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「沢に新しく作った水車だけど、調子はどうなのかしら?」

私は書類を整理しているチャンドラーに訪ねた。

 「うまく動いているみたいです。 近郊の麦はここですべて粉に出来そうですよ」

チャンドラーは山と積まれた書類を3つのかごに分けている。

後で私が目を通しやすいように整理してくれているのだ。

 「質の良い粉が手作業じゃなくて水車で楽にできれば、質の良いパンが安くできる。 いいことだわ」

 「灌漑設備の手入れもひと段落ついたし、水路もずいぶん伸ばすことができました。 農地の改良も専門家を呼んで少しずつですが成果が出ています」

チャンドラーは手に持った書類を見て言った。

 「魔鉄剣さまさまね」

私がそう言って笑うと、 その時ドアがノックされ、若いメイドがお茶のワゴンを押して入ってきた。

「お茶をお持ちしました!」

「ありがと、マリー」

私は香り高い紅茶を手にしてにっこりほほ笑んだ。ワゴンには、夢に見た甘いチョコレートが乗っている。

 

少しずつではあるが、屋敷は元に戻りつつある。

先祖代々の家具や調度品はすべて買い戻せてはいないが、必要最低限の使用人を雇えるようにはなっていた。

 これも、律印の魔鉄剣のおかげだ。

そして、それをものすごい値段で販売してくれているランガス商会のおかげた。

 ランガス商会は、剣の性能を認めると、独占契約を持ちかけてきた。

魔石剣よりも価値がある、と言って。

 こういう経緯になったのは、ランガス商会自体がベルナルド出身というのと、ベルナルド支社の支社長がお父様と結構懇意だったことも大きい。


我が家の落ちぶれ状態のうわさはベルナルドだけでなく、モントロール王国全土に広がっていた。

 辺境の小貴族とはいえ、建国の一翼を担っていたベルナルド家。

落ちぶれたら、面白おかしく噂になる。

 お父様と懇意にしていた支社長はその噂を聞いて、非常に心苦しく思っていたらしい。

 捨てる神あれば、拾う神あり、だ。 お父様、ありがとう。


 そして、魔鉄剣は私なんかとても手が出ないほどの高額で販売された。

それでも引きも切らない需要で、供給が全く追い付かない。

 もちろん、その制作方法はいくら秘密にしようと思っても、漏れてしまった。

マックさんの鍛冶屋にはたくさん人の出入りがある。

それはそれでしょうがない。

ただ、ラッキーなことに、どんなえらい鍛冶屋が作っても、律印ほどの性能が出ないらしい。

どれも何度か魔術を放ったら、剣が割れてしまうんだそうだ。

そのせいで、どんどん律印の需要が高まった。

 だが、私はお金が入ってくることで、領地の仕事もどんどん手をつけていかなければならず、超多忙になった。

 私の仕事の本分は領地の管理で、私の肩には領民の生活がかかっている。 そこのところはランガス商会にも了解をもらってはいる。

今では畑仕事も魔物狩りもやらず、魔鉄剣に関しては、今は、1カ月に1本打つ感じでやっている。ランガス商会としてはもっと打ってほしいみたいだが、これが限界だ。

 そのせいか、値段はますます高騰しているらしい。

つられて、マックのところのM印も高騰しているらしい。ありがたいことだ。 

 律印とM印の魔鉄剣は、基本、ランガス商会のベルナルド支店のみの扱いなのだが、それ目当てに外部から人が来るようになり、自然と領地内でいろいろな商取引の数が増え、農民だけでなく商人も潤ってきているようだった。

そうなると自然と税収入も多くなり、そのうち私の念願でもある領民への社会福祉的な還元もできるようになるんじゃないか、と思っている。

 とりあえず、医療には手をつけた。

今までは医療費は全額患者持ちだったけど、前世の世界のように保険制度を導入して、それで医療を賄い始めた。 もちろんたりない部分もあって、それは領主から補てんするようにしている。 近い将来は義務教育もやりたい。いつになる事やら、だけど。


