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「わきが甘い!」
ガッと木剣で脇をつかれ、私は膝をついてしまった。
その私の前に立つ、執事の癖に剣使いでもあるチャンドラーはにっこりほほ笑んで私に手を伸ばしてきた。
私はそのしわしわの手を握って立ちあがる。
真夏だというのに、その手は乾いていた。
私の汗びっしょりの手を合わせるのは気がひけたが、この気のいいチャンドラーがそんなことを気にすることはないだろうと、しっかり握った。
「やっぱり、チャンドラーには勝てないな」
私はひざについた土を払い落しながら言った。
「いや、エミールお嬢様、いい線行けてます。 ギルドに登録すればいい冒険者になるのに、と思いますよ。 そこらの冒険者より強い」
大昔に引退したとはいえ辺境1,2の冒険者と言われていたチャンドラーに言われて、私は照れ笑いを浮かべた。
チャンドラーは私の持つ木剣を取ると、「やっぱり少しひびが入りましたね」と言った。
「先程、剣を叩たきあったときに変な音がしたから」
私もひび部分を見る。
これで何本木剣にひびを入れただろう。
女として、こんなに強くてどうなんだ?と思わないでもないけれど、そう言う考え方は前世の世界の話。ここ、モントロールでは、女でも強くなければ。
「午後は家庭教師と勉強ですね 」
チャンドラーは屋敷へと足を進めながら言った。
「は~、勉強か…。」
私はチャンドラーの後を歩きながら、頭にまとめた黒髪をほどいた。バサッと豊かなウエーブをかいた長い髪が背中に落ちる。
重い真剣も普通に扱う私の体には硬い筋肉が薄くついている。どう頑張っても男のような厚い筋肉は付かないが、チャンドラーは私のばねのような筋肉は十分戦力になると太鼓判を押してくれていた。
私の姿は、はたから見れば少年ってところだ。
唯一女らしいところと言えば、この長い黒髪だ。母が美しいと毎日手ずから梳かしてくれる、つややかな髪。
「女性とはいえども、ベルナルド家の領主。 勉強も大切です。」
私はそんな事を云うチャンドラーをしり目に、目の前に迫る石造りの御屋敷を見あげた。
緑のツタが絡まる重厚なファサードは左右対称に作られている。重々しい石作りの屋敷は、モントロールの唯一の国であるモントロール王国の3000年の歴史と同じだけの歴史が刻ざまれていた。
長い年月をかけて増築を重ねた屋敷だが、時代時代のデザインを取り入れつつ、元々の屋敷にマッチするように作られている。
元々の屋敷は中央部分の地下1階、地上2階建の、屋敷というには小さな建物だった。
この地下1階部分にはベルナルド家の家宝ともいえる、「王の台座」と呼ばれる大人が大の字に上で寝ても体がはみ出ないぐらいの大きな石が置かれている。
石自体は何の変哲もない巨石で、私も何度か触ったこともあるが、別に特別な感じはしない。どこ王との関係があるのかさっぱりわからないが、ただベルナルドの地に昔からある石で、その石を土台に屋敷は作られたとされている。
この話は、ベルナルド家の昔語として領民たちもよく知っている。そのせいかこの地は領地に散らばる巨石を信じる者が多く、この王の台座はその大本と言われる。
「ベルナルドの領主たるもの、領地の管理といざという時のための剣術は必ず収めよ、というのがベルナルド家の家訓ですから」
ぼーっと屋敷を見ていた私にたたみかけるようにチャンドラーが言った。
「わかってるって~~」
私は大きなため息をついて言った。
「エミールさまは今、14歳ですよね」
「うん」
「後見人が外れるのは17歳からです。それまでにきちんと勉強しておかないと」
「はい~~」
私はチャンドラーと別れ、部屋で汗をふき、着替えると、ダイニングルームへ行った。
ダイニングルームで昼食を取り、そのあとは家庭教師と勉強だ。
そして、この日、私の生活が180度変ることになる。