勝手な理屈
次に連れられたのは湖だった。深い緑色を湛えた湖は地殻変動で出来たもので、とても深くて水深百メートルはある。案内書に乗ってたから何所にいるか確認出来た。
「水は地下で海や他の湖と繋がってるから、森より美しい生き物が揃ってる」
その時遠くから音が届いて、一斉に何かが動く気配がした。
「避難してるわ」
「う~ん。誰かが不用意に生き物を傷付けたみたいだな。だがここまで影響は及ばないから、俺達は避難しなくて大丈夫だ」
頭に手を当てて遠くと遠話してる。
「聞こえるのは危険を告げる管理局の笛だ」
〔ネーナ降ろして〕
「いいのかな?」
「いいよ。ここは水辺で緩衝地帯だし、植物も毒を持ってない」
それは安心。クラリッサを降ろした。
〔さあガブリエラ、お待ちかね、人魚を呼んでみて〕
「よろしいんですの?」
「産卵期じゃないから狂暴性はない。産卵期に向かって栄養を蓄えてる最中だから美しい姿をしてるぞ」
「まあ!」
と感嘆の声を上げたのはフー師だった。
「人魚が見れるなんて!」
ハッとして口に手を当てた。
人魚なんて聞かされたら誰でも呼んでみたくなるよね。グリットとガブリエラは譲らずに、離れた場所で個々に召喚することになった。
「注意一つ。呼び出した人魚は危害を加えたりしないが、それを察した別の人魚に足を掬われることがある。人の腕二本分は水辺から離れて、しかしそれ以上離れてはいけない」
適切って結構難しいよね。
「呼出しの呪詞は覚えてるかい二人共?」
興奮する二人をスヴェンは揶揄った。
「忘れたり致しませんでしてよ。この機会を首を長くして待っておりましたもの」
あんたはとことん可愛いが好きだなぁ。グリットの方はダンテさんに復習してもらってた。
「先生、人魚が見れるなんてワクワクしますね」
破顔してフー師は頷いた。フー師も厳ついけど可愛いが大好きなんだよ。
やがてどちらの方にも人魚が頭を出した。
美しい顔に薄緑色の髪が水面に揺れる。
「もっと近くに来て頂けないかしら」
思わず水辺に近寄ったガブリエラを、長い輝石を散りばめた爪の付いた手が足を掴もうとした。すかさずその手を打つと水中に引っ込んむ。
「はいガブリエラ死んだ」
ダンテさんに告げられて、彼女は思いっ切り赤面した。うおぉ、ガブリエラの赤面なんて滅多にないぞ!クソッ可愛いぜぇ。
「あれが人魚の手口なんだ。遠くに浮かんで、よく見ようと水辺に近付かせて仲間が引き摺り込む」
「では近くでお会い出来ませんの?」
「言葉は話せるだろ?近くに来るよう命じたらいい」
ガラガラした発声で彼女が呼ぶと、ちょっと不機嫌そうな人魚が顔だけ水面に出して近付いて来た。
そこまで寄ってくれると、水の透明度が高いんで肩から下が分かる。
「美しいけど物語と違うわ」
鎖骨から下は虹色の鱗で覆われて大きな尾鰭へと続いてる。
「人魚は卵生だから、物語みたいにおっぱいはついてないんだ。分かってたけど、実物を見て純真な少年がどれだけ落胆したと思う?分かってたけど、綺麗な顔を見たらさ、もしかしたら、って思うじゃないか」
拳を握って力説したってこっちの知ったこっちゃないよ。その様子ではダンテ少年はかなり落胆したことでしょうね。ええ、ええ。
「だのにあそこ見えるか?」
指差す方を辿ると、水中から突き出た岩の陰に上半身裸の男性がいる。筋肉隆々のハンサムだ。
「危なくない?」
「人魚の雄だから」
「腰まで人だよ!」
「五、六頭に一頭程の割合で、強い雌がこの時期雄に変態するんだ。そして雄は腰まで人型!逆であって欲しかった」
自分のことを話されてるのを察しでもしたのか、雄は乱杭歯を見せて笑った。
「男女ともに美しい」
フー師が呟く。
「そうですね。それに陽の光を反射させて、鱗がキラキラしてるのも綺麗です」
「ネーナ」
「はい?」
「ありがとう」
凄く感動してる。ポロッと涙が零れて頬を伝った。
「お世話にばっかりなってるから、少しでも楽しんでもらえて良かったです」
「嫌々受けた武術の師だが、貴様と出会ってから楽しくなかったことなどなかった」
嬉しいことを言ってくれますね。こちらこそありがとうございます。
召喚主には危害は加えられない。ガブリエラは嬉しそうにガラガラ声で人魚と話してた。綺麗だけど声は酷いんだ。その内不機嫌そうにしてた人魚も笑顔になる。
「散々練習台になってた甲斐があるよ」
悪戯っぽい笑顔をスヴェンに向けられる。お疲れ様です。人魚の言葉は喉を傷めるもんね。
「ここの、何処かに妖精郷への入口があるんですよね」
誰に聞かせるともないグートルーンの言葉だった。
「人間に見付からない様に巧妙に隠されてるから、探すのは難しいだろうな」
知ってるとは言わないんだ。
「そうでしょうね」
寂しそうな笑顔をダンテさんに向けた。
「でも、必ずあるなら時間を掛けても探したい」
グートルーン?
