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辺境ベルナルドから王都に行くには、馬車で5日かかる。
それを乗馬でやれば、なんとか3日で行ける。
毎日、王都までの道筋の町にあるランガス商会の支店に置かれる駿馬に乗り換えさせてもらって、2日で行けば、馬車で往復10日のところを、4日で行けることになる。
「このプランだったら、なんとかなるでしょ」
私はチャンドラーに言った。
「でも、2日間も馬に乗りっぱなしで、大丈夫ですか?」
「大丈夫。 ここ2年は領地廻りはすべて馬だったし、魔物狩りや鍛冶仕事で体力あるし、行けると思う」
私は、そういうと、すぐさま最小限の荷物を準備するよう、ジーンに言いつけた。
「とにかく、早く行って、早く帰ってきたいから、荷物は最小限にね。」
「でも、ドレスとかはどうします?」
「いらないでしょ。 向こうが会いたいのは律印の制作者で、ベルナルドの女伯爵じゃないんだから」
2日間、早駆けの馬に乗り続ける、というのは、相当お尻に痛い。
さすがに、2日目の最後のほうは、お尻に青あざができてしまった。
「これも、くそ公爵のせいだ!」
私は心の中で悪態をつく。
くそが付く人間が二人に増えた瞬間だった(一人目は死んだ叔父)。
王都に着くと、ランガス商会直営の高級宿に通された。
「ピスカ様との会合は明日に設定されました。 今日はごゆっくりお休みください」
久しぶりにお風呂にゆっくりつかった私とチャンドラーは、夕食も簡単に、さっさとお互いの部屋に戻って爆睡した。
夜も無理して移動していたのだ。 今爆睡しなくていつするんだ?
そして当日、私たちはランガス商会の王都本店へやってきていた。
「いや~、さすが、ランガス商会。 本店はゴージャスだね!」
美しいレリーフが天井いっぱいに彫られ、巨大なシャンデリアがぶら下がっている。
きらきらひかるガラスのようなものは、貝ではなくてお母様のメガネと同じ、光属性の魔石だそうだ。
「全部魔石って、このシャンデリアひとつで家が建つんじゃない?」
私はシャンデリアを見上げて言った。
そんなおのぼりさんな私たちは、ランガス商会の社長室に案内された。
多少ほこりはおとしたし、中に着ているシャツなどは新しいものに替えてはいたが、パリッとしたスーツに身を包んだダンディーな紳士を前にして、私は自分の服装をちょっと恥じた。
私の父の少年時代のスーツは、この男性のスーツにやっぱり負ける。
チャンドラーは私の後ろにおとなしく控えている。
「はじめまして、私はポール ランガスです。」
そう言って、出された大きな手は暖かかった。
私は男性同士のあいさつのように握り返し、「お世話になっております。 エミール ベンジャミン ベルナルドです」と言った。
「この度は、本当に無理を強いてしまい、大変申し訳ありませんでした」
そう言うとランガス氏はほんとうに困ったような顔をして頭を下げた。
「いえいえ、ランガスさんのせいではないでしょう? しょうがないことです」
私がそう答えると、ランガスさんは苦笑した。
その時ドアがノックされ、小柄な男と大柄な男が入ってきた。
小柄なほうは頭からつま先まで紫色のローブをまとい、大柄のほうは、黒騎士団の制服を着ている。
このローブのほうが、筆頭魔術師のコーエン ド ピスカだろう。 私が前世のイメージで想像していたのと同じような ザ 魔術師 って感じ。
ちらっと手を見ると、両方とも白い手袋をしていた。
ちっ、ツタの柄、見たかったのに。
大柄のほうは、騎士団の制服を着ているだけあって、筋肉モリモリだ。
あ、右手の甲に大きなツタの柄がある! この人も魔力持っているんだ~~。
私はその手の甲をじ~~っと見つめた。
「魔力の印を見るのは、初めてですか?」
小さいほうの男から低い声が流れる。
「は?? あ、そうです。 話には聞いていたんですが、本当にツタの柄だったんだ~と」
私はそう答えて、小柄の男の顔を見た。
男はフードを落とし、その中からサラサラの金髪の頭が見えた。
顔は、確かに少年顔っていうの? 若いし整っている。
目は深い青っていうのかな。
彼の目線は私とほぼ一緒の高さで、私と彼はほとんど同じ背の高さなんだろうと思う。
その目をなぜかじ~っと見つめてしまった。
私は袖をツンツンと引っ張られ、引っ張っていたチャンドラーのほうを振り向いた。
「お辞儀、お辞儀!」
チャンドラーはお辞儀をした形で小さな声で訴える。
あっ!
「はじめてお目にかかります。 辺境ベルナルド領主、エミール ベンジャミン ベルナルドと申します。」
そう言って、胸に手を当て、腰を曲げ頭を下げた。
「ブっ!」
私の頭の上で、大男が噴き出して言った。
「挨拶するの、遅いって。それにしても、本当に男装してんだな。 ガセネタかとも思ったんだけど」
大男はそういうと、私たちを即して、ソファーに座らせた。
「俺は黒騎士団団長のテランス クルベール、で、こいつはコーエン ド ピスカ。」
「テランス クルベールさま、と言いますと、先の大戦で大将だったクルベール侯爵様の・・・」
「まあ、子息ってやつだな。 でも、俺、二男だから爵位は関係なし~」
そういうと、テランスはランガスが入れたコーヒーをグビっと飲みほした。
「やっぱ、ランガス商会、いいコーヒー、使ってんね~」
「おほめにあずかり光栄です。」
ランガス氏は小さく頭を下げた。
「さて、この度は遠いところをご足労いただき、ありがとうございました」
コーエンはそう言ってローブの中から紙を一枚取り出した。
「お時間がない、ということでしたので、さっそく話を始めたいと思います。」
そう言うと、その紙をテーブルの上に広げた。
そこには事細かな剣のデザイン画があった。
「この剣はさるお方のためにデザインされたものです。 これを大至急作っていただきたい」
私はその紙をじっくりと見た。
なに、この意匠? 細かすぎて私には出来ん! さやだけじゃなくて、剣本体にも意匠を入れるなんて、何なんだよ!
