op.06 小さな旦那様、小さな奥様(7)
一方、リートとリリコに引っ張られていったリチェルとアルは双子の家の前に立っていた。
隣の家へ向かうわずかな間に二人は自己紹介をしてくれた。
「リート・エンベルゲルグだよ」
「リリコよ。リートとは双子なの」
双子というだけあって二人の顔はよく似ていたが、リートの方がやや髪色がオレンジがかっていて、リリコの髪はそのままお日様のブロンドだった。
リチェルとアルも自己紹介をすると、二人はすぐにリチェルお姉ちゃん、アルお兄ちゃんと呼び出して嬉しそうに二人を家まで先導した。
行き道で双子の衣服に縫い込まれている繊細な刺繍を褒めると、二人とも顔を輝かせて『お母さんがやってくれたの!』と教えてくれた。
「お母さん、とっても刺繍が上手なのよ!」
「町の人にも人気なんだって!」
これもお母さんが縫ってくれたの、とリリコが前掛けを持ち上げて裾にあしらわれた刺繍を見せてくれる。
そんな終始はしゃいだ様子の双子の表情が、やや曇ったのは玄関前に辿り着いてからだった。
「どうしたの?」
玄関を開けるのを躊躇しているような二人の様子にリチェルが声をかけると、やはり気まずそうにリートとリリコはリチェルを見上げた。
あのね、とリートが上目遣いにリチェルの顔を見上げる。
「その、怒らないで聞いてほしいんだけど……」
「えぇ。なあに?」
この様子を見ると何か隠していることがあるのだろう。自然すっとしゃがみこんで二人に目線を合わせると、双子はお互い向かい合ってもじもじと手を擦り合わせながら口を開く。
「ちょっと嘘ついたの。あ、ちがう! 嘘はついてないんだけど……」
「あの、お掃除しようとしたの。お料理も……」
「お母さん、最近ちょっと具合が悪くて……それで……」
「あたしもリートも、がんばったんだけど……」
思っても見なかった言葉に、リチェルはパチパチと目を瞬かせた。
「お母さま、具合が悪いの?」
「それは大変じゃないか。どうして言わなかったの?」
アルが後ろから二人に尋ねると、リートとリリコはだって、とめいめいに呟く。
「ガスパロのおじいちゃんに言ったらダメだって」
「心配しちゃうからって」
「風邪がうつっちゃうからって」
「だけど今日はとってもしんどそうだったの。だからおてつだい、したんだけど……」
なるほど、と神妙にアルが頷く。
「要するに、失敗しちゃったんだね?」
「……しっぱい、してないけどぉ」
「でもちょっとだけしっぱいしたっていうか……」
ガスパロは父親がいないと言っていた。その通りの意味だとしたらこの家は双子と母親の三人暮らしだと言う事になる。
アルと顔を見合わせる。勝手に入って良いものか迷うが、双子の言う通りであれば一旦それは横に置いた方がいいだろう。たった一人の大人が寝込んでいるのであれば、世話をする人が必要だ。アルも同意見だったのだろう。こくりと頷く。
「リチェルさんはお母さんの様子を見てもらえるかな? 片付けは僕がするから」
「えぇ。ありがとう、アルさん」
「ううん、これくらいはしないとね」
リチェルとアルのやり取りに双子はホッとしたようで、途端に『じゃあ早く!』と急かすように玄関を開けた。
そして──。
「………………」
「………………」
部屋の中が目に入った瞬間、リチェルもアルも二の句が繋げなくなった。
散乱したゴミや洗濯物はまだいい。
床は泡だらけで、そこかしこが水浸しだ。途中で遊び出したのか放り出したままの木彫りのおもちゃと手作りの人形が仲良く洗濯桶の中で泳いでいる。
部屋の中には予想だにしていなかった惨状が広がっていた。
「おてつだいしようと、したんだけど……」
「しっぱい、しちゃって……」
リチェルとアルの反応に気付いたのだろう。二人は玄関を開けた時の威勢はどこへやら。しょげた様子で上目遣いにリチェル達を見上げてくる。
「よし!」
最初に声を上げたのはアルだった。
「とりあえず片付けよう! リチェルさんはお母さんにご挨拶、というか様子を見てきてくれる? ご婦人の部屋に僕が入るわけにはいかないから」
