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アングル公爵が主催するディナーパーティーは300人もの招待客でにぎわっていた。

大広間に並べられた、真っ白のテーブルクロスに覆われた長いテーブル。その上には銀食器がならべられ、初冬にもかかわらず、色とりどりの花やフルーツが飾られている。

キャスならではの、派手な衣装に身を包んだ招待客が全員テーブルにつくころには、大広間は人々の喧騒でいっぱいになっていた。

 アンリはアングル公爵の隣の席、一番の上座につき、反対側の隣はアングル公爵の妹1、その隣に妹2が並んでいた。 

面白いことに、アングル公爵の妹達は双子だった。 

こちらが何々、こちらがだれだれと紹介されても、アンリにはすぐにどちらがどちらか分らなくなった。


 ピンクの服を着たのが姉で、ペパーミントグリーンのドレスを着たのが、妹、だったっけ?

 それにしても、このキャス行きははたして、見合いなのか・・・。 見合いだったら楽なんだがな、とアンリは銀のゴブレットのシャンパンに口をつけた。

アンリは黒の礼服を着ていた。

そこには何も飾りはなく、ともすれば平の騎士のように見える。 だが、首から頬に絡みつく文様が、誰もが彼をモントロール王国の第2皇太子だと認めた。


 ディナーが終わり、場所を変えることになった。

ここでは各自、飲み物や葉巻、チョコレートなどを片手に、談笑し合うのが普通で、たいていは小さな音楽隊が部屋の隅にいて、音楽を奏でている。

 招待客の中には、カードゲームなどをしだすものもいた。

 アンリはアングル公爵に伴って、応接室のようなところに来ていた。

後ろにはアングル公爵の妹二人がついてくる。

彼女たちは、貴族の子女としての礼儀、作法に通じていて、控え目ながら上品で、ふわふわとしたシフォンのドレスがかわいらしい顔を引き立てていた。

 アンリは、このうちの一人を選ぶのは難しいな、と思った。

アングル公爵の妹を娶る、というのは、殺すに殺せないアンリのくびきとして、ディンの息のかかった公爵の血筋をめとり、静かにキャスで生きろ、ということなのか?とも思う。 

 モントロールの祖の先祖がえりと言われるアンリを国外に出すことは、国民の総スカンを食うだけでなく、貴族の中でも異論が大きい。

ならば、扱いやすい形に持っていこうというのが、ディンの考えなのか?

 再度、綿菓子のような双子の姉妹を見つめる。

二人とも、かわいらしいがパンチにかける。

でも、3人で楽しむには面白いかもしれない。

 「だが・・・」、とアンリは自分の隣で葉巻をくゆらすアングル公爵の横顔をちらっと見て思う。

 彼の透き通るような左の金の瞳と、魔眼と言われる右の濃い緑色の瞳。

そのちぐはぐさに、公爵がどこを見つめているのか分らない気分になり、なぜか不安になる。

薄い唇は器用に笑みを作るが、目の奥は冷たい氷のようだ。

 ディンも嫌な奴だが、奴は分りやすい。

 だが、この男は何を考えているのか、さっぱりわからない、とアンリは思う。

 不夜城、キャスを牛耳る男。

 ディン派の貴族たちの、出来そこないの先祖がえりとさげすむ視線や、邪魔者扱いの視線とは、全く違った視線をこの男は俺に向ける。 まるで値踏みするような。

 