彼女の肩をグリットが抱いた。
「私がいるわ。力になるから何でも相談して」
「ありがとうございます。でも十分して頂いています」
大柄な彼女が小さく縮んで見えた。
家族や一族のことが気懸かりなんだろうけど、私にだってどうにも出来ないよ。もし彼女の一族の男子を襲う奇病が呪いなんだとしても、それは殺された男達じゃなくて、残された女達が掛けた呪いなんじゃないかな。夢で視たあの絶望や憎悪を、癒せるモノなんて存在しないから呪いなんて解けないよ。家族を想う気持ちは解かるけど私じゃ無理だ。
何て考えてたら水中から飛び出して来たモノに襲われた。それも複数だ。
武器の持ち込みは許されてない。案内人に預けないといけなんだ。体術で払ってたら手に預けておいたトンファーの感触があった。フー師の手には錘が現れてる。他のみんなは棒術の棒だ。
「ダンテさん!こいつら追い払ってくれない気?」
「《忌み地》を体感しようか。俺がした諸注意を思い出して、頑張って」
そうは言っても私とフー師以外は習ってるのって剣術だから、棒を持たされてスヴェンとガブリエラにグートルーンはどう使っていいか分かんないでいる。グリットはカッコ良く構えて打落してるけど。
油断なんてしてないんだからね。私もなるべく怪我をさせない様に叩き落すと水に逃れてく。酷い怪我させたり殺したりすると後が面倒になるかもしれない、って反省してちゃんと注意事項を読みましたともさ。
フー師とグリットに私で、十分他の三人を守れてた。
「そうそうその調子。飛び出す力はあるけど陸では動きが鈍るから」
グリットが調子に乗って出過ぎると人魚の手が伸びた。それをグートルーンが棒で突く。ぎこちない動きだけどグートルーンも参戦だ。
腕に覚えがあるなんて言ってた癖に、ガブリエラはスヴェンの後ろに隠れてる。イイ感じだ。お二人さんヒューヒュー、なんて余裕も出て来てた。
「貴様ら何を手古摺っておる⁉」
のに、何で現れる陛下⁉なんだかまた御伴をぞろぞろ従えてさあ。嫌な予感。驚いて動きが鈍ると、数匹逃したのがスヴェン達に迫った。
十分間に合う。
「この忌まわしき者共が!」
鯉に牙と翼を与えたらこうなるかなって魚が血飛沫を上げて細切れになる。水面が血に染まる。私も余波で腕に細長い怪我を負った。
そんなことしちゃダメだって陛下!
