12
ガサっ
ばさばさという鳥の飛び立つ音が続き、うっそうと生える草のなかから黒い影が見えた。
「イノシシ型の魔物、レッドボアです。レベル3、単体でも相当力がある」
チャンドラーが声を低くして私につぶやく。
私たちは体を低くして、剣に手をかけた。
魔物と目があったとたん、魔物は口から火を吐いた。
その火の玉は私とチャンドラーのちょうど真ん中あたりに着地し、ドン!という火薬のはぜたような音を出した。
チャンドラーは剣を両手に持つと、じりじりと魔物に近づく。
魔物は、私とチャンドラー、両方を目でとらえ、どちらに攻撃するか見定めているようだ。
アッと思った時には、魔物は私のほうに突っ込んできた。
レッドボアは牙に魔石が宿る。 火の玉を吐いたということは火属性の魔石が宿っているはずだ。
しかし、レッドボアは、肉も売れる。 毛皮も売れる。いいとこどりの魔物だ。
ただ、向こうもレベル3、ぼやぼやしていたらこっちの命も危ない。
私は突っ込んでくる魔物を体をひねってやり過ごし、回り込んで振り返るようにして剣を魔物に打ちおろした。
「ブキッー!」
魔物は叫び、力技で私の剣を引きずるように背から引き抜くと、森の中に一目散に走り出す。
私の剣は魔物の血に濡れ、持ち手がぬめった。
私はそれを無視して、魔物を追いかける。
チャンドラーと私は全速力で魔物のあとを追う。
草や蔓に足を取られないように、足先を高く上げて走る。
初めのころは腿が筋肉痛になったこの走り方も、最近では慣れた。
魔物は気が狂ったように、けもの道を走り抜ける。
チャンドラーが先を走り、私はチャンドラーの後を離れ、脇の草むらを走った。チャンドラーと並行に並ぶように走る。
魔物は私が付けた傷が広がっているのだろう、だんだんと足が遅くなっていた。
私は胸ポケットからナイフを取り出すと、魔物に向かって思い切り投げた。
「ギ!」
ナイフは魔物の尻にあたり、後ろ足のバランスが崩れ、魔物は転んだ。
魔物はすぐに立ち上がると、追いついたチャンドラーに向かって火を吐く。
その火はチャンドラーの腕にかかり、チャンドラーの革製の肘当てが焦げる匂いがした。
魔物はチャンドラーと対峙する。魔物の目に力が入るのが分かる。
レッドボアは火属性だから、飛び道具は火だけだ。
ただ、本体も力が強く、体当たりされたらこっちの内臓が潰れる。
魔物は大きく跳躍すると、チャンドラーに牙を向けた。
チャンドラーは腰をかがめ、その跳躍の真下に入り込み、剣を突き上げた。
剣の切っ先が魔物の腹をかすめる。
私は、そのすきを狙って、飛び上がって魔物の首に向かって剣を振り下ろした。
ガッという音で剣が魔物の首の骨に引っかかる。
魔物は最後の力を振り絞って、首から私の剣を引き抜こうとする。
私は、その力に引きずられて膝をついた。
剣が首の骨に引っかかり、抜けない。
チャンドラーはすぐに形勢を立て直すと、重い両刃を胴に振り下ろした。
チャンドラーの剣は、骨に引っかかることなく、魔物を真っ二つに切り裂いた。
はあ、はあ、はあ、はあ、
私たちの荒い息の音しか聞こえない。
魔物は息絶え、草むらに体を倒している。
私は引きずられた膝に付いた汚れを払った。
「顔に血が付いてますよ」
チャンドラーがこちらを見ながら言う。
「多分、走っているときに枝でひっかいたのかな」
私はほおを袖口でぬぐいながら言った。 手にはべったりと、魔物の血が付いている。
私は魔物のそばに座り、お祈りを唱えた。
「王の座の名のもとに、天に召しませ」
額を人差し指でトンと叩き、胸を叩き、そして魔物の額を叩く。
チャンドラーも私の隣に膝をつき、同じ動作をする。
その後、チャンドラーは立ち上がると、魔物の4本の足を紐でくくり、それを肩に担いだ。
「匂い消しのハーブを焚くね」
私はポケットからハーブの束を取り出すとそれに火をつけた。血のにおいを消す煙があたりを漂う。
「血の匂いは他の魔物を引き寄せます。」
「分っているよ」
私はそう呟いて、さやから剣を抜き、血でぬめる剣を握りしめた。
魔物を背負っているのはチャンドラー。 だから、私が周りを警戒しなければいけない。
私たちは足早に魔の森から出るべく、歩き出した。