ネルビュルの劔
レィクワァン=ティ=ヴィア
"女神に祝福されし大地"
この世界はその様に呼ばれていた
事実、この世界に危機が訪れる時、女神の導きにより"勇者"が現れ世界を破滅から救うという事態は、唯の御伽噺などでは無く実際に何度も現実に起こっているのだ
このウォモプラト大陸に在る"ネルビュル"と呼ばれる国もその証拠の一つである
かつて、到達者の一人が闇に堕ち"魔王"と呼ばれる様になった時、女神ウンディルが異界から呼び寄せた"勇者"と共に魔王を倒したとされる"勇者と供に歩みし者"の一人が興した国である
その国の民は建国の祖たる"歩みし者"同様剣技に優れ、その中でも特に抜きん出た技量を持つ者はこの国を興した"歩みし者"の二つ名であった"ソードマスター"の称号を得て人々の尊敬を集めていたー
だが、それも今は昔
この国も又、他の"歩みし者"達が興した国々と同様に怠惰と腐敗の中に沈もうとしていたのだった
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「御師匠様!」
朝靄に煙る王都から延びる街道に高く澄んだ声が響く
その声に応えるように一人の男が振り向いた
2メートル近い身長は筋肉質で引き締まり、かと言って決して筋骨隆々と言う訳では無かった
寧ろ身体全体としては細身であり、猫科の猛獣のしなやかさを連想させる
そして、その男の顔には右目から頬に掛けて付いた大きな刀傷が有った
男はその傷を隠す様に顔全体を髭に覆わせていたが、その全てを隠せては居らず、時にその髭は寧ろ顔の刀傷を強調しているかの様でも有った
又、刀傷は顔だけでは無く身体全体を覆う様に付いており、その鍛え抜かれた筋肉の上にタトゥの様に刻まれている
そして何より、彼を初めて見るものを驚かせるのは彼の背負った巨大な劔で有る
その刀身は2mを優に超え、その刃の厚さと巾の広さを考えるならば、それは剣と言うよりも巨大な鋼の塊の様に観えた
更に奇妙だったのは、それ程迄に巨大な剣を背負いながら、その男の格好はまるで街中にいるかの様に軽装だった事だ
胸当て一つ着けていないその姿は、所々多少は補強されていたがこの世界の一般人が着ている普段着そのものであり、彼の背負った巨大な剣との対比はこの世界の一般的な基準から考えてみても異様といえた
しかし、優しげな光を湛えた瞳のせいか、その男には威圧感というものは無く、寧ろその笑顔は陽だまりの様に暖なものであった
男は振り返ると、彼を"御師匠様"と呼んで駆け寄って来る一人の少女にその笑顔を向ける
そして、軽く喘ぎながら息を整えている少女に優しげに微笑みながら声を掛けた
「どうしたんだい?そんなに慌てて」
「ハァハァハァ・・・ど、どうしたじゃ有りませんよ!」
優しげな問い掛けに、少女は必死に息を整えながら漸くの事で言葉を絞り出す
漸くの事で息を整えると、少女は優しげに微笑む大柄な男を見上げる
その時になって始めて少女は自分を真っ直ぐに見詰めてくるその視線に気付いた
"トクンッ"
少女の胸の奥の方で何かが跳ねる
すると急に鼓動が速くなった
顔が上気し思わず視線を逸らす
「?」
男は少し困った様な顔で少女を見詰めるが
尚も俯き続ける少女にはその事が判らない
軽くため息を吐くと、男は少女の肩にそっとその手を置いた
それに驚いて少女が顔を挙げる
「お、御師匠・・・様?」
戸惑いながら少女は男に問いかける
そんな少女を、慈しむ様な優しい瞳で見詰めながら御師匠様と呼ばれた男は語り始めた
「良いかい?良くお聞き。これは、とても大切な事なんだ。昔、私達の祖先は女神様の遣わされた異界の勇者と共に、路を誤った到達者を倒し、この世界の平安と安定を保った。それより数百年、人々は小規模な争いや小競り合いを繰り返しながらも其れなりに安定した平和な時代を享受して来たんだ。しかし今、再び路を誤った到達者が現れ、世界は再び混沌の世に戻りつつ有る」
男は此処で一旦言葉を切ると、慈しみを秘めた瞳で少女を見詰めー
そして、意を決した様に言葉を続けた
「私は・・・行かねばならない、嘗て我らの祖先がそうした様に。路を誤った到達者を倒し、この世界に安寧と秩序を齎す為に。例え女神様の遣わされた異界の勇者が居なくても、だ」
そう言うとその男は、そっと少女を抱き寄せる
突然の事に少女は身を竦めるが、その頬は何かを期待するかの様に紅潮していた
「お、御師匠様・・・」
少女は一言そう呟くと、そっと目を閉じる
そんな少女の行動に少し困惑した様な表情を見せた後、男は優しく少女を抱きしめると、その耳元で何かを囁いた
すると少女は、ハッとした様に顔を上げ一歩後ろに退き男の顔をまじまじと見つめる
そんな少女に、男は自分の腰に挿していた一振りの剣を渡す
其れは剣と言うよりは鉈に近い、刃の無い剣であった
「御師匠・・・様」
今にも泣き出しそうな顔で少女は男を見上げる
「今、この時より其れはお前の物だ」
そう言うと、男はにっこりと微笑み少女の頭を、そのゴツゴツとした大きな手で撫でた
そして、男は少女に背を向けると再び歩き出す
泣き出した少女を残して
もう、男が振り返る事は無かったー
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「!」
ピファ=ミェッカはベッドから飛び起きた
心臓が早鐘の様に脈打ち、額から冷たい汗が吹き出す
