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私が次にしたことは、我が家に売れる財産がどれだけあるか調べることだった。
確かに、貴族としての生活レベルを保とうとしたら、今の経済状態では絶対に無理だ。
でも、とにかく借金さえなんとかなれば、貧乏でも暮らしてはいけると思う。
私は前世ではしがない一般市民だったんだから、とにかく食べてさえいければなんとかなる。 貴族のプライドなんてクソくらえだ!
私は、今使っている家具から、屋根裏にしまってある物から、何から何まで、すべてチェックした。
売るとしたらオークションだろう、ということで、地元にあるアンガス商会を通してキャスのオークションハウスの人を呼び(ベルナルドにはオークションハウスなんていうしゃれたものはない)、概算を出してもらった。
辺境の小貴族ではあるが、モントロール建国以来の生粋の貴族であるベルナルド家はなんだかんだとこまごまとした財産がある。 現金はないが、めぼしい貴金属などのお金になりそうな物から、それこそ洋服から食器から冷蔵庫から調理器具などなど、二束三文でしか売れないような物までも売れば、私の希望する値段に限りなく近い金額を叩きだすことができるだろう、とアンガス商会ベルナルド支店長は言った。
借金返済で痛かったのが、屋敷を売って借金を返すことができなかったことだ。
というのは、私たちの住んでいる屋敷と敷地は巨大だが、法的に限定相続になっていて、勝手に売り払うことができないようになっていたのだ。
限定相続とは、代々領主に受け継がせるために設けられた貴族専用の特別の相続法律で、領主は必ず限定相続のものを次世代に受け継がさなければならないとある。 これは、あのくそ叔父のような馬鹿野郎がいても、その家系をつぶさないようにするための処置だ。
特に、ベルナルド家は、この限定相続の財産が多い。
それは、このベルナルド家が自治領なことと、王の台座があるせいだと思う。
あれがあるこの屋敷は、売ってはいけないのだと、なんとなく思う。 なぜだか分らないけど。
とりあえず、私はまだ16歳だったけれど、暫定的に後見人に母を据えて、私自身が領地の管理をすることになった。
お母様は不安に思いながらも、すべてを私に任せてくれた。前世の記憶がきっと私たちを助けてくれるだろう、と。
私が子供のころから前世の記憶を持っていても、自分自身も周りもあまりパニックになったりしなかったのは、お父様が「前世持ち」の人間について、おじい様からしっかり教育を受けていたためだ。
物心ついたときに私が母に言った、「私のお母さんは黒眼黒髪で、金髪じゃない! お母様は私の本当にお母様ではない!」というきつい言葉。
今思えば、金髪、碧眼のお母様はどんなにか傷ついただろう、と思う。
でも、お父様もお母様も私の「前世の記憶」についてよく理解していたから、お母様は悲しそうな顔をしながらも、私をやさしく包み込んでくれた。
「TVが見たい!」とか言った時には、お父様が私の話を聞いて、チャンドラーに頼んで紙芝居みたいなものを作ってくれたりもした。
前世の記憶は面白いもので、記憶はあるのだが感情が伴っていない、というのだろうか?
まるで他人の記憶を見ているような、TVや本の中の出来事のような、そう言う感じなのだ。
私は、やっぱり、エミール ベンジャミン ベルナルドで、感情の発露はエミールからなのだと、物心ついたときにしみじみと思った。
なので、感情面ではあまり混乱はしなかったのだが、前世の記憶とこの世界の文化的、物質的違いにはいろいろとまどった。
そんな私に、前世の記憶について、思い出したことは書きつけるように、とお父様は私の4歳の誕生日に、この世界では貴重な紙を使った厚さ10cmぐらいもある鍵付きのノートをくれた。
革表紙のとっても高価なものだ。
前世の記憶を書きつけて残すこと、その前世の記憶をこの世界でひそかに役立たせること、それがベルナルド家の前世持ちが必ずやらなければならない家訓の一つである、と言われた。
そして、そのノートがお父様が突然の心臓発作でお亡くなりになる前にもらった最後のプレゼントだった。
私が4歳の時だった。