ヤンキー桃太郎 梅子の秘密
ヤンキー桃太郎の友達の一人である梅子についての話です。梅子は、学校に内緒で祖母モリヨが始めたラブホテルの仕事を手伝っています。梅子がラブホテルを手伝おうと思った理由には、祖母モリヨを中心にした大家族の絆があります。小さな従兄弟俊介と京香の存在は梅子の心の拠り所とも言えるかもしれません。ラブホテルというちょっと特殊な業界と、梅子の叔父叔母の夫婦関係の破綻という重たいところもありますが心を揺さぶる部分もありますので是非最後までお読みください。
梅子は、目を開けた。すると、厳つい顔をした理科教師が目の前に立っていた。
「なに寝とるんじゃ!受験生としての自覚なし。ここに立っとれ!」
そう言われ、梅子は理科の時間ずっと机の前に立たされていた。
こういったことは、梅子にとっては珍しいことではない。中一の秋ごろから梅子は学校ではいつもボーっとしていた。熱心にしていたバレー部を辞めて、帰宅部となり放課後は伝書鳩のように帰っていった。そして、梅子の学校での生活は輝かなくなった。しかし、梅子は小さい頃から腕力は強かったので、桃太郎や仲間たちからは一目おかれていた。
そんな梅子のプライベートに最初に興味を持ったのは猿丸である。中二の秋の出来事である。猿丸が部活を終えて帰っていたときに、梅子が自宅から2キロぐらい離れたホテル街へ入っていったのである。梅子は一体何をしていたのだろうか?
翌朝、猿丸は梅子に聞いた。
「梅子、昨日の放課後なにしてたんだ?ホテル街に行ってただろう?」
「何でもないよ。買い物に行くときにたまたまあそこを通りかかっただけだ。」
狼狽する梅子を見て、きっとなにかあるに違いない・・・と思った。
「桃太郎、梅子は放課後いつも何をしてるんだろう?」
「ボケの梅子か?昼寝に決まってるだろ。あいつ喧嘩したら怖いけど、いつもボーっとしてるもんな。」
と、答える桃太郎の顔を見て猿丸は思う。
・・・ボーっとしているのは、学校での顔で実は梅子はシャキシャキしていて別の顔を持っているのかも知れない。とても、興味深い・・・
猿丸は、またまた梅子のことが気になって仕方がなくなった。
水曜日、今日は部活が休みだ。猿丸は、桃太郎に「先に帰る」と言い梅子を待ち伏せし尾行した。梅子はまず家に帰った。それから、私服に着替え団地前の公園の中を通り商店街を抜けホテル街のほうへ歩いていった。そして、“ホテルM”と書いた建物の裏口から入っていった。
・・・・・・梅子は、こんなところに通っていたのか、いったい何をしに来ているのだろう・・・・・
そう考えていると、一台の車が猿丸の近くを通った。そして、その車はもう一度その道へ戻って来た。もしかしたら、俺がいるからこの車ここに入れないのではないか?猿丸はさっき来た道を戻って行った。
次の水曜日、猿丸は私服に着替えホテル街近くの商店街の出口で梅子を待っていた。案の定、梅子はそこに現れた。そして“ホテルM”へと入っていった。今度は猿丸はもう少しはなれたところから梅子がホテルへ入っていくのを見守り、しばらくしてホテルの裏口から中へ入っていった。そして、裏庭のほうを見ると、何枚ものシーツが物干しロープに干してありそれを梅子が取り込んでいた。
・・・・・・・梅子はここで働いていたんだ!!いつもボーっとしているけど働いているときの梅子はこんなに生き生きとしている。おれ、なんか得したな・・・梅子の秘密!おれだけが知っている・・・・・・
猿丸はにやりと笑った。ホテルから出ると、そこに生徒指導の名倉先生が立っていた。
「おい、猿丸!お前ここで何をしているんだ!」
そう言われて猿丸は相談室へ連れて行かれた。
・・・・・・・面倒なことになったな。名倉の奴、おれが本当のことを話すまでしつこく聞くだろうな。だけど、梅子があそこで働いていることが学校にバレたら梅子は相当困るだろう。これは最後まで空っとぼけよう・・・・・猿丸はそう決めた。
相談室で正座をさせられている猿丸。最初、名倉先生は穏やかに猿丸の話を聞く。
「猿丸、あのホテルで何をしていたんだ?」
名倉先生は猿丸を直視した。
「ラブホテルがどんなところか興味がありました。」
