マカダミア
「マカダミアナッツって美味しいですよね。その上健康食品としても注目されています。『マカデミア』とも呼ばれるこのナッツは、オーストラリア等で生産され、世界中で親しまれている。マカダミアナッツオイル、マカダミアナッツチョコレート、マカダミアナッツクッキー。だけど、僕はそんなマカダミアナッツが嫌いだ。」
「はぁ……」
少年はペンをくるくると回しながら今自分が書いた小論文とにらめっこを続ける。
「先生もマカダミアナッツについて書いてこいとかなんで言い出すんだよ…」
中学2年生であるこの少年の名前は高原夏。マカダミアナッツが大嫌いである。小学生の頃に1度食べたことがあるが、その独特の食感が口に合わず、今でもトラウマになっている。学校の宿題で小論文を書いてこいと先生に言われた。そこまでは良いのだが、その小論文のテーマは「マカダミアナッツ」。マカダミアナッツが大嫌いな夏にとってはとてつもなく苦しいテーマである。
「まだ半分も書いてないのに…」
時間は午前2時。インターネットを駆使して情報を集めながら書き続けているが、一向に終わる気配がない。
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チャイムが鳴り響く。
2036年9月3日。今日も何の変哲もない日常が始まる。教室では、昨日出た宿題についてみんな話し合っている。
「なぁ、夏は小論文書けたか?」
友達が机で頭を抱えている夏に話しかけてくる。友達の名前は吉川鉄馬。
「書いたわけねーよ。俺はマカダミアナッツという食べもんが大っ嫌いなわけなんだよ」
そう告げた途端、一瞬教室内が静まり返る。そして、みんな一斉にマカダミアナッツの魅力を語りかけてくる。
「おい夏、マカダミアナッツは凄いんだぞ? あんなもんが嫌いなんて、色々と損してる」
「俺はあの小論文をきっかけに昨日からマカダミアナッツ食い始めたぞ」
「旨いもんな。あれ」
「お前ら、どんだけマカダミアナッツに影響されてんだよ」
呆れたように呟きながら、夏はため息をつく。もうすぐ授業が始まるし、もちろん小論文も書けてなんかいない。
「魅力たっぷりなマカダミアナッツについて書いてこいって言ったが、みんなちゃんと書いてきたな?」
先生が小論文を集めようよするが、その前に夏は手を挙げる。
「あの、その、書けてないです。ごめんなさい」
その隣で鉄馬も手を挙げた。
「俺も書けてないっす」
その言葉に、先生が教卓を思い切り殴りつけて怒鳴り散らす。
「お前らは宿題の一つも出来ないのか!? あぁ!? せっかくマカダミアナッツという書きやすいテーマにしてやったのに、お前らはそんなんだから成績伸びねぇんだよ!」
そう言い放って教室を出ていく。
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「先生もあれは無いよな。何が書きやすいテーマだ。マカダミアナッツなんていきなり言われても書けねーよ」
鉄馬は腹を立てているようだ。当然の事だと思う。あれから、先生は狂ったようにマカダミアナッツについて語り出したのだ。マカダミアナッツの歴史から栄養素、レシピまで色々と。
「あの人そんなにマカダミアナッツが好きだったのか…」
呟きながら、家に着く。テレビを付けると、ニュース番組が始まっていた。こう見えても夏はニュース番組を見るのが好きだった。世界中で起こっている事が分かるし、天気等の情報も入手できる。テレビは子供に良くないとかみんな言うが、多分ニュース番組は別だろう。しかし……。
「な、なんなんだ…?」
確かにそれはニュース番組であった。しかし、キャスター達は笑顔でマカダミアナッツについて語り合っているのだ。
「特集か? というかまたマカダミアナッツかよ」
チャンネルを変えて別のニュース番組に切り替える。
「えー、今週のオススメレシピはマカダミアナッツオイルで揚げたアジフライ…」
「今週はいいお天気になるでしょう。マカダミアナッツも育ち盛りです」
「見てください! マカダミアナッツチョコレートです! 美味しそうですねぇ」
どのニュース番組でもマカダミアナッツという単語が出てきている。
「何がどうなってるんだよ…」
その中に、一つだけ正常なニュース番組があった。
「速報です。マカダミアナッツについてです…」
「またかよ。おとなしく宿題やるかな…」
そう言って宿題をやろうとした夏だったが、次のアナウンサーの言葉に背筋が凍った。
「マカダミアナッツが謎の知能を持ち始めた模様です。マカダミアナッツを食べた人間に寄生し、脳を奪います。脳を奪われた人間は他の人間にもマカダミアナッツを食べさせようとしますが、決して食べてはいけません。繰り返します。マカダミアナッツが謎の知能を…」
次の瞬間、スタッフと思われる人間が声を荒らげながら乱入する。
「おい! そんな事言ったらみんなマカダミアナッツ食わなくなるだろうが!」
「し、しかし、真実を伝えるのがニュース番組の役割で…うわぁっ!?」
スタッフを始めとしたスタジオにいた人間がみんなでそのアナウンサーの口にマカダミアナッツを詰め込み始める。
「おい、これって結構やばくないか…」
後ろに誰かいる。とっさに振り返る。
「あら夏。もう晩御飯出来てるわよ?」
「か、母さんか。分かった」
一階に降りて食卓に着くが、そこにあったのは大皿に大量に盛られたマカダミアナッツ。コップに注がれているのは多分水ではなくてマカダミアナッツオイル。
「冗談だろ…?」
「さぁ、しっかり食べないと大きくならないわよ?」
母親の言葉に狂気を感じた。気がつくと夏は家の外に飛び出ていた。必死に走り、1人の男性と出会う。その男性は歩きながらチョコボールのピーナッツ味を食べていた。
「すいません! そこの人!」
声をかけると驚いたようにこちらを見てくる。
「そのチョコボールを1粒だけ下さい! お願いです!」
「か、構わないが、なんか必死だね。はい」
「ありがとうございます!」
何でも良かったからマカダミアナッツ以外の食べ物を口にしたかった。ひったくるようにそのチョコレートの粒を受け取り、口に運ぶ。いつも食べるチョコボールの味がする。しかし…
「うっ!?」
思わず顔をしかめる。男性が持っていたパッケージをとっさに見る。
『チョコボール 香ばしいマカダミアナッツ味』
やられた…。そう思いながら倒れ込む。視界が暗くなっていき、次第に増えていく足音を聞きながら気を失った。
2036年9月4日。マカダミアナッツは着々と世界を征服し続けている。
読んで頂き、ありがとうございました。もちろん筆者はマカダミアナッツが大好きですよ〜。