22
重厚なマホガニー製のドアの前に従士がピッと背筋を伸ばして立っていた。
しかし、どすどすと大きな音を立てて歩く黒い制服を着た大男と、紫色のローブを頭からかぶった小柄な男を前にして、あわあわとあせりだした。
「団長、コーエン様・・・」
「殿下に用事がある。 戸を開けよ」
コーエンは低い声で従士に言う。
「あ、あ、あの・・・、殿下から誰も入れるな、といわれております・・・」
「ったく、あいつは・・・」
テランスはそういうと、従士を押しのけて、バンとドアを開けた。
ドアの先には大きな部屋があった。
壁側にはびっしりと本棚が置かれ、天井までたくさんの書籍が詰まっている。
庭に面しているほうは、2m以上もある大きな窓がたくさん並び、外の光がさんさんと部屋の中にこぼれていた。
床は組木の床で、歩くとギシギシいう。
これは、音を立てることで防犯も兼ねている。
お城の床は、ほとんどこの音が出る組木の床だ。
その床の中央に緑の柄の細い絨毯が敷かれ、その先にどっしりとした黒檀製のデスクがあった。
デスクの先に若い男の顔が見える。
男はふんぞり返ったように椅子に座っていた。
「おい、何やってんだよ、人払いなんかして!」
テランスはそういうと、デスクの前までやってきた。
まるでアンティークの真鍮のような、鈍い飴色の光を放つ金髪をかきあげると、椅子に座っている男は「仕事だよ」と言った。
男の顔、左側半分に、太いツタ柄が浮かんでいる。
その模様は頭から顔、首と続き、服の中まで続いていた。
デスクの上に乗っている左手もツタ柄が浮かんでいて、体の左半分がほとんどツタ柄で埋められているであろうことがうかがえた。
「その割には、執務が滞っているようですが・・・」
コーエンがデスクの上に山盛りになっている書類を一枚持ち上げる。
「まあ、いろいろぼーっと考えるのも、俺の仕事?」
とても整った顔をゆがめ、にやりと笑う男を見て、テランスはドンとデスクの足元蹴り「仕事しろよ! 立場、分ってんのか?」と怒鳴った。
デスクは足元が見えないように木の壁が巡らせてある。 そこをテランスは蹴ったのだ。
「ヒッ!」
そのデスクの下から、小さな悲鳴が聞こえた。
「何だ?」
テランスはそう言ってまた音のしたデスクを蹴った。
「ヒッ!」
また小さな声がする。
「プッ。 猫ちゃんだよ、子猫」
そう言って殿下と呼ばれた男はヒクヒクと笑いだした。
「猫だ~?」
テランスはそういうと、椅子の後ろに回り、机の下を見た。
すると、メイドの服を着た年若い女性が隠れている。
「なんで、こんなところにメイドがいるんだ!」
テランスは怒鳴ると、そのメイドを机の下から引きずりだした。
その様子をてランスの後ろから見ていたコーエンは大きなため息をつく。
「殿下、お戯れも体外にしてください。 仕事があるでしょう」
「休憩中だったんだよ。 ほら、あそこにお茶の用意もしてあるだろう」
そう言って、指をさした先には、お茶のセットがおかれたワゴンが置いてある。
「それにしてはお茶を飲んでいる様子は見えませんが」
コーエンは低い声で言うと、
「俺は、子猫ちゃんにミルクをあげてたの。 子猫はミルク好きだからね~」と言ってくすくす笑った。
テランスはメイドをドアから追い出すと、ワゴンに乗っているビスケットをつまんで言った。
「ここに牛乳、用意されてないぞ」
そう言って、ワゴンの上のお茶の道具をさす。
「俺が子猫ちゃんにミルクをあげるんだよ」
「って、ミルクがないのに、どうやってミルクあげんだよ」
そのテランスの言葉にブッとコーエンが噴き出した。
テランスは考え込んで、あっと大声を上げた。
「てめ~~!」
そう大声をあげてデスクをまた蹴ると、デスクの下の壁がばきっと割れた。
「しんじらんね。 執務中もかよ、この色魔!」
