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次の日、私は再度、領地の収支書類をチェックした。
大丈夫だろうか?? 私たちだけでなく、領民たちも生きていけるだろうか?
「本当に、今、王国が平和な時代でよかったです。 なんとかなりますよ」
執務室に静かに入っていきたチャンドラーは私の心の悲鳴をまるで聞いたように、しっかりとした口調で言った。
見上げた泣きそうな私に笑いかけ、「今の王国内部は多少の小競り合いはありますが、外部に対しては安定していて戦争を起こす雰囲気もありません。 多少魔物の攻撃などもありますが、大きな厄病の流行も無いですし、大事はなさそうです。 国に問題がありますと税率が上がったり、徴兵で領民を差し出さなければならないこともありますが、それは当面なさそうですからなんとかなりますよ。とにかく食べていければいいだけですから。」
そう、私たちに出来ることは、とにかく、この広い屋敷をほとんど閉め、必要最低限の部屋を使い、屋敷の裏にある畑で自給自足をすること。
畑作りなんてやったことはないがジーンもチャンドラーもいる。
「でも、補助がいる人々に回す予算は作れないよ、このままじゃ」
私は書類をめくりながら言う。
「本当にぎりぎりだもん・・・」
「まあ、それは、私がなんとかしますよ」
チャンドラーは思案顔ながらつぶやいた。
「なんとかって、どうするの?」
「昔取った杵柄ですね」
「何、それ?」
「魔の森で魔物狩りですよ。 魔物の部位は物によっては高く売れますから」
「って、チャンドラー、無理だよ! 今年いくつだと思ってんの?60過ぎてんだよ?」
「でも、みんなギリギリです。 やれる人がやらなければ。 これでもベルナルド1の暴れん坊と昔は言われていたんですよ」
チャンドラーはそう言って皺くちゃの顔でほほ笑んだ。
「じゃあ、私もやる!」
私は立ちあがって叫んだ。
「畑仕事よりは、魔物狩りのほうが私の性に合っていると思うし、チャンドラーだって私も冒険者になれるぐらいだって言ってたじゃん!」
「でも、お嬢様、危ないですよ・・・」
「やるって言ったら、やる。 領主命令!」
チャンドラーはそんな私に笑い、ではギルドに登録しなければ、とつぶやいた。
それから、私の日課は朝食をお母様とともにお母様の寝室で食べ、午前中はチャンドラーとともに領地の管理の仕事をし、お昼もお母様とご飯、午後はジーンと畑仕事、夜はお母様と一緒、魔物狩りは2週間に一度チャンドラーと魔物の森に1泊して集中して狩る、という感じになった。 もちろん勉強も剣の練習もなくなった。
本当に勉強どころではなかった。 最初の年の冬は無事に年を越せるかどうかわからないぐらいだったのだ。
家庭教師について勉強するのと、運動は乗馬と剣術、という生活を続けてきた私が、畑仕事や家事(中には薪を割ったりとかもある)、そして魔物狩りをするのはつらい。
手はすぐに荒れ、豆ができ、ひび割れた。
お母様は、そんな私に涙ぐみながらジーンが作ってくれた庭のバラで作ったクリームを刷り込んでくれた。
でもお母様が一番反対したのは、魔物狩りだ。
死ぬ危険もあるんだから、反対するのは当たり前だと思う。でも、私は領主命令で押し通した。
あの、真っ赤にして睨まれた少年の目が忘れられない。
私は領民の命を背負っているんだ。
魔物狩りは、2週間に1回、チャンドラーとともに行く。
無理せずに出来るところまで、というのをチャンドラーと母に約束させられた。
狩りのあがりはすべて、補助金へ回す。
私が死んだら補助金どころではないのも頭の隅では分っているが、やはり魔物を目の前にすると無理をしてしまう。
魔の森は、うっそうとした木々が重なるように生え、太陽の光も地上には落ちないほどの薄暗いところだ。
けもの道のような道なき道を草や枝を踏み倒しながらゆっくり進む。
手には、チャンドラーの友達のマックの鍛冶屋からもらった、鉄の剣。 片刃だ。
両刃のほうが攻撃力があるのはわかっているが、私はどうしても生物の命を絶つ、ということに未だに抵抗力があった。
前世の記憶のせいだと思うのだが、たとえ魔物であっても、殺さなくて済むのであれば殺したくない。
魔物の中には、人間に害をなさないのも多々いる。
魔物を狩る、一番の理由は魔石だ。
魔石は魔物の中で形成されるからだ。 だが、魔石が形成される部位も角だったり、牙だったり、つめだったりして、魔物自体を殺さなくてもいい場合もある。
チャンドラーは、魔力を持っているからこその魔物なのであって、たとえ、害のない魔物でも殺す気合いで向わなければこちらが殺される、というのだが、出来れば峰打ちとかで済ませたい。甘いのはわかっているが。。。
それに、ベルナルドの外部からの収入の多くが、この魔の森で狩りをする冒険者、という事実も考えると、魔物の数を少なくしたくない、という気がどうしても働いてしまう。
もちろん魔物がふえすぎても困るが、今のところ、魔物の数は冒険者たちのおかげか、コントロールされている。
だから、私の剣は絶対に片刃の剣だ。 片刃なら峰打ちができるが、両刃だとそうはいかない。
だが、チャンドラーは両刃だ。 使い慣れた剣というし、私は私、チャンドラーはチャンドラーだ。