攻撃が止んだ。一転して静寂に代わる。
「何てことを…」
ダンテさんの呟きが聞こえた。
顔を晴らしたヘルダーリンが後ろに従ってる。グリットも彼を見付けて息を呑んだ後下唇を噛んだ。
「貴様マルガレーテ、仕組みおったな」
答えようとしたグリットに先んじて、いつも通り素早いガブリエラが、彼女を背後に庇って弁明しようとした。こういうとこカッコいいのよ君は。
「誤解ですわ陛下。わたくしがお誘いしたのです。マルガレーテ殿下のご意志ではございません」
「ロットシルトの娘か。下がれそなたと話しておらん!」
「陛下、これはちょっとしたお遊びで、この生き物も大したものではありません」
ゴマフアザラシの被り物してるから、ダンテさんが進み出たけど胡散臭そうにされた。すると陛下に従ってた髭のおじさんが口を添える。
「かの者はダンテ・ギッティと申しまして、案内人の中でも一番の実力者です。心配はございません」
「この者がマルガレーテに買収されておらぬと保証出来るのか?」
「そんな…」
おじさん絶句する。聞く耳持たぬとはこのことだな。これは何言っても無駄だわ。どうあってもグリットに罪を着せたいんだ。
「陛下、…僕だって友人達と冒険の一つもしたいのです。誘われて乗ったのは僕だし、マルガレーテ殿下は僕を庇ってくれておりました」
とのスヴェンの言葉は打消される。
「それがマルガレーテの術中に嵌まっておるというのよ!」
やれやれ…。
髭のおじさんと御伴が息を呑んだ。視線を辿ると水面に水が大きく盛り上がって、無数の泡が弾けてる。
「陛下危険です。場所を変えられませんと、血に惹き付けらえて危険な水獣が現れようとしております」
「それがどうしたと?そんなものは貴様らが処置して、私を邪魔立てするな」
グゲゴッ。
声は一つじゃなかった。
カエルの化け物、簡単に説明すればそんな感じ。目が大きく頭が窪んでて、皮膚もカエルのそれで汚い色してる。背中や腕がイボイボだらけで、一瞥しただけで怖気が走った。
水から上がったそいつらは急がず警戒しながら近付いて来る。陸にいて様子を窺ってたモノ達が逃げてったんで、私達は水辺から下がった。
騎士達が剣を抜く。
「止められよ!剣は抜かぬ約束のはず。何があろうと傷付けてはなりませぬ⁉」
陛下、と髭のおじさんは縋った。
「余に指図するな。王者の前ぞ、卑しきモノこそ下がるのが道理」
「ぎゃぁっ」
おじさんが飛ばされて、陰から伸びた何かに捕まえられる。
「管理長⁉」
ツチラト氏の長躯が管理長と呼ばれたおじさんを横抱きにしてた。
「あら…」
そこで頬を染めませんよ管理長。私もされたいけど。
「羨ましい…」
羨ましがらないフー師。羨ましいけど。
そんなことは気にも留めず、陛下は「誰も彼も忌々しい」と腕を水平に振るった。攻撃魔法だ。
が、それが途中で消えた。
「マルガレーテ、貴様の仕業か⁉」
魔法が不発になって怒りが一気に沸点に達したらしい、真っ赤になって怒鳴った。何でもグリットの所為にしないで、クソ親父⁉
「ここでは場所が悪うこざいます。化け物の居らぬ、帝王たるに相応しい場所に移りましょう」
グリットが前に出ない様に庇うと同時に後ろ手に抱いて、努めて冷静にガブリエラが勧めた。目線でスヴェンにその場にいる様合図する。スヴェンが割り込んだら余計陛下の気持ちが拗れるもんね。フー師が側で守ってくれてる。
私もグートルーンもガブリエラに加勢してグリットを守った。けどホントもうこのバカ帝は聞かないんだ。
「愚か者共が!揃いも揃ってマルガレーテの甘言に乗せられおって、誰がスヴェンを守るのだ」
あんただって守ってない。これまでだってね。勝手なことぬかすな。
「陛下、管理長の仰る通りです。血の匂いで獣が集まらぬ内に移動しませねば」
身形の好い理知的な感じの男性が進言する。サンフィリッポじゃない。
「ヨーゼフ」
有難いことに、その人は信頼してるのか表情が変わる。
「スヴェン殿はこのわたくしが必ずお守り致します。一刻も早く帝王たるに相応しい場所に御身をお移し下さい」
もう一人進み出て合図を送ると配下の騎士がスヴェンの警護に動く。
「ホルガ―。そう、だな。うむ、ここは余には相応しくない」
さっさとどっか行ってよ。カエルの化け物がどうやら私達が何もしない、って考えたっぽいよ。一気に行こうか、ってな感じで仲間と目配せしあってる。でも何か待ってる感じもする。何故だかする。こいつらの考えなんて分かりたくないのに、何となくそう感じちゃうんだ。
「スヴェンを先に」
騎士に囲まれたまま、輪から離れようとしたフー師も連れてスヴェンが消えた。
ホッとした。これでスヴェンとフー師は大丈夫だし私達も逃げられる。
と思ったのは間違いだった。
大きく盛り上がって泡立つ水面に、長い首が出現したんだ。水飛沫が私達を襲う。グートルーンと共に飛ばされない為にずぶ濡れになりながら踏ん張ったけど、その彼女が消えた。彼女は転移魔法が使えないし、みんなを放って一人だけ逃げる様な人じゃない。けど消えた。どうして?
