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【完結】Harmonia ー或る孤独な少女と侯国のヴァイオリン弾きー  作者: 原案・絵:若野未森、文:雪葉あをい
第3章
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op.10 レモンの花咲くところ(3)

 トトの経営するレストランはこの町では評判の店らしく、夕方からは常に満席で賑わっていた。


 お客人だからとヴィオ達のために確保してもらった席は店の端っこで、全体が良く見えた。テーブルの間をロミーナが忙しく立ち回っている。それからリチェルも。


「わぁ、美味しい!」

「トマト酸っぱくなぁい!」


 向かいの席ではリートとリリコが幸せそうにパスタを頬張っている。ヴィオの視線に気づいてか、二人が配膳を手伝うリチェルの方を振り返る。


「リチェル姉ちゃん可愛いね」

「いいなぁ。あたしもやりたいって言ったけど、まだ早いってトトさんに言われちゃった」


 ロミーナに借りたのだろう、リチェルの服はシンプルで動きやすいものになっている。三角巾の下から後ろで結えたおさげが動きに合わせて尾を引いた。


 部屋に案内された後、いちばん最初にトトに呼ばれたのはリートとリリコだった。


『預かるってことは、しばらくうちの子になるって事だ。だったらお前たちもちゃんと仕事を覚えて手伝えよ!』と職人らしい言い分で、リートとリリコはずっと野菜の皮剥きをしていたらしい。そうなるとリチェルは自分だけヴィオやソルヴェーグと町に出るのも気が引けたようで、ロミーナについて休む間もないままずっと店の手伝いをしている。


「明日もやるのやだぁ。一生分の皮剥いたもん。あたしもリチェルお姉ちゃんみたいにカンバンムスメがやりたい〜」

「そう? ボクは結構楽しかったよ」


 リートが頬にソースをたっぷりつけたまま、次の一口を頬張る。


「ご飯すっごくおいひいし、トトさんの手元みへるのもたのひかった。まほうみたいで」

「それはそうだけどぉ。あ、リート。お口に食べ物入れたまま喋っちゃダメでしょぉ」

「んぐ、ごめん……」


 あれだけ怖がっていたのに、昼のお手伝いで馴染んだらしい。リートもリリコもすっかりトトさん呼びが定着している。二人ともお口の周りにソースがついてますよ、とソルヴェーグに注意されてそそくさと口元を拭いている。


 フロアに視線をやると、リチェルが真剣な表情でお客さんのオーダーを取っているのが見えた。分からないところをちょくちょくロミーナに聞きに行っている様子は一生懸命で、リチェルらしい。


(楽しんでいるんだろうな)


 ああ見えて新しい何かを覚えるのは好きな子だ。クライネルトではずっと屋敷から出る事がなかったから、旅を始めてからずっと色んなことが新鮮だと笑っていた。きっと今忙しく動き回っていることも、後で楽しかったと話して笑うのだろう。


(……良かった)


 ここ数日何か思い悩んでいるように見えて、少し気にかかっていたのだ。リチェルの気が、少しでも晴れるのなら良いと思う。


 チリンチリンとベルが鳴る。新しくお客さんが来たらしい。


「ああ、ラウラちゃん!」

「こんばんは、トトさん」


 現れたお客さんに厨房からトトが顔を出した。入ってきたのは、昼間野菜を持って訪ねてきたラウラだ。


「席は取ってあるから、座ってくれ。奥の方だ。ワインでいいかい?」

「えぇ、ありがとう。オススメを出してくれる?」

「あぁ、待ってな」


 礼を言って、ラウラが店に入ってくる。恐らく常連の客が、所々でラウラに声をかけていた。

 「今日は店員さんじゃないのかい?」「えぇ。アル君が帰ってきたからお払い箱なの」冗談めかしてそう言うと、ラウラはヴィオ達の斜めにある席に座る。


「あら?」


 そこでようやくヴィオ達に気がついたらしい。辺りは少しずつ暗くなっていて、先ほどからロミーナが各テーブルに順に火を灯し始めていた。ラウラは目を瞬かせると、人好きのする笑顔を浮かべる。


