序章
序章
人間は汚い。
汚すぎて汚すぎて、その汚染は母なる海にさえも広がっているのだから、地球上のいかなる物質を用いてその穢れを落とせばいいのだろう。
人間の感情というものは、複雑に思えて実は単純だ。いくら他人のためと理由を付けたところで、結局は自分のためでしかないのだから。
最終的に自分に返ってくると知っているのだ。
価値のある物質、もしくは評価の期待。
それでも人間は繰り返すのだ。他人、他人、他人、と。
その偽善者振りは滑稽で、直視なんてしたら闇という闇の総てが輝いて見えるかもしれない。
世界はどうしようもなく腐敗していて、どうしようもなく朽ち果て続けているのだ。
……それを想像しただけで吐き気がしてくる。
しかし、それは私も例外ではない。何を言っても世界の一部には変わりないのだから。
世界、あるいは世間の根本としている方向性からは、大きくずれることが出来ないのだ。
私は世界が嫌いだ。そして世界の構成要素である自分も嫌いだ。
それでは、私は何が好きなのだろう。
この世界の何が好きなのだろう?
総てが不潔で不滅で不吉で不完全で、不満も不快も不調も不明確も予定調和として処理されるこの世界に――希望なんて、綺麗なものなんて、あるのだろうか。
どこかには、あるのだろう。
一度は掴みかけたそれも、距離感を少しばかり見失ってしまった。
あのまま掴んでいれば……どれだけ良かったことか。
たとえば、この夏に起きた事件。あれに素敵で芸術的な意味合いがあったかどうか、判断に困るものだ。
どこまでが綺麗で、どこからが汚いか。どこからが始まりで、どこまでが終わりなのか。その境界線さえも霞み、終始朦朧とした質感だった。
『事件』なんて言葉は、現実で使われるといかにわざとらしい言葉かが分かるものだが。それでも、私はあの出来事を事件と呼ぶことにした。
事件と呼ばずには、いられなかった。