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一章  消失メーレ

ワードからコピペしたらルビふってた文字が消えてたので、随時直してます……。

 空には重厚な雲が敷き詰められていて、太陽の光を制限している。そのため、結果的に人の目には雲が灰色に映っているのだろう。それは高校からの帰宅途中である『小石(こいし)ほのか』に対しても例外ではないようで、彼女はそのコンクリートを連想させる灰色を見ると、気分を陰鬱とさせてしまう。

今は七月が始まったばかりである。季節は夏。ほのかは辺りまで伸びる自分の髪を案じて、雨が降ってほしくないと思っているのだ。ほのかはかさを持っておらず、雨が降ったら髪が濡れてしまう。ただでさえ汗の蒸気で気持ちが悪いのに、更に追い討ちをかけようというのか。シンプルな髪留めで前髪辺りを彩ってはいるが、ほのかはすんなりとの通る自分の髪をとても気に入っているのだ。

 なので、自然と足取りも速めとなる。制服の黒いスカートを揺らしながら。

 十分間歩き続けると家に到着した。雨は降らなかった。ほのかは自然と微笑む。

「ただいまーっと」

 家の扉を開けたほのかは小さな口を開けてそう言った。しかし、返事はない。玄関は片付いていて、見えるところにあるのは靴と時計とハンガーと鏡とかさくらいか。

 二階にある自分の部屋に荷物を置き、お気に入りの曲を口ずさみながらシャワーを浴びる。

 髪の水分をしっかりと拭き取ってドライヤーで髪を乾かし、着替えを済ませた。

 擦れて霞んだジーパンに、ロゴの入った赤いTシャツ。それと。洗面所からい笑顔で出てきた。汗の気持ち悪さから解放され、すっかり幸せのようだった。

「今日のご飯は何ですかー?」

 気分の良いまま台所に向かい、小学生のときに家庭科の実習で作ったエプロンを着用して夕食の仕度を始める。

 母は仕事なので、待っていると夕食がかなり遅い時間となる。父も兄も仕事で、ほのかは中学生の時に自分が作ると言い出したのだ。ちなみに妹は部活で手伝えない。

 今日はアジフライにするらしい。ほのかは身体をメトロノームみたいに揺すりながら、手際よく調理を進めていく。

 

 

今朝方に降った雨の所為で湿度が高くなってしまい、じめじめとした空気が人々を不快にさせていた。

公園のベンチで曇り空を眺めているこの男は、その事実をどう捉えているのだろうか。

 意思の強そうな目をしていて、しかし空に向けている視線に興味など含まれてはいなかった。

 まるで生きていることが自分に課せられた罰であるかのような、そんな顔をしている。

 すべり台とブランコと砂場しか遊具は無いが、バレーコート半面くらいの空きスペースがあり、ベンチやトイレが設置されていた。雨が降り出しそうな空模様の下、現在この公園には彼しかいなかった。

 名前を――片柄待積(かたえまちつみ)という。

 待積は空を眺めている。そこには特筆すべき事柄も、意外な事実も、詩的な意味もない。ただただ公園にいて、ただただ空を眺めている。その姿を銅像のようだと表現したところで、何の価値もない。

 全ての意味は、彼の前では覆される運命なのだから。

朝のうちに雨はあがったが、いつ降りだしてもおかしくはない状態だ。それでも、待積はこの空の下に存在し続ける。

そもそも、待積は雨に濡れたところで不快にはならないだろう。

そうして一時間が経った。空間そのものが停止してしまったと積極的に思えてしまえるほど、何も無い時間だった。

 待積はベンチから立ち上がり、この場所から歩き去った。

 果たして、彼が本当に見ていたものは何だったのだろうか。



 それは翌日――決定的な出来事が起きた、その日のこと。

 ほのかは友人の(かがり)癒真奈(ゆまな)とお別れをし、まっすぐに家へと帰ってきた。

今日は気持ちよいくらいの晴れ空で、しかしそれとは対極的に、ほのかの心中は曇っていた。汗をかいているせいで下着が肌にはりつくのだ。つまり、空が晴れていようが曇っていようが、ほのかは暑いのが嫌いなのだ。

