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後日、一応チェックしたいので、というコーエンの頼みで、M印、セス製、ローム製と試してみたが、唯一まともに魔力を制御できるのは律印だけなことが分かった。
M印を執務室で試して内壁どころか、はば1m以上もある外壁もこわしてからは、黒騎士団の室内練習場で人払いをしてチェックした。
だが、どれも、規模は小さいが魔力が暴走し、黒騎士団の室内練習場は修理のため、当分の間使えなくなってしまった。
「殿下は巨大な魔力がありながら魔術を制御することができなかったので魔術より剣術に重きを置いてきましたから、剣術に秀でていらっしゃいます。 この魔鉄剣はその殿下にぴったりな媒体ではないでしょうか?」
コーエンはそういうと、割れてしまった他の剣を拾い上げた。
「だが、この剣は俺にはちょっと細すぎだし、繊細すぎだな。 両刃でもっと重いほうがいいんだけど・・・」
「そうだな、どうも魔鉄ってのは普通の鉄より軽いみたいで、俺も相当軽いと思ったぜ」
テランスは言う。
「そうですね。私の考えでは、魔鉄は魔鉄の密度が高いほど、意思伝達がよくなるようです。 軽く作られたナイフでは魔力を制御しないで使用すると、剣より魔術の暴発率が高くなる調査結果が出ています。 と言っても、比べる律印が少ないため、セス製の魔鉄製ナイフと剣をいくつか比べてみたのですが。 ですので、重い、魔鉄の密度の高い剣のほうが殿下の魔力にはあっていると私も思います。」
「それでは、律印を扱うランガス商会に両刃で重いものを注文しましょう。 殿下の持ち物になりますし、意匠も凝ったものになさればいいのではないでしょうか?」
「そうだな、それがいい!」
テランスはそういうと、アンリの前に両手を差し出した。
「なんだよ?」
「律印、返せよ! これは俺の部下のもんなんだよ。 返さなくっちゃ」
「え? 献上物じゃないのか?」
「んなはずねーだろ! 律印の待ち時間は3年以上って言われてるんだぜ! 献上なんてものがあるか。 俺でも手にはいんねーのに」
「そうなのか?」
「律印は全部ランガス商会経由でさ、家名も賄賂も、人づても無理だったんだよ! 予約表なんて、も~~、ずら~~と名前が並んじゃっててさ、白騎士団の団長の名前まであったぜ」
テランスはそういうと、頭をかいた。
「奴の後に手に入るってのも癪だが、背に腹は代えられん。 俺も名前、記入してきた」
「じゃあ、俺も手に入るまで、とりあえず、この剣をキープしたい」
アンリはそう言って、剣を腰にさした。
「いや、無理無理! 俺にも団長としての責任が!」
「まあまあ」
二人の間にコーエンが割って入った。
「王家からの要請とあれば、ランガス商会も無視できないでしょう。 殿下は剣をテランスに返して、少々お待ちください。テランスにも団長としての立場ってものがありますから。」
そう言われて、アンリは剣をしぶしぶテランスに返した。
なんだか、自分の一部を手放すような気分だ。
「よかったぜ~。もう2カ月以上取り上げているからさ、せっつかれてせっつかれて大変だったんだ!」
「団員になめられてますね」
コーエンは白い目でテランスをにらんだ。
「いいんだよ、和気あいあいが黒騎士団のモットーなんだから」
「だから、白騎士団になめられるんじゃん」
アンリは笑いながら言った。
「白騎士団と言えば・・・、この魔力制御の件、今少し口外するのはお控え願えますよう」
コーエンはアンリにそう言って頭を下げた。
「分かった。 それは、まあ、そうだな。 俺が魔力を制御できるってのが分かると・・・」
「政局に影響します。 足元が固まるまでいましばらくは・・・」
「足元…ね…。 俺は立太子、する気、ねーよ。 分ってんだろうけど」
「承知しています。 ただ、このままですと第一皇子ディン様の思うがままになります」
「ま、いいんじゃね。 やりたいやつがやればいいんだし、ってか、親父はまだ生きてるしな」
「魔道具でかろうじて・・・・、でございましょう?」
「その発言、人に聞かれるとやべ~よ」
テランスはその言葉に周りをくるっと見回した。
「大丈夫、誰もいませんし、防御魔法をかけてあります」
コーエンはにっこりほほ笑んだ。
「無詠唱かよ、こえ~な~」
「怖いのはアンリさまですよ。 その文様の大きさを見れば、どちらが上かはっきりしています。 制御できるようになった暁には大陸でも一番となりましょう」
「あっそ。」
アンリはそういうと、もうこの話はしたくないという顔をしてくるっと向きを変え、二人を背にした。
「じゃあ、律印、たのしみにしているよ~」
そう言って、ツタ柄の左手をひらひら振って練習場を後にした。
「制御方法も見つかったことですし、後は執務をきちんとやってくださればいいのですが・・・」
コーエンはつぶやいた。
「そうすりゃ、多少は大臣たちの覚えもめでたくなるんだがな」
テランスはアンリの政敵である、ほとんどの大臣たちの顔を思い浮かべていた。