弟達を気になさって、彼女を弟さんの従者の様に扱ったんですって。幼い頃はそれに反発して庇ってくれてた弟さんも、長じるに従って母の様になって、彼女を家族としてではなく従者にする様に横柄に接する様になったの。母の不安や恐怖、母に植え付けられた弟達の恐怖も分かったから、彼女はお母様の言いなりになっていたけれど、内心とても辛かったの。解かるでしょ?それにネーナのいうことだって尤もだ、って思ってた、けどそれを止めれば家に帰らなくちゃならなくなるじゃない?彼女にはそれが恐怖だったの。だからネーナがいい顔しなくても彼女はいたの」

 酷い話だ。家族のことを誠実に案じていても上手くいかない。グリットと同じだ。だから見捨てては置けなかったんだ。ホントはちょっと腹を立ててた。友達なのに、って。どうしてグートルーンの肩を持つの、って。二人共ごめんね。やな奴だよ私って。

 でも妖精郷にも人間世界から逃れた獅子人がいるはずなんだ。家族を見捨てるのも辛いだろうし、上手くいくことを彼女の為に祈った。


 ギッティ先生はツチラト氏を引止めたので、オリハルコン探しを氏は提案した。

「古代文明の遺産はもう少ないから、探しながら見学もいいねぇ。勉強になるし自慢にもなるよ~」

 戻ればグリットは最も中心に近い渦中に巻き込まれてしまう。それが解って先生は誘ってくれたんだろう。ということにしよう。

「父の落とされた異界は直ぐに判明するでしょうか?」

「ブーヘの《忌み地》の騒ぎが一段落したら、それまでに誰も突き止めてなきゃ、ダンテっていう天才がちょちょいで突き止めちゃうよ」

 おお、絶大な信頼を置いているのですな。

「無事に戻って来れるでしょうか?」

「さあね。無事に戻って来ちゃったと仮定して、君の選択肢は

 復讐する。

 謝らせて過去のことにする。

 帰って何事もなかった風を装い、ネチネチ突いて様子を探る。

 いっそ面倒だからこの世から消えてもらう。

 全て捨てて他国で暮らす。

 うん、選択肢が多いのはいいことだねぇ」

「助けてやって恩を売る、というのが抜けてます」

 我が意を得たり、ッてな顔で先生はにやぁ~とした。

「そういう負けない根性大好き、先生。協力を惜しまないとこだけど、問題は二つ。君のお父さんは助けてやっても素直に感謝したりしない性格でしょ?下手すると屈辱を受けたって、君の命ごと事実を消そうとするよ。二つ目は君の身体が万全じゃないってとこね」

「協力して頂けるのであれば、わたくしとネーナで行って参りましてよ」

 張り切ってガブリエラが手を挙げた。

「異議なし。陛下のお命を助けたとあれば父ちゃん母ちゃん鼻高々だもんね」

 あんなんでも。

「私無しでは行かせないわよ」

 決然とグリットが言い放った。

「無理しなくてよろしいのに。では仕方がないので背負って行って差上げましてよ」

「貴女が?」

 ロットシルト家令嬢の発言にグリットのみならず私も吃驚する。

「まさかネーナがですわよ」

「やっぱりね!」

 予想はしておりました!望むところですとも。

 先生が渋い顔をしてたから、やっぱりグリットの同行は難しいのかな?何て思ったら違った。

「もう!文句ばっかり!どうせやるんだから気持ち良くやってよ」

「どちらかからの遠話ですの?この距離を遠話なさるなんて、凡人ではありませんわね」

「天才で破格ちゃんのダンテから。皇帝の落っこちたとこ解かっても誰にも言うなって連絡したら、豚さんみたいにブーブー言う」

「あらあら」

「ヴァルターがグリットのことあんまり心配してるから、居所は分かってるって口滑らしちゃって、それを皇帝の側近に聞かれちゃって連れてけって迫られてて、けど儂が来るな、って送ったからじゃあさっさと帰って来いって切れてる」

