19
私は鏡に映る自分の姿をまじまじと見つめた。
短く切ったセシルカットの黒髪、その下のちょっとピンクがかった白い肌は少しそばかすが散っている。
目の色は、自分でもなんて言っていいかわからない。しいて言えば、シベリアンハスキーの眼みたい?
薄い灰色と薄い水色がまじりあったような変な色。
その中央にある真っ黒の瞳孔が私の姿を映している鏡をじっと見つめている。
18歳にしては背は結構あるほうだと思う。 170cmに手が届くか届かないか?って感じ。
これは、この世界でも結構背の高いほうになると思う。
お母様も165cmぐらいだし、屋敷を一人で取り仕切っているジーンは私より10cm以上低いんではないだろうか? ジーンは反対に横幅がすごくて中年太りを通り越してまるでだるまさんみたいだけど。
私は結構やせている。
ところどころ曇りが出ている古い鏡に映るシンプルなこげ茶色一色の男性用のスーツを着ている私は、肩幅も結構しっかりしているし、筋肉もついているから、18歳の少女というよりは、まるで少年のように見える。
ウールが使われている少し厚めの布のクラシカルなスーツ。
パンツのすそからこげ茶色のよく磨かれた皮のブーツの先が見える。
私は自分の姿を見つめながらため息をついた。
私の体は本当に女性特有のまろやかさには欠ける…。 なんだかな~~。
我が家に残る一張羅のこの古めかしい少年用のスーツ。
このスーツはあまりに型が古いのと、シンプルすぎるという理由で売れ残ったものだった。
このスーツも決してみすぼらしいものではない。 素材自体もいいし。 でも、確かに今風ではないし、装飾もない。
「最近は本当に男の子の格好ばかりしているわね」
お母様が私の後ろから声をかけてきた。
振り返ると、少し顔色のよくなったお母様がほほ笑んでいる。
「みすぼらしいドレスで行くより、少年用でも仕立ての良いものを着たほうがいいと思うんだ。 なんてったって、売り込み商品は剣なんだし、相手も失礼とは思わないでしょう。 当家のうわさは聞いているだろうし」
私はそう言って、また鏡を見た。
「それに、私は領主としての責任がある。女ということを逃げ道にしたくない」
私は、あの石を投げてきた少年のことを思い浮かべた。 知らなかった、では済まされない。
たとえ、なんとか2回の冬は越せたとはいえ、彼のお母さんは亡くなってしまっているのだ。
私は領主だ。領民に対して、責任があるんだ。
そんな私にお母様はさびしそうなほほ笑みを浮かべた。
「ベルナルドの領主が、ランガス商会に売り込みに行くなんて、まるで世界がひっくり返ったみたい・・・。 ランガス商会と言ったら、ベルナルド家のおひざ元から発祥した商社なのに。 昔はランガス商会の社長がお勧め品を持って屋敷にやってきたものだったのよ」
お母様はそう言って大きなため息をついた。
「今更、そんなことを言っても仕方ないよ。 状況は変わっているんだから」
私はお母様を元気づけるようににっこりほほ笑むと、お母様の細い体を抱きしめた。
お母様の肩に顔を押し付けて、ギュッと抱きつく。
甘いにおいとともに薬の匂いが鼻につく。
お母様はそんな私の短い髪の毛を何度もなでてくれた。
不思議なものだ。
私のお母様の姿形、性格は、私のおぼろげな母親の記憶と全く違う。
私の記憶の中の母は生粋の日本人のぽっちゃり型の元気はつらつ母で、子供の時に抱きついたら「うっとうしい!」と言いながら、頭をポンポン叩いたものだった。
生命力いっぱいの肝っ玉母ちゃんという人で、病気がちの、ほっておいたら消えて無くなりそうな目の前のお母様とは全然違う。
なのに、やはり彼女も私の母親なのだ、と感じる。
このお母様の匂いも、頭をなでるやさしい手も、やはり私のお母様なのだ、と感じる。
そして、自分自身も、まぎれもなく、川崎律であると同時に、エミール ベンジャミン ベルナルドなのだ。
ベルナルドはベルナルドと呼ばれる中規模の町を中心にした自治領で、だが、それは辺境と呼ばれるにふさわしく、モントロール王国の端のとても小さな領地だ。
7代前の先祖 ベンジャミン ベルナルドが、このモントロール王国、サン クレモン王家の始祖、ジュピター陛下の右腕として活躍し、爵位と領地を拝領したのだが、その当時、なぜ、モントロール王国の中枢で陛下の右腕として活躍していたベンジャミン ベルナルドが王都や重要拠点地の領地を拝領せず、険しい山々に囲まれたこんな辺境の何もないところに領地を拝領したのか、内外でも憶測が飛び交ったほどの過小な褒美だったらしい。
ただ、領地を自治領にしてほしいとベンジャミン ベルナルドが強く願ったということだから、王家との間に何かしらの確執はあったのではないか、と私も思う。
領地と自治領の違いは、私が理解するところでは、イタリアとバチカン、フランスとモナコ、スペインとアンドーラの関係と言ったらいいのだろうか?
ベルナルドとモントロール王国は同じ通貨を使い、ベルナルドはモントロール王国に税金を払うことでほぼ、モントロール王国に準じた権利を持ち、外交においてはモントロール王国に追従している。
だけど、ベルナルドは自治領なので、内政に関しては自分たちの法律もあり、独特の政体を持っている。
たとえば、ベルナルドの領主は、モントロール王国に課せられた税を払えるならば、領民にはどんな税率を課してもよい、とか、内政に関してはモントロール王国に逆らわない限り、好きなようにしていい、となっている。
それから、ベルナルドは険しい山々に囲まれているだけではなく、その山には魔の森が広がっており、魔の森から出てくる魔物をモントロール王国内に入れてはならない、ベルナルド領内で屠らなければならない、という法律もある。
そのため、魔物を狩る冒険者たちの便宜を図るため、ギルドに手厚く保護を出していて、ギルドの規模も大きい。
しかし、実際には魔物が魔の森から出てくることはほとんどなく、私たちは比較的平和に暮らしていた。
それに自治領とはいっても、今ではほとんど名前だけな感じで、他の領主同様、ベルナルドもモントロール王国に与している。
多分、ベルナルドが自治領だと知っている他の貴族(領主)はほとんどいないのではないだろうか?
そういう点では、イタリアとバチカン、フランスとモナコ、スペインとアンドーラ、という例ではなく、アメリカの州に今の状態は近いのかもしれない。
魔物が出なくても、領地自体が険しい山々に囲まれた小さな盆地で、他領からの街道も一本しかなくそのため交易も頻繁ではない。 その上、農地自体も元々はやせていた。
だがそれも、ベルナルド家の2代目、バジル ベルナルドの画期的な農方法のおかげで、ベルナルドはそれなりの利益が出る領地となった。
私のお父様がご存命のときまでは、領民全員がまともに暮らせるそれなりに豊かな土地だったんだ。
今は、ランガス商会に売り込みに行かなければならないほど落ちぶれてはいるが…。
私は今日、ベルナルドの領主としてランガス商会に売り込みに行く。
一か八かの大勝負だ。
この世界になかった商品を、モントロール王国1,2を争う大商会にプレゼンするのだ。
私が発見した魔鉄で作った剣を。