とっさに、猿丸は答えた。すると、名倉先生は言う。
「猿丸は男女のナニとかそんなことに興味があるのか?」
「いえ、興味ありません。ただ、大人の世界がどんな風になっているのか面白そうで見てみたくなりました。」
と答える。
「こういったホテルは18歳未満の人が入ったら犯罪になるというのはわかっているのか?」
「はい。」
そう答えた猿丸を名倉先生は平手打ちした。そして、反対側からもおまけが来て猿丸は一瞬火花を見たように感じた。
「猿丸、二度とするんじゃない。」
そう言われ、猿丸は反省文を原稿用紙に5枚書かされた。
その一部始終を桃太郎と亜紀は見ていた。
「猿丸、なんでラブホなんか覗いたんだろうね?」
桃太郎が言うと、亜紀が
「猿丸、この前梅子にラブホが何とかって話しているのを聞いた。もしかしたら梅子が知っているかもしれない。」
桃太郎と亜紀は梅子のところへ行った。
「おい、猿丸の奴名倉から往復ビンタ食らわされて反省文5枚書かされたらしいぜ。ラブホにいたんだってさ。」
梅子は驚いた。
「そうなの?」
「梅子、知らない?」
亜紀が心配そうに梅子を見る。前回の話で書いたように、亜紀は猿丸のことを幼いころから思い守り続けてきた。亜紀が猿丸を案ずる気持ちは梅子もなんとなく理解していた。
「みんなに、今まで黙っていたけど私、おばあちゃんが経営するラブホを手伝ってるの。それで、先週たまたまラブホに行っているところを猿丸に見られて、猿丸にはなんでもないと言ったんだけど猿丸がどうも私のあとをつけてきてたみたい。」
梅子は答えた。
「ラブホの手伝いって!学校は許可しないけどなんで?」
と聞く亜紀に、梅子が答える。
「おばあちゃんのところのラブホは家族経営で予算も人手もギリギリでやってる。だけど、中一の秋におばあちゃんが股関節症になってシーツを干したりベットを作ったり出来なくなったの。だから、私がパートさんにやり方を教えてもらっておばあちゃんの代わりにそういう仕事をしていたの。」
「小さいころ保育園に迎えに来てくれてたあのおばあちゃんだよな?おばあちゃん大変だな。・・・・そうか、それなら学校にはバレないようにしないとな。」
と、桃太郎が言う。
そのときから、桃太郎や他の友達からの梅子を見る目が変わっていった。
それから半年が過ぎた。中三になった四月の第二土曜日、梅子の祖母モリヨが吐血した。今年で古稀を迎えるが、若いときから休む間もなく働いていたからであろうか、肝臓に持病があった。たまたま、梅子がモリヨの家を訪れたときモリヨの嫁の直江がモリヨの背中をさすっていた。直江の指示で梅子は救急車を呼び青洲会病院へ搬送した。
救急隊の人から、直江はモリヨの状態を聞かれた。
「いつ、吐血しましたか?」
「ちょうど朝ドラが終わったときなので八時半です。」
「今朝の様子はどうでしたか?」
「なんか、ふらふらすると言っていましたのであまり動き回らずにゆっくり座っているように言いました。」
「肝臓に病気はありますか?」
「はい、肝硬変と診断されて七年になります。今まで何度か吐血したことがあります。」
青洲会病院で、救急担当の先生が説明された。直江と同い年ぐらいの整った顔の医師だったのでジャージ姿のまま出かけた直江は少し恥ずかしかった。
「娘さんですか?」
「いえ、嫁です。」
「お義母様の肝臓の状態はもう末期に入っていて、今後どこまで生きられるかは時間の問題となっています。それはご存じですか?」
「はい。主人が一ヶ月前にうかがっております。」
「今回も、食道の静脈瘤の破裂で吐血したのですが、他にも何ヵ所も瘤ができています。処置はしておきますし、溜まった腹水も抜きます。これから、お母様の最期とどう向き合っていくかを考えていかないといけない段階です。」
直江と医師のやり取りを、梅子は黙ってた見ていた。そして、考えた。
・・・おばあちゃんは、ラブホの経営にやりがいを持っている。何としても、ラブホを維持しないといけない。
七月最後の日、モリヨは溜まった腹水を抜くために病院に入院した。梅子が病室に行ったとき、モリヨは点滴と酸素マスクを付け、バイタルサインは取り付けられた機械にすべて表されていた。