それに両刃は私、あんまり好きじゃない。 できれば 作りたくない。
その上、重さまで指定してあんの??
ただでさえ軽い魔鉄なのに、それも、魔鉄まで生成するのにどんだけ魔砂がいると思ってんだよ!
この重さまで持ってくとなると、通常の魔砂の3倍の量がいるぞ…。
「ここにある小さな意匠はモントロール王家の紋章ではないですか?」
ランガス氏が言うと、コーエンはうないた。
「この紋章は第2皇太子さまの物ですよね…?」
ランガス氏は言う。
コーエンはうなずき、「内密にお願いします」と言った。
王家ですか、王家!?
そんな偉い人用につくんの、私??
ってか、怖いよ~~!
「あの、こんな細かい意匠、私には無理です」
私は紙から顔をあげて、言った。
「それに、こんだけ重いものとなると、私の腕では鍛錬できるかどうか…」
「重い剣を鍛錬したことはないのですか?」
かわいらしい顔に似合わず、鋭い声でコーエンが聞く。
「いや、ありますよ。 そりゃ・・・。 普通の鉄でなら…。 でも魔鉄は繊細なので鍛錬に神経使うんです。 剣を重くするってことは、魔鉄の密度を上げる、ってことになるんですよ。 ここまで重いと私には扱い切れるかどうか・・・・。 多分出来ないと思います。」
私ははっきりとコーエンに言い切った。
「ヒュ~」
テランスが口笛を吹く。
私とチャンドラー、ランガス氏がテランスを見ると、「そんだけコーエンにはっきりNOって言う人、あんまりいないんだよね」と言った。
その言葉にコーエンがニヤリとした。
そうだ、この人、家の取りつぶしとかもできるんだっけ…。やばい…。
「この剣をご希望の方は、こちらの団長様のような大柄な方なのですか?」
私は聞いた。
「いや、俺より背は低いかな。 ランガスさんぐらいだよ」
団長は言う。
「では、通常の形の片刃剣では駄目でしょうか? 団長様ぐらいの体の大きさになりますと、重い剣のほうがいいのだろうな、とは思うのですが、ランガス氏ぐらいの体型でしたら、通常の重さのほうがいいのでは?」
「それでは困るのです。 出来うる限り、重く、魔鉄の密度を高くしてもらいたい。それに両刃というのも」
コーエンは言い切った。ギッと私をにらんで・・・・。
「はあ・・・・。」
私は小さくため息をついた。
「分りました。まあ、できるだけやってみます・・・・。 」
私はランガス商会とベルナルド家のために受け入れた。
「来週には出来上がりますか?」
そんな私にたたみかけるように、白々とさらに要求をしてくるこのちび! 信じらんない!
「は?? 無理です!! 来年の初めぐらいにはなんとか出来ると思うんですが」
「3か月もかかるというのですか?」
「だって、出来るだけ重くですよ! 私の通常の作り方より日数が多く必要ですから、そのくらいは見てもらわないと…」
「1カ月、1カ月で作ってください。 これは最終宣告です。」
そういうとコーエンは立ちあがった。
「はい??」
私は立ち上がったコーエンを見上げた。
コーエンはそんな私を無視して、立ちあがったランガス氏に手を伸ばすと、握手を交わした。
「それでは、どうぞよろしくお願いします」
そういうと、彼は私のことを無視してドアのほうへ歩き出した。
テランスは 無理言ってごめんな、と小さく言うと、私にウインクした。
ごめんで済むなら、私もいくらでも頭下げるよ!!!
くそっ。
くそ公爵! しね!!
「彼は、モントロール随一の魔術師というだけでなく、第2皇子の補佐として相当立ちまわっている人物です。 第2皇子がなんとか幽閉されずに今の地位にいるのは彼のおかげと陰では言われています。 それほど政治的な駆け引きにも強い。あまり敵に回したくない人物ですね」
ランガス氏はそう私に言うと、またソファーに座った。
「刈入れ、どうしよう?」
私は隣に座るチャンドラーにつぶやいた。
「当社から手伝いを回します」
その言葉を聞いたランガス氏が言った。
「刈り入れの手伝いだけでなく、領地の管理のお手伝いに当社専属の弁護士を派遣すれば、多少はお手伝いになるのでは? 彼は他の貴族様の領地の代理管理もした経験がありますし」
ありがたや~~、ランガス商会。 本当にありがたいです・・・・。
「よろしくお願いします」
私はランガス氏に頭を下げた。
「ついでに値段のほうも宜しくお願いします!」
私はランガス氏の手を強く握って言った。
「わかっています。 高額を吹っ掛けるつもりですから」
ランガス氏はにこやかな黒い微笑みを浮かべて言った。
実は彼も相当怒っているらしい(笑)。