五話 問答
ぼくの部屋に帰ってきた。制服から楽な格好に着替えて椅子に座ると決まっていつも自分の居場所に帰ってきたっていう気持ちいいため息が出る。でも、今日はのんびりしてられない。ぼくは頭の中の声に耳を澄ませた。
――まさか、オレたちが別々のやつを好きになってるなんてなぁ。そもそも、お前らも恋するなんて気持ちを持ってたのか。特にミドル、お前らしくないじゃねぇか。だが、まあ、いいんじゃねぇの? 随分と可憐なことで。
そうからかうように言ったのは、そう……インデックス。ぼくたちの中で一人だけ格闘技ができて、一番運動のやり方、体の動かし方をわかってる人格。
――やかましい。それに、よくもない。それぞれが別の人間を向いているこの状況はな。改めて言うが、我々後藤一樹は世間的には一人の人間なんだ。
これはミドル。一番頭がよくて、損得を気にする性格。
――ならいっそのことハーレムを目指すっていうのはどう? ヒロインが多いと結局そうなるってのはよくあることなんですよ。
――よくねぇよ。
――漫画に顔でも挟んで窒息すれば、そういう貴様の望む世界に行けるかもしれんぞ。
――ひどっ! というか、それやったら君も困るでしょうが。
これがリング。一番明るくおしゃべりで、漫画とかアニメなんかが好き。
そしてぼくがサム。一番つまらなくて、特に取柄はない。
――そもそもオレは、たとえリングが言ったようなことができたとしてもやるつもりはねぇよ。オレが惚れてるのはあいつであって、お前らが惚れてるやつらのことは別にどうとも思っちゃいねぇからな。
――俺もインデックスに同意見だ。彼女以外は一切不要。
――あらら、二人とも男らしいこと言っちゃって。まあ、冗談抜くと僕も同じ考えなんだけどさ。なら二人はその子たちの、たしか人瀬美咲さんと中神真実さんだっけ? そのどこが気に入ったのさ? というより、僕たちが他の人が表に出てるときのことを全部知ってるわけじゃないとはいえ、僕その人たちのこと全然知らないんだけど、本当に実在するの?
――お前じゃねぇんだよ。で、どこが気に入ったかって? そう言われると、顔かな。
と、インデックスが言った。
――結局顔かい!
――貴様、それは所詮容姿が良ければ誰でも構わんということだろう。呆れるほどにひどいやつめ。そんな程度のことならば相手のためにここは下りるのが人情じゃないのか?
――ああん? いや、顔がいいと思うから惚れるのだって別に悪くない大事なことだろ。だったらミドル、お前はどうなんだ? もっともらしい理由なんだろうな?
――俺は彼女の家の資産と家柄だ。
――より悪ぃわ!
インデックスが叫んだ。
――馬鹿め。貴様と違ってこれは誰でもいいわけではない。中神真実の家はあの学校内はもちろん、この県内、どころか国内でも有数の財力を持っている資産家だ。我々の身近にいる人間で、そのステータスがあるのは彼女しかいない。すなわち俺には彼女しかいないのだ。
――たしかにもっともらしい理由言ってるけど……。だいたいミドルくん、そんなにお金欲しいわけ? バイトでも始める?
――勘違いするなリング。俺はそんな目先の小遣いのことを考えているわけじゃない。もっと将来的な財産について考えているのだ。お前たち、よく考えてみろ。我々はこれから社会に出る。そして上手く立ち回り大財産を築き上げる成功を納めたとしよう。だが、その成功を納めたとき、我々は高い可能性でもう若くない。社会のピラミッドはまだ社会に入っていない俺から見てもわかるほどに、あまりにけわしい。よじ登るには普通の方法では無理で、しかも長い時間がかかる。たとえそうして成功し、せっかく金や地位を得ても若くなければ使い道も楽しみも減る。しかし、彼女と結ばれればその道程を一足飛びに省略できるのだ。これが我々がもっとも幸福になれる道ではないか。
――そりゃまた、壮大な野心だこった。
インデックスがため息まじりに言った。
――いいかお前たち、我々は知っての通り、いつ誰が表に出て体を動かすことを担当できることになるのかわからん。だからこそ自分の考えは捨てて俺に従え。お前たち、自分の生まれが凡庸だと思ったことはないか? 人生には生まれによってある程度定められたルートというものがあると思ったことはないか?