血圧は、大きな幅で上がったり下がったりしていて、梅子が来たことを知ったのか血圧は正常の位置に来た。モリヨはじっと梅子を見ていた。
モリヨは、梅子を相当可愛がっていた。梅子は、生まれたときからアレルギー体質でタンパク質にアレルギーがあり、食べ物はかなり限定されていた。そんな梅子にアイスクリームを食べさせたいと白花豆をミキサーにかけアイスクリームを作って食べさせたり、キノコを牡蠣に見立てたフライを作ったりと梅子の体のことをとても気遣っていた。どの孫よりも梅子のことを可愛がっていたのではないだろうか。
そのころ、モリヨの長男義忠と直江は自宅で口論していた。
「もう私は限界よ。お義母さんの貯金もあと一千万円しかない。このままでは不渡り手形を出すことになってしまう。」
「直江、もう少し頑張ってみよう。親父の遺族年金も入れたらまだまだ経費は払えるし。」
「そんなこといっても、まだ公庫の借金が15年分も残っているのよ。」
義忠と直江の口論を聞き、5歳の俊介が涙ぐんでべそを掻きそうになる。そこへ小学校2年の京香が来て、
「俊介、こっちにおいで。」
と言って、子ども部屋へ連れて行く。
「俊介、お姉ちゃんが絵本を読んであげるよ。」
俊介は泣き出した。
義忠と直江の口論は今に始まったことではない。大晦日も、京香の入学式にも、法事のときにも喧嘩が絶えず近所の人からも評判になり、一月前には町内会の会長が仲裁に入ったほどだ。
義忠と直江にも楽しいときはあった。京香が年長のとき、三歳の俊介と義忠と直江そしてモリヨと梅子、梅子の両親と兄弟でバーベキューをした。直江は得意の料理をみんなに振舞うのが好きだ。
「直ちゃんのパンはいつ食べてもおいしいね。」
モリヨの長女である梅子の母親が言うと、
「今日のは、ドライイーストで作ったの。オイルコーティングがないレーズンが入ったら天然酵母も作るんだけどね。」
と言う。俊介は嬉しそうに、
「このおにぎりも、お母さんが作ったんだよ。」
と言う。そして、直江の太ももにまとわりつくのである。そして、梅子たちに甘えてみんなの愛情を一心に受けている。その光景をモリヨは目を細めて見ている。
梅子がラブホを手伝うようになった理由も、将来を決める決め手となったのもこんな大家族の楽しい一コマ一コマだったのだろう。
今日は、義忠はモリヨの病院に泊まる。モリヨの状態を見て直江が今日は泊まるように勧めたのである。しかし、義忠は夜の11時に家に帰ってきた。帰ってきた義忠は、体中にタバコのにおいが染み付いていて、そして、ジャケットは冷たく何度も病室と喫煙所を行ったり来たりしていたことが察することができた。モリヨの危篤の状態を見ていられなかったのである。
「義忠さん、お義母さんについていてあげて。」
「大丈夫だよ。母さん、今日は逝かないよ。」
そう言って、風呂場へ行ってシャワーを浴びる。
義忠も直江も床を取った。
直江はすぐに寝付いたが、やがて目が覚めた。
・・・ルルルルルルル・・・
電話の音がしたので、起きて居間に行くが電話はなっていなかった。ホッと胸を撫で下ろすと・・・今度はほんとうに電話がなった。
「青洲会病院ですが、園田さんのお宅でしょうか?」
「はい、そうですが。」
「園田モリヨさんが、たった今息を引き取られました。」
「・・・・・・・・・」
「義忠さん。」
直江は、義忠を呼ぶ。
「今から、病院へ行くから子どもたちを頼む。」
そう言って義忠は出かけていった。
しばらくして、義忠から電話があり通夜や葬儀の日程が知らされた。
梅雨入り前の空の下、むしむしする中での葬儀である。薄物の喪服を着たモリヨの友達や親戚、ホテル関係の人たちが参加しお悔やみを言い、生前のモリヨがたくさんの人に慕われているのが窺えた。
夏休みになる前に、四十九日を迎えた。その間も、モリヨが立ち上げたラブホテルは休まず営業していた。しかし、義忠と直江の仲は冷たく冷え切ってしまった。そして、義忠はもう直江と一緒にホテルを切り盛りしていくことは出来ないと思ったのである。直江は、若いときにはデザイン関係の仕事をしていたが義忠と出会って結婚してデザイン関係の仕事を辞めたのである。そこで、売掛金やら当座預金やら意味のわからないものをたくさん処理してきて「いったい自分は何なんだろうか」と思ったりしていた。
