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忍び寄る嗤い

 巨大な岩の塊が宙を舞う。

 深い土色をしたそれは、大地を抉り地響きを起こすほどの威力だった。


「あんなの食らったらひとたまりもねぇぞ……散開して狙わせるなッ! 囲んで叩けッ!」

 髭面の男が叫ぶと同時に仲間たちは巨体のスフィアゴーレムを取り囲んだ。


 胸の中央にある、格子状の石柱に覆われたコア。その鈍色に輝く魔石を彼らは狙っていたのだ。


 見晴らしの良い荒野――太陽も陰り始めていた。

 叫んだ男は額に汗を浮かべていた。彼は司令の役割をしていたしそう暑くはない。その汗は焦りと緊張からにじみ出たものだった。

 完全に日が落ち、夜のとばりが降りた瞬間からこの場は魔物の巣窟となる。


 魔物狩りを専門としている彼らだからこそ、その危険性は嫌になるほど思い知らされていたから。


 ――パァァンッ――


 甲高い破裂音が彼の意識に発破をかけるように目の前の現実に引き戻す。


 足元に仕掛けた火属性の罠が今まさに爆発してゴーレムの足を砕き——バランスを崩して前のめりに地面にひれ伏した。


「――ッ! い、いまだッ! 最大火力! ありったけをぶち込んでやれッッ!!」


 すかさず彼もその安値で売られていた両刃剣を鞘から引き抜きゴーレムに飛び掛かった。


 ほかの仲間も自らが持つ最大の技で飛び掛かろうとする――


 うつ伏せに倒れたハズだったゴーレムの体から魔石が射出される。突如打ち上げられたそれに視線を誘導され、その場にいた全員が煌々と白く輝く閃光を直視してしまった。

 油断していた。ゴーレムのコアはあの魔石だ。あくまで岩の体はコアを守るものでしかない。焦りが生んだ油断——成すすべなく視界を奪われた。


 コアを中心に再び岩石が覆う。今度は岩石だけではなく土、砂、さらには鉱石まで巻き込んで色々な色が混ざったその体躯は先ほどよりも、大きい。

 土の混ざった両巨腕を地面に叩き落とす。

 ゴゴゴ、と鈍い音がしたと感じた瞬間地面が隆起、鋭く尖った岩山に彼らは引き裂かれる。


 何人かは体の中央を捉えられ黒く、深い赤を頂から垂れ流していた。


 急所をなんとか外したが髭面の彼もまた体のいたるところから血を流していた。


「何やってんだ――お前らは下がってろ、邪魔だ」


 淡々と呆れさえ感じさせる声が背後からしたーーハズなのにそこには誰もいない。変わりに一陣の風が頬を撫でた。


 疾風の如くかけた剣士は迫り来るゴーレムの両腕を華麗な身のこなしで掻い潜る。

 あっという間に懐に飛び込むと腰にたずさえた刃幅の広いサーベルを抜刀しつつその硬質な身体に突き立てた。

「硬いな……通りで……」

 二、三閃突き立ててみるがやはり刃は通らない。

 足を止めていると地面が隆起し岩が突き出してきた。

 バックステップからバック宙で距離をとり、ゴーレムが隆起させた岩の先にトン、と立ってみせた。


「あまり時間をかける訳にはいかないからな、さっさと片付けるぞ」


 剣を逆手に持ち直すと身投げするようにーー宙を舞った。


「お前らっ! 死にたくなけりゃ離れろッ!! 巻き込まれるぞォッッ!!」


 青ざめた表情で必死に血だらけの体躯を引きずり離れーー


 ゴーレムを中心に巻き起こるつむじ風。

 風に体を預けながら頑強な体躯にサーベルを撫でるように細かい傷をつける。

 腕、胴、脚、再び胴…………つむじ風は一回転する事に徐々に勢いを増し既に旋風と化していた。


 スフィアゴーレムだけにとどまらず荒野の木々は吹き飛ばされないようしっかりとしがみつこうともがいていた。しかし虚しく上昇気流に呑まれ、風の壁に身を砕け散らせた。


 巻き上げられた砂塵で茶色く渦巻く竜巻の様子を伺うことは出来ない。


 やがて弱まり、竜巻が止むとそこにいたゴーレムの姿は消え、代わりに土の山がそびえていた。


 彼の手にはゴーレムのコアが握られていた。そのコアをみると不機嫌そうに眉を顰めてチッ、と舌打ちして血だらけの髭面男に投げつけた。


「使い物にならん。劣化だ。さほど金にならんだろう」


 確かに、コアを見てみると傷だらけで高品質のものなら持っている独特の輝きが見て取れない。


「おそらくいくつものパーティがそいつに挑んで断念したんだろう。中途半端に仕掛けられて摩耗してた。そんな奴に手こずってたのかお前らは……」


 と彼——リナディはギルドメンバーを軽蔑するような視線を飛ばした。


「リナディさん、アイツらの遺体、どうしましょう? どこか、埋める場所があれば——」

 一人、仲間の遺体を見つめ言い出した。

「必要ないそんなもの。死んだ奴に労力を割く必要はない。魔物の餌になるくらいがちょうどいいだろう」

「そんなっ、アイツらだって必死に戦ったんですよ? 最後くらい弔ってやりたいんです」

 リナディは肩越しに

「やりたきゃ一人でやってろ」

 そう、冷ややかに言ってその場を立ち去る。




「紫風リナディ、その様子だと徒労に終わったようだな」


「——何者だ」

 気配なく、背後に現れた人物。黒いローブに身を包み、口元だけが月明かりに照らされている。不敵に嗤うそいつは

「嗤う闇」

 ニヤリと、口元を緩めてみせた。


 リナディは瞬間、腰元のサーベルを引き抜き薙ぎ払う。だが、手応えはない。

 黒い陽炎のようなものが揺らめき、人型をかたどっていたそれはゆっくりと大気と混ざっていく。


「そう慌てるな」

 と、今度は別の場所から声が聞こえる。

 いつの間にか月を背後に岩石の上に立っていた。


「お前にいいことを教えに来ただけだ」

「いいこと、だ?」

 より一層警戒を強めるリナディ。嗤う闇とは、直接は会うのは初めてだがその噂は知っている。

 巨大な闇ギルド。あらゆる事件、出来事に深く関わっている疎まれる存在。だが、その正体をつかむことはできない。なぜなら組織を知っていても、メンバーを見たものはほとんどいないというからだ。


 黒いローブを身に纏った嗤う闇を名乗る人物。

 そいつは低い男の声で、

「いい玩具の在り処、興味ないか?——」


 彼は闇夜に嗤うように、そう問いかけた。

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