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【完結】Harmonia ー或る孤独な少女と侯国のヴァイオリン弾きー  作者: 原案・絵:若野未森、文:雪葉あをい
第3章
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op.09 序奏とロンド・カプリチオーソ(4)

「あの、着替え終わりました……」


 ヴァルターとエドの宿で、ちょこりと奥の部屋の扉から顔を出したリチェルの姿を見て、ヴィオはもちろんヴァルター達も思わず言葉を失った。


 シンプルなブラウンの上着に、緑のタイ。

 頭にはキャスケット帽。


 ヴィオと出会った時はしばらく男装をしていたリチェルだが、エドのサイズはリチェルにちょうど良いようで以前よりもよほどしっくりときていた。


 何よりエドをよく知るヴァルターや、リチェルをよく知るヴィオにはもちろん見分けはつくとしても、貸された服装に着替えたリチェルはどこからどう見てもエドにそっくりだった。


「うわぁ、予想していた以上だね……すごいや」


 呆気にとられたようにエドはつぶやいて、そそくさとリチェルのそばに寄っていくと、リチェルの手をヒョイと取ってダンスをするように手をひいた。

 きゃっと小さくリチェルが悲鳴をあげて、くるりとリチェルとエドの場所が入れ替わる。


「どーっちだ?」

「……エド」


 茶目っ気を含んだエドの言葉を、ヴァルターが呆れたように遮った。


 どっちだも何も今喋っている人がエドで相違ない。

 だけど同じ格好で並んでみれば確かに二人は双子にすら見えるのかもしれない。


 かもしれない、というのはエドが先ほどとは打って変わって暗色のスーツを着込んでいるからだ。髪型も変えている。サロンの関係者の格好ですよ、と笑って教えてくれた。


 ヴィオがヴァルターに依頼していた条件を、ヴァルターは難なく揃えてくれた。

 とはいえ確証の方は、十分に話せるものでもなく、ヴィオが納得できるまでお話ししましょうと言う具合だったが。美術品を実際見てもヴィオにはとても鑑定できないのだ。


 鑑定書を見ても偽造かどうかを見分けることはできない。それでもヴァルターは誠意を持って説明してくれたし、聞いた限りは矛盾も無かったのでヴィオも良しとしたのだ。


「会は十五時からです。少し早いですが、そろそろ参りましょうか」


 ヴァルターの言葉にヴィオは頷く。

 リチェルに寄り添ったままのエドが『はぁい!』とにっこり笑って返事をする。


「……あの」


 その、片隅で。

 今まで黙り込んでいた一人の青年が微かに震えながら、一連の面々を制した。


「……今更だけど何でこの面子に僕がいるのかな?」


 そう言って、今にも吐きそうな顔で発言したのは何を隠そうアルである。

 普段の格好ではなく、ヴァルターが手配したスーツを着込んでいる。競売に参加するのにギリギリ手配してもらったのだ。


「何で、って。説明しただろう?」

「確かに説明はしてもらったけど!」


 しれっと言ったヴィオに、半ば悲鳴のようにアルが主張する。


「普通はソルヴェーグさんでしょ⁉︎ 僕は正真正銘ただの一般人なんだけど⁉︎」


 やだなぁ、アルさん。とエドがにっこり笑う。


「僕だってただの一般人で、アルさんより余程人生経験の浅い子供ですよ?」

「そう見えないから言ってるんだよ⁉︎」


 確かにエドの態度は、今から関係者以外立ち入り禁止の場所に忍び込もうとしている少年の態度ではない。


 場慣れしている、というのがしっくりくる大層な落ち着きぶりである。

 肝が座っているのか単に鈍いのか。前者だろうな、とヴィオは思っている。


 ちなみにソルヴェーグはリートとリリコを連れて、宿に帰っている。

 今夜の打ち合わせの為にヴィオとソルヴェーグがヴァルターと話をしている間、リチェルとアルは双子を連れてアガタの面会に行っており、その話の結果としてアルに白羽の矢が立ったわけだ。


