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【完結】Harmonia ー或る孤独な少女と侯国のヴァイオリン弾きー  作者: 原案・絵:若野未森、文:雪葉あをい
第4章
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op.15 悲しみと涙のうちに生まれ(8)

「ヴィオさん、いらっしゃいますか?」


 ノックと共に、知った声がドアの向こうから聞こえてヴィオは顔を上げた。

 まだ人を訪ねるには早い時間だったが、その声にはわずかに緊張が伺えて、まだ朝の支度の途中ではあったがヴィオはタイを結ぶと扉を開けた。


「どうしたんだ?」

「おはようございます。朝早くにすみません。少し、急ぎでご相談したいことがあって……」


 果たして昨日会ったばかりのエリーがそこに立っていた。言葉通り急いで来たのだろう。伝えた出発の時間よりも一時間以上早く、分別をわきまえた少年にしては不作法な振る舞いだった。つまりそれだけ緊急なのだろう。


「ヴィオ?」


 と、声が聞こえたのか、隣の部屋の扉が開いてリチェルが顔を出した。エリーの顔を見て、リチェルは目を瞬かせる。だけどすぐにふわりと笑うと『おはよう、エリー』と口にする。


「こんな早くにどうしたの?」

「……姉様」


 ポツリとつぶやいて、エリーは目を細めて笑った。


「おはようございます、姉様」

「何かあった?」


 リチェルはエリーの様子に何かを感じたのだろう。心配そうなリチェルの表情にエリーは一瞬顔を曇らせる。だが迷いを振り切るように『姉様、ごめんなさい。こちらに』と言って、リチェルの手を掴んだ。


「ヴィオさん、お部屋に入っても?」

「あぁ、構わないが」


 答えるとエリーはリチェルを引っ張って、ヴィオの部屋に入ってくる。リチェルも一緒に部屋に引っ張り込むとエリーはドアを閉めた。


「いきなりどうしたの、エリー?」


 部屋に入ったリチェルが不思議そうにエリーを見る。対するエリーは少し気まずそうに目を伏せて、口を開いた。 


「少し、ご相談したいことが出来まして……」


 部屋の中に入ると、気を利かせてリチェルが部屋にある椅子をエリーの所に持ってきてくれた。リチェルにお礼を言って、エリーが腰掛ける。


 それでどうしたんだ? とヴィオが促すと、エリーは緊張した面持ちのまま口を開いた。


「実は昨晩、祖母が倒れまして──」

「え?」


 リチェルが驚いたように顔を上げた。


「お祖母様、大丈夫なの?」


 心配した様子でリチェルがエリーに尋ねる。エリーは一瞬言葉に詰まって、どこか弱々しく笑った。


「はい。命に別状はありません。でも最近ご無理をされていたのは確かです。もう、お若くはないですから……。本来ならお祖母様にはもう当主の座を譲ってゆっくりなさって欲しいくらいなんですが、僕はまだまだ半人前なので叶わなくて」

「それをどうして、俺達に?」


 若干困惑してヴィオが尋ねる。正直それを聞いてもヴィオ達に出来ることはあまりない。リチェルは当のイングリット自身に認知しない、と言われている状態だし、ヴィオもイングリットに信用されているとは言えない。


 それがエリーに分かっていないはずはないだろうから、ここに来たと言うことはきちんと事情があるはずだ。


「正直に言います。助けていただけないでしょうか」


 そう言ってエリーは頭を下げた。


「……今の段階だと何とも言えないな。もう少し詳しく聞いても?」

「はい、もちろん」


 頭を上げると、エリーが『手短に説明しますね』と前置きして口を開く。


「昨日話した通り、最近家の内部から私財を持ち出した人間がいたのですが、それは僕の父にあたる人物です」


 エリーの言葉は予想の範疇ではあった。だが隣にいるリチェルにとっては身内が私財を持ち出すというのは想像も出来なかったのだろう。驚きを隠すようにリチェルが口元に自身の手を当てる。


「と言っても、もう縁が切れて何年も経っています。僕の父だった人は……、こんな話姉様のお耳に入れるのも嫌なんですが、端的に言うと強欲で軽率な人間でして。数年前離縁されたのも家のお金を不正に使い込んでいたことが原因なんです。その後屋敷の人事を洗い直せば良かったのですが、手が回っていなかったせいで、父が最近まで屋敷の中にいる人間と通じていた事に気付けなかったのです」

「というと、家の内部から私財を持ち出したというのは君の父親とその人物が?」


 こくりとエリーが頷いた。


「その人は長年ハーゼンクレーヴァーの財産の管理を任されていた人で、祖母も信頼していた人でした。ヴィタリでの出来事もその一件で、あれは父が絵画の贋作をハーゼンクレーヴァーの私蔵だと偽って流した事が原因です。ところが偽りだと証明するには、サインも書類も完璧でして。書類を用意した人間を信頼して、祖母自身がサインをしたものだったのですから当然ですね」


「だから取引自体を『本物』とすり替える必要があったのか」


「えぇ。あの絵画を買ったのは最近影響力を強めている有産階級の市民だったので、本物だと騙されて買ったのだとしても、偽物だと分かって買ったのだとしても都合が悪かったのです。ヴィオさんの言う通り、あの時は取引自体を正規のものだとひっくり返すことが目的でした」


 ようやくヴィタリの出来事が腑に落ちる。あの時エリーは持ち出された私財を回収していた訳ではない。家財と家名を天秤にかけて、迷う事なく家名をとった結果があの夜の事だ。


「……父親についてはもう片付いていると馬車で言っていたが」

「それは本当ですよ」


 安心してください、とエリーが笑う。


「絵画の件は後処理なんです。使用人もほとんど入れ替えましたし、以前から残っている人達も経歴を全て洗い直しました。ただ急速に人の入れ替えを行ったので、信頼できる人間があまりにも少なくて……」


 エリーが目線を落とす。


「祖母の仕事で代われるものは全て僕が代わります。執事も優秀ですし、領地の運営は回せると思うのですが、その分屋敷のことが手薄になります。祖母は、言葉を選ばずに言うと、良くも悪くも人の恨みを買っている人なので。周りには信用ができる人間を置きたいのです」


 そこまで言われてようやくヴィオはエリーの目的に気づいた。


「まさか、お前……」

「はい。初めからヴィオさんには反対されると分かっていたので、姉様を巻き込みました。ごめんなさい」


 それが信頼を損ねる行為だということは承知しているのだろう。真摯に謝るとエリーはリチェルの方を向いて、もう一度頭を下げた。


「姉様。不躾なお願いではあるのですが、ハーゼンクレーヴァーに使用人として入っていただくことは出来ないでしょうか」

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