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「結構な金額だな~・・・」
私は大きなため息とともにつぶやいた。
私のデスクの目の前にある大きめのテーブルに山のように積まれている書類の間から、叔父の事後処理のために屋敷までやってきた弁護士さんが私を見る。
その目は、困ったような、憐れむような、何とも言い難い目。 眉毛はもちろんハの字。
借金は、莫大だった。 ベルナルド家の総年収の10倍ぐらい。
そのほとんどが、叔父のギャンブルにつぎ込まれていたらしいと分かった時の私の気持ちをお察しください・・・・。
チャンバレン卿、死人に口なし、とは言いますが、本当にいい時に死んだね・・・・。
机の上に何枚もある、督促状の大口は、キャスの賭博場だった。
そして、我が家には、その借金を支払うだけのお金がない。
その上、新規の借金は望めそうもない。
というのは、ベルナルドは辺境の上、魔の森を要する山脈に囲まれた、陸の孤島と言われているからだ。
魔物狩りに来る冒険者と辺境の観光地としての収入があるぐらいで、後はこの地に住む住人の農業で支えられていた。その収入は普通に暮らしていくには十分であるが、去年の洪水、そして追い打ちをかけるように起きている今年の干ばつにより、水の豊かな魔の森に囲まれているここでも、十分な収入が見込まれるかどうか怪しい、と弁護士は言った。
そんな収入が少ない領地の、後ろ盾のない、子供の領主に誰が金を貸すというのか?
今日も弁護士さんとともに、書類を見ながら借金返済の試算を出している。
そして、数字が増えるごとに、私はため息を止めることができなかった。
知らないうちに頭をかきむしっていたようで、弁護士さんが憐みの目で私を見ていた。
本当に、どうしたらいいのだろう?
とりあえず、借金の返済を待ってもらうことはできるのだろうか?
でも、すでにいろんなところから督促状が来ている。
弁護士さんは「まあ、交渉してみないことには・・・」と一言言った。
泣くに泣けない、とはよく聞くフレーズだけど、そういう事が本当にあるんだ、ということをこのとき私は初めて知った。
心が不安でつぶれそうなのに、涙を出すこともできない状況、とでも言いますか・・・・。
それにしても、なぜ、あのくそ叔父はこんなに借金まみれだったのに暮らして行けたんだろう?
普通だったら、たとえベルナルドの領主であってもとっくのとうに破産していてもおかしくない金額だ。
「なんで、叔父はキャスの銀行や賭博場からこんなに多大な借金ができたんでしょう? 叔父の収入なんて高が知れてるのに」
私は弁護士に聞いた。
「どういうことなのでしょうね。 普通ならあり得ないですが、チャンバレン卿とアングル公爵はお知り合いというのもあるのではないでしょうか?」
弁護士は言う。
「って、銀行や賭博場は、アングル公爵とはなんにも関係ないんじゃないんですか? 独立した企業ですよね?」
「まあ、普通はそうですよね。 でもその銀行も賭博場のアングル公爵の息がかかっているのは誰でも知っています。 考えられるとしたらそのくらいしか…」
弁護士はそう言って、頭をかいた。
私は、以前会ったことのある、アングル公爵の顔を思い出し身震いした。
(どういうつもりで叔父に金を融通していたのか・・・・)
その冷徹な2色のオッドアイを思い出すと、蛇に睨まれたような気分になる。
私は大きくため息をついて、弁護士のほうを見ると、弁護士は口を開いた。
「とにかく、賭博場の借金はチャンバレン卿のお住まいやなんかはすべて売り払えばなんとかなりますが、銀行のほうは手が回りません」
弁護士はそう言って、銀行のほうの書類を私に回してきた。
借金の取り立ては、もちろん賭博場のほうがきつい。
最初は手紙ぐらいだったが、その後魔遠話機に変わり、最近では借金徴集人が直接ベルナルドに来るようにまでなってしまった。
だから、先に賭博場のほうの借金をくそ叔父の財産でなんとかして、銀行のほうはもう少し猶予をもらえるように交渉するしかない。
とはいっても、銀行のほうだって長々とは待ってくれないだろうから、さっさとめどをつけなければ…。