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相変わらずの騎士



「お前、何やってんだ」

 ラルフは店の前に仰向けで寝転がっている見知った男——ゼクスを怪訝な顔で見下ろしていた。


眩しいばかりの太陽をちょうど遮ってくれたラルフ。

「好きでこうしてるわけじゃねーよ……」

 ため息をついてふらつきながら立ち上がると、マントや部分甲冑についた土埃を叩いて落とした。

「おいおい嫌がらせか? こっちは食べ物売ってんだぞ?」

「ならこいつはもう売り物にならないな。貰ってやるよ」

 店先に並んでいたリンゴを一つ、無造作にかっさらい一口齧った。


「ジューシーだな。喉が乾いてたから余計うまいぜ」

「好き勝手やってんな相変わらず。ところでなんでそんなとこに寝てたんだよ」

「まあ、深いわけがあってだな——」



 真昼だというのに空いている酒場があった。ディネールにたどり着いた時に世話になっていた宿屋のバーだ。

 カウンターで一人、グラスを傾けているのはやはりというか、彼、ゼクスだった。

「ちょっとゼクスさん、もうずっとですよ? いい加減やめませんか。というよりも私が寝たいんですけど〜」

 悲痛な声をあげているのはここのバーテンダー、ルフィナ。閉店間際にきてからずっとゼクスの相手をさせられていた。

「いいだろぉ? 夜はまだ長いんだ」

「もう昼ですっ!」

「太陽なんてあがってねぇじゃねえかなら夜だ」

「室内からですっ!?」

 ピシッと鋭いツッコミを入れるのだがゼクスはもう気にもとめない。

「にしてもこのエール上手いな。前のが小便に思えるぜ」

再びグラスに注いでいた。

 ルフィナは心の中でつぶやいた。「だれか助けて」、と。


 その願いは直後叶うことになった。

 ドアベルがちぎれそうな程激しく扉が開く。

 ルフィナはそこに立っていた人物に安堵の息を漏らすと、軽く会釈をして「後は頼みます」と小声で言って奥に引き下がった。

 その人物は静かにルフィナと入れ替わり隣の椅子に座る。

「あれ?」

空のビンを望遠鏡みたいに覗く。

「アルーエールがなくなっちま……ったん……だが…………」

 隣にはルフィナはもういない。

 代わりに銀色の髪、華奢な体つき、いつもムスッとしていた顔に今は不気味なほどの笑みを浮かべている。ふと前髪の隙間から透き通るような肌のおかげか血管が浮き出ているのがよく見える。

 彼女の姿に驚くとゼクスは椅子から転げ落ちる。


「げえっ、アイリ!? なんでここに——」

 隣に座っていたのはゼクスが師と崇めた年下の少女、アイリだった。

「やっぱり、ここにいた」

 あためふためくゼクスとは対照的に静かにため息と共に呟いた。

「——さてはアルッ! お前チクりやがったなっ!?」

カウンターに隠れていたアルに向かって怒鳴る。

「アルはチクってないわよッ!! あんたの行きそうなところはもう分かってるんだから、おとなしく観念して——」

 銀髪の少女、アイリは胸を膨らませて、

「働けっ!」


 ゼクスはなんとか逃げようと四つん這いで出口に向かうが、アイリが立ちはだかる。

「昼間から……いや、この様子だと昨日の夜から飲んでたみたいね。はあ、アルが可愛そう」

ゼクスの席に散らかったタルやビン、つまみ類をため息を吐いて、呟く——と一瞬。目の前に無様な格好をしていたゼクスは居なくなっていた。

「——ッ! ゼクス! 『アウトフォース』使って気配消したでしょ!? どれだけ仕事したくないのよ!?」

 逃げたであろう外にアイリも出る。人混みに紛れて姿をくらまそうと魂胆は見抜いていた。

「伊達に王族特務やってた訳じゃ無いわよ? 馬鹿弟子の居場所なんかすぐ分かるんだから」

 目をつむり、人の気配を感じ取り始める。

人混みの中に隠れようとゼクスの魔力はもう知っている。普通の人より少し大きい魔力を持つ人に絞って感知すれば……いた。

 魔力の痕跡を捉えると、アイリの身体を白銀の粒子が包み込んでいく。そしてグッ、と足元に力を入れて一気に駆け出す。

 高速でかけるアイリの視界に人の海。身体をかがめ、次々と迫り来る人の荒波をかいくぐる。

(捉えたわ)

