終章
基規の夏休は終わった。ほのか達学生はまだ夏休みの最中で、授業が始まるのはまだ先となる。
この時期になっても宿題が終わっている者と終わっていない者に分かれるだろう。誰が終わっている組に属するかは敢えて明確にしない。そもそも、宿題は夏休み明け初日に集めるタイプと初めての授業で集めるタイプに分類されるので、どうにかなるケースはあるのだが。
ともあれ。ほのかは今日も夏休みを楽しむため、強い日差しを浴びながらも歩き続ける。
この一ヶ月と半分くらいの間。ほのかには新しい友達と好きな人が出来た。盗難と捜査と、そして失恋も経験した。
犯罪に遭った、なんて要素が入れば。それは娯楽か絶望に支配された謎解きあり修羅場ありのミステリな展開になるのが常かもしれないが。
恋をした、なんて要素が入れば。それは青春に彩られた甘酸っぱい恋物語となるのが常かもしれないが。
そのような安易なほどに複雑な出来事にはならなかった。
中途半端で脱線だらけ。主軸も中心も曖昧な進行。答えも出ない終わり方。
犯罪と呼ぶには悪意のない。事件と呼ぶには衝撃のない。
恋愛と呼ぶには愛のない。恋愛と呼ぶには恋のない。
普通と呼ぶには特異で。異常と呼ぶには正常な。
爽快さに欠ける物語だった。
だが、たとえそうだとしても。この世には起こりえることしか起きようがない。ただ、それだけの話だ。
ほのかは、急に足をとめた。
視線の先には、捨てられた仔猫がいた。『拾ってください』と書かれたダンボールの中で、みいみいと鳴いている。三毛猫、だった。
ここでほのかが拾ったところで、拾わなかったところで。関係しようと、しまいと。それぞれの物語は進んでいく。
それでも。ある人物ないし生物の本筋に影響を与えたい――まで至らずとも、物語の主軸に何かしらのを彩り――と思う気持ちは、どこから湧き出てくるのだろう。
人間というものは、不思議なものだ。
しばらくしゃがみ込んで、様子を見ていたほのかだったが。立ち上がり、居住まいを正す。
ほのかは関与しないことを選んだ。
同じく拾わないことを選ぶ偽善者なら、これを見て残酷と言うのかもしれないが。
なまじ拾い、そして育てられなかった時のことを考えたら、どうだろうか。
希望を与えておきながら絶望させるというのは――より残酷な仕打ちではないのだろうか。
彼女は何も考えずに立ち去れるほど残酷ではないが。
より強力な残酷を味わわせないことを選択するくらいには残酷であった。
だが、それも度を越えた偽善に過ぎない。
半端に助けるなら助けない方がいいと。ある種正しいその主張を、自分に対しての言い訳として使ってしまった。
それもまた、偽善者だ。
そうして精神の平穏を保ったほのかは、再び歩き出した。
しばらくすると、ほのかが告白をした公園が見えてきた。
数人の子供が遊びまわり、あの日二人が座っていたベンチにはその子供達の母親らしき二人の女性が歓談をしていた。
ほのかがもしも、この場所に対して特別意識を持っていたとしても、それはその母親達には関係の無い話だ。
同じ場所にしても、置いている基準が違うのだから。それは当然だった。
ほのかは不快感こそ抱かなかったが、不思議な気分で通り過ぎた。
待積と悠祈、その両親の住む家も、通り過ぎた。
そうしてこの狭い通りの終着点になり、栄えた県道へとぶつかった。そこから国道へ合流し、駅を目指した。
ほのかは昨日、駅の近くには行った。癒真奈と篝と三人で、新しい服を買おうということだった。結局、買ったのは癒真奈だけで、篝とほのかは予算の関係上購入を諦めたのだった。
それは、あの時の事件以上でも以下でもない。平和な時間だった。
何気なく歩くうちに、目的の場所へと着いた。ここから更に五分ほど歩けば、ほのかや癒真奈や篝や待積の通う学校へと行けるのだが。部活をしていないほのかが夏休み学校に行くのは、登校日くらいのものだ。
正面の通りは商店外で、駅の周りには小さなバスターミナルがある。
ありがちな光景だ。
ショッピングモールの入った駅を支える柱。そのひとつに待ち合わせの人物は寄りかかっていた。どこかによりかかるのが好きなのだろうか。
ほのかはその人物に近寄る。
「ごめん。待った?」
「例え待っていたとしても、俺はその行為を有意義に使えるのだから。何の問題もないのさ。まだ時間前だしね」
片柄待積は相変わらずの物言いだった。
二人は電車に乗るために歩き出した。
「そういえば、うちの妹は基規さんとデートか」
夏休みは夏休みだが、今日は一般的な社会人にとっても休日。日曜日だ。
「図書館行きでもデート、と呼べるのかは知らないけどさ」
そして改札を抜け、エスカレーターに乗って下り、ホームへと。
二人が今度こそデートをしているのは、また基規と悠祈を追い回すため、ではない。
買い物に付き合ってほしいという名目の、ほのかからのお誘いだった。
言葉に他意はあっても、他意のない素直な行動ではあった。
「ねぇ、待積君」
ほのかは、くすくすと笑い出しそうな。そんないたずらっぽい笑顔で待積の顔を覗いた。
「好きです」
ふられたにも関わらず、幸せそうに言うのだった。
「くすぐったいから、やめてくれないかな。僕まで好きになっちゃったら、どう責任をとってくれるんだい?」
軽薄な調子で発せられるその台詞は、果たして冗談なのか。それとも――。
「お兄ちゃん」
「懐かしいな……。悠祈にもそんな時期があったよ」
「ご主人様」
「止めてくれ。くすぐったい!」
「あ・な・た」
「うおおおいっ!」
あの時の告白があってもなくても、待積は生きていく。
ただ、少なくともしばらくは。ほのかに関係されながら――そして関係しながら日々を生きていくことになるのだろう。
それによって待積の本筋が影響されるのかは、誰にも分からないことだ。現時点では知る必要もない、ことだろう。
それに、今こうして待積と接しているほのかが、『ほのか』であるのか。
それもまた。誰も知る必要のない、ことだ。
最後まで読んでいただきありがとうございました。面白がって、小説のあとがき風に書いてみます。
敢えて、昔書いたのをほぼそのまま載せました。昔勢いで書いたものなので稚拙でお恥ずかしい……。
愛とは、恋とは、好きとは、結構曖昧なものだと思っています。恋については、辞書によって記述が違うと聞きます。昔、本当の愛や恋とは何かを考えていました。そういうのに疑問を持ってしまう質なんです。本当に好きと思えなければ、色欲情欲を抱けば、自分の私利私欲が介在してしまえば、それは愛ではなく打算になってしまう、と。まぁ、大分考えが進み視野も広がったので、この文書を書き直す事があれば、その辺についても言及するかもしれません。言及する必要はないので、しないかもしれませんが。
本当に最後まで読んでいただきありがとうございました。楽しんでいただけましたか?
それでは、またの機会に。