その後片付けを手伝ってくれるかな?、と心持ちキリッとした顔でアルが言う。部屋の惨状は酷い物だが、きっとリートもリリコも一生懸命だったのだ。
ここで暗い顔をしては不安にさせるだろうと、リチェルも気を取り直して明るい声を上げた。
「そうね! じゃあリリコちゃんはお母さんのところに案内してくれる? リート君はアルさんのお手伝いをして」
「わかった!」
「うん! こっち!」
二人とも元気よく返事をして、リリコがリチェルの手を引っ張って奥へと連れて行ってくれる。
「お母さん! お母さんお客さん!」
リリコの元気な声が扉の前で響く。返事はなかった。代わりにコホコホッと咳き込むような声が聞こえて、リチェルは申し訳なく思いながらも扉を開けた。
「失礼します」
リリコが案内してくれた部屋では、ベッドに一人の女性が横たわっていた。
リリコによく似たブロンドの髪がベッドの上にまばらに散っている。
だがそれ以上に目を引いたのはどう見ても女性の具合がただの風邪よりも重症に見えたことだった。
「大丈夫ですか……!」
急いで駆け寄ると、リチェルは女性の顔を覗き込んだ。そこでようやく誰かが入ってきたことに気付いたのだろう。女性がうっすらと目を開き、双子と同じ碧眼をリチェルに向けた。
「…………どなた?」
「お母さん! お客さんなの! お母さんがしんどそうだったから! あたしとリートがお掃除もお洗濯もしたんだけど。ごはんも! だけどね、むずかしかったから、ガスパロのおじいちゃんの家でね。お客さんがいたから、あたし呼んできたの!」
リチェルと申します、とリチェルは頭を下げた。
「勝手に入ってきて申し訳ありません。リリコちゃん達からお母様の具合が悪いと聞いたので、もしよろしければお手伝いさせてもらえたらと思って」
「そんな……悪いわ……」
そう言いながらも、リリコ達の母親はゴホゴホと咳き込む。
「アガタと言います。……こんな格好でごめんなさい。子供たちが無茶を言ったみたいで……」
「とんでもないです。どうかそのまま横になっていてください」
話しながらも荒い息をつくアガタの体調はとてもすぐ治る風邪には見えなかった。喋ることすら辛そうだ。その証拠に身体を起こす事もせず、代わりに荒い息の合間に何度もリチェルに謝る。
「おかあさん……」
リリコの目が心配そうに揺れる。
「あの、初対面の人間では信用できないのかもしれないのですが、どうかお手伝いをさせて頂けないでしょうか。今のご様子を見て放ってはおけません」
アガタの身体は驚くほど熱かった。きっと意識も朦朧としているだろう。自分の様子を理解してか、アガタはリチェルとリリコを見てやがて横になったままわずかに頭を下げる。
「ごめんなさい。私の事はかまいません……。子どもたちのお世話をお願いできますか?」
「分かりました。アガタさんにもすぐに冷たい布を持ってきますね」
心配するリリコの両肩にそっと手を置いて『大丈夫よ』と笑うと、リチェルはリリコを部屋の外へと促した。これ以上隣にいて話をさせる方が身体に毒な気がした。
居間へと戻ると、アルが床の泡を半分ほど拭き取ったところだった。どうだった? と聞かれて首を振る。
「お医者様に見ていただいた方がいいと思うの。それにきっと朝から何も召し上がっていないんじゃないかしら」
「お母さん食べてくれないんだ」
「あたしたち、朝は残ってたパンを食べたの!」
リートとリリコがめいめいに口にする。
「どうしましょう……」
正直リチェルは病人に適した料理を作る自信はない。孤児院にいた頃夕食の準備は手伝っていたが、クライネルトの屋敷では厨房に立ち入ることすら出来なかった。
そんなリチェルの不安を拭うように、アルが『任せて』と言った。
「料理は得意なんだ。リート君、何か食材はあるかな? 卵もあると嬉しいんだけど」
「わかった!」
すぐにリートが裏へと走っていく。
「ありがとうアルさん。わたしはお母様に冷たい布を持っていくわね。それが済んだらヴィオ達にお医者様を呼べないか聞いてくるわ。お掃除は後にしましょう。リリコちゃん、井戸の場所を教えてくれる?」
「うん! こっち!」
すぐに先導してくれるリリコの後をリチェルも急いで追いかけた。





