二話 レンタルビデオ屋のアダルトコーナーは、おじさんばかり
で、わりと急ぎ足で校舎の外に出て、テラスに来たわけだけど……あ、いたいた。
「おーい! おーい!」
手を振って声をかけると、少し遠くにある四人がけの白いテーブルで向かい合ってる友達二人がこっちを見た。
「おーい! おーい!」
テーブルの間をすり抜けて二人の所へ行く。
「おーい! おーい!」
「聞こえてるよ。目の前にいるんだから」すぐ前に座ってる田中くんが呆れたように見上げてきた。「というか、そんな大声出す必要ないだろ。他に誰もいないんだからさ」
「まあ、誰もいないからこそ大声出したんですけどね」
「ああ、そういうことかい」
「それにしても、こんないい天気なのに本当にガラーンとしてるけど、なんで? え? 昼休みまだ終わってないよね?」
「たぶん、花粉の季節真っ只中だからじゃないのか? みんな校舎とか学食で食べてるんだろ。あと考えられるのは昼休み始まってもう結構時間が経ってるからってとこか」
「なるほどね」
「まあ、とにかく早く座れよ。いいから食べようぜ。腹減ったよ」
「おっと、待っててくれたの? ありがとう」
僕が田中くんの隣に座ると、
「はいこれ」
と斜向かいの鈴木くんがテーブルの上に置いてあった僕の弁当を僕の前に押し出してきた。
「ああ、持ってきてくれてありがとう。それじゃ、いたーだきーマンーモス」
弁当の包みを解いてフタをあける。と、一番に目に入ったのは小さく切り分けてある焼き鮭だった。これと毎日入ってる玉子焼きとご飯以外全部茶色いからね。
「お! いいねぇ。今日は当たりだ」
箸をケースから取り出して、鮭を食べる。塩辛い。うまい。お母さんめ、腕を上げたな。それとも今日だけの奇跡かな?
「それにしてもさ」
「うん?」
鈴木くんが話しかけてきた。
「今日の後藤くん、いつもと違うっていうか、やけに機嫌がいいね。ほら、さっき、おーいって声をかけてきたときのことといい、今のいたーだきーマンーモス、とかさ」
「え? いただきパンパース?」
「言ってないよ。なに食べる気なのさ」
「まぁ、そういう趣味もあるでしょう」
「趣味凄すぎでしょっ。だいたい、自分が言った言葉のくせに」
まあ、そうなんだけどね。
「で、鈴木くん。いつもと違うって話だけどそうなんだよ。実は僕はいまテンション上がってるんだな。例えるなら古本屋のすけべ本を買えるぐらいに」
「なにそれ?」
「だって、よくよく考えてみればわかるだろうけど、よっぽどテンション上がってないと買えないでしょ。古本屋のすけべ本」
「まあ、そうだな。なんじゃその例えは、とは思うけど」
田中くんが笑いながら同意してくれた。
「けど、いったいあれは誰か買う人がいるんだろうか? たしかに新品で買うよりかは安いんだろうけど手に取るのは中々ハードルが高いよね」
「まぁなぁ」
「でも、あの日僕たちはそのハードルを越えたんだ」
「え?」
「誰もいかないからあえていく、ってことだよ。それをレジに持っていったんだ」
「いやいやいや、だって、どういう人が売ったのかわからないんだよ?」
鈴木くんが口を挟んだ。
「たしかに変なおじさんが扱った可能性はあるけど、その危険性がかえってドキドキする」
「趣味凄すぎでしょっ。本当、今日はどうしたの?」
「それに何しろ、僕たちは十八歳じゃないからそもそも買えるのかっていうスリルもある。すけべ本持って、もし店員さんにあなたは買えませんって断られることを考えたら、それは穴があったら飛び降りたくなるほどの恥ずかしさだからね。それでもレジに本を出したんだ。すると」
「おい、おい、ちょっとっ」
そのとき田中くんが僕の肩をガクガクと揺さぶった。急になになに、なにごとっ? とそっちを見ると、田中くんは僕と反対側を向いて何かを見ている。
「なに? どうしたの?」
田中くんの後頭部をよけてその方を覗き込む。
「げっ」
とその瞬間、僕の口から自然と声が漏れた。だって仕方ない。
