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チャンドラーとともに急いで玄関ホールに行くと、そこには背の高いキャスの警使と徴集人と名乗る小太りの人間が立っていた。
とりあえず、私はチャンドラーに家庭教師には帰ってもらうように指示し、私だけではこういう場合どうしたらいいかわからないので、お母様と一緒に話を聞こうとお母様の寝室につながる家族用の小リビングに二人を案内した。お母様はこの気候では、大広間まで足を運べないだろうし…。
お母様専用の小リビングはひんやりとしていた。
というのも、この盆地特有のくそ暑い気候がお母様の健康を著しく害するので、夏場は北側の一番涼しい部屋をあてがっているから。
開け放たれている窓からは生ぬるい微風が入ってきている。
この暑いさなか、黒いかっちりとした制服に身を包み、汗を額からたらたら垂らしている背の高いキャスの警使は、ソファーに座る顔色の悪いお母様とその隣に座る私を見つめ、小さくため息をついて口を開いた。
「チャンバレン卿が昨夜、キャスにおいてお亡くなりになりました」
その言葉は、すでにチャンドラーから聞いていたのにもかかわらず、新たな衝撃としてお母様を襲ったようだ。
お母様の肩はぶるぶると震えていた。
それでも亡くなった叔父のために、この辺境、ベルナルドに古くから伝わるお祈りの言葉「王の台座の名のもとに天に召しませ」と小さく唱え、額と胸をトントンと指で叩いた。
そして、大きく息をすうと、警使に目を向けた。
母のその動きに即されたように、警使は話し出した。
「賭け事の支払いを渋ったため、相手とつかみ合いになり、チェンバレン卿はその際に足を滑らせ頭を強く打ったとのことです。 飲酒も相当だったらしく、足元もおぼつかない様子であった、と報告がありました。キャスの公営カジノでのことで、たくさんの目撃者がおりまして、不幸な事故でした」
警使はそういうと母と私に小さく頭を下げた。
私にとっては、叔父が亡くなったことに対する感慨は薄かった。
というのも、叔父は私の後見人でベルナルド領を管理してはいたが、ほとんど馬車で6時間ほどかかるキャスの叔父の屋敷に住んでいて、ベルナルドまで来ることはまずなかったからだ。
お父様が存命していた時も、数回ここに来たことがあるだけだったらしいし(それも後から書類をみれば、借金を頼みに来ていたのだとわかったのだが)、私も挨拶以外にしゃべったこともなかった。
だが、お母様は血の気のない顔をますます青白くさせていた。
右手を胸に当てて、この暑さのせいではない汗をかいている。
私は漠然とした不安にお母様の震える左手を握ると、お母様の汗ばんだ小さな手が私の手をぎゅっと握り返してきた。
叔父が亡くなったということは、今後の領地の管理はどうなってしまうのだろう?
私たちに叔父以外に親戚はいない。私の後見人になりうる人間はいないんじゃかなろうか?
病気のお母様が領地を運営できるはずはないから、私がやることになるのだろうか・・・・?
叔父が死んだというのに、私の頭はそんなことを考えていた。
警使の隣に一緒にいた小太りの徴集人は、そんな茫然とした私たちのことなどお構いなしに、部屋をきょろきょろと見まわしていた。
そして、うんうんとひとりでうなずくと、金刺繍の施された高級そうな上着を脱ぎ、香水の匂いが付いたハンカチで汗でびっしょりの顔をばたばたと仰ぎだした。
その小さな風にのって、甘ったるい香水の匂いが鼻につく。
私は、その徴集人をじっと見つめると、彼は金歯をむき出しにしてニヤッと笑った。 警使はその徴集人のほうを振りかえると、徴集人はうなずいて話し始めた。
叔父の残した莫大な借金について・・・・。
その後は、目まぐるしく物事が起き、飛ぶように時間が過ぎて行った。
しつこく屋敷の調度品のチェックをしたがった徴集人と警使にとりあえず帰ってもらい、あまりの心労にベッドから起き上がれなくなってしまったお母様の代わりに、私が残された書類や領収書、帳簿などを執事のチャンドラーの力も借りてすべて調べなければならなかった。
ほとんどの書類はキャスの叔父の家にあったので、それを取り寄せることから始めなければならなかった。
普通の14歳の少女なら、こういうパニック状態の中、実務は出来ないだろう。 だが、私には幸いなことに前世の記憶がある。
私の前世の記憶は、ここモントールの世界ではなく、地球という世界の日本という国の21世紀初頭のものだ。私は、その世界で45歳まで生きた。
その前世では私は小さな会社の事務をやっていた。本当に小さな会社で庶務から会計まで、わたしともう一人の後輩の二人ですべてを回していたから、この手の書類のことは読めばなんとなくわかる。分らないことがあればベルナルド家の弁護士に連絡し、徹底的に調べた。