顎髭の先が槍の様に尖ったその巨大な水獣が、一声鳴くと誰もが動けなくなってしまった。
「逃げるぞ!」
ダンテさんの叫びで身体が自由になる。
転移魔法が一番上手なグリットが、私達を抱えて転移しようとしたんだ。私達は互いに抱き合う形になった。
「そなたは要らぬ」
冷たい声に背筋が凍った。これが父の発する言葉だろうか。危険な転移魔法中なのに、別の魔法に干渉されて三人とも湖の方に飛ばされた。まとめて始末するつもりなんだ。
「グリット!」
「皇女ぅー」
ヘルダーリンとヨーゼフさんが叫んで助け様と手を伸ばす。目にしたのはそこまでだった。
人魚が牙の生え揃った口を笑みの形に開けて、歓迎しますとばかり腕を広げる。水中に隠れてた獣達が次々浮かんで、触手が気味悪く伸びる。
水に落ちる、喰われる。
水に落ちてしまえば、私の怪力でもどうしようもない。岸からは遠く飛ばされてる。血の細い筋がグリットの鼻から伸びてる。嫌だ。
二人を助ける方法なんて解かる訳がないから、兎に角腕に訴えようとした。悩むより動け。トンファーは手放してない。
だけど誰かの逞しい腕が私達に回されて、落ちたのは真の闇だった。
平らで滑らかで冷たい感触があった。
高い高いドーム型の天井はガラス張りで、降り注ぐ陽射しは太陽の傾きに従ってる。目を射られなくて良かった。
横になったまま目を転じると、魔法を途中で邪魔されたグリットが鼻血を流してて、その首筋にツチラト氏が手を当ててる。
「ありがとう、私達また助けられたんですね」
燃え盛る炎に包まれたアマーリエ講堂で、瓦礫の下敷きになった先輩を助けようと私達が苦闘してると、助けてくれたのはツチラト氏だった。
「うむ、良い」
大きく息を吐いたグリットが目を開ける。ガブリエラが起き上がった。
「ありがとうございます。戻ったら必ずお礼をさせて頂きますわ」
何所にも齧られた様子がないのにホッとする。
「要らぬ。―この者はしばらく動かせぬ」
ポロポロとグリットの目から涙が零れた。流石の彼女ももう取り繕ってはいられない。何てことなんだろう。そして何て親父なんだろうあのバカは!
「ごめ…、っ、ごめんな…」
泣きながら謝ろうとしてる。
「黙れ、横たわっていろ」
「そうだよ。グリットが謝る必要ない!罪もないことを謝ろうとしないで」
「そうですわ。こんなこと位、大したことはございません。みんな無事でしてよ」
またぶわっと彼女の目に涙が溢れたから、ぐっしょり濡れたハンカチを絞って目に被せた。それは私の涙を彼女に見せたくなかったからでもある。
酷い、酷過ぎるよ。グリットが何したっていうのさ?彼女はとても好い人だよ。自分の苦しみを隠して人の苦しみを労われるんだ。私の親友なんだよ。どうしてこうなるかなぁ。
やるせなくて辛かった。
首筋からツチラト氏の手が抜かれる。
「動こうとするな。吾に出来るのはここまでだ。もうしばらくそのままでいろ。まあ動けまいが。頭痛が治まれば動いてよい」
「酷いのですか?」
頭に羽織っていた薄衣を、枕に敷いてやろうとしたけど止められる。
「しばらく転移は出来ん。それ以上は不確かだ。ダンテかフルヴィオに診てもらえ」
鼻血を拭ってグリットの額にガブリエラは口づけた。
「何も心配はなくてよ。任せておいて下さいな。わたくし達できっと連れて帰ります。何があってもわたくし達は貴女の味方でしてよ」
瞳に溜まった涙がキラリと光る彼女は女神の様だった。
「それにしてもグートルーンは何処に消えたんだろ」
この後に及んで「大丈夫かな」、って言葉が出て来ない。
「ええ、わたくしも心配だわ」
ツチラト氏は小首を傾げた。
「分からなかったか?妖精が連れ去ったのだ」
「まあ!何故?」
「彼女に亜人の血が流れていて、そう願ったからだ。先ず彼女を妖精郷に攫ってから我らをここに飛ばした」
そっか、ダンテさん言ってたもんな。亜人が望めば妖精郷に導かれるって。彼女は向こうから来てくれたんだ。よかったねグートルーン。穏やかな笑顔を絶やさない人だったけど、グリットと同じに胸に隠した苦しみがあったんだね。ずっと冷たくしてごめんね。でも私はあんたと仲良くは出来ないんだ。
「ここは…北の地、ですわよね?」
大地の魔法が使える彼女は自分がいる場所が分かる。そういえば寒い。私で寒いんだから彼女はもっとだろう。
「そうだ。超古代文明、超古代帝国の北の果ての基地…研究所も兼ねているが、そんなところだ。魔法師には発見出来ぬ様になっている」
「ええ!」
「では、ベラドルカ」
「えええええ⁉」
幾つ国を飛ばしてるんだか!しかも超古代帝国って!遥か太古に大陸と共に沈んじゃってるじゃん!