そう言って部屋を出て行こうとするテランスをコーエンは止めた。
「ほら、まだ話が終わってないでしょう」
コーエンの声にテランスはしぶしぶとまたデスクの前に戻ってきた。
「で、子猫ちゃんを追い出してまでの話ってなんなのさ」
モントロール王国、第2皇子、アンリ モウリス サンクレモンはけだるそうに聞いた。
コーエンはデスクの上に、律印の魔鉄剣を乗せた。
「何だ、これ? 剣?」
「殿下も噂はお聞き及びでしょう。 これは律印の魔鉄剣です」
へ~、と言ってアンリはその細い剣を手にした。
すると、体中にぶるっと悪寒が走る。
アンリは剣を右手に持ち、唐草模様の入ったさやを抜いた。
きらりと光る剣は普通の剣よりはきれいだが、と言って、他の剣と大した違いはない。
「魔鉄剣っていえば、属性関係なく魔術を出せるっていう剣だろ? 相手の魔術攻撃も防げるとか」
そう言って、アンリは剣を表裏に反しながら見た。
「結構いい剣だな。 って、ま~、俺には関係ないが」
「持ってみて、どうですか?」
コーエンはアンリに聞く。
「どうって言われても・・・」
アンリはコーエンの質問に答えられず。
「剣を左手で持ってみてください」
「おい!」
テランスはコーエンをにらんだ。
アンリはその言葉にびっくりして「なんなんだよ」とつぶやいた。
「何でもないです、さあ、ちょっと左手で持ってください」、というコーエンの言葉に、アンリは椅子から立ち上がり、剣をもちなおそうとした。
その立ち姿を見て、テランスが叫んだ。
「おい! 前閉めろよ!」
アンリのズボンの前が開いている。
「おっと、失礼・・・」
アンリは剣をデスクに置いて、笑いながら前を閉めた。
「っていうかさ、俺が持って大丈夫なのかよ?」
アンリは右手に持つ剣をツタ柄がびっしり浮かんでいる左手に移そうか移すまいか悩みながら言った。
「大丈夫だと思います。 チェックしましたから」
コーエンは静かに言うと、早くしろ、とアンリを急がせた。
「お前ら、ちょっと離れてろよ」
アンリは二人にそういうと、二人は部屋の隅まで後退した。
アンリは魔鉄剣を左手に握った。
右手に握ったときと同じようにぶるっと悪寒が走る。
だが、少しすると、手になじむような不思議な感覚がした。
魔石剣と違い、勝手に魔術は発動しない。
アンリが魔石剣を持つと、詠唱しなくても勝手に魔術が発動してしまうのだ。
「へ~、魔石剣と違って、魔術が勝手に発動しないね。」
アンリはそういうと、柄を握って剣の構えを取ってみた。
「軽いけど、なかなかシナリもいいし、ただの剣としてもいいんじゃん?」
「それではそのまま魔術をおこしてみてください。 詠唱はなしで、小さな魔術をイメージして。」
コーエンは部屋の隅からアンリに叫んだ。
「おいおい! 分ってんのか? んなことしたら王宮が爆発するぞ!」
アンリは叫び返す。
「大丈夫です! 小さい魔術をイメージして!」
アンリは一番ダメージが小さそうな、氷の魔術をイメージして、雪を降らす魔術をイメージした。
そして、剣を振ると、
「おっと!」
魔鉄剣から光が放たれ、雪の竜巻がほとばしった。
その大きさは長さ1mぐらいで、その後、スッと魔力は魔鉄剣に戻っていった。
「信じらんね。 暴走しなかった・・・・」
テランスはつぶやいた。
「暴走しなかったぜ、アンリ!」
テランスは叫んで、アンリに走り寄り、アンリを抱きしめた。
「うお~~! 暴走しなかったぜ!!!!」
筋肉むきむきのテランスに抱きしめられて、アンリは茫然とした。
「本当に、暴走しなかった…」
「よかったですね。 制御法、見つけましたよ」
小柄なコーエンがアンリの背中をポンポンと叩いた。
「制御法、見つかったんだ・・・??」
アンリは呆けたようにつぶやいた。