14
魔物狩りは生死をかけた緊張する場面の連続だが、日常は農作業と領地管理の地味な生活だ。
慣れなかった畑仕事も、ジーンの後について、言われたとおりに雑草を抜いたり、芽を間引きしたり、とやっているうちに、それなりにこちらも慣れてきた。
私は畑仕事をするようになって、ひとつ気になることがあった。
「ねえ、ジーン。 このきらきら光る砂って何なの??」
ちょっと見ると七色に光る砂のような感じ。
うちの庭の土は結構黒っぽい土で、その中で光る、このきらきら砂はすごく目立つのだ。
暖かい小春日和の光を浴びて、砂はいつもよりきらきら輝いているように見えた。
「ああ、これは魔砂ですよ。 これがいい塩梅で入っている土は植物の成長が早いっていいますよ」
ジーンは暖かくなってきてさっそく生えてきた小さな雑草をプチプチ抜きながら言った。
今は初春。
やわらかい春の光が芽キャベツが生えていた黒い土を温めて、ちょっと湯気が出ている。
「魔砂って、魔石の親戚みたいなもの?」
私もプチプチ生えかけの雑草を抜きながら聞いた。
「どうなんでしょうね? 魔石は魔物に宿るものですが、魔砂はそうじゃありませんし…。大体、なんで魔砂なんて呼ぶんでしょうね? 不思議ですね~」
私は黒い土をすくって中に混じる魔砂をじっと見つめた。
「子供の時はよく魔砂で遊びましたよ。磁石に吸いついてくるので集めて瓶に詰めたり。 きらきらしてきれいなんですよね まあ、そういう遊びは平民の子供の遊びだから、お嬢様はやったことがないでしょうけど」
ジーンはそう言って立ち上がると腰をトントンと叩いた。 ずっとしゃがんで草取りをしていると腰が痛くなる。
「磁石で集められるの? 砂鉄みたいなもの?」
私は前世の記憶と照らし合わせて聞いた。
「砂鉄?? 砂鉄って何ですか? 鉄と魔砂は違いますよ。 大体、磁石で鉄は集められません」
「え?ほんとう???」
私はびっくりして声をあげた。
「本当ですよ。 お嬢様は私なんかよりずっと賢くいらっしゃられるのに、変なことを知りませんよね」
そう言ってジーンはほほ笑んだ。
「そっか…。こっちの世界では違うんだ…」
私は小声でつぶやいた。
そう、この世界、前世の世界の常識が微妙に通じないところがある。 って、世界が違うんだから当たり前なんだろうけど。でも、時々、びっくりしちゃうんだよね。
でも、もし、魔砂が磁石で集められるのなら、魔砂を集めて固めたら魔石ができるんじゃなかろうか? 砂鉄は高熱で溶かせば鉄になって、あれで日本刀とか作ってたんじゃなかったっけ?? もし、魔砂から魔石が作れたらお金になるんじゃないだろうか???
「ねえ、ジーン。 魔砂ってどこにでもあるものなの?」
ジーンは不思議そうな顔をして言った。
「他の地域はどうだか知りませんが、ベルナルドの土の中にはどこにでもあるんじゃないですか?」
私は暇を見つけては磁石で魔砂を集め、袋いっぱいになると鍛冶屋のマックのところに持っていった。 そう、チャンドラーが荷馬車を借りた、そして私に剣をくれた、チャンドラーの幼馴染の鍛冶屋マックのところだ。
マックは農耕具から刀まで、なんでも作るという。 父が生きていたころは、屋敷の鍛冶仕事(たとえば、馬のてい鉄とか)はすべて彼がやっていたそうな。
鍛冶屋は大きな工場のようなところで、結構大きめの火窯が何個もあり、真っ赤な炎がごうごうと燃えていた。初春だが、工場の中は真夏のように暑く、マックだけでなく弟子たちも汗をかきかき金づちをふるっていた。
真っ赤になった鉄を金づちでカンカンと力強く打ちつける。見る見るうちに細い角型の鉄が平らになり、なんとなく大きな包丁みたいな型になっていく。
マックは真っ赤になって汗をだらだらと垂らしながら、仕事に熱中していた。
マックは私の話を聞き、袋の中に入った魔砂を見て困った顔をした。
「お嬢様・・・、俺は鍛冶屋です。 鉄を扱うことはできますが、魔石のことはまったくわからんですよ・・」
相当白いものが混じったもじゃもじゃのあごひげを片手でなでながら私を見る。
「私の考えでは、魔砂を高熱で溶かして固めると魔石になると思うのです。 お忙しいところ申し訳ありませんが、試しにやってみてはくれないでしょうか?」
マックは困ったという顔をして私の後ろに控えていたチャンドラーを見た。
チャンドラーも苦笑いしている。 彼も魔砂を固める、それも固めて魔石を作る、なんて言う突拍子もないことを言いだした私に苦笑しているのだ。
「でも、やってみなければわからないじゃない!」と言い張る私に押されて、チャンドラーはここまで一緒に来たのだった。