「まぁ、双子ちゃんだわ。それにアル君のお客様ね。こんばんは」

「こんばんは」


 ヴィオとソルヴェーグにつられて、双子も振り返ると頭を下げる。気付けば二人ともお皿の上は空である。


「二人とも、いつまでトトさんのおうちに?」

「決まってないの」

「お母さんが退院するまで!」


 リートとリリコが口々に答える。退院、と言う言葉に事情を察したのかラウラが顔を曇らせた。そう、お母さん病気なのね。と心配そうな声を漏らす。


「二人とも小さいのに大変ね。ねぇ、私今一人なの。テーブルのお兄さん達が良かったら、小さなお客さんをこちらにお招きしてもいい? トトさんのデザートとっても美味しいのよ」


 デザート、と言う言葉にリートとリリコがピクリと反応する。期待をこめた眼差しでヴィオを見てくるので、特に問題ないだろうとヴィオも二人を送り出した。わーい、と喜んでラウラの席に双子が移る。


「先ほど聞こえたですが、お店の手伝いをされていたんですか?」


 ヴィオが尋ねると、そうなの、とラウラが笑う。気になっていたのか、テーブルに来た双子の口元を丁寧に手元のナプキンで拭ってから席につかせている。


「でも全然アル君みたいに上手にお手伝い出来ないんだけど。トトさんの力になればと思って」

「ご親戚か何かで?」

「いいえ。トトさんのお店がうちの仕入れた野菜を使ってくれてるのよ。昼間に持ってきてたでしょ。アル君が帰ってきたから今日は食べにおいで、って帰り際に言ってくれたからお言葉に甘えたの」


 言いながらもメニューを開いて、リートとリリコの前に置いている。まだうまく文字が読めない二人に合間にデザートのメニューを読み上げる。

 普段から手際がいいのが良くわかる流れるような動作だった。コソリとラウラが声をひそめる。


「でもアル君、多分私のこと良く思ってないのよ」


 冗談めかして言っているが、その表情は少しだけ寂しそうだ。


 だがその言葉で何となく腑に落ちた。今までの旅の中ではアルは目に見えて他人を嫌う仕草を見せたことはないから、ラウラのことはただ苦手なのだろう。そして苦手の理由は恐らく……。


「おう、アル! 久しぶりだな! 家出は終わったのか?」

「料理の腕は落ちてないか〜?」

「やめてくださいよ、ぺぺさん」


 と、厨房付近からアルの声が聞こえた。器用に料理の皿を何枚も持ったアルが厨房から出てきて、配膳している。ラウラがヴィオとソルヴェーグにそっと目配せをして、自分のテーブルに戻る。


「それで、めちゃくちゃ可愛い子連れて帰ってきてるじゃないか。アルも隅に置けないなぁ。ついに結婚か?」

「しないよ! というか失礼だからやめて! ちょ、もう、リチェルさん向こうに入ってていいから。このおじさん達の言うことは気にしないで!」

「おじさんとは酷いなぁ。まだ現役だぞ」

「おじさんだよ!」


 間でオロオロとするリチェルの肩をアルが裏の方にそっと押す。

 裏から出てきたロミーナが『残念だけど、兄さんにそんな甲斐性はないんです』と何気なく酷いことを言って、リチェルの肩を抱いて裏に連れて行った。ちょっと⁉︎ とアルが突っ込んでいる。


 そのまま皿を持ってヴィオ達のテーブルまでアルが歩いてくる。途中で近くの席にラウラがいることに気付いたのだろう。明らかに動揺を顔に浮かべて頭を下げると、そそくさとテーブルの蝋燭に火を灯してヴィオ達のテーブルに来る。