「当然と言えば当然ですわね」

 だよね~。

「そうねぇ、オリハルコンを諦めて帰ったとして、側近達の混迷に拍車掛けるだけなんだよね~。もしかしたらお父さん救出に向かっても喜ばれないかもね~」

「もう皇位争奪戦が始まってしまいました?」

「皇帝は異世界に落ちて生死も分からない。何処に落ちたのかも分からない。直ぐに戻って来れやしないから、負傷とか何とか理由を付けて皇帝代理を立てる。じゃあ誰かってったら、皇太子立てられてないじゃない?順当にエドゥアルト皇子、と思いきや、それぞれの思惑で争ってて、グリットの名前も出てるし、アルフォンス皇子も推されててね。けど皇帝もどうなるか分かんないから取敢えず皇妃を、ってなって、でも彼女はエドゥアルト皇子より若いから、補佐をエドゥアルト皇子にしてもらいましょう。それなら始めからエドゥアルト皇子の方が…。を繰り返してるって」

「エドゥアルト兄上様を皇帝代理になんてしたら、父上様が戻った時に烈火のごとくお怒りになるわ。だってアルフォンスを皇帝にしたくて画策してるんだから。他の兄上様達も同様よ」

「儂の知ったこっちゃないけど、皇帝を救出に向かうかどうかも怪しくなってる感じ。まあ管理長の言葉も聞かず殺し掛けて…後も酷かったからね」

「人気がないわね。仕方がないわ。酷い悪政は敷いてないけど皇帝になって百年以上経ってるのに我儘な一人っ子のままなんだから。そういえばサンフィリッポは無事にしてますか?殺されてません?」

「ぶぶぶ、物騒な事言うね」

 そんな朗らかに訊かないで欲しい事柄じゃなくない?それ。

 それに皇位についてなんて、宮廷でもない場所で決めていいことなの?偉い人が雁首揃えて会議することなんじゃない?

「そんな悠長なことしてはおれませんのよ。帝国の舵取り役をほぼ決めて、帝国の重鎮に打診してからでないと、各々の思惑で宮廷は大混乱になりますもの」

 そういうものなのですか。

「ウンケルは父の側近中の側近で、皇妃を皇帝代理として、それを支えながら皇帝の行方を捜して、生死の確認が取れてから次に進みたい、って考えてるわ恐らく。そういう人なの。本来はそうでしょうけど、ライムントがこの好機を放っておかないでしょうね。野心ある者でこのことを知ってる連中もね。そうね、父上様は負傷されて…あるいはこのまま崩御されるかも」

 娘さん父ちゃんをそんな簡単に…。恨みも山とあるのは分かるけど。

「でも私的には今父上様にいなくなられるのは拙いのよね。ライムント辺りは兄上様を唆して、私のこと問答無用で国外の何処かに嫁に出すわよ!邪魔だもの。解かっててもそこは従わないと善き皇女としは拒否出来ない。だからって女帝なんて、出来るけど願下げだし。スヴェンも大公位継承の話は流れるかもしれないわ」

「ええ、そんな!」

 親友が側に戻って来るのは嬉しいけど、スヴェンはその為に頑張ってるんだよ。

「それではわたくしの計画も狂ってしまいますわ。宰相になって差上げますから、いっそ女帝に納まりなさいな」

「あらあら大した自身ですこと。女帝に女宰相か、面白いけれど父上様にはまだ利用価値があるの」

「気は進みませんけれど貴女の為なら協力致しますわ」

 ちょっとホッ。欠点は多くて娘を殺そうとした人だけど、我が国の皇帝である方を、簡単に見捨てるのには抵抗があったんだよね。

 だけどグリットを苦しめた落とし前はキッチリつけてもらうんだからね。

「だったら猶更オリハルコンが必要になるね。あれが有ると無いとでは異界渡りが全然違うんだよね。グリット歩ける?」

「はい、先生。身体が私の下に戻って参りました」

「ならリハビリがてら行こう。ツチラト、グリットについて上げてね」

 よろよろと立ち上がって、数歩歩くとまともに歩ける様になった。本人が後で語ったところによると、本当は身体の動かし方を忘れてしまったみたいになってて、動かしてようやく手足の感覚が本当に戻って来たんだって。もう、無理しちゃって。