 アンリは、アングル公から目を離し、ふと、壁にある大きなマントルピースの上を見あげた。

そこには、武骨ながら目を引く剣が飾ってあった。

マントルピースの上を飾るような華麗で美しい剣ではないが、さやに刻まれた文様が美しい。そして、なぜか心を惹かれるものがある。

 その雰囲気がどこかで見たことのあるような、と思い、近くまで歩いて見上げた。

 「さすが、殿下。 お目が高い。 これは律印ですよ」

アングル公爵はそういうと、控えていた召使に剣を下すように言った。

 「ずいぶんと使い込まれたものですね。」

アンリは渡された剣をさやから出し、刃を見ながら言った。

刃には細かい傷が付き、何度も研磨された跡が見える。

 「ほら、このナンバーを見てください。 これはナンバー11。  律印、初期の剣なんですよ。 珍しいことに両刃です。 律印は、ほとんど片刃ですからね」

 「そうなんですか」

 アンリは、そういえば、コーエンに渡された律印も片刃だったな、と思いだした。


 「この剣は元々、ベルナルド出身の冒険者のものでした。 まあ、いろいろ借金等ありまして、最終的に私の手元に来たわけです。」

 公爵はアンリから剣を受け取ると、さっと剣を一振りした。

 「普通のものよりは軽いことは軽いが、全体的に非常にバランスがよい。 初期のころのものですから意匠の文様がまだ拙いですが、よい剣です。 その上魔剣でもある」

 「魔術を吸収するそうですね、その剣は」

その言葉にアングル公爵はにやりとすると、「たいていの攻撃魔術はこの剣に吸収されてしまいます。 魔術師泣かせですね」

そういうと、ふと公爵は口元に笑みを漏らした。

 「殿下は、律印の制作者が貴族なのを知っていますか?」

 「は? 貴族? 知りませんでした」

アンリはちょっとびっくりした。 貴族が鍛冶ってのは、聞いたことがない。

 「この話は、多分オフレコなのでしょう。 ランガス商会が相当圧力をかけてもみ消している話ですから。」

 「そうなのですか?」


 「制作者はベルナルド伯爵です。 私はその後見人と懇意にしておりましたが、後見人が不慮の事故で亡くなってから相当大変だったようです、あの領地は。」

そう言ってアングル公爵はくすっと笑った。

その笑い方がちょっと不自然でアンリは気になった。

「・・・まあ、今では魔鉄剣のおかげで潤っているようですが」

そう言うとアングル公爵は剣を鞘におさめた。


 「それにしても、伯爵という高位でよく剣の作り方など知っていましたね?」

 「常識では考えられないことですが、まあ、ベルナルド家ならそういうことがあってもおかしくはない、かもしれませんね。」

そう言ってアングル公爵は顎に手を当てて何か考え込んだ。

「そういえば、オーディーンとミッシェルは最近ベルナルド領に行って伯爵を見かけたと言っていたね」

アングル公爵が双子に声をかけると、双子は、はい、と小さく答えた。

 「ベルナルド伯爵は、ほとんど領地から離れないのですよ。 何度か社交界への招待状もお送りしているのですが、いつも断られていまして。 その上、ベルナルド領への訪問もなかなか許可が下りないのです。 この二人はたまたま許可が下りていた母方の叔母に付いてベルナルドに避暑に行ったときにお会いしたんだよね・・・」

 「貴族で剣を鍛錬する、となると、どんな人か気になりますね。」

そう言ってアンリは双子に微笑みかけた。

 「社交界にも出てこないとなると、相当な武骨者なのでしょうか?」

 そのアンリの言葉にアングル公爵はまたくすっと笑った。

「どんな人なんでしょうね? 大体、ベルナルド本家は元々からほとんど世間に出てきません。 後見人だったチェンバレン卿は良くキャスにいらっしゃったのですが、代々、ベルナルド本家の人間はほとんど隠遁生活を送っていますから、本当に情報が少ないんですよ。」

そう言って、アングル公爵の魔眼がきらりと光った。

魔眼を持ってしても、分らないことがあるのか。そう思ったアンリの前でアングル公爵は続ける。

「ベルナルド家はモントロール王国立国の立役者の一人だったはずだし、昔、魔道具やなんかで一旗あげた人間もいたんですが、それも何ともあいまいな話で。 実は私はチェンバレン卿がお亡くなりになるまで、彼が領主だと思っていたぐらいです。 彼はただの後見人で、領主が別人だったというのも彼が亡くなった後に知ったぐらいで。」

 その言葉にアンリも、そういえば、昔歴史の授業で、ベルナルドがモントロール王国の一番最初の将軍だったと習ったことを思い出した。

その後、政界で活躍したという話も聞かないが、失敗をした、という話も聞いていない。

なのに、辺境に引っ込んでいるというのも、確かにおかしな話だ。

 その上、魔眼を持つアングル公が領主を間違える、とはまた、ずいぶんとうまく隠遁した家じゃないか!

 

 「あの方は、ベルナルド伯爵は武骨者ではないですよ! かの方まるでエンポリオスのような方です!」

 いきなりアングル公爵の双子のピンクのほうが叫んだので、アンリは彼女のほうを見た。

「エンポリオス? 絶世の美少年、愛欲の神?」

 アングル公爵はにやりと笑い、からかうように言った。

 「愛欲の神ではありません!美の神です!」

今度はペパーミントグリーンのほうが叫んだ。

「あの方がさっそうと馬に乗る姿は、絶景です!」

ピンクのほうが頬を染めて、言った。

 なんとなく、その双子に様子に、アンリはベルナルド伯爵に興味を持った。

絶世の美少年で鍛冶屋、どんな奴だ?


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