「仕方ないだろう。現地にあるのがピアノだったんだから」

「聞いたよ!」


 しれっとヴィオが言うと、アルが反論した。


「一応お前の意志を確認したつもりではあったんだが……」

「あの、ヴィオ。わたしのわがままでアルさんが無理をするのは心苦しいから、アルさんは待っていてもらったり出来ないかしら……?」

「いや全然いいんだ! リチェルさんの事は全く責めてないから! むしろ僕がやるって言ったんだし!」


 リチェルが声をかけた途端、分かりやすく一八〇度発言を変えたアルに周りが苦笑をこぼす。

 実際のところ、アルには一度合意をもらっているが、それもリチェルが協力したいと言った事が効いているのだと言うことは何となくヴィオも察していた。


「いや、でもこの溢れ出る場違い感……。大丈夫かな……」

「アルさん、本当に大丈夫?」


 オロオロとリチェルが心配そうにアルに声をかける。お腹の辺りを押さえながら、アルが顔を上げて帽子をかぶったリチェルに目を留める。


「それにしても男性の格好をしていても、リチェルさんは可愛いね。僕としてはバレるんじゃないかってヒヤヒヤしちゃうよ……」


 アルの言葉におかしいですか? と慌ててリチェルが帽子を押さえる。


「いえ、リチェルさんは全然おかしくないですよ。アルさん、それは僕も可愛いって事ですよね?」


 ことりと小首を傾げてエドが尋ねる。

 今のリチェルはエドにそっくりで、確かにエドからすると自分が愛らしいと言われている気分になるのだろう。あまりそれで気分を害するタイプにも見えないから問題ないだろうが。


「あー、うん。そうだね。エド君にそう言うと失礼かもしれないけれど。いや、でもやっぱり違うな。多分僕がリチェルさんが女性だと知ってるからなんだろうね。リチェルさんは男の子の格好をしていても、野原に揺れる一輪の花みたいに可憐だと感じるよ」


 うわ、とエドが素で砂糖を吐くような声を漏らす。


 ど直球の褒め言葉にリチェルが赤面している事に、アルは気付いていない。


 多分こう言う言葉が特別でもなく素で出てくるのがアルのすごいところなのだろう。それがどこか面白くもない気もしたが、気にしないことにする。


「……うん、リチェルさんもいるし僕も頑張るよ」

「あ、ありがとうアルさん。付き合わせてごめんなさい」

「心配しなくても俺もお前もただの保険だ。基本的に黙っててくれればいい」

「そうさせてもらうよ……」


 やはり胃の辺りを押さえているが、一度ボヤいて観念したらしい。そろそろ行きましょう、というヴァルターの声にヴィオも頷く。


 宿を出ると、外の空気はやや冷たい。

 外はまだ人通りも多かったが、ヴァルターはヴィオ達が進みやすいように人の流れに配慮しながら進んでくれた。


「緊張しているか?」

「うん……。でも、大丈夫。自分でやるって言ったんだもの」


 尋ねると、リチェルが思いのほかしっかりとした口調で応じた。

 胸の前でぎゅっと両の拳を握る仕草が愛らしく、口には出さないが先程のアルの言葉も理解できた。


「それにヴィオとアルさんがついてきてくれたから心強いわ」

「リチェルさん、喋らなくて良いからね」


 前を歩いていたエドが振り返って、リチェルに声をかけた。

 むしろ喋るとバレちゃうから、と笑うエドの言葉に、リチェルも分かっているのか頷いた。


「ただもうちょっと口角上げて笑ってみて。リチェルさんの笑顔可愛いけどお嬢さんって感じだから、ほらこんな感じ」


 そう言ってエドが両手の人差し指を頬に当てて、口角をキュッと上げるとにっこり笑う。


「こ、こうかしら?」

「そうそう、もうちょっとにこ! って」


 エドの指がひょいっと伸びてリチェルの頬に触れる。エドがまだ幼いからかそれとも自分に似ているからか、リチェルも怖がる様子はなくされるがままになっている。


「そうそう、そんな感じ! お弟子さんですか? って聞かれたらとりあえず笑ってればいいよ。あとは先生が何とかしてくれるからね!」


 そう言って、エドは片目をつぶってみせる。


 ほら、もうそこだよ、とエドの声に促されてリチェルとヴィオは顔を上げる。いつの間にか会場に着いていたのだろう。


「じゃ、僕はこの辺で先に行ってるから!」


 エドは軽い足取りでヴァルターの所へ駆けていくと、二、三話してすぐに姿を消した。


 ヴァルターに話は聞いたが、何人か内部でも話を通している人間はいるらしい。


 思っていた以上に用意は周到にされているようだが、確実性が欲しくて自分達が会場にいるのだとヴァルターは言っていた。


 どこまで本当なのかは分からないが、ヴィオの勘では『全部話していないが、嘘は言っていない』と言う辺りだろう。


(まぁ、どちらでもいい)


 ヴィオとしては、出来るだけ確実に終わらせて、リチェルに危険がないようにしたいという一点だけだった。







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