自分に予想されるルートを考えて将来はこんなものでしかないと思ったことはないか? 我々はそのルートを変える可能性を掴めるところにいる。自分と同じ学校の同級生の女に資産家の娘がいるなどという偶然がこの先もう一度でも起こると思うか? これはまたとないチャンスなんだ。
……。頭がからっぽになったみたいにみんな黙った。
――オレは、やっぱり乗らねぇ。さすがにそそるのが上手いけどよ。財閥っていうのか? そういうのにオレは興味ねぇ。そういうことで頼むぜ。
とインデックスが少しして言い出した。
――僕も。そういう家ってさ、裕福かもしれないけど入ったら入ったですごく大変でしょ? しんど臭いじゃない。そういうの僕には向いてないですよ。
リングもその後に言った。
――ならば、俺に賛同する者はいないということか?
それに頷くみたいに誰も何も言わない。……チッ! とミドルが強く舌打ちした。
――道理のわからない奴らだ。では仕方がない。ならば我々は相争わなければならなくなった。自らの目的のためにな。それが叶うとしてもこのうち一人。
自分の好きな人と恋人になりたいなら、他の人格より早くそういう関係になる、ということは他の人格に勝たないといけない、っていうことでいいんだよね。でも、ぼくもあの子のことは気になってドキドキして頭から離れないけど、みんなには勝てる気がしない……。ぼく以外に誰が勝つとかはわからないけど。
――なるほど、面白そうじゃねぇか。どうせ動くんなら、そういう張り合いがあった方が逆に背中を押されて動きやすいだろ。
――フンッ。まあ、こうなったとしても結果は変わらん。勝つのは俺だ。
インデックスとミドルが言う。こういう態度でもう、リードされてるのがわかる。
――……というかさ。
そこにリングがぼそっと声をかけてきた。
――張り合いがあるとか勝つのは俺だとか、盛り上がってまいりましたって感じでそれは僕としてもアチッ! さぁて面白くなってきやがった! っていうことでいいんだけど。それより一つ気になることがあるんだよね。僕たちの最後の一人、ピンキーくんは今回のことどう思ってるわけ?
その途端、またみんなで黙った。
――ピンキーくんの意見も聞かないと公平じゃないでしょう。ピンキーくん? ピンキーくんっ?
――呼ぶな!
ミドルがリングを止めた。
――奴には触れるな。わざわざ呼んでも、まず間違いなくろくなことにならん。奴は我らを破滅させる。貴様もわかってるだろう。
――ううん……まあ、そう言われればそうなんだけどさ。ま! それならそれとして。まさかよりによって君たちと勝ち負けを競うことになるなんてね。もしかしてこんな戦い、人類初じゃないの? それにさ、この勝負に負けると別に好きでもない女の子と他のみんなもお付き合いすることになるんでしょう? そうなったらなったでみんな上手く振る舞えるわけ?
――その心配が必要になるとは限らんぞ。
そう静かに言ったミドルにリングは、え? と聞き返した。
――我らの誰かとその相手の交際が確定した瞬間、その誰かを除いた人格は全て消えてなくなる可能性もあるということだ。愛されるということはすなわち承認されるということ。承認欲求は人の中でも特に強い衝動だ。我々でも認知できない、心理学でいうような深層意識にとって承認されているという感情を大きく感じるために承認された人格以外は不要になる、ということは十分に考えられる。よって消えてもおかしくはないということだ。
――ええっ? ちょっとちょっと! なに、これってそんなデスゲーム的な要素もあるんですか?
みんなが動揺したのがわかる……。
――つまり、お前ら……消えるのか……?
――消えんさ。
リングのかけた小さな声に、ミドルがはっきりと自信満々にそう言った。
――消えるのは貴様らだ。
――って、僕たちのこと消す気満々かい!
――当たり前だ。たとえ貴様らが消えようがどうでもいい。俺は俺の目的を果たす。それだけだ。
――いよいよ面白れぇ。
インデックスが楽しそうに言った。
――つまらねぇ学校生活にもやる気が入りそうじゃねぇか。自分が消されるかもしれないっていうならもっと張り合いが増した。お前らがあくまでそういうつもりならオレだって遠慮しねぇ。勝ちに行くぜ。
――フンッ、スポーツならともかく、こと人に取り入るという点に関して貴様が俺に敵うとは到底思えんがな。
――そいつはわかんねぇだろ?
――まあ、たしかに、なんでか二人とも自信満々だけど、実際のところ僕たちまだ誰もそれぞれの相手の子とほとんど関わりを持ってないわけでしょ? だから、誰が勝ってもおかしくないんだけどね。
リングが言う。
そう。これからの流れがどうなるかなんて誰にもわからないんだ。どの相手と結ばれるかなんてわからない。でも、その流れはもう始まってる。どういう結果になるかはわからないけど、どの人格が認められるかというこの話は明日学校に行ったときから動き出すはずなんだ。
どうなるかわからないなら、ぼくも出来るだけのことをやろう。
――まあ、いざ負けそうになって消えるんじゃないかと思ったら、僕が表に出てるときに男に走って自爆すればいっか。
――おい!




