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「お嬢様、お手紙をお持ちしました」

 執務室で調べ物をしている私に、女中頭のジーンが束になった手紙を持ってきた。

何枚もの請求書に埋もれて、金の蝋印が施してある、上質の紙を使った手紙がまぎれている。

 「・・・・アングル公爵からだ」

 私はその差出人を読んで、ため息をついた。


 アングル公爵、それは、私にとっては鬼門だ。

顔を思い出すだけでちょっと震えてしまう…。。

 奴は、白金の金髪、金色の左目とほとんど黒に近い濃い緑色の右目のオッドアイを持つ、見目麗しいといわれている男だ。

 剣など握ったこともなさそうな、すらりとした優男だが、南洋の真珠、またの名を欲望のキャスを牛耳っている。 

 キャスは公営賭博場を有する巨大な歓楽地で、いかなる欲望も満たしてくれる街として知られている。

その欲望に飲み込まれてしまうものも多い。 あのくそ叔父のように。


 アングル公爵家は、非常に珍しい魔眼を持つ人間が生まれる唯一の家系で、モントロール国の王家、サンクレモン王家とも非常に近い。

普通の魔力持ちの人間ようにツタ柄の文様が肌に出るのでもなく、その魔眼の色がツタ色だといわれている。

そして、その魔眼は、すべてを見通せるといわれている。

何がどう見通せるのか私は知らないし、知っている人間はあまりいないのではないだろうか? 

 ただ、世間ではあまり知られていないが、その魔眼を持つ家系だからこそ「キャス」というある意味モントロール国の都市の中でも重要な土地を任されている、と貴族の間では有名な話だった。




 その濃い緑色の右目は、何の表情もなく、まるでガラスの玉のようだ。

その目を恐れるものは多く、ほとんどの人間がアングル公爵と視線を合わせるのを避ける、と言われているが、私は初めて彼に会ったときに、その目をじっと見つめてしまった。

 明るい金色の左目と、魔の森のような暗い緑色の右目。

12の子供だった私は、前世の記憶でオッド アイの知識はあったが、実際に本物を見たことがなかった。なので、最初はただの興味本位でじっと見てしまったのだが、そのうちその暗い表情のない右目に身震いを覚えた。

 何の表情もないのに、なぜか鷲掴みにされて拘束されるような切迫した気分になる。

背中に悪寒が走り、私は急いで見つめていた目線を彼の眼からそらしたのだ。

 その時、アングル公爵は、その表情のない暗い瞳を細め、私に向かってニヤリと笑った。

そしてこともあろうか、12歳の、子供の私の顎を持ち上げ、私の唇にキスをしたのだ!

あっけにとられている私の口の中に無理やり・・・・。。

 その唇の冷たさと、舌の柔らかさを今でも私は身震いをもって思い出すことができる。

彼の冷たいヌルついた舌が私の舌をなでた瞬間、私はその舌にかみついた。

 アングル公爵はびっくりしたのか、すぐに口を私から離したが、機嫌が悪くなるどころか、笑いだし、私を抱きかかえようとした。

 私は体にしみ込んでいる体術で奴の股をけり上げると、踵を返して屋敷の奥へ逃げた。


 その後、私がいない時にお母様に「お嬢様を娶りたい」、と婚約の申し込みがあったと聞いたのは彼がベルナルド領を発ってから何日かった後。

 

 私は、その話を聞いて、ますますあの男のことを気味悪く思った。

 あの表情のない魔眼も気持ち悪かったが、その上、あの男は12歳に私にキスをして、さらにさらに求婚をしたのだ!

 22歳の男と12歳の少女。 これは前世の感覚では、完璧に犯罪だ。

32歳の男と、22歳の女、というのならわかる。 だが、22歳の男が12歳の少女に求婚するなんて、信じられない!!! きもい!

どんなに見目麗しくても、生理的に受け付けられない!!!

 お母様もアングル公爵の申し出はその場でお断りをした、と笑って言っていたが、私は2度と奴に会わないように、ひたすら奴が行きそうなところには絶対に顔を出さず、ベルナルドの領地からは出ないようにしていた。

 くそ叔父はキャスに住んでいたから、それなりに奴とつながりがあったのだと思う。

だがまさか、くそ叔父の借金の裏にあの男がいるのは自分のせいか?とか、ちょっと勘ぐってしまうのは、私だけだろうか?




 私は、とにかくその手紙に目を通した。

 ジーンはそんな私をちらっと横目で見ている。 

 女中頭のジーンは、生まれも育ちもこのベルナルドの屋敷だから、私がアングル公爵を毛嫌いしているのも、奴が私に求婚したのも知っている。


 「やっぱりな」

 「やっぱり、求婚ですか!」

 ジーンは私の言葉に叫んだ。

 「・・・・・」

 私はジーンをじろりと睨んだ。

 「すみません・・・」

 ジーンは私のにらみ目に小さくつぶやいた。


 飾り文字で書かれた正式な求婚願いは、母宛てではなく、私宛てに来ている。

今のベルナルド家の状況が分かっている、ということだ。

 この求婚にOKを出せば、借金を支払う用意があると暗にほのめかしている・・・。

奴はキャスの領主だ。 南洋の真珠、欲望の街を牛耳る男が、王家に次いで金持ちとはモントロール中に知られている。

 

けれど、絶対に嫌だ!!


私はあの眼を思い出し、身震いをした。







 「アングル公爵の求婚はまたお断りしましょう」

 母は、私が渡したアングル公爵の手紙を読んで、静かに言った。

 「ごめんなさい、お母様・・・・」

 私はうなだれて、お母様の膝に頭をすりつけた。

お母様は私の黒髪をゆっくり梳いている。

  もちろん、借金のことは大変だと思います。 でも、エミールはベルナルドの領主。 他の領主のお嫁には行けません」

 お母様ははっきりと言った。

 「あなたは唯一のベルナルドの領主なのですから。 ベルナルドの前世持ちの領主なんですから、お嫁にはどこにも行けませんよ」

お母様の言葉は私の耳に静かにしみいった。 

 「前世持ちのベルナルドの領主が他の領主のお嫁になんて、絶対に行けませんよ」


  前世の記憶」を持つ私は、ベルナルド家の正規相続人。

魔力はないが、乱世を乗りきり、魔物を蹴散らし、ベルナルド王国建国に尽力した、ベルナルド家の力は、前世の記憶。


 ベルナルド家の、爵位を受け継ぐ人間とその伴侶しか知ることのできない秘密である。


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