 この日、この辺りでは珍しく三十五度を超える猛暑日となった。

 土という土が乾燥し、人という人が音をあげる。

帰宅時間になる頃には流石に三十三度まで下がってはいたが、それでも昨日から高いままの湿度は未だ効力を発揮し続けていたので、全く仕様が無い。

それでも家には『楽しみ』が待っているので、ほのかの心への負荷はいくらか和らいでいた。

ほのかは家の鍵をかばんから取り出そうとして、家に入った。

突然、携帯電話が激しい着信メロディを発する。ほのかは携帯電話を手に取り、着信ボタンを押す。中性的な声が携帯電話から聞こえてきた。

「もしもし、篝です」

それはほのかの友人である篝の声だった。

「ほのかです」

「あぁ、ごくろうさん。今日『早々(さはやや)』に行ったら、ミルクティーケーキという物が売っていたよ」

「えぇー、新作?」ほのかは興味を持ったようだった。「どうだった? 食べたの?」

「あぁ、おいしかったよ。紅茶の苦味具合が絶妙でね。紅茶ケーキではなくミルクティーケーキだからこその味なのだろうね」

「いいなー、今度行こうよ」

「はは、OK。行こうじゃないか。今日のところは写真を撮っておいたから、メールで送るよ」

「分かった」

「君も忙しいだろうから、もう切るとしよう。また明日」

「うん、またねー」

そうして一分程度の、短い通話が終了した。

ほのかは施錠をし、自分の部屋へと向かった。


 

シャワーを浴び終え、ほのかは居間へと向かっている。お気に入りの曲をハイスピードで口ずさんでいて、とにかく御機嫌の絶頂だった。

昨日買ってきた季節外れのりんごを食べようというのだ。ほのかはりんごが大好きなので、下校中も『楽しみ』にしていたのだ。

「ふふー」

ほのかは居間の扉を開けた。

しかし、テーブルの上にはりんごが無い。それを見たほのかの動きは停まった。小石家のテーブルの上には余計なものが置かれないので、りんごが隠れている可能性も無い。

しかし、その所為でりんごの代わりにテーブルの中心に置かれている封筒を発見するのは簡単だった。

「どういうことかな?」

薄い水色の封筒。そこには『小石ほのか様へ』と筆文字で書かれていた。停止を解いて、歩み寄り、封筒を手に取る。切手は貼っていない。裏を見ると封印はハートマークのシールだった。躊躇せず、しかしシールを破らないように封筒を開けて中身を出す。当たり障りの無い便箋が出て来た。便箋には、ボールペンで書かれた小さな蜘蛛のような文字がざわざわと詰まっていた。ほのかはそれを開いて、読んでみる。

  拝啓


 はじめまして、になるかな。だって僕はこれから"ライン"と名乗るのだから。あぁ、だからって僕を男だと思わない方がいいよ。女性でも一人称が"僕"の人はいるしね。え? 実際はいないだって? がっかりだよ………まぁ、ね。どうせ文章なんだからどうとでも書けるってわけさ。それよりもなんとなく予想はついているんだろうけど。そうよ、りんごを盗んだのは私よ。なんのためにですって? (←はは、こんな風にね。) なんのためも無いよ。これは君への挑戦状さ。戸惑うのは分かるよ。疑問に思うのは解るよ。確かに君は名探偵どころか探偵でも無いし、推理小説の世界に憧れを抱いているミステリオタクですらないし、ね。いやいや、もしも君がその筋では名の知れた『女子高生探偵』だったらすまないね。なにせ、僕はそういう世界とは無縁だから。じゃあどうして僕は君のりんご――あぁ、僕はどうしてテーブルの上にあったりんごが君の物だと知っているんだろうね? 不思議だね?――を盗んだんだろう。どうして君にこんな手紙を宛てたのだろう。言っておくけどこれはラブレターじゃないよ! いや限りなく近い物ではあるけどね。そんな物を君なんかに宛ててしまったら、僕は罪悪感のせいで君の目を見られなくなっちゃうよ。あれれれれ? 気分を悪くしたかな? 神経を逆撫でしちゃったかなぁ? それとも、そんな状態にすらなれない、くらいに、君の病状は、悪化しちゃった、のか、にぁ? 嗚呼、君がこの手紙を読んでいる姿を見ることができないのが残念で仕方ないよ。一瞬ね、盗撮カメラでも仕掛けようと思ったけど、それは計画してなかったから止めておいたよ。下手な思いつきで自分を破滅させたくはないからね。……おっと、余計なことをしゃべり過ぎたようだ。と言っても、手紙だから『書き過ぎた』だけど。君、もう読みたくないでしょ。僕は空気が読めるからそろそろ終わりにするよ。警察も飽きちゃってるころかな。まぁ見せるか見せないかは君の自由だけど。でも、一方的に仕掛けたとは言え、僕は君に戦いを挑んだんだよ。だから警察なんてところに行くのはちょっとね……裏技っぽいよ。プログラム改造だよ。僕がそんな心配をする必要もなく、君には既に火が点いちゃってるみたいだけどね。ははははははははははははは。あぁそういえば、改行を忘れていたよ。ごめんね。改行は苦手なんだ。というか、手紙が苦手なんだ。やっぱり電話だよね。