 手を貸そうかとも思ったけどツチラト氏の逞しい長身が後ろにあったし、何より二人のプライドを傷付けちゃうから、寸手で伸ばし掛けた手を引っ込めた。代わりにガブリエラと腕を組んだ。


 廊下に出た途端に足元が灯って、廊下が伸びる先を示す様に順に灯って行ったんで驚いた。頭上には光源は何もない。ホールもそうだったけど、廊下も滑らかであっても金属でも陶器でもない、素材の分からないもので出来てた。飾り気がなくて殺風景だ。

「何これ、何の魔法?気味悪い」

「魔法じゃないよ。キチンと絡繰りを説明出来る、機械技術って言うんだよ」

「そっか、古代文明の遺産でしたもんね、ここ。魔法じゃないなんて信じられないな」

「古代文明の人々が、自分達に理屈が分からないからって魔法を恐れなかったら、この素晴らしい機械技術が衰退したりしなかった。勿体無いよねぇ」

「亜人を作り出す様な技術なんて衰退して構いませんよ。命をおもちゃにしちゃいけない」

「それはね、人間の側に問題があるの。魔法や機械とかってあらゆる道具、あるいは技術というものは使い方次第なんだから。良い悪いの意味付けは使う側、人間がなすんだよ。それを弁えずに否定しちゃダメ」

「はい…」

 それはそうか、包丁だって野菜切ってる間は、なくてはならない有用な道具だもんな。

「あ、あった」

 前方の壁の一画が仄明るい。壁に掲示されてるものを先生は指差した。

「こういう太古の建物って、必ず見取図が一定間隔で掲示されてるんだよね~。え~とここは……」

 この階の見取図と建物全体の見取図が並んでる。この階のはまだしも、建物全体となると訳解かんない。背の高い建物らしいけど、下の階が先細りしてるのはどうして?それから数階下の最下層が大きく広がってる。私達はこの何所にいるって?

「これが機械技術ってものなんですか?」

「こんな大きな建物が地上に突っ立ってたら、隠そうとしても隠せっこないでしょ。この階が最上階だけど、下は全部地下に埋まってる」

「成る程」

「そして大切な物は地下深くに隠される物なんだよね」

 丸くて短い指が最下層を差す。三階位あるのかな?よく分からん。

「物語でもありがちですよね。そこまでどれ程あるんだろ。細い部分が長いですね」

「二十五階ね。十階分が細いとこに充てられてる感じかな?誰も寄せ付けない様に通路だけの階をそれだけ続けてる」

「けちんぼ」

「転移で下に移動するのは危険でしょうか?」

「判んないだろうけど転移避けされてるから、何所に飛ばされるか分かったもんじゃないよ。効力自体が切れかけてるから分かり難いけど、この建物全体が魔法が使えなくされてるんだよ」

 習ったことのない古代文字が記された縦長の板を先生は示した。文字が消えかけてる。

「よくもここまで保ってるよね」

 無造作にツチラト氏が板を拳で叩くと、木端微塵になって床に落ちた。同時に何とは言えない何かが変わって寒さが一段と厳しくなる。ガブリエラによると建物中の同じ札が壊れたんだって。

