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Ep.3 龍の噂 後編

 ——夜は更けていく。

 傭兵は自らの武勇伝を高らかに謳い、船乗りたちは酒樽を片手に陽気に船乗りの歌を歌う。

「目の前で呑みやがって。当てつけかこのやろう」

 ゼクスはバーカウンターに両肘を乗せて店内を睨みつける。駆り出されて不機嫌を客にぶつけていた。

「おお? 良く言うな、ラルフに聞いたところによるとお前昼間で呑んでたらしいじゃねぇか。ならいいだろ夜は呑まなくて」

 日に焼けたぶっとい腕で樽ジョッキを豪快に傾ける。

「バルガスお前こそいいのか呑んでて。あの子たちほっといてるんだろ」

 あの子たち——貧民街に住む子供達。身寄りのない子をバルガスが世話してあげているのだ。

「ああ、今日はいいんだ。それに何かあったら頼れる知り合いもできたしな」

「ミーナか。なんだかんだで世話好きだよなあいつも」

 と他愛のない世間話をし始めたところでゼクスの注意は側のテーブルにいた二人の傭兵の会話に向いた。

「おい、聞いたかよ。ノーザンラークでドラゴンが出たって噂」

 その単語に敏感に反応した。

「ああ、その噂は聞いたぜ。何しろこの辺りその話題で持ちきりだから嫌でも耳に入るぜ」

 思わずゼクスの足はその席に向かっていた。

 隣から丸椅子を引っ張って来て、ダンッ、とその席に座る。

「おい、それ本当なのか!?」

 剣幕に気圧された傭兵二人。だがすぐに調子を戻してどこか心の奥の感情を見せるように口角を上げた。

「ノーザンラークでドラゴンが出たって噂か?」

「そうだ。ドラゴンが現れたって本当なのか? その情報の出所は?」

 二人は顔を見合わせると「ブワッハハハハハッ」と爆笑した。

「おいおい、にいちゃん。俺たち傭兵ってのはタダ、じゃあ動かないってのは知ってるよなぁ? ——そういや俺ら今日の宿代が無くってなぁ………野宿するかって考えてたところでヨォ」

 エールを煽り、にたついた笑いを向けた。

 とことん傭兵ってのは性根が腐ってやがるな、とゼクスは思いながらも情報には変えられない。

 顔を歪めながらも懐から銀貨3枚をテーブルに置く。二人分の宿代+αの金額だ。

「で、どうなんだ?」

「あ? ああ、本当かどうかは分からん、なんせあそこは秘境の地だからな。情報の出所ってのも、帝都からだとか裏ルートだとかなんだか雲を掴むような話でどれもイマイチ信憑性がないな」

「結局なにも分からないってことかよ」

 舌打ちをしてみせた。口元に手を当てて少し考えると、

「その噂ってのはいつ頃からだ?」

 噂が出始めた時期が気になった。ドラゴンが出現した話なんて今日日おかしい話だ。奴らはすでに絶滅してるってことになってるし。

「あー、いつだったかなぁ……? もうすこし酔いが回れば思い出せそうなんだが……」

「ッチ、とことんクズだな。しゃあねえ、おーいキャミねぇ、俺のツケでこいつらにエールやってくれ」

 カウンターでせっせと働くキャミィに叫ぶと小さく「うーっス」と返ってくる。

「へへ、悪りぃな。あぁ、そうそう確かディネールでサラマンダーの出現が噂になって領主が死んだって話を聞いてからだ。だから——」

「2ヶ月くらい前か。——偶然にしては出来過ぎだな……」 

 事件終息と時期が重なる。サラマンダー——シエラの出現が噂になってそれがどこかで変わってノーザンラークになったって話もある。でもそれでスルーするにはあまりにも浅はかすぎる。

 ゼクスが思いふけっているとサラがエールを運んでくる。傭兵はもうすでにゼクスに興味を失い今来た欲望の塊に目が眩んでいた。

「……ゼクス?」

 真剣な表情で思案しているとサラがそっと声をかける。

「あ、ああ。——おい、お前ら呑みすぎんなよ?」

「これ以上飲む金がねぇよ」

「だからって今夜の宿代まで手ェ出すなよ?」

「へへ、気をつけるぜ。にいちゃん一緒にのまねぇのか?」

「悪いな、あいにく目的ができちまってな」

 椅子を元あった場所に戻す。

「なんでい、……もう少しゴネればよかったか?」

「なんか言ったか?」

「いや、なんでもねえ。ディネールに幸あれ!」

 傭兵は高らかに樽ジョッキを陽気に掲げた。だがゼクスはそんな二人に愚痴をこぼすことなく立ち去ってしまった。



「そんなに気になる?」

 急に話しかけられたのでぴょんと椅子から飛び上がるアイリ。

「えっ!? あーママか。えっと、何が?」

「何がじゃないわよ。ゼクスのこと、さっきからずっと見っぱなしじゃない。飛び上がるほどに」

「別に気になってない訳じゃないけど?」

 アイリはグラスをの水を流し込んで気を紛らわせる。しかし気が紛れることはなくむしろうずきが強くなるばかり。

話の内容からするとゼクスは出現したドラゴンについて知りたがっていた。それもかつてないほどに。

 アイリの脳裏にあることがよぎり始める。もしかしたら——

「ゼクスが街から出て行っちゃうって?」

 リリィがカウンター越しに肘をついて、いつものようになんでも知っているかのような口調で話しかける。

 アイリの吐息が漏れる。

「ママに隠し事はできないね」

 観念したように心の内を少しずつ打ち明け始めた。

「自分でも分からないの。ゼクスが街を出るかもしれないってなって、私の中でよく分からない感情が湧き出て来て、それが何なのか分からないの」

「ふふっ、アイリもまだまだ子供ねー」

 いたずらにリリィは笑った。その気持ちが何なのか、分かっているのか……

 彼女の言葉が意味するところをアイリは首を傾げて考える、とボンっと火を吹いたように顔が真っ赤に染め上がる。

「……ッッ!! ちょっ、ちがうわよ!? そんなんじゃないっ!」

 ワタワタと両手が空を切る、リリィに向かって。そんなアイリを微笑ましく眺める。カチャンとグラスが倒れそうになるすんでのところでキャッチして大人しく座りなおす。

「ゼクスには感謝してるし、頼りにしてるのよこれでも」

 と、頬を膨らませて視線を横にそらしてふてくされて呟く。

「いつも酒ばっか呑んでてだらしないけど……街の復興に貢献してくれてるし……」

 リリィが「あらそう?」と反応してみせる。

「そうよ! だからもう少し、街が安定するまでの間……いて欲しい、かな、って……でもそれって私のエゴなんじゃないかって。ゼクスにもやる事がある。それを差し置いてえ私が引き止めるのも違うって思う……」

「ずいぶんと矛盾した事考えるのね。じゃあ、私から最後に一つだけ助言するわ」

 リリィの仔細に造型された両手がアイリの両頬をそっと優しく包み込む。

「アイリ、あなたに何ができる? したい事がいっぱいあるのなら今の自分には何ができるのか、それを考えて見て」

「したい事じゃなくて、できる事……」

 真摯に母リリィの紫紺の瞳をじっくりと覗き込む。

「……わかった、ありがと! できる事ありそう!!」

 母の手の上から重ねて、くもりのない笑顔を見せた。

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