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プロローグ

 境界線はない。というか見えない。ただ木々が密集した森があるだけだ。

「これがブーヘの《忌み地》…」

 名前にそぐわない妙な感じだ。

 《忌み地》は世界中に点在した魔境だ。そこには魔物や得体の知れない異次元の生物も棲むという。ダンテさんはこの私達の住む世界の(ことわり)が通じない、異世界の飛び地だと考えろと説明してくれた。けど禍々しさなんて微塵も感じない。

「外見は極普通の森だろ?」

 ゴマフアザラシとかいう動物の頭部を被ったダンテさんが言った。

「一歩中に入ったら一瞬も気が抜けない魔の地だなんて、全然思えないよ」

 私は答えた。

「それでうっかり踏み込んだら半時間もせず餌食にされるんだ」

 私達と同じ観光客はみんな何が起こるんだろうってワクワクしてるけど、対照的に案内人は一様に緊張した面持ちしてる。案内人は階級に従って色の違う袖無しチェニックを着てるから、一目でそれと分かる。ダンテさんは最高位の葡萄酒色(ヴァインロート)だ。

「あっちの団体はヤバそうだから、離れた方がいいな」

 案内人は階級によって受け持ち人数に制限がある。団体で入場する場合はそれだけ案内人を確保しないといけない。

 いかにもなお貴族坊ちゃま(つっても成人してるけど)の、グループが取巻きを連れての冒険だ。高慢ちきで人を見下した目をしてる。案内人の指示にも従うかどうか怪しいとこだな。従わないと途中退場も案内人の権限だ。

 一日の見学者の総数と入場時間は決められてる。

「もう直ぐですわね」

 隣のガブリエラは興奮で蒸気した面持ちがいつにも増して綺麗だ。

 集まった見学者の前に大きな砂時計を掲げたゴーレムが現れて全員の視線が集中する。砂が落ち切ったら入場時間だ。



 私ネーナ・ヴィンクラーはノリキ=エスタリヒ帝国の自由都市カランタで生まれ育った一庶民だ。鉱山で栄える自由都市連合の一市の、学園都市とも呼ばれる帝国でも名高い学校が多い都市で、カール・フリードリヒ・ギムナジウムに通ってる高等部の七年生でもある。ギムナジウムは同名の大学の付属学校で、カール・フリードリヒ皇子が創設した古い歴史と伝統のギムナジウムなんだ。

 カランタは自由都市だから身分差別がない。全くないかっていうとそうでもないけど、貧富の差だとかは小さな村でもあるもんだし、それでも僅かにいる貴族に対してだって、跪かずに立ったまま顔を合わせて挨拶して咎められたりはしないんだ。そういう場所だって貴族も心得てる。

 無二の親友のガブリエラも、各国に一族が拡がる有力貴族の本家の娘なんだけど、身分の垣根を作ったりしてない。凄い美人で嫋やかなのに威厳があって、常に自分を見失わない胆力がある。そういうとこは吃驚で、私は熊の心臓とか言われてるけど、ガブリエラは差し詰め(ドラッヘ)の心臓だよ。

 もう一人の親友グリット(マルガレーテの愛称)は実は皇女殿下だったりする。

 ギムナジウムでは校長の意向で特に世俗の身分を持ち込まないことになってて、だから自由都市だって皇族は別格だけど対等な口を利けてた。

 それでも私は皇女の学友として相応しい教育を受けてた訳じゃないし、何より陰で「先祖返りのネーナ」とか「獣人ネーナ」とか噂される、先祖に獅子人がいた先祖返りの獅子人だったから皇女を避けようとしてた。一部の教師や家族からも皇女に近付くな、って注意されてたしね。

 では何故友達になっちゃったかちょっと説明させて欲しい。


 この世界では誰もが多少なりとも魔力を持って産まれる。ただほとんどが持ってても仕方のない魔法の場合が多くて、ほとんどの人の寿命は百年から百五十年だ。

 魔法師になるには四百年以上の寿命が見込まれる魔力が基準だとされていて、魔法学部を受験する際は寿命も選考基準の一つになる。寿命は神殿で計ってもらうが計れる神殿は決まっている。まあ私は薬学部だからそこまで厳しくないんだけど。