 君の勝利条件は僕の名前とか、住所とか、そのあたりの僕個人が誰かを特定してそれを知らせること。ははは、どこかの漫画みたいだ。もちろん捕まえてくれてもいいよ。ぼくとしてはそっちの方がうれしいね。

 僕の勝利条件は正直無いね。強いて言えば、君を無力化することかな。

 それじゃ、がんばってね。

                                                    敬具


   追伸


 追伸って書くけど、書き忘れたんじゃないよ。ただ単に追伸を使いたかっただけなんだからね!

 君は別に僕を探したりとかしなくてもいいよ。完全に無視してくれてさ。でもね、その分ペナルティはあるけどね。僕みたいな奴が君にペナルティを与えるなんておこがましいけど。ごめんね。君にペナルティを与えることへの罪悪感を僕へのペナルティとするよ。じゃ!


 ほのかはその小さい文字をしばらく立ち尽くして読み切った。両手で軽く手紙を引っ張るようにして。ぎもせずに、読み終わって、思考のためそのまま立ち尽くす。

 何度も何度も読み返す。文章の癖を読み取り、言葉の並びを感じ取り、使われた単語の意味を考える。

 搾取し、駆逐し、静観し、軽蔑し、反芻し、憧憬する。

内容だけでなく、一文字一文字の書き方さえも覚えてしまいそうなほど。手紙を真剣な表情で見つめ、威圧するように睨み付け。

裏の裏を探る探偵のように、推敲を重ねる編集者のように読み返す。

一人で佇み、読み返し続ける。

しばらくそれを続け、納得をした頃に顔を上げた。

ふう、と一息吐き、封筒に手紙をう。

「ま、いっか」

 ひとしきり考えると、彼女は自分の部屋でそれなりにおしゃれな服装に着替えて、買い物袋を片手に家を出た。目的地は近くのスーパーマーケット。この状況で彼女が優先したのはりんごだった。



「ただいま」

 今日の夕食であるロールキャベツが出来上がったところで、小石家の長男――小石基規(もとき)が帰ってきた。

 ほのかは火を止めて玄関まで行き、兄に「兄さんおかえり」と言った。

 基規の格好はクール・ビズだが、それでも額には汗を浮かべている。

「仕事はどうだった?」

「また無駄になることをやらされているよ」

「相変わらずやる気ないね」

「それは仕事次第さ。俺は力を入れるべき所をわきまえているからな」

 基規は社会を試すような笑みを浮かべた。それは世界を敵にしているような、皮肉の含まれたものだった。

「皆はまだだな。先にシャワー浴びるよ」

 そう言って二階の自室へ向かうため、階段を上っていく。この家は一階に大体の共有スペースがあり、二階には父以外のそれぞれの部屋があるのだ。

 ひとまずの仕事が終わったほのかは、エプロンを脱いで居間に寝転がっている。テーブルから脚と顔を出し、うつ伏せになって顔を自分の座布団に押し付けている。そのまま動かないので死体に見えなくもない。

 しばらくそうしていると、シャワーから出て無難なジャージを着ている基規がやって来て「そんな迷惑な遊びをするなっ」と突っ込んだ。流石は兄妹だ。これを遊びと解釈できるのだから。

