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ここは、私の屋敷の執務室。私はランガス商会のベルナルド支店の支店長である、フィリップ氏と対峙していた。

「フィリップさんが直々にこちらに足をお運びになるとは、何か問題でも?」

チャンドラーがお茶を入れながら、フィリップ氏に話しかけた。

 「いつもは郵便やマックさんが商品を搬入するときに言伝を頼みますが、こればかりは直接お話ししないと、と思いまして」

フィリップ氏はチャンドラーからお茶を受け取ると、執務室の端にあるソファーに座った。

私はテーブルをはさんでその前にある一人掛けのチェアーに座る。

 「どうしたんですか?」

私は、考え込んでいるフィリップさんの顔をうかがいながら聞いた。


 「実は、ピスカ公爵家から、律印のご注文が入りまして・・・・」

「はっきり申し上げれば、筆頭魔術師 コーエン ド ピスカ様からのご注文なんですが。」

 「コーエン ド ピスカ??」

私とチャンドラーは大声をあげた。

 コーエン ド ピスカの名は、新聞でよく見る、超有名人だ。

王家の血を引く公爵家、ピスカ家の長男で、モントロール一の魔術師と言われる。

魔石のアシストを得れば多少の魔力さえあれば使える攻撃魔術や医療魔術だけにとどまらず、魔石のアシストが得られない転移魔術などにも精通しているといわれる。

容貌は、20歳代後半と言うのに美少年のよう。 小柄な体型ときらめく金髪に縁取られたかわいらしい顔つきは女性だけでなく男性にもひそかに人気があり、社交界では王家の第1皇子に次ぐ人気者とある。

新聞で見る、彼の似顔絵は、まるで天使のようで、こんな人、本当にいるんかいな?と私はいつも思ったものだ。

 侍女のマリーなんかはその似顔絵を切り抜いて、部屋に飾っているらしい。

 「もちろん、私が一番お美しいと思うのは、男装をしているエミール様です。 でもエミール様は女性ですから・・・」

コーエン ド ピスカの写真を飾っているという話をマリーにからかうように言ったら、マリーは顔を赤らめてそう答えた。

 「なんで、私がピスカ様と比べられるのよ。 私、女よ。」

 「エミール様はほとんどドレスを着られず、男装で領地を駆け回っているではありませんか! その美しさは神々しいまでです! 領地にはファンクラブまであるんですよ!」

 私は、お父様のお下がりの服を着るようになってから、ほとんど女ものを着ることがなくなった。

領地を回るのに馬に乗るのも、鍛冶の仕事をするのも、男物の服装のほうが何千倍も楽だからだ。

 最初のうちは会う人、会う人に変な眼で見られたが、もう最近ではそれが普通のこととして定着していた。

だからと言って、男と比べられるのは、なんだかな…と思う。

「ってか、ファンクラブって何?」




 「いや~、いくらコーエン ド ピスカ様のご注文でも、彼のを先に作るのはまずいでしょう? 他の貴族様からのご注文も順番にそって作っているんですから…」

私はそう言って、手に持った紅茶に砂糖を入れて、スプーンでぐるぐる回した。

 「それはわかっています。 こういうことが起こりうることは分かっていたからこそ、一昨年のランガス商会さんとの契約時にどんな注文者に対しても公平に対処する、という一文を入れたんですよね。 そうでないと、あっちを立てたらこっちが立たず、でがんじがらめになっちゃいますから・・・」

「そうなんですよ。 律印もマック氏の鍛冶屋経由で搬入する形にして、出来るだけ律印とベルナルド家のかかわりを知られるのを最小限にして、当家に直接圧力がかからないようにもしたんですよね。 そうでないと、ベルナルドの領地管理ができなくなってしまいます」

チャンドラーが言った。

 「しかしながら、ピスカ家は政界へのパイプが太いだけでなく、モントロール王国の経済界にも太いパイプがあります。」

「ああ・・・」

私はうなづいた。

 ピスカ家は代々王国の宰相、大蔵大臣を務める人間を多く輩出してきた。

たまたまコーエン ド ピスカは魔力が大きく、魔術師となったが、基本、ピスカ家は経済畑出身なのだ。

 「なので、そちら経由から圧力がありました」

 「どういうことなんでしょう?」

私の問いにフィリップ氏は大きく息を吐いて、言った。

 「ベルナルド家の自治権はく奪と、ランガス商会の商権はく奪です」


 「どういうことです? そんなこと、出来るはずないじゃないですか!」

私は大声を出して椅子から立ち上がった。

 「なんで、今更自治権をはく奪ですか? やっと領地がまともにまわりはじめたのに!!」

 「ベルナルド領のここ2年に続く過小税率が他領の民の領主への不満をあおる可能性がある、という噂があるらしいが?と、ピスカ様はアンガス商会の社長におっしゃったそうです。」

 私はそのフィリップ氏の言葉に足に力が入らず、椅子に腰かけた。

その意味は、ベルナルド家が他の領民の不満をあおることによって、国家転覆なり、国家反逆なりを模索していると言っているのと同じだ。

 「このことは、もちろんピスカ様が噂として聞いている、と言っただけですし、ベルナルド領が領民を死なせないためには税率を大きく下げなければたち行けなかったことは、どの領主も政治家も知っていることです」

「でも、そういう風にいくらでも理由を作って、ベルナルドを陥れることができる、ということを彼は言いたいのですね。」

私がそう言うと、フィリップ氏はうなずいた。


「それにしてもどうやって律印がベルナルド家で製作されているって分ったんでしょう? あれだけ秘密にしていたのに」

私は腑に落ちずに言った。

 「コーエン様ぐらいの魔術師でしたら分るのかもしれません」

申し訳なさそうにフィリップ氏は言った。

「それにどんなに秘密にしても漏れるときは漏れます。実際にキャスの領主さま、アングル公爵はお嬢様が制作者だと知っている、と持主変更を知らせる手紙で書いてきていました」

チャンドラーは言う。

「まあ、キャスは情報戦の中心地ですから、そういうこともあるのでしょうね。」

フィリップ氏は言った。


 「さて・・・」

フィリップ氏はそう言って、大きなため息をついて続けた。

 「このごり押しでもわかる通り、今回のこのご注文はどうも訳ありみたいなんですよ」

 「どういうことですか?」

 「とにかく律印をどうしても早く手に入れなければならないのでしょうね。 アンガス本社が言うには、どうしてもエミール様に王都に来ていただきたいと…」

 私はチャンドラーを見上げた。 チャンドラーも困った顔をしている。

 「いや~~、今はまずいです。 行けませんよ」

 私は自分のスケジュール表を思い出して言った。

12月初旬まで毎日びっしり予定が入っていたはずだ。

 「今は刈入れ時です。 この時期に領土を離れることはできません」

チャンドラーもうなずく。

 「冬場なら時間があります。 別に今すぐでなくてもいいんですよね?」

 「いや・・・・、それが、今日、明日にでも、と言われておりまして」

 「そんなことを言われても!」

 「本社のほうにも相当な圧力がかかっているようで・・・」

困り顔のフィリップ氏の顔を見て、

 「まあ、そうなんでしょうね・…。」と私はつぶやいた。

 「こんな小貴族のベルナルド家もランガス商会も取りつぶすこともできる・・・、というわけですね・・・」

私は、眉をひそめてつぶやいた。

 「領地を立て直すためにこっちは必死でやっているのに、そんなのは無視ですか。 最終的にはこの刈入れの上りが王家の飯のタネになるんだというのに!」

私はムカついて、こぶしで膝を叩いた。



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