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私はその後数週間かかけて、お母様のレンズを使って手のひらに乗っかるぐらいの大きさまで銀色の塊を作った。
でも、魔石とは違い、やっぱり透明感はないし、魔石特有の傾向も無い。
試しに内々にマックにも見せて、マックさんの魔道具に魔石の代わりに入れて動かそうとしてもうんともスンとも言わなかった。
普通の鉄のように、金づちで鍛錬しようにも、普通の火でも火属性の魔石の火でも解けないことも分かった。この銀の塊は柔らかくするのにも光魔石レンズが必要だった。
いろいろとマックと二人で試行錯誤しながら、鉄よりもずっと軽いことと硬度が高いことなどを考えて、ただの金属としても使い道が多そうだ、ということで、この塊からなんとか小さな手のひらサイズのナイフを作ってみることにした。
面白いもので、鉄と違い、力があるほうが鍛錬できる、というわけではないようで、鉄より硬度があるくせにマックより私のほうが、うまく鍛錬できてしまった。
力いっぱい叩くより、細かく柔らかく打っていったほうが形が定まる、とでも言ったらいいだろうか??
普通の鉄との違いにすごく違和感があったが、自宅で何度も鍛錬するうちになんとなくコツがつかめた。
出来上がったナイフは普通の鉄のナイフより、もう少し光度が高いというのだろうか? プラチナのような輝きがある。
切れ味もよく、「こりゃ、獣の皮をはぐのに重宝しそうだな」とマックが言うので、試しにマックの友達の猟師さんに使ってもらうことにした。
魔物狩りに行くときに、自分で使おうかとも思ったのだが、夏場は領地の仕事が多く、近日中に狩りに行く時間もない。でも、出来るだけ早く、ちゃんと使えるものなのか、確かめたい。
猟師さんはマックさんより少し若い50歳代ぐらいのおじさんで、まるで猟師の見本のような、いかつい熊みたいな体格の人だった。
でも、顔はマックさんのように温和だった。
その猟師さんがマックさんを伴って、屋敷にやってきたのは、ナイフを渡して1週間ぐらい経った頃だろうか?
「お嬢、この前のナイフのことで、ちょっと話が・・・・」
領地の会計書類とにらめっこしていた私は、ドアに立ったチャンドラーとマックさんと猟師さんを見つめた。
「魔力吸収?」
私は猟師さんの言葉をそのままリピートしてしまった。
「はい」
猟師はそう言って、慎重にさやからナイフを取り出した。
私は猟師に渡されたナイフを手に取り、じっと見つめた。
以前と同じ、ただの銀色のナイフに見えるけど・・・・。
猟師さんの猟場は、魔物の森との境あたりだそうで、そこで基本的に普通の動物を狩っているらしい。でも、たまに魔の森と領地の境目あたりに迷い込んだ魔物も狩ることもある。
魔物には魔石だけではなく、薬効のあるものや、すぐれた硬質の皮なども取れるものもあり、力&技術のあるものは普通の動物を狩るよりも魔物を狩ったほうがずっと採算がいい。でも、魔物は魔法も使うし力も強い。 襲われたらこちらが死んでしまうことも多々ある。
だから、それなりに腕に自信がある人か、冒険者あたりしか、狩ることはない。
魔物の中には、王都の騎士団が束になってもかなわない物もいる。
「昨日、森で鹿を狩って、その角をそのナイフで切り取っていたんでやす。 そしたら、血の匂いに誘われたのか、狼型の魔物が襲ってきて・・・・。 これが、ちょっと高位の魔物で、こっちの準備も出来ないうちに攻撃を仕掛けられてしまいやして…。 とっさにこのナイフで応戦しようとしたんですが、もちろんナイフごときで魔物から身を守ることは出来やしません。 でも、狼型の魔物が放った鎌鼬の魔法がこのナイフに吸い込まれていったんです。 いや~、あれにはびっくりしました。 その上、襲いかかってきた魔物にこのナイフ投げたら、刺さって一発で死んじまいましたよ。」
猟師さんはちょっと興奮した面持ちで早口にしゃべった。
私たちは庭に移動し、そのナイフの威力を確かめることにした。
どうもマックさんは猟師さんとともに、すでに威力を確かめたみたいなんだけど、自分の目できちんとみたい!