「ご飯どうだった? お酒、ワインでいいかな?」


 そう言ってヴィオが何か言う前に、アルがワインをグラスに注いでくれる。そのまま慣れた仕草でテーブルに火を灯した。


「あぁ、美味しかったよ。ありがとう」

「お父様にも大変美味しかったとお伝えください」


 ヴィオとソルヴェーグの言葉にアルが嬉しそうに笑った。


「ところで」


 不意にヴィオが声を潜めた。ん? とアルが身を屈める。


「お前、父親と彼女が一緒にいるのを見たくないんだろう」

「……んっ」


 チラリとラウラに視線をやってヴィオが言うと、明らかにアルが返事を詰まらせた。図星だ。


「まさかお前、本当はそれが理由で家出を──」


 だとしたら流石に呆れてフォローの言葉も出ない。むしろそれが理由で何も言わずに飛び出したなら、大分軽蔑する。


「いや違う! 違う違うちがうちがう!」


 脂汗を浮かべて、小声で必死にアルが手を横に振る。


「誤解! 誤解だから! 理由はちゃんと、前に話した通り!」


 信じて! と必死にアルが言う。もちろん声を潜めたまま。


「だけどさぁ、考えても見てよ。この歳になって親父の色恋沙汰とか見たくないじゃん。ヴィオ君も今日の態度の変わり具合見たでしょ? 気まずいんだよ!」

「そんなものか?」

「え? そんな事ない? ヴィオ君平気なの?」


 恐ろしいものを見るかのようにアルが聞いてくる。


 そうは言われてもヴィオの両親はそもそも一緒にいる事を目にする機会自体が少なかった。だが一緒にいる時は、傍目から見ても仲の良い部類に入ったのではないかと思う。それが常だったので、特に気にした事がないのだ。


「あちらはお前の態度を気にしているようだったが……」


 それはともかくチラリと後ろの席に目配せすると、アルが『え、本当に?』と気まずそうな声を出した。


「うわ、それマズイな。親父に殺される……。えぇ、だってさぁ……」


 店内でなければ頭を抱えている、という表情でアルが声を潜めたまま呻く。その後ろから遠慮がちにリチェルが水差しを持ってやってきた。


「ごめんなさい、アルさん。お話中に」


 そう言ってリチェルがヴィオの前に水を置く。お疲れ様、とヴィオが口にすると、リチェルが少し恥ずかしそうに笑って頭を下げた。そのまま、また裏へと戻っていく。


 その後ろ姿を見送ったアルが『可愛いなぁ……』と呟く。敢えて言ったと言うより、思わずこぼれたと言った調子だ。


「どうしよう、リチェルさんが天使だよ。ヴィオ君」

「お前ここに着いてからつくづく情緒が安定しないな」

「いや僕から言わせるとヴィオ君は何でそんな通常営業なの。おかしいでしょ」


 うちの制服かわいいなぁ、初めて思った……とアルがしみじみ呟いている。

 放っといたらリチェルを拝みそうな勢いのアルのことは、とりあえず無視する事にする。酒でも入ってるんじゃないか、と思うが仕事中だから素面だろう。


(別に、可愛いと思わないわけじゃ無いが……)


 仕事をしているリチェルは少しずつ接客に慣れてきたのか、先ほどよりリラックスしてきているように見えた。時たまふわりと笑顔がこぼれる。アルではないが、確かにその様子はとても自然で。楽しそうで──。


「──リチェルも案外、お前みたいなのと結婚するのが幸せなのかもな」


 自然と浮かんだその言葉が、外にこぼれたのはヴィオにとっては誤算だった。


 口に出していたことに気付いた時には遅く、アルが驚いたようにヴィオを見ている。一瞬動揺しかけたが、アルもリチェルに好意を抱いているようだし問題はないか、と思ったその時、ヴィオ君、と今までにない固い声でアルが名前を呼んだ。


「それ、本気で言ってる?」


 珍しくアルの声が尖っている。少し怒っているようですらあった。


「本気も何も……」

「兄さん」


 と、奥から出てきたロミーナがアルを呼んだ。父さんが呼んでる、そう言われてアルは少し気まずそうに口籠もって、そのまま奥へと引っ込んでいった。


 その背中から、ふいと目を逸らす。


 本気も何も、本音以外の何だと言うのだ。そう考えて、どこか気持ちがザラついているのを自覚する。


「──ヴィオ様」


 ふと、今まで黙っていたソルヴェーグに名を呼ばれた。視線が合う。あぁ、と小さく返事をした。


「この調子だと、父上のことを聞くのは明日になりそうだな」


 ソルヴェーグの言いたいことがそうではない事は分かっていた。話題の逸らし方があからさまであることも自覚している。


 だがソルヴェーグはそれ以上何もいう事はなく、ただそうですね、とだけ静かに頷いて、後は沈黙を守った。

 口にしたワインは、あまり味がしなかった。

 

 

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