 座布団を通ってきた所為でくぐもってしまった「はーい」という返事が聞こえるが、全く動かない。

 基規はテレビの脇にあるトランプを取って、自分の定位置――テレビに向かって左側の席に腰を下ろした。そしてケースからトランプを取り出して、三角形の集合体であるトランプタワーを作り始めた。

 ……ほのかのふくらはぎの上に。

 基規が右下を見るとほのかのふくらはぎがあるのだ。格好はジーパンに赤いTシャツなので、正確にはジーパンの上だが。

「学校は楽しいか?」作業を続けながら、どこかの父親から拝借したようなことを訊く。

「うん、楽しいよ。友達が出来たからね」そう言いながらも全く振動しないほのか。

「だったら、友達と帰りにどっかに寄ってきても……いいんだぞ」当然床ではないので斜めになっているのだが、器用にも一段目を組み立て終えた。形の揃わない四つの三角形が並ぶ。

「たまには行ってるよ。でも、毎日行っちゃったら兄さんが大変でしょ」

「いいさ、お前はま……だ子供なんだから。今のうちに楽しんで……おけよ」無表情のまま作業は続く。

 流石のほのかも兄の発声に不自然さを感じたらしく「ん? 兄さん、何かしてない?」と訊いた。

「何かって?」

「分からないけど、脚に何か感じるよ」そう言って、ほのかは脚をばたつかせた。

 ぱらぱらと音を立てて崩れ落ちるトランプタワー。惜しい。あと三角形が三つで完成だったのに。

「何? 今の音」

「さあな。庭でカラスが羽ばたいてるんじゃないか?」

「えー、じゃあ見てこようかな」身体をテーブルから引きずり出して立ち上がる。脚の上にかろうじて残っていたトランプもとうとう落ちていった。「いってきますー」

「家に入れちゃだめだぞ。俺に怒られるからな」

 ほのかは去っていく。その背中を見た基規は、本当に俺の妹は女子高生なのだろうかと疑問を抱き、心配をした。

 しかしその疑問とは別に、基規はトランプを片付けた。



 玄関から外に出て左の小さな庭へと移動したほのかは、カラスがいないことを確認した。「逃げちゃったかな」特にがっかりする様子はない。

「お姉ちゃんただいま」唐突にそんな声が聞こえた。

 玄関の方を振り返ると、ほのかの妹の『深奈(みな)』が胸の前で小さく手を振っていた。女の子にしては短い髪をしているが、控えめ寄りな性格のせいで活発そうには見えない。

「あ! 深奈ちゃんおかえり」

 二人は一緒に家に入った。

「サーブでネットを破れるようになった?」

「それはただのミスだよ」

 深奈は中学の部活でバレーボールをしている。顧問の先生の方針でそれなりに厳しく、だから帰りの時間もこんな時間になるのだが、本人はバレーボールが好きなので苦痛はあまり感じていないようだ。

「先にシャワー浴びちゃうよ。夕飯はまだでしょ」深奈は仕度をしに階段を上っていく。

 ほのかが居間に戻ると、基規がテレビをつけてのんびりと夕食の時間を待っていた。

「そういえば兄さん、私のりんご知らない?」

 ニュースを見ていた基規は首を回してほのかを見た。

「お前がりんごを持っていたことすら知らなかったな」



 両親も帰ってきて家族五人で夕食を済ませた後、ほのかは隣の深奈の部屋を訪れた。きちんと片付けられていて、さっぱりとした部屋である。

 その部屋でほのかが何をするのかと思えば、深奈のクローゼットの中を物色していた。

「あー! この服かわいいね。着てもいい?」

「サイズが合わないって」

「そうだよね」ほのかは、はははと残念そうに笑った。「仕方ないね」

「何かあったの?」深奈は机に向かって宿題をしていた状態から、ほのかの方を向いて座り直した。腰掛が深奈の左側にある。「いつもより明るいよ」深奈は姉を心配しているようだった。

「この癖、分かってても全然治らないんだよね……」ほのかは肩を落とした。「実はね、私のりんごなくなっちゃったの」

「え? 私は見てないよ」

「皆が家を出た後、居間に置いといたんだけど。変な手紙と交換されてた」ジーパンのポケットから件の手紙を出して、深奈に渡す。

「読んでいいの?」

「いいよー」

 深奈は手紙を広げた。「……結構長いね」難しい顔をしながらじっくりと読み進めていく。

「うーん」深奈は黙読が終了すると、手紙をほのかに返した。「高校生に送るには毒物みたいなラブレターだね。しかも、りんごに混ぜるんじゃなくて、りんごと交換というのがまた暗示的だよ」