「とりあえず、工場から持ってきた魔道具の火属性のバーナーを」
そう言って、マックはバーナーの火を最大にしてナイフに近付けた。
すると、火はすっとナイフの中に吸い込まれていく。
ナイフ自体は鉄のように高温にさらされることで変色することもなく、銀色に光りかがやくままだ。
「触っても大丈夫ですよ。 ナイフに熱は伝わらないみたいなんで」
マックさんはそう言って、バーナーからナイフをはなした後、すぐにナイフを手に取った。
「ほえ~~! すごい!!」
私は渡された冷たいナイフをころころと手のひらで回した。
「すごいのはお嬢様ですよ! こんなすごいナイフを作っちゃって!!!」
マックはそう言って、私の頭をがしがしと叩いた。
「魔砂、固まったら魔石になりましたね。というか、魔鉄とでも言ったらいいのか??」
マックさんも私の掌にあるナイフを見つめて言った。
「このナイフ、いただけませんよね・・・・」
猟師さんは、すがるようなまなざしで私を見つめた。
「あはは・・・、どうしよう??」
とりあえず、私はナイフを猟師さんから回収し、家族+1会議を開いた。
参加者は、家族としてお母様、ジーン、そしてチャンドラーに私、+1がマックさん。
「こんなナイフと言うか、魔鉄と言うか、そういうものは聞いたことがありません。 これは絶対に高く売れますよ、お嬢様!」
ジーンは興奮していった。
「こんなものを作ってしまうなんて・・・、エミールはやっぱりベルナルドの領主なのね」
お母様はボケた感想を言っている。
「これを売ったらお金がいっぱい手に入って、領地管理が楽になるかな???」
私は頭の中で金計算をしていた。 まだまだ領地にはやることがいっぱいある!
「しかし、この制作方法をどうやって守るかは考えたほうがいいわね」
お母様が思案するように言った。
目で私に合図をしてくる。 そう、前世の記憶の秘密は守らなくてはならない。
「私も私が開発したってことは秘密にしたいな、領主の仕事にも影響してくるだろうし」
私は考えて言った。
「確かに、こんなすごい素材をベルナルドの領主さま、貴族様が開発したってことになったら、センセーショナルでしょうね」
ジーンが言った。
「高く売ろうと思ったら、やっぱり制作方法は秘密にしたほうがいいでしょうね。独占できますし」
チャンドラーが言う。
「猟師さんがすぐにほしがったぐらいだから、売るのは結構簡単に行くだろうよ。 魔石を埋め込んだ魔術を放つ剣はあるが、魔術を吸収し無効化する剣なんてのは無いし。 ベルナルド領は魔物の森に隣接しているからギルドも結構大きいし冒険者も多い。 こんな武器は相当重宝すると思うが・・・」
マックさんは言った。
「でもさ、このナイフの材料については、もう領地中が知っているわけじゃない。 だって、子供たちが魔砂を集めて持ってきてくれるぐらいだし」
私の言葉にチャンドラーはあごに手を当てて、うん、とうなずいた。
「でも、魔鉄化させるのに光魔石が必要というところは私たちとマックしか知らないわけですよね。」
チャンドラーはそう言った。
マックは首を振った。
「別に制作方法とか隠してたわけじゃないが、今思えばそのことを誰かに言った覚えはないか…。 だが、調べようと思えばいくらでも調べられるだろう。うちの鍛冶屋には出入りも多いし…。」
「とにかく、今からは、この件に関しては秘密にして、様子を見るしかありません」
チャンドラーは言った。
「まあ、そんくらいしか、今のところできないか・・・」
私もうなずいた。
「まあ、魔砂が光魔石でとける、という話は、誰にもしていないから、大丈夫とは思うがな。」
マックはあごひげを引っ張りながら言った。
私たちはお互いを見合ってうなずいた。
「私たちも誰にも言っていないから、大丈夫とは思う」
「とにかく、私はこれから、魔鉄でいろいろ作ってみるよ。 魔力を吸収するっていう傾向はナイフとか剣とかより、防具とかにしたほうがいいのかもしれない。 護符みたいな感じにするとかさ。 でマックさんも試作品を何点か作ってみてください。 私が作るのとは微妙に違うものができるかも知れないし」
「そうだな」
マックさんはうなずいた。