 ゼクスの後ろ姿を目視して、その無防備な背中に飛びかかる。

 思いっきり後ろから突進されてバランスを崩す。手をついて腕をバネにしながら前転宙返りで転倒を防いだ。

 ところまでは良かった。体が地面と水平になると上から、アイリが降ってくる様子が視界に入ってくる。

「あ、無理——」

 思わず言葉をこぼした瞬間、アイリの小さな足が防具をつけていない腹の部分を直撃して地面に叩きつけられた。

「グボォッ」

 土煙舞う中、少女に踏みつけられた青年男性。そんな不思議な光景を待ちゆく人たちは足を止めて視線を集めるが、『関わってはいけない』。そんな予感を信じて足を止めることはなかった。

「チェックメイトね馬鹿弟子!」

 踏みつけられた哀れな青年男性は可憐な少女の人差し指を刺された。



「…………全く深くねぇな」

 ラルフは同情はおろか哀れみの心すらさっぱり消えうせた。

「なんでだよっ!? ぶっ飛ばされて放置されてるんだぜ?」

「昼間から呑んでるやつに同情なんてするか馬鹿」

ゼクスは悪態をつくといつの間にか取り出していたタバコに左手から吹き出た灯火で先端を赤く染めた。

「で、こんなとこでゆっくりしてていいのかよ? 嬢ちゃんに急かされてたんじゃないのか」

店先の壁に寄りかかると腕を組んでタバコを吸う。ゼクスの隣に椅子を引っ張ってきて、同じように腕を組む。

「んあ、もう少ししたら船が来るからその積荷下ろすの手伝えっていわれたから別にいい」

「…………そうか」

と、ラルフはそれ以上追求することなく、2人でただただメインストリートを行き交う人々を眺めていた。

「随分と人、増えたな」

「海流が戻って船が出せるようになったし、陸路も襲われることが少なくなったからな。おかげで活気を取り戻しつつある」

ゼクスは紫煙を吐くと尻目でラルフの顔を伺う。

「……って言う割には嬉しそうじゃねえな」

ラルフはゴツい手でボリボリと頭をかく。

「今言ったのは表向きの事だ。実際は結構深刻だ。あの事件で使われた——錯乱の呪符。あれでみんな信用できなくなってな。ディネールの住民はみんな疑い深くなってる。見てみろ、住民はほとんどいやしない。外から来た奴らばっかだ」

元領主アーデルが起こした一件。最終的には彼もまた被害者であった。だが世間一般はそう思ってはいなかった。呪符を振りまき街を混乱に陥れた悪人としてその名を刻んだ。

その爪痕は数ヶ月で消えることなんてなかった。傷痕はむしろ深くなっていた。

住民は呪符による洗脳の恐怖を植え込まれ、最低限外出することが無くなっていた。

「……すまんな」

「なんで謝るんだよ。お前は随分やってくれたよ。それに俺を助けてくれたし、英雄だって言う奴すらいるほどだぜ? 」

奥から「パパー」とラルフの娘がやってくる。体当たりするように抱きつくと膝の上に乗せてやった。

「まあ、そいつにゼクスの本性を見せてやりたいくらいだがな、ホントクズだから」

とラルフは笑って見せた。

軽口を叩くラルフはゼクスの救いのようにも思え。

「最後の一言は余計だ」

とゼクスも静かに笑い返した。


中央広場の方で慌ただしく動き始める人々。それを合図に崖の影から帆船がのっそりと姿を現す。

「お、来たみたいだ」

ブーツの裏でタバコを消して、ラルフの娘の頭を撫でる。

「たばこくしゃい」

ブルブルと振り払うように頭を振った。

「おっと悪かったな。今度、遊ぼうなアイツも混ぜて」

というと満面の笑みを返した。

「俺行くわ、またな」

「おう、またなクズの英雄」

ゼクスの背中にそう言い残すと、キザったらしく手をひらひらと振って人混みの中に消えていった。

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