 けれど超古代は違った。太古に沈んだ大陸で発達したのは機械文明で、その頃には魔法師は極少数しか存在しない、物語にしか現れない存在だったんだ。

 それがある頃から急増して、当時の人々の(ことわり)では解明出来ない恐怖から、魔法師と対決させるべく犬を皮切りに、熊や虎、鷲や鷹、蛇や鰐他にも多数の動物の遺伝子やらいう物を組み替えて、人間と掛合わせた亜人を作り出した。

 口の悪い人間は獣人って蔑む。


 そのなかの獅子人が私の祖先だった訳だ。成人男性よりは怪力だけど、それでも本物の亜人には比べ様もなかった。でも周囲はいつ何時、理性を放棄して亜人の狂暴性を発揮するか分からない、って警戒してたのに、ある事件をきっかけに仲良くなっちゃったんだな。


 ようやく雪が溶けた頃、マルガレーテ姫は兄のフェルディナント殿下と共に我がギムナジウムに編入して来た。帝都で何かあって追放されたんだろうってのが専らだったけど、お二人を歓迎してアマーリエ講堂で式典が催されたんだ。

 急な編入だったから式典の準備もぶっつけ本番で、私も駆り出されてた。そんなだから式典が始まる頃には、学校行事で使う物は箱に記されて収納されてたのに、整理されてた倉庫内はぐちゃぐちゃで、手当たり次第に開けられて酷いことになってた。だから両殿下の入場前に講堂に入り損ねた私と数人の生徒で、取敢えず倉庫をなるだけ整理することにしたんだ。

 生徒達が奏でる曲が微かに倉庫にも届いてた。

 魔法による放火が起こったのはその頃だ。あっという間にアマーリエ講堂は炎に包まれた。悲鳴が聞こえたんで外に出て心臓が止まるかと思ったよ。

 講堂には予め火災対策で消火魔法とか掛けられてたけど、逆転魔法で鎮火させ様とすればする程、逆に油を注ぐことになった。全校生徒に教師、関係者とか大勢の人間が犠牲になりかけてた。ガブリエラや仲良しの級友達が中にいて、助け出すには物理的な、魔法でない力が必要だったんだ。

 亜人には魔法は通じない。私は人間の血も流れてるから魔法も少しは使えたけど、矛盾する様な魔法が通じないって特性が強かった。炎の中、私は無意識に獅子人の血を自分の魔力で引出して、獅子人本来の怪力を振るった。

 悲鳴が怖かったんだ。先祖返りと陰口されてるのに、気にせず友人になってくれた人達が、炎に巻かれて恐ろしい眼に遭ってるかと思うと、自分はどうなってもいいから助かって欲しい、ってそれだけを願ってた。

 みんな助かったのは好いんだけど、一晩寝て起きたら瞳と髪が変化してた。青みがかった白い虹彩が広がった瞳、髪もプラチナブロンドになった。ご先祖が珍しい白獅子だったんだ。魔法も段々と使えなくなってった。

 グリットとは炎の中で瓦礫の下敷きになった男子生徒を、一緒に助けたのが出会いになった。

 兄殿下には睨まれたけど、グリットは私を気に入ってくれちゃって、皇女殿下が友達なんて迷惑なだけだったけど、事件が解決するまでに親友になっちゃってたんだよね。


 それで今、夏休みを利用して彼女らと旅行に出て、一緒にブーヘの《忌み地》を探検しようとしてる。

 ここに至るまでにもすったもんだしたんだよなぁ。

 旅の前半の最初のアトラクションがこのブーヘの《忌み地》だったんだけど、予定にないトラブルが続いて、もうそんな感じが全然ないの。

 ブーヘの《忌み地》に入るには案内人と許可証がいって、それには「中でどんなことがあって命を落としても異議申立てはしません」っていう、要約するとそんな誓約書を提出しないといけない。誓約は魔法が掛かってるから絶対なんだ。

 それがあったからか、出発を待つ間、自然とここに至るまでの回想に沈んじゃってた。

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