平凡な日常が、普通の暮らしが、日一日と遠くなってく気がする。
「そんな太古の物がまだ残っているんですの?」
「動力がオリハルコンだから絡繰りが壊れていなければいつまでも動く。オリハルコンを探すのも良いな」
伝説の金属オリハルコン。それも海中に沈んだ大陸でしか産出されないんだったよね。
ああ、伝説が現実になってく。
「ベラドルカならば夏でも寒くて当然ですわね。でもダンテさん達に付いていなくて善かったのですの?」
「助けて欲しくはなかったか?」
「いいえ、心から感謝しておりましてよ。ただ、ダンテさんの立場も危ういものにしてしまったかと……」
うん、巻き込んでばっかだよね。
「心配らん」
キッパリと断言してくれた。
「あの場を心得ぬ者共が、冷静さを欠いてどれ程の魔法を交差させことか。でなければ汝らを助けるのに、あの場を離れる必要はなかったのだ。人間共を助けるのはダンテの役目。吾はその様な面倒はせぬ」
「然様ですのね。重ねて感謝致します」
ツチラト氏はガブリエラに視線を止めた。
「汝は礼を知る。善いことである」
「恐れ入ります」
「妖精達は王が《忌み地》に踏み込んだことを恐れ、そして《忌み地》の理を顧みなかったことを怒った。故に王自身ではなく娘を飛ばした」
震える手を動かして、グリットはハンカチを捲った。
「しかして吾はあれを好ましく思わなんだ故、魔法が入り乱れたを装って、何処ぞへ飛ばしてやった」
珍しく感情が表に出てたドヤ顔じゃないか。じゃなくてさ。
「はい~?なんてことするんですか⁉あんなだって我が国の皇帝でおわすんですよ!」
凄く意外そうな顔をしないで下さい。自分でも意外なんですけど、やっぱ祖国の皇帝である、ってのは大きいんです。それにそれでまた騒動が起こっちゃったら、それが我が身に何かしら降り懸かって来たら嫌じゃないですか。
「喜ぶものとばかり」
視線を下に向けて、苦笑するグリットと目を合わす。
にっこりと華やかにガブリエラは笑った。
「もうこちらへは戻って来れませんの?」
「二人のギッティ共が、あるいは他の者が探し出すかもしれん。吾は行く先を気にせなんだから分からぬ」
そっとガブリエラはグリットの耳を塞ぐ。
「あら、残念」
おいおいガブリエラさん、ホントあんたって竜の心臓してるよね。そんなことしたってグリットに聞こえてるよ絶対。
「向こうは大騒動になってるね」
心で汗を掻きながら、話を変えようとして当然のことを聞いた。その返事もまた驚愕ものだった。
「大騒動なんてもんじゃないよネーナ。カテリーネちゃんとアバンチュールの最中だったのに、各方面から悲鳴みたいな呼出し喰らっちゃってさ、儂、大迷惑」
ぶつくさ文句垂れながら、小さなギッティ先生が出現した。背後を取るんじゃない。
「先生⁉いつの間に⁉」
「汝が来たなら吾はよいな」
「ダメ逃がさない」
先生はツチラト氏の服の裾をパシッと掴んだ。
「逃げはせぬ、ダンテを助けに行くのだ」
「若いのは苦労させといて、儂を助けよう」
微妙~な顔のツチラト氏。
「グリットは今少し動かせぬが、娘の三人など、連れて帰るに造作があるものか」
「もう、これなんだから魔物って!ダンテだってお前がしたことの責任取らされてるんでしょ?違わないよね?今帰ったらダンテ逃げれないから、過重労働させられちゃうから居なさいよ、もう」
言ってることは解かるんですけど、子供みたいに頬っぺた膨らまさないで下さい。
「向こうは具体的にどうなっておりますの?お聞かせ願えませんか?」
やんわりとガブリエラが尋ねる。
「う~んとね。面倒なこと任されそうだったから、ダンビエ先生とかとか生贄にしてきたんだ」
グリットに屈みこむ。
「説明になっておりませんわね。スヴェンは安全ですの?ヴァルター卿やライムント卿はどうしておられまして?」
「ああ、はいはい説明する、しますから待って」
ツチラト氏がしてた様に首筋に手を当てた。




