Ep.5 窮屈な旅路
ディネールを出て一刻も経たずに日が陰り始めてしまった。
昼間とうって変わり、街道はどんよりと空気が重い。
以前も夜この辺りを通ったのだが……その時とはまた違う。これが元々の環境だったのだろう。
当初の予定では、もうそろそろ途中の村――クアーロ村につく予定だった。夜のとばりで視界が狭まっているとはいえ影がうっすら見えてもいいハズなのだが……
「サラ、まだ行けるか?」
少し遅れて歩くサラ。目を擦りながらフラフラと歩いている。
思い返すと朝からずっと動きっぱなしだった。龍人とはいえまだ子供、すでに体力を使い果たしているのだろうとゼクスは思っていた。
「う……ん。まだ……だいじょう、ぶ」
誰が見てももう限界。今にも倒れてしまいそうだ。ゼクスも心配してみてはいるがこちらももうヘトヘト。舌を軽く噛んで眠気をこらえていた。
『キュウー……』
弛緩した可愛らしい主張がサラのお腹から聴こえた気が。
「ゼクスおなかすいた」
眠気よりも食い気。どうやら眠気よりも空腹のほうがサラにとっては大事らしい。
よくよく考えてみれば体力はゼクスなんかよりも圧倒的にあるはず。眠気だってもともと夜行性、この時間からがピークだ。
空腹に耐えかねたサラはその場にへたり込んでしまう。
だがそんな事情は魔物にとっては知ったことではない。むしろ格好の餌。
見計らったようにどこからか狼型の魔物ウォーウルフが二人を狙う。
「おい! サラ囲まれるぞ」
抜刀しつつ、片手でサラの肩を揺らすが立ち上がる気配はない。
「おいおいっ!」
気を取られる暇も与えず2体が飛び掛かる。
正面の敵は瞬時に盾を出現させて顎に盾を食い込ませる≪シールドバッシュ≫で対応しつつもう一体を魔力強化させた腕でウルフの腹部を殴りつける。
「うおらっ!!」
キャウンッと悲鳴を上げると二体が宙を舞う。
「サラ! 飯だ!」
ゼクスが叫ぶ。するとサラは「ご飯っ!?」と目が輝かせてキョロキョロあたりを見回す。
「こいつら食っていいぞ!」
サラの目が一段と赤黒く染まる――獣の目。
ローブを脱ぎ去り赤い翼を広げて宙に舞った二体に襲い掛かる。ゼクスはその一瞬を目の当たりにしてしまった。空中で彼女とウルフが重なったと思うと取り込まれる――いや、喰われていったのだ。頭から一気に。
一体目が食べずらかったらしく二体目はダガーナイフで細切れにする。
血しぶきがゼクスの顔にかかり、そんなことはお構いなしに目の前のごちそうにサラはがっついていた。
「お、い? サラ」
口の周りにべったりとついた黒みがかった獣の血。両手には肉片。その光景には狂気すら感じさせた。
彼女ら獣人というのはこれが当たり前なのか? そんな疑問をゼクスは抱いた。
「ゼクスも食べる?」
と毛皮のついたままの前足を向ける。
「いや、いい。俺はそんな肉は食わないからな」
などと意味が分からない返答をしてしまう。
「それより食事もいいがまだ残ってるぞ」
今のサラに押された群れはしり込みをしているが引く気配はいまだみせてない。
ならば、と以前使った方法を応用してみようと考えた。
「サラ、」
と声をかけ意識をこちらに向けさせる。
ゼクスの意図をくみ取りサラはゆっくりと立ち上がる。
血に濡れた笑みを向けるとダガーに風を切らせる。
同時に気配が消える。ゼクスが気配を消すとドラゴンプレッシャー――上位種であるドラゴンが放つ殺気を放つ。
ウォーウルフたちが見たのは、眼。彼女の背後に途方もない魔力を感じその生存本能を駆り立たせた。逃げろと。
瞬く間に脅威は去り、また静かな夜に戻っていく。
「上手くいったな」
背後から頭をポンと撫でる。
くるりとこちらを向くと口にべったりと血がついてしまっていた。ゼクスは一瞬ビクッととするが、「ほらこっち向け」と言い、左手の魔法陣から布を取り出して口元を拭いてあげた。
「ったく、口周りだけじゃなくて襟もじゃねーか」
「んーーっ!!」
ゴシゴシとあちこちについてしまった血痕を拭き取る。ところどころ残ってしまってはいるが、まあ気にならない程度だ。
「ここらで休憩キャンプを張りたいがウルフの匂いが残っちまってるな。もう少し移動したらそこで休むか。サラ行けそうか?」
「余裕」
と親指を突き立ててみせた。
食事をとったせいかサラはいつもの元気を取り戻していた。いや、それ以上か。
魔除けの結界を張りちょうど良さげな木陰の下で暖をとる。ゼクスの体力はもう限界をとうに越していた。
サラに一言声をかけると腕を枕にして目を閉じる。
見張りも一応いるし魔除けも貼ってある。そう簡単に襲われないだろう。最悪ゼクスがすぐ起きれるようにしておけば……などと目を閉じて思う。
長い瞬きをしているうちに辺りは既に明るくなってしまっていた。
夜元気だったサラはというと、ゼクスに体を預けて寝息を立てていた。
このまま眠りにつかせてあげたかったのだがそうも言っていられない。
火を消し荷物をまとめるとサラをおぶる。仕方ないが今はこうするしかない……
アイリと別れを告げてからすぐに日が落ち始めた。
雰囲気は一変し始め魔物がうよ着く空間となってしまっていた。
夜行性の魔物を退けながら進むのだが苦戦する。ゼクスも一日中動いて疲れが出てしまっていたのだ。
少し急ぎすぎたかと後悔する。
当初の予定であったスアーロ村までの辛抱だと頑張っていた。
サラは逆に生き生きとし始めていた。
夜行性の血が騒ぎ始めたのだ。
ドラゴンの血が入っているため少しくらいの眠気は抑え込めるのだ。
逆にゼクスはグロッキー状態。
途中、林の近くでキャンプを貼る。貴重な魔よけの結界を張ってゼクスは眠りに着く。サラは眠れないと言い見張りをすることにした。
朝、サラは限界だった。テンションが上がり体力を消耗してしまったのだ。
ゼクスはサラをおぶりながらスアーロ村に向かうことにした。
スアーロ村まであと少しで着く。
なんとかスアーロ村に到着した2人。時刻はもう日が落ちる寸前だった。ギリギリながらも道具屋や青果店で補充をする。
小さいながらも街道の近くということで冒険者に必要なものは揃っている。
客引きが声を掛けてくる。だがゼクスは泊まろうとしない。しつこく迫ってくる客引きに苛立ち、サラも泊まろうと言うが村を出た。
少し行った所で再びキャンプを貼る。
サラが龍人であること。それが知られたら騒ぎになる。ドラゴンですらあの有様なのに。
と言い聞かせる。
サラは分かっていながらもふてくされる。
ゼクスも自分の浅慮さと上手くいかない状況にフラストレーションが溜まっていく。