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 私が想像した通り、村々の中心から離れれば離れるほど、家の状態はわびしくなっていく。

窓ガラスがないのは、まあ、よしとしても、ペンキの剥げたフェンスや手入れのされていない庭が多くなる。

 庭にいる犬もやせたものが多く、 各家庭が家のことに手が回っていない証拠に見えた。

 私の眼では農地が荒れているのかどうなのか、農地を見ただけではよくわからない。

でも、持ってきた書類と照らし合わせると確実に収穫率が下がっていて、話しかける農民たちはかしこまりながらも、みんな生活が苦しい、と訴えた。

 

 各村の村長たちは私の格好に最初は目を剥くが(貴族の子女が少年用のスーツを着てればびっくりするだろう)でも、丁寧に接してくれて、父の時代のことを懐かしく話してくれた。 反対にくそ叔父のことは一言もしゃべらない。 その態度に、くそ叔父に対しての怒りが感じられた。

 とにかく、一番の問題となっている灌漑設備の修理は各村の村長を中心にやってもらい、支払いはすべて来年の税収入で賄うことにした。

修理の見積もりも見たが、あまりのひどさに、全部作りなおしたほうがいいところのほうが多いくらいだ。

 そして、すべての灌漑設備の修理を税収で賄うということは、来年1年、国に領地の税金を払ったら屋敷にはほとんど収入がなくなるということになる。

それだけではない。 そのあとには土地の改良もしなければならない。




 夕陽を背にして屋敷に戻る。

パッカパッカという荷馬の蹄の音だけが響く。

 私は黙って荷台に座って考えていた。今後、どうしたらいいんだろう??


 

 「・・あ!」

私は自分の頭にあたった小石にびっくりして声をあげた。

チャンドラーが荷馬車を止める。

 道端の先に広がる乾いた農地に小さな子供が立っていた。

遠くのほうには農夫が農作業をしているのが見える。

 そこはベルナルドでも端のほうの農地で、水路がまだ通ってなく、もろに干ばつにやられている土地だった。

小さな子供は、畑の土を良くしようと、土に混じっている小石を拾っていたらしい。その石を私に投げつけてきたのだ。

 私はその子供を見つめると、その子供は私に向かって叫んだ。

 「領主なんて死んじゃえ!」

私は、その怒りに燃えた10歳ぐらいの少年の顔をぼーぜんと見つめた。

 その少年の叫び声を聞きつけたのだろう、農作業をしていた農夫が駆け付けた。


 「申し訳ありません!」

やせ細った農夫は地面に膝をつくと、頭を地面に擦り付けるようにしてあやまってきた。

農婦は少年の頭に手をやり「謝るんだ!」と怒鳴る。

少年は顔を真っ赤にして、「いやだ!」と叫んだ。

 「こいつがかーちゃんを殺したんだ!」

少年は私を指さしそういうと、ぼろっと涙を流した。


 「どうしたのですか?」

チャンドラーが農夫に静かに聞いた。

 農夫は言いにくそうにしていたが、チャンドラーに何度も即されて口を開いた。

 「この地域は領主さまもご覧のとおり水路が通っていません。 ですので、去年の集中豪雨、今年の干ばつ、と立て続けの天災に我が家ではもう食べるものもないのです…」

 農夫はそういうと頭を下げて口をつぐんだ。

 私ははっとした。

私を真っ赤な顔をして睨んでいるその少年のおなかがぽっこり膨らんでいる。目の周りは窪み、ぎょろっと目が飛び出ているような感じに見える。


 これって、飢餓・・・、なんじゃないだろうか?

前世で、アフリカの飢饉とかのニュースで見たような感じ…。


 「奥様は食べるものが無くてお亡くなりになったのですか?」

その私の問いに農夫は無言で頭を下げたまま・・・。


 「先代のご領主さまがご存命のときまでは、うちのような荒れた土地を耕している農家に毎年補助金が出ていたのです・・・・」

農夫はぽつっと小さくつぶやいた。

 「私が領主になってから、その補助がなくなり、奥さまはお亡くなりになったのですね・・・・」

私は、農夫のやせほそって骨っぽい、荒れた手を見て言った。

その手は細かく震えていた。そして、私の声も震えていた。



飢餓・・・、この世界ではけっこう普通にあることとは聞いていた。

ベルナルドは辺境の、それも山脈に囲まれ、外に通ずる街道も1本しかない、近隣とあまり接点のないところなのでそう頻繁には起きてはいないが、何年かに1回は全世界的に起きる厄病とともに、飢餓は死亡率で1,2を争う原因だったはず。

でも、実際に自分の領地内で飢餓なんて。

そんなことが起きているなんて・・・。


 「今は食べるものはあるのですか?」

乾いた荒れた土地を見渡して私は聞いた。

農夫は頭を下げるばかりで何も言わない。

 

私は腰にさしていたナイフを取ると、自分の髪の毛をつかみ、ばさっと切り取った。

 「お嬢様!!」

チャンドラーが叫ぶ。

 私はお母様がいつも櫛梳ってくれていたつやのある長い黒髪を少年の手に持たせた。

 「今の私には、あなたたちを助けるすべがありません。 でも、その髪を売ればいくばくかのお金になるでしょう。 それで、今日はおなかいっぱい食べてください」


そういうと、私は足早に荷馬車に戻った。

チャンドラーも戻り、荷馬は歩き出した。

その後ろを、2つの人影がずっと見つめていた。


 私は夕闇の中で声を殺して泣いた。

チャンドラーは何も言わない。

 パッカパッカというリズムだけが続いていた。 

 


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