「まあ、そこまでおっしゃるんでしたら・・」
マックは私が集めた、ひとかかえもある魔砂の入った袋から、石でできたコップのような容器にその砂を入れた。
「その容器はなんですの?」
「これは型です。普通は溶かした鉄を入れて形を作るもんなんですが・・・」
マックはそういうと、その石の容器を真っ赤に燃える小さな高炉に入れた。
高炉の下にはたくさんの火系の魔石が積み上げられていて、わきに手回しの扇風機のようなものが付いている。 このハンドルを回すことで火力を上げるらしい。
石の容器の中身は見る見るうちに融け、真っ赤になっていった。
「ほう、こりゃ、確かにちょっと鉄みたいにみえますな」
マックは高炉を覗き込んで言った。
魔砂がドロドロに溶けたのを確認して、マックはその石の容器を取り出すと、そのまま部屋の横にあった水がめにその容器を沈めた。
部屋中に水蒸気が上がる。
ある程度さめたところで、マックは容器を水から引き揚げた。
「固まってますね・・・・。 でも魔石には全く見えませんよ」
マックが石の容器から取り出した魔砂の塊は真っ黒だった。
普通、魔石は宝石のような透明感がある石で、傾向に従って色が付いている。
火系なら赤、水系なら青、風系なら緑、土系なら黄色、光系は透明という感じだ。
なのに、この塊は透明感もないし、真っ黒だ。
「これは、魔石じゃないんじゃないかな…。」
マックはつぶやいた。
私は、すっごくがっかりした。
魔石が作れれば、お金が入ると思ったのに!!! 前世の知識も全然役に立たないし、なんなんだよ!
私の後ろに立っていたチャンドラーは慰めるように私の背中をトントンと叩いた。
「まあ、でも、もしかしたら鉄みたいに使えるかもしれませんや。 ちょっと打ってみますか。」
私のしょんぼり顔を見たマックは明るい声で言った。
「魔石よりはずっと安いですが、鉄も売ることができるものですし、ぜひやってもらったら?」
チャンドラーも明るい声で言った。
私がうなづくと、マックはその黒い塊をまた火にかけた。
マックの肩の筋肉が盛り上がり、カンカンと甲高い音を立ててリズミカルに真っ赤になっている魔砂の塊を打つ。しかし、塊は熱が冷めるとすぐにぽきんと折れ、ポロポロになってしまった。
「やっぱり駄目ですね・・・」
マックは額に浮かんだ汗を首にかけた手ぬぐいで拭きながら言った。
確か、前世で砂鉄を鋼にする方法をTVで見たことがあったはず…。
私は脳みそをフル回転して考えた。
こういう普通の鍛冶のやり方じゃなかったような・・・・。でも、そんなことを思い出しても私が作れるはずないし・・・・。
「もう一度、試してみるかい?」
マックは私の落ち込んだ顔をのぞきながら言った。
「いえ、いいです。 でも、鍛冶のやり方を教えてはもらえませんか?」
私は顔をあげて言った。
「鍛冶のやり方? 俺に弟子入りするつもりなんですかい、お嬢様」
マックは何かの冗談か?という感じで、笑いながら言った。
「駄目でしょうか?」
私は反対に超真剣に言った。
磁石で集められる魔砂。 高熱で熱すれば融けて、冷えれば固まるんだから、性質は絶対に鉄に似ているはず! なら、鍛冶のやり方を学んで私がちょっと工夫すれば、鋼を作れるんではないだろうか???
「しかし、お嬢様・・・、お嬢様が鍛冶仕事など…」
チャンドラーは困ったような顔をしていた。
「もちろん領主としての仕事も畑仕事も、魔物狩りもするわ。 週1のお休みの日だけでも教えていただければ!」
私はマックの筋肉質の太い手首をつかみ「お願いします!」深々と頭を下げた。
「しかし、お嬢様、鍛冶ってのは女には出来ない仕事ですよ。力もいるし」
マックは言いにくいことをはっきりと言った。
「でも、別に女性がやっちゃいけない、って決まりがあるわけじゃないですよね?」
「まあ、そういう決まりはないですが・・・・」
「確かに私を教えることでマックさんのお仕事の邪魔をすることになるかもしれません。 でも、どうしても習いたいんです。 体力には自信があります。 お稽古代をお支払いすることはできないのですが、私に出来ることは何でもしますから!」
私はそう言って頭を再度下げた。
「しかたね~な~」
鍛冶屋の親父はくりくりの短い髪の毛をでかい手でわしゃわしゃすると、「休みの日だけ、それも午前中だけなら」と言ってにっかりと笑った。
「もちろん、お稽古代 なんていうのもいりませんや」
私は、うれしくなってマックに抱きついてしまった!
「お、お嬢様!!!」
マックもチャンドラーもびっくりしていた。