****


 「ランガス商会から小包が着ていますよ」

ジーンが執務室にやってきて、油紙に包まれた物を持ってきた。

 「今月はどんな手紙があるのかしら?」

私はこの小包を毎月楽しみにしていた。

 月に一回、ランガス商会に送られてくる律印の製品の持ち主からの連絡手紙だ。

律印の売買にあたって、魔鉄の性能が100%分っていなかった私たちは、買主に必ず何か剣にまつわることであったら、こちらに連絡することという契約を交わしている。

それは初めて魔鉄剣を売りだしてから3年たった今でもランガス商会を通して、忠実に続けられている。

 買主の中には、この契約が制作者との特別な絆のように感じるらしく、事細かに剣を使うことで感じたことや思ったことを書き募ってくる人もいた。

 それは全然最初の目的とは異なってはいるが、それはそれで、そういう手紙を読むのは制作者冥利に尽きるというものだ。

 私は、何枚か手紙を読み進めるうちに面白い報告書を見つけた。

 「ナンバー89の剣、黒騎士団の団長の手に渡ったらしいよ。」

「どういうことですか?」

執務室の机で仕事をしていたチャンドラーが聞く。

チャンドラーは本棚にある律印の目録を出してきて、「ナンバー89、89・・・」とつぶやいた。

「あ、片刃の細剣ですね。 サルボ村の村長の御親戚のルース領のご子息へ行ったものです」

そう言いながら、目録にチャンドラーはその件を書きこんでいく。

「ご子息は王都の騎士さんらしいですよ」

「へ~~。 騎士?? サルボ村の村長の親戚さんが? 知らなかった~。」

「魔力があるってんで、魔道学院に行かれたんですよね、確か。」

ジーンはお茶を入れながら言う。

「でも、魔術より剣術のほうが得意ということで、魔術剣士として騎士団に入ったと聞いていますよ」

「それにしても、この団長、ずいぶんひどい人みたい。 渡したくなかったけど上司命令は絶対で、とか何とかかいてある。」

私は言った。

 「でも、団長だったら相当な魔力を持っている方でしょう? 大きな魔力のある人に使ってもらって、どういう感じなのかチェックしてもらう、という点では、こちらにとってはいいニュースですよ」

チャンドラーは新たな情報を書き入れ、目録をしまいながら言った。

 「まあ、人口の0.1%未満と言われていますからね~、魔力持ち。 その中で騎士団の団長ですから」

 「でも、騎士団の団長がランガス商会にいろいろと報告してくれるのかな?」

私は言った。

 「だって、キャスの領主 アングル公爵に渡った律印のことだって、ぜ~んぜん報告ないじゃん。これだから、お偉いさんはさ~」

 そういう私にチャンドラーが言う。

「アングル公爵へ渡った律印は壁に飾られているそうですよ。 使っていないんだから、報告も何もないんじゃないですか?」

 「飾っているだけって、それじゃあ、何のために私が丹精込めて打ったんだかわかんない。 返してくれって思うよ」

私はあの気味の悪い魔眼を思い出して言った。

魔眼を持つ人間が律印を使ったらどうなるんだろう??

でも、そんな報告は一度も来なかった。

まあ、あのロリコンなアングル公爵から手紙をもらってもうれしくないが…。


アングル公爵からはあの手紙の後も、何度か結婚の申し込みだけでなく、パーティーへの招待状、ベルナルド領へ遊びに来たい、などなど、何度もコンタクトがあった。

しかし、結婚は嫁には行けない(私が領主だから)、招待や訪問はうちの領地が破産寸前だから、となんだかんだと理由をつけて断り続けていた。


 「実際飾っているなら売ってくれ!っていう申し込みがアングル公爵のところに結構来ている、と風のうわさで聞いていますよ」

チャンドラーは言った。

 「でもアングル公爵が売るとは思えませんね。なんたって、お嬢様が作った剣なんですから」


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