二人の離婚には時間はかからなかった。モリヨの初盆を終えるころには、夫婦の間には口論もなく財産や親権の話も驚くほどスムーズに進んでいる。そして、家族の思い出であるラブホテルも閉鎖した。明日、この建物は他人の手に渡る。その様子を、梅子はただ傍観者として見ているしかないのだった。優しい義忠兄さんと直江姉さんの築いたものが壊れていくのを、ただ見ているしかなかったのだ。
そして、直江とともに小さい従弟達が遠くへ行ってしまうのである。
中学生活最期の夏休み、桃太郎と猿丸の所属する野球部は市大会の準決勝で敗退しベストフォーとなった。その後は、中学三年生お決まりの受験勉強で桃太郎や猿丸、亜紀は塾や学校の自主学習に参加しそれぞれに頑張っていた。依然、梅子の姿はそこにはなく、今では力が抜けたように家でゴロゴロしていた。
新学期が始まっても、やはり梅子は力が入らず授業中もただそこにいるだけとった感じである。
九月の中旬、桃太郎の中学校では三年生の二者面談をしている。それぞれに高校進学を考えているが、梅子は未だに何も考えてないのでミル先生も頭を抱えていた。もともと、理解力などはあるが勉強してこなかったために成績は下から数えたほうが早い。
「梅子、はっきり言って今のままではどこへも行けない。梅子はどうしたいの?」
とミル先生。
高学歴の叔父義忠は、学歴が高くて研究者を目指していたが結局家業を継ぎ結婚。結婚した相手はデザインの仕事を辞め家業を手伝う。挙句の果てに家業を閉鎖。そして離婚。梅子はそんなことを考えていた。
面談から帰るとき、梅子は直江と再会った。梅子は一瞬、直江を見違えてしまった。以前の直江は、おでこのところで二つに分けたロングヘアを耳にかけ、化粧気のないこざっぱりした人だった。しかし、今の直江は肩のところで切った髪がふんわりといい具合に両の頬を包み、前髪と太目の眉は顔を長く見せ、少しやせた身体に着慣れたジーンズ姿がとても似合っていた。直江は梅子に微笑んだ。
「梅ちゃん、久しぶり。」
梅子は会釈した。
「梅ちゃん、高校はどこにするか決めた?」
そう言う直江を見て、
・・・あんたたち夫婦のやり取りを見てたから私は高校どころじゃないんだ・・・
と思った。直江は言った。
「私はね、今イタリアン料理の店で働いてる。幸い保育園友達が俊介のお迎えを手伝ってくれるし、京香が家事を手伝ってくれる。京香はたくましいのよ。引っ越したときにも落ち込んでる私を励ましてくれた。知恵があればどこででも生きていけるって。」
直江は続けた。
「今のお店が、支店を出すとき私はオーナーを任されるようになりたい。今でも献立のレシピとかわたしのアイディアを採用されるし、チラシのデザインも任されるようになった。昔取った杵柄ってのかな・・・やっぱり、勉強してて良かったって思う。」
梅子を変えたのは直江のその言葉だった。
やがて、モリヨが立ち上げたラブホテルは無認可の老人ホームに変わった。もう、居眠りをして注意される梅子はいない。乾いた土地が雨水をぐっと吸収するように一気にたくさんの知識を吸収していった。そして、十一月の三者面談で、
「私は、大学に行って経営を勉強しておばあちゃんが立ち上げたホテルを再建したいです。今まで何も勉強していなかったぶん短期間でしっかり勉強して必ずF高校に合格します。」
梅子は来るべき自分の未来に京香や俊介たちのような子どもたち、そして強い自分を想像することが出来た。ミル先生はその瞳を見て、
「梅子なら大丈夫。」
と直感したのである。
小説を書く前にさまざまな題材を、たくさんの人の話の中から選び情報を集めていくのですが結局登場人物は自分に似てくるなあと言うのが実感です。守りたいものを前にしたときの自分の姿が梅子であり、夢半ばで諦め家業を手伝っているとき直江のようになるだろうし、家族の絆に幸せを感じるモリヨも自分だろうし、自分の力でどうしようもないときには京香のように強く賢くなるでしょう。小説を書くとそんなたくさんの自分の顔を見ることが出来ます。