op.08 おもちゃの交響曲(2)
その夜、リートとリリコが眠ってしまった後、リチェルはそっと外へ出た。
明日の収穫祭の準備でまだ起きている家も多いのだろう。丘の上にある双子の家からは家の窓にポツポツと微かな明かりが揺れるのが見えた。
それでも夜になると、夜空に浮かぶ星の方がずっと明るい。
(きれい……)
ヤンの家に泊めてもらった時に見た星空もうんと綺麗だった。夜の空気はキンと冷たくて、だけど透明で、朝とはまた違う落ち着いた気持ちになる。
(ヴィオとアルさんもまだ起きてるかしら?)
隣のガスパロの家の方を見ると、ヴィオ達がいるはずの部屋からは微かにランプの明かりが漏れている。
今日は夜更かししないと良いのだけど、といつも遅くまで起きている青年のことを考えて、少し心配する。もちろん実際それでヴィオが倒れたことはないので、リチェルが心配するまでも無くちゃんと管理しているのだろうと思うのだけど。
(いけない)
自分は拾い物をしに外へ出てきたのだった、と思い出す。
先程窓を開けた時に、窓辺にあった小さな花瓶が落ちてしまったのだった。
もちろんすぐ家に戻るつもりだった。ランプの油も勿体無い。
と、遠くでキィという軋みと窓が開く音がした。音につられて顔を上げると、今まさに思い描いていた人物と目が合った。
「ヴィ……」
思わず名前を呼びかけて、ここからじゃ聞こえないと口を閉ざす。窓を開けたヴィオはランプを持ったリチェルに目を留めて、驚いたように目を見開いた。
それからすぐにパタリと窓が閉まる。
(呆れられた、のかな……)
以前にも夜外へ一人で出るのは危ないと言われたばかりだ。
でも今回は不可抗力で、ちゃんとヴィオの言いつけは守っていたつもりで。そう心中で言い訳するも、もちろんヴィオには届かない。
呆れられたのかも知れない、と考えただけで胸が痛くなる。ヴィオは優しい人だから多分怒ったりしないだろうけれど、それだけじゃいけない気がして──。
(あ、あった……)
落ちた花瓶を見つけてしゃがみ込むと拾う。
しゃがみこんだまま、明日ヴィオに謝らないと、と反省したところで、パタンと扉の音がした。サクサクと草地を登ってくる音が聞こえて振り返ると、こちらに向かってくるヴィオの姿が見えて慌ててリチェルは立ち上がった。
「ヴィオ?」
「リチェル、こんな時間に何を──」
弾かれたように『ごめんなさい!』と頭を下げる。
「あの、花瓶を落としちゃって、拾いに来て……っ」
ちゃんとヴィオの言いつけは覚えていたんだけど、としどろもどろに説明すると、ヴィオが首を傾げた。
「言いつけ?」
「あの、夜外に出ちゃいけない、って……」
「……それは言いつけというより危ないと言う意味で言ったんだが──」
ヴィオの視線がリチェルの手元に降りる。
「落とし物はそれか?」
「う、うん」
頷くと、見つかったなら良かった。とヴィオがかすかに笑う。
「リチェル。別に俺は君に何かを強制すると言うことは無いから、そんな怯えられると少し傷つくというか……」
「あ、そう、ね。ごめんなさい……!」
今までもヴィオがリチェルに何かを強制した事はない。失礼な態度をとってしまったのだ。失敗した気がして心が慌て出す。
「もちろんリチェルのこれまでを思うと仕方ないとは思うし、責めてるわけじゃないんだ……言い方が悪くてごめん。でもやっぱり、夜に外には出ないでもらえると助かる」
小さな村だけど必ずしも安全というわけじゃないから、と言われてリチェルはこくこくと頷いた。
「…………」
「…………」
何故だろう。いつもよりずっと沈黙が気まずかった。
今朝も一緒に村長の家まで一緒に歩いたし、あの時はそんなに気まずくなかった。気まずいのは失敗してしまったからだろうか。
「リチェル?」
呼ばれてハッとしてヴィオを見上げた。同時に肌寒さを感じてくしゅんっ、とくしゃみが出た。
「ご、ごめんなさい……っ」
「ほら、夜は冷えるからもう戻って寝てくれ。明日にも差し支える」
「うん。そうするね」
そういえばリチェルはもう寝巻きに着替えていて、上からショールを羽織っただけだった。
男性の前にそういった格好で出ていくのは恥ずかしいことだと、そういえばサラから聞いた事を思い出してハッとする。
アワアワとしながらヴィオを見るが、ヴィオは特に気にした様子もなくリチェルを玄関まで送ってくれた。
「じゃあ、また明日」
「うん、おやすみなさい」
おやすみ、と短くあいさつをして玄関の扉が閉まった。
途端に恥ずかしさがこみ上げて、顔を覆った。持ち上げたショールに顔を埋めて、はぁ、とため息をついた。
もっとしっかりしないと、と自分に言い聞かせる。
(とりあえず、今日はもう寝ましょう……)
それこそ明日の演奏に差し支えてしまう。そういえば色々な事があって忘れていたが明日は初舞台だった。
そっと窓の外に視線を向ける。
(ヴィオ、もう家に帰ったかな……)
夜外に出たのはダメな事だけど、おやすみの挨拶が出来たのは久しぶりで、それは何だか嬉しくて、心の奥がほっこりと熱をもつ心地がした。





