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十人十色 ~五重人格 五つの恋~  作者: 大仏みたいな鏡餅
プロローグ 後藤一樹ならではの災難
1/12

一話 狂気のお頼みスルーパス

「あ、ねー、そこの歩いてる君。ちょっといい?」


 学校の廊下を歩いてると声が聞こえてきた。窓を眺めて、今日は雲一つない青空だなぁと思っていたぼくは何となく振り向くとちょっとドキリとして、戸惑った。

 ぼくの方に三人の人が歩いてくる。みんな男で、背が高い。きっと上級生だ。三人そろって茶色の髪があちこちにはねて固まった頭をしてる。絶対知り合いじゃない。でも、明らかにぼくを見て歩いてくる。声をかけられたのはぼくみたいだ。ぼくは立ち止まった。


「え、えーっと、ぼくになにか……?」


 ぼくは笑顔を浮かべて言った。自分でも頬の筋肉がぎこちなく引きつってるのを感じる。ぼくと違ってニンマリとした笑顔で前に立った先輩の一人が、


「いや、悪いんだけどさ。このプリント。俺たちの、三のBの教室に持ってってくれない?」


 と言った。

 先輩はホッチキス止めされたプリントを束で両手に抱えていた。山みたいになってる。


「そこの職員室で先生から頼まれちゃってさぁ。けど俺たちこれから飯食いにいかないといけないじゃん? だから頼むよ」


 たしかに今は昼休み。


「で、でも……」


 それを言うならぼくも待ち合わせしてる友達と今からご飯なんだけどなぁ……。


「え、ええと」

「なに? 何か予定あるの?」

「あ、は、はい……」

「ま、でも、これ済ませてからでもいいっしょ。とにかく頼むわー。落とすなよ」


 すると先輩はぼくの胸にプリントを押し付けてきた。ワッとなって、とっさに受け取ってしまう。


「じゃ、よろしくー」


 先輩たち三人はそのままぼくの横を通り過ぎて行ってしまった。後ろで先輩たちが何かを話して笑う声が聞こえる。

 慌てて振り向いたぼくはその背中に向かって口を開いたけど、先輩たちの笑い声に何故か胸がキュッと少し苦しくなるのを感じて、結局何も言えずに口を閉じた。

 ……もう笑い声は聞こえない。ぼくはやけに静かに感じる廊下にぽつんと一人になった。


「結局、押し付けられちゃったな……」


 ぼくは胸に込み上げてきた嫌な気持ちを吐き出したくてわざと声に出して呟いた。

 ……ぼくはいっつもこうだな。おどおどして、勇気がない……。


「はあ……」


 このプリント重いなぁ。……


「あっ、そうだ」


 こんなところにいる場合じゃなかった。二人が待ってるから早く片付けないと。

 たしか、三のBだって言ってたよね。

 うぅん、ここからだと、けっこう遠いなぁ。

 ………………

 …………

 ……

「それじゃ誰が行くかーい!」


 僕は両手を上げてプリントを宙に放り投げた。

 と、そうしようと思ったけどやっぱりそれはまずいですよねぇっていう観念が脳天より上にある手まで突き上がって僕は手をプリントからガッチリ離さずブラリと横へ流れるように下した。


「うわっ、おっもいなぁ! これ」


 なんとか前のめりになって踏み止まれた。勢いに乗って思わず体が二回転しちゃいましたよ。コマみたいに。まったく、ただでさえ駒扱いされるなんて困ったことになってるんだから。危ない危ない。


「ま、こんな重いもの持ってく気はさらさらないんですけどね」


 ――え? 本当に行かないつもりなの? 先輩のお願いなのに?


 僕の内なる声が若干慌てた声で話しかけてきた。


「そうだよぉ。サムくん。だって勝手に頼んできただけでこちとらやるなんて一言も言ってないじゃない。せっかくの昼休み中なのにしんどいじゃない、めんどくさいじゃない、しんどくさいじゃない。自分の時間大切にしたいじゃない」


 ――たしかにあんな脳垂れどもにいいように使われるのは虫唾が走るが、しかし頼みを放り出したと奴らが知ったとき、厄介なことが起こる可能性があるぞ。


 あら? この人を平然とけなす冷たい声は……ああ、ミドルくんか。一瞬、サムくんいきなりどうしたの? と思っちゃったよ。


「あの人たちがよくも放り出したなって怒って探しにくるかもってこと? ま、大丈夫でしょ。あの人たちは僕たちのこと二年生だってことすら知らないはずだし。それにほら、僕たちどこにでもいる普通の高校生じゃない。この学校の九割の生徒と同じく。皆に混じって一緒にやれやれって首を振ってれば見つからないよ」


 ――誰もやっとらんわそんな真似。どんな学校だ? とにかく、非常に癪だがこうなった以上、奴らの頼みは聞いておけ。我々の平和のために。今より面倒なことが起こらないようにな。


「お断りするよ、ミドルくん。なんと言われようと僕はやんないよ。だいたい、義理がない前にやる気が起きないんだ。だからもう決めました」


 ――チッ、相変わらずマイペースな馬鹿だな。何か起こったら、特に俺が表に出てるときに何か起こったら、貴様、承知せんぞ。


「ハハハ。承知せんぞっていわれても、僕個人に対してなにをどうやって承知しないっていうのさミドルくん。だって僕たち……顔も体も共通じゃないの」


 ――そうだな。ならば貴様のアニメのDVDを売る。


「ひどっ! ちょ、ちょっとちょっとミドルくん! そりゃないでしょ」


 ――そもそも貴様がDVDを見る時間はまったく無駄だ。一度や二度ならともかく、もう同じものを三十も四十も繰り返し見て。いったい何の意味があるんだ?


「そんなお母さんみたいなこと言わないでよ。見るたびに色々発見があるし、第一発見なんてなくても面白いから見てるんだしさ」


 ――フン、俺からすればその執着を他に生かせと思うがな。ならば、俺のいうことを聞くか?


「いやぁ、やっぱりそれは嫌かな。まあ、職員室に返しにいくぐらいはしますよ。すぐそこだしね」


 そうして僕は職員室に入って、このプリントの持ち主の先生を聞き出して返した。そのとき、その先生から頭をかきながら教室に持ってってくれないか頼まれて、いやアンタも頼むんかーいと思いながら、愛想笑いを浮かべながらグダグダ会話して最後にはヌルっと逃げて何とか断れた。

 いやぁ、ああいうときなかなかスマートにいかないものだなぁ。あれ? 僕ってこんなに教師が苦手なキャラだっけ?


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