乱れる呼吸を整え様として無理に息を吸い込み激しく咳き込んだ
「夢・・・」
浅く速い呼吸が落ち着いて行くと同時に、気持ちもゆっくりと鎮まっていく
汗で身体にシャツが張り付く不快感を感じて、ピファはゆっくりとベッドから抜け出す
汗でじっとりと湿ったシャツを脱ぎ捨てると窓に近づきその木戸を開け放った
朝の清々しい空気が部屋の中に流れ込み鬱々とした気分を払い除ける
眩しい朝の日差しに目を細めながら、まるで自らの中の澱んだ感情を薄める様に、ピファは朝の澄んだ空気を胸一杯に吸い込むのだった
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ピファは簡単に身支度を整えると、自分が間借りしている宿屋の裏口から早朝の街に出た
未だ日も登り始めたばかりだと言うのに、広場へと続く道は既に朝市へと向かう人々で埋められつつあった
「ピファ!」
側道から大通りに出ると直ぐに後ろから声を掛けられる
振り返るとそこには一人の少女が立っていた
「おはよう、ティッカ」
ピファがその少女に声を掛けると、ティッカと呼ばれた少女は微笑みながら近ずいて来て隣に並んで歩き出す
「おはよう、今朝は早いわね」
「人を寝坊助の猫の様に言うのは辞めてくれなかな?」
「あら?猫の方が寝起きは良いわよ?」
そんな他愛も無い事を言い合いながら、二人は朝市へと歩いて行った
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露店の店先から果実を二つ手に取り一つをに放る
店主に代金を渡してから上着の袖で拭って果物を一口齧ると、甘酸っぱい果汁が口の中に拡がり頭を覚醒させた
ピファのその仕草を見てティッカがクスリと笑う
そして二人は再び朝市の中を歩き出した
「ねぇ・・・。どうしても行くの?」
二人で朝市の人混みの中を歩いていると、※が不意に問いかけた
「・・・ああ、これはもう私自身が決めた事だ」
不意に足を止めピファは、ティッカにキッパリとそう答えた
ティッカに顔を向けその目を見据えながら話すピファの瞳には、強い決意の光が宿っている
そんなピファを見て、ティッカは口元を緩めた
"昔からそうだ・・・この子がこんな瞳をする時は絶対に引かないー"
幼い頃からの付き合いだからか、随分前からティッカには何とは無しにこうなる事が判っていた
「そっか・・・」
「済まない・・・」
そんな短いやり取りだけで二人には十分だった
そして二人は再び朝市の人混みの中へと歩みを進めた
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翌日の早朝
迄、日も登らぬうちにピファは街を出た
朝霧に煙る街道
ゆっくりと白み始めた空を見詰め、ピファは微笑む
"あの日も、こんな空だったー"
ピファは、お師匠様と別れた日の朝を思い出していた
にっこりと微笑んで旅立ったお師匠様
あの日から5年ー
ピファは苛烈とも言える修練の果てに、彼女の師と同じ"ソードマスター"の称号を獲得する迄になっていた
ピファは腰に下げた鉈の様な小刀にそっと触れる
そして、慈しむ様に優しく、尊ぶ様に恭しくその柄を指でなぞってゆく
「ピファ!」
急に名前を呼ばれて、唐突にピファは追憶の中から現実に引き戻された
声のした方を見ると、そこには一人の少女が佇んでいる
「ティッカ・・・」
ピファが少女の名を呟く
少女はピファに駆け寄るとその勢いのまま抱き付いた
ピファは幼馴染のティッカの行動にどうして良いか判らず、暫くそのままでいたが、意を決して口を開いた
「ティッカ・・・私は・・・」
「大丈夫、止めに来たんじゃ無いよ」
そう言うと、ティッカはそっとピファから体を離し、真正面からピファを見詰める
「だけど約束して!必ず、必ず戻って来るって!」
「ティッカ・・・」
ピファは、あまりにも真剣な少女の瞳に見据えられ一瞬言葉を飲み込んだ
だが、直ぐに気を取り直すと微笑みながらティッカに告げた
「勿論だとも、私は必ず戻って来る。御師匠様と共に!」
暫くの間、無言で見つめ合う二人
先に口を開いたのはティッカだった
「そっか、ピファはいつだって私に嘘を吐いた事は無かったもんね・・・。判った、私待ってる。ピファがリーハス様と一緒に帰って来るのを、此処でずっと待ってるから!」
そう言うと、ティッカは後ずさりながらピファから離れ、にっこりと微笑むとピファに背を向けて街の方へと駆け出した
その後ろ姿を見つめながらピファは”あの時、御師匠様もこんな気持ちだったのだろうか?“と考える
そして、目に涙を貯めながらも笑顔で送り出してくれた幼馴染の少女の顔を思い浮かべながら、”今の私は彼女の様に強くなれたのだろうか?“とー
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朝霧を払う様に、ピファは歩き出す
住み慣れた街に背を向けて
朝焼けの中、ピファは歩き出す
親しき人々に別れを告げて
白み行く空の元、ピファは歩き出す
その想いを決意に変えて
「今度こそは・・・今度こそは必ずー」
秘めていた筈の決意が思わず口から溢れる
ピファは、その柄を掴み小刀を一気に引き抜くと天にかざした
夜の闇を切り裂く様に地平の彼方から朝日が昇り、その朝日に照らされて小刀の刃が黄金色に輝く
「貴方の元へ!」




