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「・・・・、うう・・・」

アンリは放り出された暗闇のなかで尻もちをついていた。

左脇はアングル公爵の律印の剣を受けたため、深く切れて血に濡れている。

 自分の体の中で律印と自分の魔力が交わったのを感じたその時、アンリは見よう見まねで、コーエンがよく使っていた転移魔術を展開させた。

 律印を媒体にすれば、暴発せずに魔術を使える、と思い、とっさにやってみたが。

「まじで、助かった・・・・。よかった~。」


自分の命に執着はないが、やはり、切りつけられたらなんとかしたいと思うのは、人間のサガなのか。



血はとめどもなく流れ続けている。

普通なら、アンリの体質ならばすぐに止まるはずなのだが、皮膚は切れたまま、血も止まらない。

 知らないうちにアドレナリンが大量に出ていたのだろう、アングル公と会い見舞えていた時には強く感じなかった痛みが、急激にアンリを襲う。


 「やっぱり律印は俺を殺すことができるのか」

アンリは苦しい息を吐きながらつぶやいた。


 首に巻いていた飾りスカーフを抜き取り、わき腹に巻き止血をする。

「・・・・それにしてもここはどこだ?」


不夜城キャスの街にしては、周りが暗い。

とっさに王都の自分の部屋を思い描いて転移したのだが、剣を持っていたのがアングル公爵だったからだろうか、自分の考えていたところとは全く違うところに落ちてしまった。

光魔石の電灯も無い、闇の中。

腹の脇の大きな傷から止めどもなく流れる血はスカーフを真っ赤に染めていた。

 頭がくらくらするな…。 気が遠くなる・・・・。

とりあえず、アンリはそばにあった木に背を預けて、夜が明けるのを待つことにした。



た、太陽が黄色く見える・・・・。

薄眼をあけて、見上げれば、木々の間から太陽が見えた。

だが、それ以上目をあけていることができない。

腹にはまったく感覚がなく、流れ出た血が止血を施した布を濡らし、地面にまでシミ出ていた。


目を開けることさえ体力がいる。 こりゃ、やばいぞ。


アンリはそう思いながらも、体を木に立てかけておくことさえもできず、ずるずると地面にたおれた。


俺、死ぬのか?


周りは木と草ばかり。

時たま、鳥の声が聞こえる。


魔物が近くにいないといいが…。

アンリは消えそうな意識で考えた。


血の匂いに誘われて出てくるんだよな、魔物って…。

そう思っているうちにアンリは意識を失った。





  「お兄ちゃん、大丈夫?」

目の前には、ちょっと泥で汚れた少年の顔があった。

 「っ!」

起き上がろうとしても、体に力が入らない。

 「熱があるんだよ、寝てなくちゃだめだよ」

少年はそういうと額に濡れた手ぬぐいを当てた。

 「気持ちいい…、ありがとう」

アンリはつぶやくと、気を失った。



 そのあと、何度か目が覚めたような気がするが、うろ覚えだ。

 どうも知らないうちに誰かの家へ運ばれていたらしい。

 朦朧とした意識の中で、薄いスープを飲まされたり、トイレに連れて行かれたり・・・。

今どこにいるのかどころか、自分のいる部屋の中の様子さえ観察するだけの力がない。

 くらくらして頭が働かず、されるがままだった。


 そして、再度、まともに意識が戻った時、それは、夜だった。


その部屋は窓ガラスはなく、窓には木の板がはめてあり、風を防いでいる。

だが、適当に作られたのだろうか、木と木の間に隙間があり、そこから薄い月の光が漏れていた。

限りなく闇に近い部屋の中、アンリは固いごわごわした布団の中で身じろぎした。

 「痛って~」

わき腹からピリッと痛みが走る。

腹には、布がぐるぐるに巻いてあり、まだじくじくとした痛みが走った。

布団から頭を上げようとすると、くらくらする。

 「血が流れすぎたのか?」

手探りでベッドサイドテーブルの上を探ってみたが、ランプも何もない。

アンリは体を起こすと、なんとか立ちあがり、ドアを探した。


ドアの先はすぐに台所兼居間のような部屋で、部屋の隅にある暖炉の火が見えた。

その前に男が座りこんで、暖炉の光を頼りに、鎌を研いでいた。


男はアンリの足音に振り向くと、「目覚めたんですか?」とびっくりしたようにつぶやき、鎌を床に置くと、台所から水を木のカップに入れて持ってきた。

アンリは、ささくれ立った床板をギシギシいわせながら男のほうまで歩き、そのカップを受け取ると、一気に飲み干した。

 「あ~、うまい」

アンリはそう呟くと、部屋の中央にある小さなテーブルの横にある手作りと思われる椅子に腰かけた。


男はテーブルの横にあるもう一つの椅子に座ると、「大丈夫ですか?」と言った。

アンリはうなずく。

「まだベッドで寝ていたほうがいいのでは?」

男はとても心配した様子だ。

アンリは「大丈夫ですよ」といい、男にほほ笑んだ。


男は40歳ぐらいで、すっかり日に焼けたやせた体をしていた。

髪の毛は茶色で、ところどころに白髪が生えている。

が、全体的にくたびれた様子で、この小さな木造の家のくたびれさ加減を見るに、小作農か猟師かそういうところかな、とアンリは思った。

 

 「あなたが助けてくれたんですね」

アンリは腹に巻かれた包帯を指して言った。

 「いえ、息子です。 息子が森との境目であなたを見つけて」

男はそういうと、暗くて影になっていたが、部屋の隅にあるシングルベッドに寝ている少年のほうを見た。

少年はぐっすりと寝入っている。


 「ところで、ここはどこですか?」

 「ベルナルドのカントン村です」

 「ベルナルド? そんな遠くですか?」

 「どういうことでしょう? ベルナルドまでは馬でいらっしゃったのでは?」

 「いや、転移魔法がうまくいかなくて、飛ばされてきたので・・・」

 「ああ」

男はそう呟くとアンリの掌から伸びている、ツタの柄を見た。

 「魔力の印を見たのは初めてです」

 アンリはその男の言葉に微笑むと、「さて、これからどうしたものか…」とつぶやいた。

「とにかく、コーエンに連絡を取らないと」


 「多分、それは無理だと思います」

男はアンリのつぶやきに答えるように言った。

 「?」


 「今、ベルナルド領は鎖国しています。 外に出ることはおろか、文を出すのも難しいと思います」

 「は? どういうことですか?」

アンリはびっくりして聞いた。

 「あなた様が寝ている間にいろんなことがあったんです」

男はそういうと大きなため息をついた。


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