「なんてことするの⁉研究資料に保存しようと思ってたのにぃ」

「これで魔法が使えるだろう」

「効力は切れかけてたの!それと転移避けは別物なの!呪符とかの類じゃないんだよこの板は!自分の脚で行かなきゃいけないのは同じなの⁉」

 小さい身体全身で怒っても、ツチラト氏は全く意に介してない。

「降りるより登る方が厄介ね」

 グリットが呟いた。

「最下層でオリハルコンを手に入れたら転移避けも効力が無くなるから、それは大丈夫。ただオリハルコンを外したら十中八九この建物は崩壊するから、転移を同時にする必要があるね」

「そういう仕掛けなんですか?」

「ううん、単純にもう古いの。ああ、儂らが下に辿り着く前に崩壊する危険もあるから覚悟してね。外に転移する分には邪魔されないはずだけど」

「では、昇降機は危険ですわね」

「そうね。閉じ込められたまま建物の崩壊に付き合わされちゃうかも、だからね」

 地道に階段で降りろってことですね。


 建物の細い通路だけの部分に辿り着いた頃には、みんなエグイ物が満腹になってた。

 何考えてたんだ超古代文明人!何やら生物の干からびたのやら、腐った汁やら、臭いも凄かったなぁ。今と大差ない薬品の瓶も壊れてて、先生に指名されてガブリエラがみんなを守る魔法を掛けた。それらはまだ見るのを我慢出来た部類。見るも無残で人間が嫌いになる光景も多々あった。グリットの具合がまた悪くなってツチラト氏がお姫様抱っこで運んでくれる。


 昇降機が通るだけの竪穴が垂直に開いてる縁に立つ。円の一画だけ四角く飛び出てて、そこに自力で降りる為の梯子が延々と下に続いてる。

「こ…ここを、行くんですか?」

「行く」

 答えたのはツチラト氏だ。先生の首根っこを掴むと、グリットを抱いたまま、目で付いて来る様に促して落ちた。飛ぶとかそんなんじゃない。何の予備動作もなくて唖然とした。

「ちょっとは打合せってものをですね…」

 言うだけ虚しく言葉は虚空に呑まれた。

「あ~~れ~~~~~~」

 って先生の悲鳴が尾を引いて、その尾が高さを知らしめる。

「ネーナならここを飛び降りれまして?」

「いや、いくらなんでも無理だと思うよ、こんな高さ」

「そうですかでは梯子を使うしかありませんわね。お願い致します」

「ん?」

「背に乗ればよろしいかしら?それだって腕が疲れてしまいますわね」

「疲れて下さい。私に背負って降りろって?」

「わたくしは頭脳労働専門ですもの」

 うん、分ってた一応訊いてみただけ。

 《忌み地》を冒険するつもりで、役に立ちそうな物を持ってて良かった。紐と上着を繋げて、腕が疲れてもお嬢様が落ちない様にする。

「感謝しますわネーナ」

「幾らでも感謝して下さいませ。じゃ、降りるよ」

 ガブリエラが落ちない様にしててよかった。途中で梯子が何度も壊れて冷や冷やさせてくれる。私は悲鳴を上げたのに、彼女は全然動じなかった。怖くて声が出なくなってるのかと思ったよ。

「大丈夫?」

「どうかしまして?ネーナを信じておりますから平気ですわよ」

 え、その信頼ちょっと重くない?一緒に危機感持ってよ。

 長い距離を降りたのに、自分でも驚く程疲れなかった。腕も辛くならなくて、問題は古くなった梯子が壊れ易くなってるってことだけだ。

 先に降りた三人が見えた所で飛び降りる。膝への衝撃は軽い。

 上よりも干からびた人間の死骸が多くて閉口する。

 ガガガ、ピピピ、トゥルートゥルルルーとかの聞き慣れない音が、四方の何処からともなく聞こえてくる。何か喋ってる様にも聞こえるけど、耳をそばだてても意味を成す音にはならない。

「壊れちゃってるんだよ。動力源であるオリハルコンは永遠エネルギーだから、壊れたままで作動してる」

 嫌な音のする階段を降りようとしたらガコンと衝撃が来た。そして沈黙する。嫌な音が無くなって良かった。


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