3.愛男ちゃんの公園デビュー
幼児編3.
愛男の誘拐騒動の世間の迷惑もヘノカッパで、何かありましたかしら? みたく全く何も無かった様に平穏な時間は流れて行った。
慈母家の輝く星。慈母愛男は間もなく1歳になろうとしていた。
父の種薄は、密かに息子の誕生日祝いに、屋敷の広大な庭の一角に観覧車を建設する計画を練っていた。
妻の絶倫子だけには予め話してある。
高速ステルスハイハイを完全マスターした愛男は、あっと言う間に伝い歩きを飛び級で習得し、今や間も無く1歳にしてルンルンスキップが自由自在に出来るまで驚くべき速さで成長していた。
母である絶倫子は、
「そろそろ愛男ちゃんも公園デビューだわね」
と、夫の種薄によく話していた。
「でもねぇ、アナタ、お外の公園って、お下品でしょ。愛男ちゃんの教育に悪くないかしら……」
「ぅむ。しかし、だなぁ、下品でも、社会経験は必要じゃないのか。絶倫子よ。お前の気持ちも分からなくはないが、過保護にしちゃいかんぞ!」
「そうですね。明日、近くの公園に愛男ちゃん連れて行ってみようかな…」
「ぅむ。それがええ」
――、翌日の朝。
昨夜未明から降り続いていた雨も夜が明ける前にはすっかり上がり、近所の鬼首公園の桜は今が盛りの満開となっていた。
時折吹く爽やかな風に、秒速5センチメートルでピンクの花びらがひらひらと宙に舞っては落ちていった。
絶倫子は、普段より少し早起きをして、クローゼットにしまい込んでいた美容下着で体型を念入りに整えると、春らしい淡いピンクのシャネルスーツを選んだ。
間もなく1歳になり公園デビューを控えた愛男ちゃんには、特別に仕立てさせたベルサーチのスーツとフェラガモの靴を用意していたのだが、着せようとするとあまりも激しく『イヤイヤ』するので、仕方なく、普段着のウルトラマンの着ぐるみに黒いゴムの長靴のままで、メイド三人を従えて、絶倫子と愛男ちゃんは公園へと向かった。
「愛男ちゃん。お公園でちゅよ~。お友達できるかなぁ~」
公園に着くとメイド達はピクニックシートを広げ、キャンピングテーブルをセットし、パラソルを開いて日焼けを嫌う絶倫子に目配せをした。
「はい。ありがとう」
そんな光景を目敏く察知したのか幼稚園児の年少さんくらいと思われる幼児が4人近くに寄ってきた。
メイド達は慌ててブロックした。絶倫子も内心ムカってしたが、
「いいのよ~ あら、お譲ちゃんたち、こんにちは」
男の子2人。女子2人。その中のひとりの女の子が訊いた。
「おばちゃん、なにしてるん? この子何歳? 名前は?」
高貴な自分が、小汚い糞ガキに馴れ馴れしくされて一瞬ムカっとなったが、満面の作り笑顔で絶倫子は答えた。
「もうじき1歳になるのよ。お名前はね、愛男ちゃんよ。お友達になってあげてね」
すると傍にいた男の子が、
「げーーーっ! これで1歳!? デカ! めちゃデカイやんけ! なぁなぁこいつデカイからウルトラマンなんかおばちゃん?」
流石に耐えかねた絶倫子が男の子を叱ろうとした、次の瞬間、もう1人の男の子が木の枝の先に串刺しにしていた犬のウンコを、愛男ちゃんのウルトラマンスーツに押し当てて逃げていった。
遠くから、
「ウンコマン! 長靴ダサ~ ウンコマン デカ1歳~」
愛男は何が起こったのかも分からずに、自分の方に向かってケラけら笑う子供たちに向かってデヘへ顔でウンコの付いたウルトラマンスーツで手を振っていた。
この事件があったからか定かでは無いが、絶倫子が愛男を連れて鬼首公園を訪れたことは以降の育児記録には記されていない。
間もなくして、慈母家の広大な屋敷の庭に観覧車が完成した。