少し離れたところのテーブルについていたのは、ちょこんと座ったとても小さな体、白くて細い首、腰まである輝いてサラサラの黒髪、というよりそもそもスカート履いてるし、そこで一人横顔を見せて弁当を食べていたのは女子だった。
「ははははは。俺たち思いっきりすけべ本の話してたじゃん」
田中くんが小さな声で言いながら、ニヤっと面白そうな顔を僕に向けてきた。
僕は思わず頭を抱える。
何を笑ってるのかな、この人は。あーあ、もう、今の話ぜったい聞かれてたよ。さすがに恥ずかしいっすわ。
――馬鹿め! 貴様、俺たちの品位まで下がるだろうっ。
ミドルくんもうるさいしさぁ。
というか、さっきまで誰もいなかったじゃない。いつの間に来てたんですか? あの子。
「あはは……。あの子は、親月天恵さんだね。同じクラスの」
鈴木くんが苦笑しながら教えてくれる。
……。
「ええと、親月さん? 同じクラスの田中だけど、覚えてる? 悪いね、食事中に変な話して。聞こえてたでしょ?」
「別に、気にしてないわ」
「そう? ありがとう。でも、一応言っとくと、変なこと話してたのは全部一樹だから、そこのところはわかってね」
「うわ、後藤くんだけに押し付けた」
「わかってるわ。聞いていたもの。急に変な趣味を告白し始めたときから」
「ああー、そうだったんだ。……おい一樹、ふふっ、まずいぞ。このままだとお前、変態扱いだ。どうするんだよ?」
……。
「ん? おい、おい、一樹。どうした? なに固まってんだよ。話聞いてるか?」
そのとき、僕はハッとして田中くんがこっちを見てることに気付いた。
「あ、ああ。はいはい! 聞いてますよ。いや、心の打撃が効いててね。まったく、僕が変態だなんてそんなのは事実無根だよ。というか田中くん、よくも僕だけのせいにしてくれたね!」
「実際、勝手に話し始めたのお前じゃん」
「で、いいかな?」
僕は体を反らして彼女へと顔を出した。
「なに?」
お、とりあえずこっちを見てくれた。
「親月さん、で、よかったでした?」
「……そうよ」
わお、冷たいお顔! この子、女子にしても特に体が小さいのに顔はスーパークゥール、ですよ。美少女ですよ。この場合、それが嫌だけど。
――いいから、すぐに言い訳をしろ! なんとしても誤魔化せっ。ほら、早く言えっ。
わかってるってミドルくん。任せときなって。僕、言い訳は得意な方だから。
僕は月城さんへ向けて笑顔を作った。
「親月さん。これは知っておいてほしいんだけど、すけべ本買ったの僕じゃないですからね?」
「……さっきレジに持っていったって言ってたじゃない」
「いやいや、僕たちって言ってたでしょ? つまり僕じゃないってことだよ。持っていったのは違う人。僕はただ見てただけ。おわかり?」
「嘘ね」
「いやいやいや! 何を根拠に言っちゃってるんですか」
「だって、えっちな本なんて普通、一人で買いに行くものじゃないの? 知らないけれど」
「うーん、たしかに」
――おい、馬鹿か! 同意するな! 言い訳にならんだろうが!
いやぁ、こんなにバッサリと嘘ねって言われたらどうしようもないでしょ。鬼にも感じるバッサリ感だったよ? 今の。だいたい、実際持っていったのは僕といえば僕でもあるわけだし。僕じゃないんだけどさ。
「嘘ばっかり。嫌いだわ、あなたのこと」
親月さんはツンとして前を向いてしまった。
あー……。もう声をかけられる雰囲気じゃないことをこれでもかと感じる。
あらら、なんか空気悪くなっちゃったな。田中くんと鈴木くんがあーあ、みたいな目で見てくるのがわかる。苦笑いが浮かんでくる。
――まったく……これだからな。
ミドルくんも呆れ声でそれだけ言ってもう何も言わない。怒ったかな?
でも、まあ、こうなっちゃったからには仕方がないじゃない。気にせずいこう。
――はあ……。
そうやって気を取り直してるとため息が聞こえてきた。
どうしたの? サムくん。