「えーと、どういう意味なのかな?」ほのかは首を傾げて困惑を表現してみた。

「何でもない。でも、誰がやったのかな? やっぱりお兄ちゃんかな。そういうの好きそうだし」

「違うと思う。さっき手紙を見せたら『うわ、何だこの文章は。マッドサイエンティスト気取りか? 何にしてもアニメの見過ぎだな。このわざとらしさがなんとも痛々し過ぎる』」ほのかはセリフだけでなく、兄の声の感じもがんばって真似をした。「って言ってた。特に不審な様子もなかったし」

「そっか。でもお父さんとお母さんは……絶対にしないね」

「そうだね」

 姉妹二人は頷きあった。

「じゃあ誰かが侵入した、しか答えはないのかな」妹の深奈が話をまとめた。「なんか気持ち悪いね……。警察に行った方がいいんじゃない?」

「んー、どうしよ。大げさになっちゃうからな……」

「……分かった。とりあえず私も調べてみるよ。続きはまた明日ね」深奈は机に視線を戻した「まだ宿題が終わってないから」

「うん、そうだね。お願いします」そう言ってほのかは素直に退室した。

 これから自室でりんごを食べる気でいるのだ。



二十一時。学校の準備も入浴も髪の手入れも終えた、自分の部屋のベッド。その上で仰向けになって四肢を投げ出している。

 ――そうして『私』の時間がやってきた。

 決定的に私である『ほのか』は二十一時になると自分の中の『何か』に確実な変質が生じる。……いいえ、そうじゃない。何が変わるのかは大体分かっているのだけれど、私が分かっているものは付随したものに過ぎない。根本的に替わっているものが何か、までは解っていないのだ。

 分かりやすく言うと二重人格なんだけど、それにしては自己同士の繋がりが強過ぎる気がする。決して思考が分離するわけではない。生活リズムの方が近い気がするのよね。

 変わってしまうものの一つに『思考』がある。分かりやすく言うと、今の『私』と昼間の『私』とでは出せる答えが違うということ。それだと、二重人格よりといった感じかしら。

 ……こんなモノローグは無駄だと分かっている。

なにせ今の『私』が『思考』できるのは眠たくなる二十二時までの一時間だけ。無理をしても二十三時三十分までの二時間三十分だ。――本当に私は子供だ。年齢的には高校生なのに。

 犯人の意図は私を困惑させることだろう。それで愉快な気分になっているのかもしれない。更に、私を探偵役として犯人は確実に自ら『犯人』を演じている。これで犯人がミステリオタクだったら幻滅だ。

 しかし、昼間の『私』も考えたことだが、何故『私』なのだ?

 あの手紙の内容だと、犯人は群集の中の私ではなく個としての私を指名していた。社会の中では特に突出したものがある訳でもない私に、だ。今は考えても仕様がないことだが、いつか絶対的にそこは重要になってくる。何故なら、犯人は私を知っているだけではなく認識している人物ということになるからだ。

 ピッキングという可能性がある所為で全く犯人が特定できないが、なんというか事件の構成とバランスが合わない気がする。

 手紙については、居間に置かれていたという事実以外は気にしなくてよさそうだ。内容が怪しすぎるし、居間に置いてあったからピッキングとかいう言葉が出てきた訳だし。

 警察には……どうしようかな。親しみなんて無いし。盗まれた物も……あ、皆に無くなった物があるかどうかチェックするの忘れてた。私のドジ。まぁ、いいよね。昼間の『私』に任せよう。

 そろそろ眠くなってきたわ……。起きたら無邪気っぽい『私』に戻ってるよね。うん、今の私は危険だ。

 ああ、しかし犯人ね。

『犯人』なのよ。

傑作じゃない。

そんな奴と関係してしまう人生。現実にするとなんて滑稽なのかしら。

ふふふ。いいわ、演りましょうよ。競演の果てに拍手がもらえるかは別としてね。


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